中松義郎

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中松 義郎(なかまつ よしろう、1928年6月26日 - )は、日本の発明家。ドクター中松の通称をもつ人物。

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[編集] プロフィール

旧制麻布中学校、旧制成城高等学校理科甲類を経て、東京大学第一工学部石油工学科を卒業。直後に法学部に編入している。その後三井物産でのヘリコプターの営業(ヘリコプターによる農薬散布を思いついたと自称している)を経て、1959年イ・アイ・イに入社。同社の専務副社長を務めている。

1971年社長との対立から独立して、ナコー(現・ドクター中松創研)を設立。その後の自らの研究開発の拠点とする。独創的で奇抜な発想で、世界が注目する一世一代の発明からユニークな発明のものまで、数々の特許を取得した。世界中の数々の栄誉賞を受賞し、工学法学医学理学人文学博士号を持っていると自称している[1]。また、アメリカ合衆国の11もの州で名誉市民賞を受賞したり各地で「ドクター中松デー」という記念日が制定されている[2]

[編集] 発明

  • 「灯油ポンプ(正式名:醬油チュルチュル)」「ピョンピョンシューズ」「頭の良くなる茶」「電動パチンコ」「ラブジェット」などユニークなものも開発。
  • 今日までの発明件数は3000件以上でエジソンの1093件を上回っているが、あくまで自己申告による“発明”の数であると言われ客観的に特許性が認定され適法に特許査定を受けた特許件数とは違う。実際には中松の特許件数(国内)は、2005年の時点で約600件。
  • 「醬油チュルチュル」は、中学生の頃に母親が醬油を瓶に移し替えるのに苦労しているのを見て発明したと中松は主張している。但し特許庁の記録では特許ではなく実用新案として「サイフォン」の名前で登録されている。
  • 「頭に良い物質を適当に配合したことを特徴とする食品」という特許出願では「頭が良くなる根拠が不明である」との理由で拒絶となっている。その他「頭に良い~」シリーズの発明は膨大量ながらもことごとく拒絶査定となっている。
  • 発明の中には「原子力除雪装置」というものもある。これは除雪車に搭載された原子炉の炉心に直接雪を送り込み、その熱で雪を溶かして一次冷却水にするというものである。ただし、放射能に汚染された排水の処理の仕方が明記されていないので特許として出願されたが受け付けてもらえなかった。[3]
  • 本人は著作などでフロッピーディスクの発明者と主張しているが、正しくは、「レコードジャケットに穴を開けてそのまま使えるようにする」という「ナカビゾン」なる特許をフロッピーディスクの開発者であるIBMが自社の特許に抵触せぬよう契約を結んだだけである。契約がされた時点で既にフロッピーディスクは開発済みであり、中松の特許がフロッピーディスク開発に影響したとは考えにくい[4]ドクター中松ブランドのフロッピーディスクなるものも販売されている。
  • 「宇宙エネルギー」によって動作すると言われる原動機「ドクター中松エンジン(エネレックス)」を発明したと主張。ただ、実際には太陽電池のようなものを組み合わせたものであると言われており、また、単にラジオメーターラジオメーター効果)ではないかとも思われる[5]。また2006年にはを自動車の燃料に変換する装置「ハイドロジェン・オン・デマンド(HOD)」を発明、国際特許を取得と主張している[6]

[編集] 政治活動

1991年東京都知事選挙に無所属で出馬。“21世紀の地球都市を発明する”の基本政策を掲げ、自作のジャンピングシューズ(ピョンピョンシューズ又はフライングシューズ)を履いた奇抜なパフォーマンスで注目を集める。以後、

から出馬するなどしている。

選挙公約として、「財政赤字を解決する発明」「行政改革を解決する発明」などありとあらゆる問題の解決発明を既に用意してあると主張[7]。「ドクター・党」「政治発明党」「発明政治」「新自民党」などの政治団体を結成し、自ら代表に就任している。また著書にて愛国心をよく語ることがある。

[編集] その他エピソード

  • 1989年にはニューズウィーク誌の「この人の講演幾ら?(Who Said Talk Was Cheap?)」の記事で高額の講演料がつく唯一の日本人として選ばれた。エージェントは、中松氏の講演料を1時間あたり1万ドルと評価した。
  • 2005年、35年間に渡り自分の食事を撮影し、食べた物が脳の働きや体調に与える影響を分析したことに対して、イグノーベル栄養学賞が贈られた。中松の目標は144歳まで生きることである。ちなみに、本人は一日一食しか食べない。
  • 日本人で史上初めて、アメリカ大リーグで始球式を行う。(ピッツバーグ・パイレーツにて投球)。
  • 本人歌唱「君が代」のCDが発売されている。
  • 「ピョンピョンシューズ」のまま旅客機に乗り込もうとして、ピョンピョン跳ねた勢いで天井に頭をぶつけてしまい「頭が悪くなったらどうしてくれる!」と怒鳴ったいうエピソードを持つ。
  • 特許以外にも数多くの商標登録を申請し、「元祖平成維新」や「新・民主党」「知本主義」などは登録が受理されている。「がんばれ日本(にっぽん)」はJOCから異議申し立てが出て裁判になったが、中松の登録が結局認められている。
  • インターネット・ワイヤードが行ったネットリサーチで、「この人のおかげで今がある」とされる発明家の調査で数千件の投票を得て、1位のエジソンに次ぎ、堂々の2位であった[8]
  • 20歳の頃にセックスをすると頭が悪くなるという主張をしており、24歳までセックスをしていないと語っている。[9]

[編集] 著書

[編集] 参考

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  1. ^ 日本国内での博士号取得者のリストの中には「中松義郎」の名前は確認されていない
  2. ^ 名誉市民賞や記念日は当人からの寄附の申し出で授与されるケースも多く一般的な顕彰とは位置づけが違っている
  3. ^ 特許電子図書館において特許公開出願番号「S58-120906」で検索可能。
  4. ^ 詳しくは中松義郎とフロッピーディスクの項目を参照
  5. ^ 永久機関と称する向きもあるが、本来の永久機関の定義は外部から継続的にエネルギーを供給されないものを挿すため、これに当たらない当該項目も参照)
  6. ^ 2007年、このHODの開発により、環境技術に関する映画を企画していた米国の製作会社「ダークホース・エンターテインメント」が注目。ドクター中松個人をメインとしたドキュメンタリー映画「マスター・オブ・イノベーション~ドクターナカマツ・ストーリー」が公開される。日本人として史上初の「個人」が扱われるハリウッド映画である
  7. ^ 1992年の参院選、2007年の都知事選の政見放送や街頭演説では当選の暁にはICBMを発射してきた国にUターンさせる発明「ドクター中松ディフェンス(DND)」で日本を守ると主張した(発明品の現物は存在しない)。
  8. ^ 3位はグラハム・ベル、4位ライト兄弟、5位レオナルド・ダ・ヴィンチ、6位アルバート・アインシュタインと続く
  9. ^ 『二十歳のころ』東大教養学部立花隆ゼミ (新潮社 1999/12) ISBN 4103955031

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク