トロント・ブルージェイズ

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トロント・ブルージェイズ
Toronto Blue Jays
創設: 1977年
所属リーグ

アメリカンリーグ東地区

歴代チーム名
  • トロント・ブルージェイズ (1977年 - )
歴代本拠地

Toronto, Skydome, N.Y. Yankees vs. BlueJays.JPG

収容人員: 50,516人
永久欠番
42
獲得タイトル(獲得年)
ワールドシリーズ優勝 (2回) 1992 • 1993
リーグ優勝 (2回) 1992 • 1993
地区優勝 (5回) 1985 • 1989 • 1991 • 1992
1993
ワイルドカード なし
球団組織
オーナー: ロジャース・コミュニケーションズ
GM: アレックス・アンソパウロス
監督: シト・ガストン

トロント・ブルージェイズToronto Blue Jays 、略称:TOR)は、アメリカメジャーリーグアメリカンリーグ東地区所属のプロ野球チーム。本拠地はカナダオンタリオ州トロントにあるロジャース・センター(Rogers Centre)。通称「ジェイズ(Jays)」。現在MLBで唯一アメリカ国外のカナダに本拠地を持つ球団である。

目次

[編集] 概要

シーズン成績の詳細については年度別成績一覧を参照

1977年に創設された新興球団。カナダ最大の都市であるトロントに本拠地を構えており、アメリカ国外に本拠地を置いている唯一のメジャー球団である。アメリカ国外のメジャー球団としては、同じくカナダのモントリオールに本拠地を構えていたモントリオール・エクスポズがあったが、2005年からワシントンD.C.に本拠地を移してワシントン・ナショナルズとなっている。

ニューヨーク・ヤンキースボストン・レッドソックスという人気・実力共にメジャートップクラスの2チームが存在するアメリカンリーグ東地区に所属したため、球団創設当初は、6年連続最下位など苦戦が続いた。しかし、1982年にボビー・コックスが監督に就任すると、この頃には生え抜きの若手選手も台頭し始め、チームも徐々に上位に進出する。

そして、1985年に初の地区優勝、1993年までに5度の地区優勝を果たす。1992年1993年には、2年連続のワールドチャンピオンに輝き、この頃には観客数も400万人(メジャー史上初)を超えるなど、まさに黄金時代を迎えることとなる(2008年現在、リーグ拡張で誕生した球団としては唯一のワールドシリーズ連覇)。しかし、1994年のストライキ以降は勢いを失い、主力選手も次々と退団。順位もヤンキース、レッドソックスに次ぐ3番手という位置づけが定着し、プレーオフ進出もままならないシーズンが続いている。

2000年に現在の親会社であるロジャース・コミュニケーションズがチームを買収。2004年には本拠地のスカイドームスポーツコ・インターナショナルから買収し、ロジャース・センターに改名。2005年頃からはJ.P.リッチアーディGMのもと、大規模な戦力補強を行うなどチーム改革を進めている。ロジャース・センターは世界初の開閉式屋根付き球場で、近くにはCNタワーがそびえ立っており、球場内からその威容を眺めることができる。

2006年シーズンはチーム創設30周年に当たるため、右袖に30周年エンブレムが、また、左袖には2005年に亡くなった元・専属アナウンサー、トム・チーク氏を偲んで「TC」のエンブレムが付けられた。毎年7月1日のカナダデー(独立記念日)には、黒に赤い影文字で「Jays」と入った特別ジャージが使用された。なお、帽子にカナダ国旗、背中は選手名に代わり「CANADA」の文字が入る。

日本人選手では2007年に大家友和が所属していたが、シーズン途中に解雇された。2009年、元広島の高橋建がマイナー契約を結んだ。

[編集] 球団の歴史

[編集] 1977年 - 1991年

1977年、アメリカンリーグの拡張で、シアトル・マリナーズとともに誕生。同年4月7日の開幕戦ではシカゴ・ホワイトソックスと対戦。阪神タイガースにも在籍していたダグ・オルトの2本塁打の活躍もあり、9対5で初勝利を飾っている。しかし、その後はなかなか勝ち星をあげることができず、この年は54勝107敗を記録し、断トツの最下位でシーズンを終えた。その後、1979年まで3年連続でシーズン100敗を記録、1982年まで6年連続で最下位に沈むなど、他のエクスパンションチーム同様、設立当初は低迷が続いた。

1982年、ボビー・コックスが監督に就任。就任1年目こそ最下位を脱出できなかったが、翌1983年には、初めて勝率5割を超え、4位でシーズンを終えた。また、パット・ギリックGMが有望な若手選手を数多く獲得したことで、この頃にはジョージ・ベルロイド・モスビージェシー・バーフィールドからなる外野手トリオが台頭。彼らの活躍もあり、1984年は2位、1985年には初めて地区優勝に輝いた。この年のリーグチャンピオンシップシリーズでは、カンザスシティ・ロイヤルズと対戦。3勝1敗でリーグ優勝に王手をかけたが、その後に3連敗を喫し、リーグ優勝を逃している。また、このシーズン限りでコックス監督が退任し、ジミー・ウィリアムスが監督に就任したが、1988年まで3年連続で地区優勝を果たせなかった。

1989年、開幕から12勝24敗と不調が続いたため、5月にはウィリアムスに代わり、シト・ガストンが新監督に就任する。また、6月には世界初の可動式屋根付きスタジアムであるスカイ・ドーム(現ロジャース・センター)が開場した。新監督の就任や新本拠地の開場に伴なってチームは快進撃を続け、最終的にチームの最高勝率となる99勝62敗という成績(2008年現在)で2度目の地区優勝を果たした。しかし、リーグチャンピオンシップシリーズではオークランド・アスレチックスと対戦し、1勝4敗で敗れている。

1990年は、全体的に好調なシーズンを過ごしたものの、首位ボストン・レッドソックスに2ゲーム差の2位に終わった。この年のオフにはサンディエゴ・パドレスとの間でトニー・フェルナンデスフレッド・マグリフジョー・カーターロベルト・アロマーによる2対2の大型トレードを行っている。1991年、91勝71敗で3度目の地区優勝を果たすが、リーグチャンピオンシップシリーズでは、ミネソタ・ツインズに敗れ、この年もリーグ優勝を逃している。なお、この年にはメジャーで初めて観客動員で400万人を突破している(その後3年間に渡って400万人を維持した)。

[編集] 1992年、1993年

1992年、前年ツインズでプレーし、チームのワールドシリーズ制覇に貢献したジャック・モリスを獲得。またカリフォルニア・エンゼルスからデーブ・ウィンフィールドも獲得している。そして、彼らの活躍もあり、4度目の地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズでは、アスレチックスと対戦。1勝2敗で迎えた第4戦では、7回まで1対6とリードを許していたが、9回にアロマーの2ランで同点に追いつき、延長11回の末、7対6で勝利を収めた。この勝利によって流れを掴み、この後に2連勝、最終的に4勝2敗で初のリーグ優勝を果たした。また、初出場となったワールドシリーズでは、アトランタ・ブレーブスを4勝2敗で下し、初のワールドチャンピオンに輝いた。なお、アトランタでの第2戦のセレモニーで海兵隊カラーガードがカナダ国旗を逆さに掲げる事態が発生し、このことがブルージェイズの選手やファンを奮起させ、ワールドシリーズ初制覇を促したといわれる。また、このシリーズの第3戦では、外野手のデボン・ホワイトが無死一、二塁の場面でデービッド・ジャスティスの大飛球をフェンスにぶつかりながら後ろ向きで捕球する超ファインプレーをみせた。この後すぐに、一塁手のジョン・オルルドへ返球し、飛び出していた一塁走者を刺殺。オルルドは、すぐさま三塁手のケリー・グルーバーへ送球し、グルーバーは二塁走者にタッチした。これによってトリプルプレーを完成させたかにみえたが、審判が見逃していたため、これはならなかった。

シーズン後、ワールドシリーズ制覇の立役者となったモリス、ウィンフィールドが1年限りで退団。代わりにミルウォーキー・ブルワーズからポール・モリター、アスレチックスからデイブ・スチュワートを獲得した。1993年も圧倒的な強さをみせ、2位のニューヨーク・ヤンキースに7ゲーム差をつける5度目の地区優勝を果たした。なお、この年には7人もの選手がオールスターに選出され、人気、実力共に絶頂期を迎えることとなった。リーグチャンピオンシップシリーズでは、ホワイトソックスを4勝2敗で下し、2度目のリーグ優勝。ワールドシリーズでは、フィラデルフィア・フィリーズとの対戦となり、ブルージェイズが4勝2敗でワールドシリーズ2連覇を果たした。このシリーズは様々な面で記憶に残るものとなった。第4戦では、両先発が共に崩壊し、7回までに9対14と荒れた試合となり、8回にブルージェイズが一挙6点をとって逆転、最終的に15対14でブルージェイズが勝利した。両チームの合計得点である29点はワールドシリーズの最多得点となっている。また、3勝2敗とブルージェイズが王手をかけた第6戦では、6回までに5対1とリードしていたが、フィリーズは7回表に3ランホームランなどで5点を奪って逆転。9回、フィリーズの守護神ミッチ・ウィリアムスがマウンドに上がったが、一死一、二塁の場面で、カーターがレフトスタンドへ優勝決定サヨナラホームランを放ち、メジャー史に残る劇的な幕切れとなった。

[編集] 1994年 - 現在

1994年のストライキ以降、高年俸の主力選手を相次いで放出した結果、成績、観客動員ともに低迷し、ここ10年ほどは、ヤンキース、レッドソックスの2強に次ぐ3位がほぼ定位置となっていった(1998年から2003年まで6年連続で地区3位)。この間、カルロス・デルガドショーン・グリーンといった若手が台頭。1996年には、パット・ヘントゲンサイ・ヤング賞を獲得し、翌1997年にレッドソックスから獲得したロジャー・クレメンスも、在籍した2年間でサイ・ヤング賞を連続で獲得している。しかしこれらもチームの成績とは結びつかない状況が続いた。

2000年にロジャース・コミュニケーションズがチームを買収。2004年には67勝94敗と大きく負け越し、最下位に沈んでしまった。そのため、2005年オフにはJ.P.リッチアーディGMによる一大補強が行われ、A.J.バーネットトロイ・グロースなど投打の大物を次々と獲得。補強選手やそれに刺激された既存選手の活躍、若手の台頭もあり、翌2006年には3地区制になって初めて2位でシーズンを終え、1998年以来長らく続いた2強の一角を崩した。2007年シーズンは、新たにフランク・トーマスが加わり、プレーオフを狙える位置に近づいたが、打撃陣の不調、故障者の続出もあり、1位レッドソックス、2位ヤンキースから10ゲーム以上離され、プレーオフ進出はならなかった。2008年も序盤はレッドソックスやタンパベイ・レイズに引き離された最下位と低迷、6月20日に監督のジョン・ギボンズを解任し、1992年と1993年のワールドシリーズ連覇時の監督であるシト・ガストンを新監督として招聘した。86勝76敗と勝ち越したが地区4位に終わった。チーム防御率は両リーグトップだった。

2009年は投手陣に故障者が続出し、新人主体の先発ローテーションを余儀なくされる。序盤は好調で40試合消化時点では27勝13敗で地区首位に立っていた。しかし、直後に9連敗を喫すると、それ以降は急激に失速し、2年連続の地区4位に終わった。7月にはエースのロイ・ハラデイのトレード交渉も進行した(結局成立せず)。シーズン終了直前にはシト・ガストン監督と選手の不和が伝えられ、10月3日に大型契約失敗を繰り返し、チームを財政難に追い込んだJ.P.リッチアーディGMを解任した。後任のGMにアレックス・アンソパウロスが就任した。

チーム名の由来のアオカケス

[編集] チーム名の由来

チーム名の由来は北米で見られる美しい鳥でオンタリオ州の州鳥であるアオカケス(Blue Jay)からとられている。「ネームコンテスト」ではブルースに決まりかけたが、同じ名前を持つトロント大学からクレームがきたため「ブルージェイズ」に変更された。

[編集] 主な選手

[編集] 現役選手

投手

捕手

内野手

外野手

指名打者

* アクティブロースター外
** 40人ロースター外

2009年11月5日更新   
[公式サイト(英語)より:40人ロースター 選手の移籍・故障情報 予想オーダー]

[編集] 殿堂入り選手

[編集] 永久欠番

[編集] レベル・オブ・エクセレンス

ブルージェイズは2008年現在までに、42番以外での永久欠番を設けておらず、いずれも「レベル・オブ・エクセレンス」(準永久欠番)として顕彰しており、他球団における永久欠番・球団殿堂入りと同格に扱われる。 対象者は以下の通り。

[編集] チーム記録

[編集] 通算記録

[編集] 打撃部門

  • 出場試合:1450 トニー・フェルナンデス(Tony Fernandez)
  • 打席:5335 トニー・フェルナンデス(Tony Fernandez)
  • 得点:889 カルロス・デルガド(Carlos Delgado)
  • 打率(2000打席以上):.307 ロベルト・アロマー(Roberto Alomar)
  • 安打:1583 トニー・フェルナンデス(Tony Fernandez)
  • 本塁打:336 カルロス・デルガド(Carlos Delgado)
  • 打点:1058 カルロス・デルガド(Carlos Delgado)
  • 盗塁:255 ロイド・モスビー(Lloyd Moseby)
  • 出塁率(2000打席以上):.395 ジョン・オルルド(John Olerud)

[編集] 投手部門

※2007年シーズン終了時点。

[編集] シーズン記録

[編集] 打撃部門

  • 安打:215 ヴァーノン・ウェルズ(Vernon Wells) 2003年
  • 得点:134 ショーン・グリーン(Shawn Green) 1999年
  • 打率:.363 ジョン・オルルド(John Olerud) 1993年
  • 本塁打:47 ジョージ・ベル(George Bell) 1987年
  • 打点:137 カルロス・デルガド(Carlos Delgado) 2000年
  • 盗塁:60 デイブ・コリンズ(Dave Collins) 1984年

[編集] 投手部門

  • 防御率:2.05 ロジャー・クレメンス(Roger Clemens) 1997年
  • 勝利:22 ロイ・ハラデイ(Roy Halladay) 2003年
  • 奪三振:292 ロジャー・クレメンス(Roger Clemens) 1997年
  • セーブ:45 デュウェイン・ウォード(Duane Ward) 1993年

※2007年シーズン終了時点。

[編集] その他

  • 無安打無得点試合:デーブ・スティーブ(Dave Stieb) 1990年9月2日 対クリーブランド・インディアンス

[編集] 傘下マイナーチーム

クラス チーム 参加リーグ
AAA ラスベガス・フィフティワンズLas Vegas 51s パシフィック・コーストリーグPacific Coast League
AA ニューハンプシャー・フィッシャーキャッツNew Hampshire Fisher Cats イースタンリーグEastern League
A+ ダニーデン・ブルージェイズDunedin Blue Jays フロリダ・ステートリーグFlorida State League
A ランシング・ラグナッツLansing Lugnuts ミッドウェストリーグMidwest League
A- オーバーン・ダブルデイズAuburn Doubledays ニューヨーク・ペンリーグNew York-Penn League
Rookie ガルフ・コーストリーグ・ブルージェイズGulf Coast League Blue Jays ガルフ・コーストリーグGulf Coast League

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ