ザンビア

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ザンビア共和国
Republic of Zambia
ザンビアの国旗
国旗 (国章)
国の標語 : One Zambia, One Nation
(英語: 1つのザンビア、1つの国)
国歌 : Stand and sing of Zambia, proud and free
ザンビアの位置
公用語 英語ベンバ語
首都 ルサカ
最大の都市 ルサカ
政府
大統領 ルピア・バンダ
首相 なし
面積
総計 752,614km²38位
水面積率 1.6%
人口
総計(2008年 12,935,000人(76位
人口密度 14人/km²
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 53兆7,063億[1]ザンビア・クワチャ
GDPMER
合計(2008年 143億[1]ドル(116位
GDPPPP
合計(2008年 174億[1]ドル(135位
1人当り 1,399[1]ドル
独立 イギリスから
1964年10月24日
通貨 ザンビア・クワチャZMK
時間帯 UTC +2(DST: なし)
ccTLD ZM
国際電話番号 260

ザンビア共和国(ザンビアきょうわこく)、通称ザンビアは、アフリカ南部の。かつてはイギリス領のローデシアであった地域である。

コンゴ民主共和国タンザニアマラウイモザンビークジンバブエナミビアアンゴラの7つの国に接している[2]

この国と南隣のジンバブエとの国境に流れるザンベジ川には、世界三大瀑布の一つと言われる「ヴィクトリアの滝」がある。アフリカを代表する動物、ゾウカバキリンシマウマヌーも多く住み、大自然が大変良く残されている。

目次

[編集] 国名

正式名称は英語で、Republic of Zambia(リパブリック・オブ・ザンビア)。通称、Zambia(ザンビア)。

日本語の表記は、ザンビア共和国。通称、ザンビア

国名は、国の西部・南部を流れるザンベジ川にちなんでつけられた。

[編集] 歴史

1798年にポルトガルが進出。1889年にイギリス南アフリカ会社の設立により統治権を確立。1924年に直轄植民地化。自治政府の首相ケネス・カウンダ統一民族独立党 (UNIP) により、1964年にイギリスから独立した。

なお、当時はローデシアとして東京オリンピックに参加していたが、閉会式にあたる日にザンビアとして独立したため、開会式と閉会式とで異なる国名となるという一幕があった。現在は複数政党制民主主義運動 (MMD) のルピア・バンダが大統領代行を務めている。

[編集] 政治

ザンビアは共和制大統領制をとる立憲国家である。現行憲法1991年8月24日に公布(1996年改正)されたもの。

国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出される。任期は5年。1996年の憲法改正により3選禁止事項が盛り込まれた。閣僚は大統領が国民議会議員の中から任命する。首相職は1991年8月31日に廃止された。

立法府一院制で、正式名称は国民議会。定数は158議席で、うち150議席は国民の直接選挙により選出され、8議席は大統領による任命制である。議員の任期は5年である。

1991年からザンビアは複数政党制が認められている。現与党複数政党制民主主義運動(MMD)のほか、愛国戦線(PF)、国家開発統一党(UPND)などの野党活動も活発であり、旧一党支配政党の統一民族独立党(UNIP)の勢力も依然として強力である。

[編集] 国際関係

中華人民共和国とは友好関係にあり、ザンビア中部からタンザニアのダルエスサラームまでのタンザン鉄道を建設したのも中国である。

しかし1998年に起きた銅鉱山を買い取った中国人による労働組合設立の弾圧や2006年の中国人の賃金未払いによる労働者デモで中国人監督が労働者に発砲、46人が射殺される事件などでザンビア国民の対中感情は悪くなってきている。

2006年秋の大統領選に出馬した野党「愛国戦線」のマイケル・サタ党首は中国追放論を主張した。結果は敗れたものの、28%の支持を得た。首都のルサカでは選挙を争った前大統領レヴィー・ムワナワサの3倍の票を得た。

[編集] 地方行政区分

詳細は「ザンビアの行政区画」を参照

ザンビアは9つの州(Province)から構成されている。

ザンビアの地図

[編集] 地理

[編集] 気候

熱帯性であるが、高地ではしのぎやすい。年降水量は500~1,500mm。首都ルサカ(標高約1,200m)では1月の平均気温は21℃、7月の平均気温は16℃である。乾季は5月~8月で、12月~4月は雨季である。

[編集] 経済

世界的なの産地(→カッパーベルト)で、日本の10円硬貨にもこのザンビアから輸入した銅が含まれている。他にも亜鉛などを産出する。小規模ながら繊維工業などもある。しかしながら、主力の銅生産は生産設備の老朽化や投資環境の未整備、銅価格の下落などにより不振が続いており、銅のモノカルチャーに近かったザンビア経済は長期低迷を続けている。日本はこの国の援助に力を入れており、経済協力は年間5,200万ドル(約57億円、2001年)におよび、この額は日本の対アフリカ援助で3番目となっている。

[編集] 国民

住民は、バントゥー系諸民族(トンガ系、ニャンジャ系など)が主である。ヨーロッパ人は1%ほどである。

言語は公用語が英語で、その他に各民族の言葉(トンガ語ニャンジャ語など)が使われる。

宗教は、キリスト教の割合が半分以上で、その他にイスラム教ヒンドゥー教、伝統的宗教などが信仰されている。

[編集] 文化

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日
3月第2月曜日 青年の日
5月1日 メーデー
5月25日 アフリカデー
7月第1月曜日 英雄の日
7月第1火曜日 ユニティデー
8月第1月曜日 農民の日
10月24日 独立記念日
12月25日 クリスマス

[編集] 脚注

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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 厳密にはナミビア・ジンバブエ両国と接する地点ではボツワナとも国境点で接している

[編集] 関連項目

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 参考文献

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[編集] 外部リンク

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