黎仁宗

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仁宗 黎邦基
後黎朝
第3代皇帝
王朝 後黎朝
在位期間 1443年 - 1459年
姓・諱 黎邦基(黎基隆)
諡号 欽文仁孝宣明聰睿宣皇帝
廟号 仁宗
生年 大宝2年6月9日
1441年6月27日
没年 延寧6年10月3日
1459年10月28日
太宗
宣慈皇后
陵墓 穆陵
元号 大和 : 1443年 - 1453年
延寧 : 1454年 - 1459年

黎仁宗(れいじんそう、レ・ニャントン、ベトナム語: Lê Nhân Tông)は、後黎朝大越の第3代皇帝(在位:1443年 - 1459年)。名は黎 邦基(れい ほうき、ベトナム語: Lê Bang Cơ)または黎 基隆(れい きりゅう)。

生涯[編集]

太宗の三男として生まれた。父帝の早世後に即位すると大和(太和とも)と改元した。このときわずか2歳であり、宣慈太后阮氏英が摂政した。宣慈太后の施政により国内は比較的安定し、私人田産法十四条を制定した。また大和4年(1446年)にはチャンパの侵攻を撃破し、国王摩訶賁該を生け捕りにした。しかし太后は讒言を信じて功臣の黎可らを殺し、大臣の憤激を引き起こした。大和11年(1453年)、宣慈太后に代わって親政を開始した。

延寧2年(1455年)、潘孚先に国史の編纂を命じ、『史記続編』を完成させた。また百官の俸禄と王侯の封地の法を改めた。

延寧6年(1459年)、長兄の諒山王黎宜民によって宣慈太后もろとも殺された。

先代:
太宗
後黎朝の第3代皇帝
1443年 - 1459年
次代:
前廃帝