鹿部駅
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| 鹿部駅 | |
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鹿部駅舎(2008年10月19日)
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| しかべ - Shikabe | |
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◄N69 銚子口 (7.8km)
(5.4km) 渡島沼尻 N67►
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| 所在地 | 北海道茅部郡鹿部町本別 |
| 駅番号 | ○N68 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | ■函館本線(砂原支線) |
| キロ程 | 14.6km(大沼起点) |
| 電報略号 | カヘ タチ(改称前) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面2線 |
| 開業年月日 | 1929年(昭和4年)1月5日 |
| 備考 | 無人駅 |
鹿部駅(しかべえき)は、北海道(渡島総合振興局)茅部郡鹿部町本別にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線(通称:砂原支線)の駅である。駅番号はN68。電報略号はカヘ。
目次 |
歴史 [編集]
1976年の鹿部駅と周囲約1.5km範囲。下が大沼方面。周囲は殆ど人家がなく、駅裏は駒ケ岳山麓の火山性の荒れた傾斜地が広がっている。市街地は右下側数キロ先の港にあり、駅のある標高100mまでは登り坂である。 国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
- 1929年(昭和4年)1月31日 - 大沼電鉄、大沼公園駅 - 鹿部駅(大沼電鉄)間全通[1]。
- 1945年(昭和20年)
- 1948年(昭和23年)1月16日 - 大沼電鉄、新銚子口駅 - 鹿部温泉駅(鹿部駅(大沼電鉄)を改称)間にて再開業[1]。
- 1949年(昭和24年)2月20日 - 鷹待駅(たかまちえき)に改称。大沼電鉄、鹿部温泉駅を鹿部駅(大沼電鉄)に再改称[1]。
- 1952年(昭和27年)12月25日 - 大沼電鉄、再び全線廃止[1]。
- 1956年(昭和31年)12月20日 - 鹿部駅に再改称[1]。
- 1980年(昭和55年)5月1日 - 貨物取扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 簡易委託廃止、完全無人化。
駅構造 [編集]
島式ホーム1面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅となっている[2]。駅舎側(東側)が上り線、外側が下り線となっている(番線表示なし)[2]。そのほか上下線共に安全側線を有する[2]。1983年(昭和58年)4月時点では駅舎と上り線の間に側線(副本線)を1線有していた[3]。転轍機の形状は上り線からの方開き分岐である[2]。列車は基本的に2番のりばに発着する。
大沼駅管理(夜間連絡先は森駅)の無人駅となっている。駅舎は構内の東側に位置しホーム中央部分とを結んだ構内踏切で連絡している[2]。有人駅時代の規模の大きい駅舎が継続使用されている[4]。待合室内には椅子のカバーなどを始めとした手造り品がたくさんあり、図書コーナーも設けられている[4]。駅舎内にトイレを有する[4]。駅スタンプが設置されている[4]。
駅の標高は90.5mである[2]。
駅名の由来 [編集]
当駅の所在する地名より。地名は、アイヌ語の「シカペ」(アホウドリ)に由来するとされる[3][5]。当地附近にアホウドリが多く住んでいたために付けられた[5]。
旧駅名の鷹待(たかまち)は、当地附近に鷹狩の際の鷹待がいたことに由来する[5]。
利用状況 [編集]
駅周辺 [編集]
駅前には別荘が多い[4]。役場などが所在する中心部とは約5km離れており、バスなどでの連絡が必要となる。
- 北海道道480号鹿部停車場線
- 国道278号
- 函館バス「鹿部駅前」停留所:鹿部出張所行き
隣の駅 [編集]
- 北海道旅客鉄道
- 函館本線(砂原支線)
脚注 [編集]
- ^ a b c d e f g 書籍『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線 1 北海道』(監修:今尾恵介、新潮社、2008年5月発行)26,27ページより。
- ^ a b c d e f g 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館、1993年6月発行)38ページより。
- ^ a b c 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館、1983年7月発行)54ページより。
- ^ a b c d e 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社、2008年8月発行)20ページより。
- ^ a b c 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)30ページより。
関連項目 [編集]
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