アクリロニトリル

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アクリロニトリル
識別情報
略称 AN
CAS登録番号 107-13-1
特性
化学式 C3H3N
モル質量 53.06 g/mol
示性式 CH2=CH-C≡N
外観 無色の液体
密度 0.81 g/cm3
融点

-84 °C(189K)

沸点

77°C(350 K)

への溶解度 7 g/100 mL at 20 °C
危険性
主な危険性 可燃性,
反応性,
毒性
関連する物質
関連物質 アクリル酸,
アクロレイン
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

アクリロニトリル (acrylonitrile) とは、ニトリルの1種で、化学工業における中間体として重要な有機化合物である。アクリルニトリルアクリル酸ニトリルシアン化ビニール (vinyl cyanide) などの別称がある。分子式C3H3NIUPAC命名法では、アクリル酸 (acrylic acid、CH2=CHCOOH)が慣用名として認められていることから、そこから誘導される名称としてアクリロニトリルも認められている。

性質[編集]

無色透明で特有の刺激臭のある液体分子量 53.06 g/mol、融点 -83.55 沸点77.6 ℃から77.7 ℃。20 ℃の水に対する溶解度は100 mLあたり7.3 g[1]有機溶媒の多くのものと任意の割合で混じり合う。

引火性が強い(引火点 0 ℃)だけでなく、毒性が強いため空気中に20 ppm以上含まれると危険である[1]。日本では、毒物及び劇物取締法により劇物に指定されている[2]。光や酸素、アルカリの作用により重合を起こすため、保存にも注意を要する。重合禁止剤としては炭酸アンモニウムなどが用いられる[1]

反応[編集]

アクリロニトリルは各種求核試薬のマイケル付加を受けやすい。すなわち、シアノエチル化の反応試剤である。特に芳香族アミンのシアノエチル化には酢酸銅(II)が触媒に用いられる[3]

は求核剤)

また、ビニル基の部分がアルケンとしての性質を示すため、ジエンとの間でディールス・アルダー反応を起こして環化する[1]

製造[編集]

アクリロニトリルは、工業的にはプロピレンから、金属酸化物 (例:MoO3-Bi2O3-Fe2O3) 触媒の存在下にアンモニア酸素を作用させて生産される。この方法は ソハイオ法 (Sohio process) もしくはアンモ酸化 (ammoxidation) と呼ばれる。

ソハイオ法は、副生物としてシアン化水素 (HCN)、アセトニトリル (CH3CN) も得られるため、それらの製法としても利用されている。

エチレンシアンヒドリン脱水、またはアセチレンに対するシアン化水素付加反応によっても、アクリロニトリルを得ることができる。

製造量[編集]

2009年末時点で、世界のアクリロニトリル総生産能力は600万トン強。国別の生産量では、アメリカ合衆国中国日本韓国台湾の順位であった。中国は2009年の生産量が101万トンであったが、設備改造による能力アップが続き[4]、2011年に生産量が111万トンで首位となった。

2013年末の、世界のアクリロニトリル総生産能力は、旭化成ケミカルの韓国や中国石油化工集団安慶の増設によって約680万トンとなり、総生産量は約533万トンとなった[5]

2012年の日本国内生産量は553,908トン、出荷量は552,452トン、2013年の日本国内生産量は517,869トン、出荷量は526,014トンであった[6]

主要メーカー[編集]

用途[編集]

アクリロニトリルは、主にアクリル繊維ポリアクリロニトリル)や合成樹脂[1]ABS樹脂AS樹脂(SAN)の原料とされている。また、アクリルアミドアジポニトリルの原料としても重要である。他に、ニトリルゴム向けなどがある。世界的には用途別比率はABS樹脂やAS樹脂向けが40 %強、アクリル繊維向けが約40 %、アクリルアミド向けが10 %弱となっている。

かつてはアクリル酸の原料でもあった。また、うまみ調味料の主成分L-グルタミン酸ナトリウムもかつてはアクリロニトリルからの生成が試みられた[7]。アクリロニトリルの原料であるプロピレンは石油由来原料であり、これが「味の素の原料は石油」と呼ばれた所以である。

事故[編集]

空気中での爆発範囲は、下限 3.0 vol%、上限 17.0 vol% とされる[8]

前述の通り、アクリロニトリルは引火性で毒性も持つ。アメリカ合衆国のテネシー州のメリービル英語版では、2015年にアクリロニトリルを含む可燃物を搭載した貨物列車が脱線し炎上した。アクリロニトリルの有害性(燃焼後の気体も有害)から、周辺住民は避難し、また出火当時は消火活動も行われていなかった[9]。また、2015年8月の山東省化学工場爆発事件の原因となっていた。

法規制[編集]

日本では毒物及び劇物取締法および毒物及び劇物指定令(別表第二)によりアクリルニトリルとして劇物に指定されている[10]

またアクリロニトリルとして、労働安全衛生法の関連法令である「労働安全衛生法施行令」(昭和四十七年政令第三百十八号)別表第三にて、特定化学物質第2類と規定されているほか[11]特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化管法)の特定第1種指定化学物質に指定されており[2]高圧ガス保安法[12]船舶安全法[2]大気汚染防止法[13]海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律(海洋汚染防止法)[14]にも規定がある。消防法に定める第4類危険物 第1石油類に該当する[15][注 1]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 消防法 別表第一では危険物を分類しており、第1石油類は「アセトン、ガソリンその他一気圧において引火点が二一度未満のもの」と定義されている[16]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 簱野昌弘 著、化学大辞典編集委員会(編) 編『化学大辞典』 1巻(縮刷版第26版)、共立、1981年10月、43頁頁。 
  2. ^ a b c 安全データシート アクリロニトリル”. 職場のあんぜんサイト. 厚生労働省. 2018年3月17日閲覧。
  3. ^ 友田修司、「シアノエチル化」『世界大百科事典』、CD-ROM版、平凡社、1999。
  4. ^ 『中国石化報』「調整加工路線 讓丙烯腈更掙錢」、2010年6月1日
  5. ^ 化学工業日報社、「13年世界需要が過去最高」『化学工業日報』、2014年4月28日、東京、化学工業日報社
  6. ^ 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編 経済産業省
  7. ^ 小原正美、日野哲雄「アミノ酸の製造について」『有機合成化学』第20巻第7号、有機合成化学協会、1962年7月1日、676-687頁、doi:10.5059/yukigoseikyokaishi.20.6762023年8月12日閲覧 
  8. ^ ICSC 0092 - アクリロニトリル ICSCデータベース 国際化学物質安全性カード (ICSCs)
  9. ^ 有害物質運ぶ列車が脱線・炎上、住民5000人避難 米テネシー州”. AFP BB. フランス通信社 (2015年7月2日). 2023年8月12日閲覧。
  10. ^ 毒物及び劇物取締法施行令(昭和三十年政令第二百六十一号)別表第二”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2019年6月28日). 2020年1月31日閲覧。 “令和元年政令第四十四号改正、2019年7月1日施行分”
  11. ^ 労働安全衛生法施行令(昭和四十七年政令第三百十八号)別表第三 特定化学物質(第六条、第九条の三、第十七条、第十八条、第十八条の二、第二十一条、第二十二条関係)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2019年6月5日). 2020年1月31日閲覧。 “令和元年政令第十九号改正、2019年6月5日施行分”
  12. ^ 一般高圧ガス保安規則(昭和四十一年通商産業省令第五十三号)第2条: 用語の定義”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2020年12月20日). 2020年1月31日閲覧。 “令和元年経済産業省令第五十四号改正、2019年12月20日施行分”
  13. ^ 大気汚染防止法の一部を改正する法律の施行について”. 環境庁. 2012年2月28日閲覧。
  14. ^ 海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律施行令(昭和四十六年政令第二百一号)別表第一(第一条の二関係)二 Y類物質等”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2019年4月26日). 2020年1月31日閲覧。 “平成三十一年政令第百六十三号改正、2020年1月1日施行分”
  15. ^ Acrylonitrile (stabilized with MEHQ) > 法規情報”. 東京化成工業株式会社. 2020年1月31日閲覧。 “「消防法 危-4-1-II」”
  16. ^ 消防法(昭和二十三年法律第百八十六号)”. e-Gov法令検索. 総務省行政管理局 (2018年6月27日). 2020年1月31日閲覧。 “平成三十年法律第六十七号改正、2019年7月1日施行分”

外部リンク[編集]