黒瀬春樹

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黒瀬 春樹
阪神タイガース #38
090714-F-1975M-114 Haruki Kurose on July 14, 2009.jpg
埼玉西武時代(2009年8月14日、西武ドーム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県岐阜市
生年月日 1985年4月15日(26歳)
身長
体重
180cm
83kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手二塁手三塁手
プロ入り 2003年 ドラフト2巡目
初出場 2007年4月25日
年俸 600万円(2011年)
経歴(括弧内は在籍年)

黒瀬 春樹(くろせ はるき、1985年4月15日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手内野手)。

目次

[編集] 経歴

[編集] 西武時代

1985年に岐阜県岐阜市で生まれる。2004年ドラフト会議で西武ライオンズから2位で指名され、入団。この年にニューヨーク・メッツへ移籍した松井稼頭央の後を継ぐ大型内野手として期待された。

2005年は育成の意味を込めて2軍で積極的に起用され、チームトップの88試合に出場、打率.256・8本塁打の活躍を見せた。しかし守備ではイースタン・リーグトップの21失策を記録するなど不安が見られた。2006年も二軍で65試合に起用されたが、打率.236・4本塁打・15失策に終わった。

2007年オープン戦で二塁・遊撃・三塁と様々な守備位置で起用され、プロ4年目にして初の開幕1軍登録となったが、出場機会の無いまま3月29日に降格。しかし片岡易之の離脱で再昇格し、4月25日の対福岡ソフトバンクホークスで9番・二塁手で先発出場、杉内俊哉から第1打席の初球を初安打し、その後の打席で初犠打を記録した。シーズン終盤には一塁手での出場も2試合経験し、一塁・二塁・三塁を守るなどユーティリティーぶりを発揮した。2軍では守備率が初めて.950を越え、チーム2位の打率.281・6本塁打・42打点をマークした。

2008年8月3日の対千葉ロッテマリーンズ戦では、北京オリンピック野球日本代表に選出された中島裕之に代わって9番・遊撃手で出場。渡辺俊介から適時打を放ち、プロ初打点を記録した。さらに8月10日の対北海道日本ハムファイターズ戦では多田野数人からプロ初本塁打を記録。2軍では一時期首位打者に立つなど打撃好調で、初の3割となるリーグ3位の打率.313、チームトップの19盗塁を記録した。オフにはハワイ・ウィンターリーグへの派遣選手として選ばれた。

2009年は開幕前に片岡・中島がWBC日本代表に選出されたため、オープン戦のほぼ全試合に出場した。しかし、シーズン途中の大怪我のため24試合の出場にとどまった。

2011年は怪我から復帰し、開幕から2軍で打率3割をマークするが、5月25日江草仁貴との交換トレードで阪神タイガースへ移籍。

[編集] プレースタイル

強肩が持ち味の内野手。打撃が高く評価されているが、守備にやや難があるためなかなか一軍に定着できない。本来の守備位置は遊撃手であるが、二塁手三塁手一塁手も守れる。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2007 西武 12 14 13 0 2 0 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 4 0 .154 .154 .154 .308
2008 18 45 38 7 8 2 0 1 13 5 0 0 2 0 4 0 1 5 0 .211 .302 .342 .644
2009 24 27 25 4 5 0 0 0 5 2 2 1 2 0 0 0 0 7 1 .200 .200 .200 .400
2010 8 19 18 4 5 2 0 0 7 0 0 0 1 0 0 0 0 3 1 .278 .278 .389 .667
2011 阪神 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
通算:5年 64 107 96 15 20 4 0 1 27 7 2 1 6 0 4 0 1 19 2 .208 .248 .281 .529
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 56 (2004年 - 2011年5月24日)
  • 66 (2011年5月26日 - 同年終了)
  • 38 (2012年 - )

[編集] 関連項目

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