鹿浜橋

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東京都道318号標識
鹿浜橋(2012年2月)

鹿浜橋(しかはまばし)は、東京都足立区荒川(荒川放水路)に架かる東京都道318号環状七号線(通称:環七通り)の水道道路併用橋)である。

概要[編集]

北側からみた鹿浜橋

荒川の河口から18.75 km[1]の地点の荒川に架かる総延長922.0メートルの橋で[2]渡河区間である橋長451.3メートル、10径間の鋼鈑桁橋の1等橋(TL-20[3])で、本橋部を挟むように右岸側に長さ244.6メートル、左岸側に長さ226.1メートルの取り付け道路を有している[3]。なお、取り付け道路は片側の幅員8メートル[3]で歩道は設置されていない。また、水道道路併用橋でもあり[2]橋桁に付帯設備として内径1.2メートルの水道管を4本(送水本管2本、工業用水道管2本)併設し、荒川を横断する水道橋の役割も持ちあわせている[2][4]。また、首都高速道路川口線鹿浜橋出入口とも接続している。 橋の管理者は東京都である[5][1]。また、災害時に防災拠点等に緊急輸送を行なうための、東京都の特定緊急輸送道路に指定されている[6]。南岸の東京都足立区新田一・二丁目と北岸の同区鹿浜一・二丁目をつなぐ橋で、橋名は旧足立郡の鹿浜村・鹿浜新田にちなむ。 鹿浜橋は1924年大正13年)に開削された荒川放水路に架かる最上流に位置する橋である。

諸元[編集]

  • 種別 - 道路橋
  • 形式
    • 上部工 - ゲルバー(カンチレバー)式鋼鈑桁 + 単純活荷重合成桁[3]
    • 下部工 - 鋼管杭基礎(外径600 mm、長さ31.0-42.0 m)
  • 橋長 - 451.3 m [4]
  • 最大支間長 - 70 m
  • 径間割 - 39.0 m + 39.0 m + 39.0 m + 39.0 m + (51.0 m + 70.0 m + 51.0 m) + 39.0 m + 39.0 m + 39.0 m
  • 幅員 - 20 m(車道8 m、歩道2 m) × 2[4]
  • 完成年 - 1965年(昭和40年)2月[2]

歴史[編集]

東京都市計画街路環状七号線は国道122号を境に、西半分は東京オリンピックまでに整備をほぼ終えていたが、その東半分の大半が未着手だった[2]。橋はその首都圏整備整備の一環として第一期工事が1962年昭和37年)10月着工され、1965年昭和40年)2月竣工され[2]、同年2月12日に開通した[4][2]。事業主体は東京都で製作・施工は上部工を横河橋梁(現、横河ブリッジ)、日本鋼管(現、JFEエンジニアリング)、川田工業(現、川田テクノロジーズ)が行ない、下部工を戸田建設、野口建設が行なった[3][4]。側径間はクローラクレーンより1径間毎に架設され、主径間はベント工(仮受け構台)で桁を支持しながらケーブルクレーンを用いて架設された[7]。橋の右岸側には幅員8.0メートル、左岸側は幅員8.0メートルの取り付け道路を有している。また、右岸側取り付け道路に幅員3.75メートルの側道を併設していた[2]。また、羽村水系と金町水系を接続する送水本管2本もこの時に設置され1964年6月より通水を開始している[2]。この工事は西に隣接する隅田川に架かる新神谷橋と同時に行われ、事業延長は2750.4メートルにも及んだ[2]。引き続き第二期工事に着手され、1968年(昭和43年)に橋が上流側[8]に1本増設され4車線化された[4]。また、工業用水道管2本もこの時に設置された[2]。 橋の東詰に首都高速道路川口線鹿浜橋出入口が開設され、1987年(昭和62年)9月9日に供用開始された。

周辺[編集]

橋付近はスーパー堤防化事業や五色桜に由来する桜の植樹事業が行なわれている[9]。河川敷はゴルフ場やグラウンドなどのレクリエーション施設として利用されている。

路線バス[編集]

  • 都営バス
    • 王49 王子駅 - 北区神谷町 - 江北陸橋下- 西新井大師 - 梅島駅 - 千住車庫
    • 王49 王子駅 - 北区神谷町 - 江北陸橋下 - 江北駅(平日朝のみ)
    • 王49折返 王子駅 - 北区神谷町 - 江北陸橋下 - 西新井大師 - 足立区役所
    • 王49折返 王子駅 - ハートアイランド東 - 江北陸橋下 - 西新井大師 - 足立区役所(平日日中のみ)
  • 東武バスセントラル
    • 王30 王子駅 - 北区神谷町 - 江北陸橋下 - 西新井大師 - 綾瀬警察署 - 亀有駅北口(日中2往復のみ)
    • 深夜31 王子駅 → 北区神谷町 → 江北陸橋下 → 西新井大師 → 西新井駅(平日深夜のみ)
  • 国際興業バス
    • 赤26 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - 加賀団地 - 舎人団地
    • 赤27 赤羽駅東口 - 東十条四丁目 - 江北陸橋下 - 西新井大師 - 西新井駅
    • 赤27-2 赤羽車庫 - 東十条四丁目 - 江北陸橋下 - 西新井大師 - 西新井駅
    • 赤27-3 赤羽駅東口 → 東十条四丁目 → 江北陸橋下(土曜夜間のみ)

隣の橋[編集]

(上流) - 荒川橋梁 - 新荒川大橋 - 鹿浜橋 - 五色桜大橋 - 江北橋 - (下流)

脚注[編集]

  1. ^ a b 荒川下流河川維持管理計画【国土交通大臣管理区間編】 (PDF) p. 73(巻末-7) - 国土交通省関東地方整備局 荒川下流河川事務所、2012年3月
  2. ^ a b c d e f g h i j k 土木学会誌 第五十巻 第三号” (PDF). 土木学会. pp. 87-88(pp. 4-5) (1965年3月). 2017年2月24日閲覧。
  3. ^ a b c d e 三上澄 & 佐藤次郎 (1965, pp. 64–65)
  4. ^ a b c d e f 鹿浜橋1965-2-12 - 土木学会付属土木図書館、2017年2月24日閲覧。
  5. ^ 企画展「荒川の橋」荒川・隅田川の橋(amoaノート第8号)” (PDF). 荒川下流河川事務所(荒川知水資料館). 2005年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月4日閲覧。
  6. ^ 特定緊急輸送道路図”. 東京都耐震ポータルサイト (2013年). 2017年3月7日閲覧。
  7. ^ 三上澄 & 佐藤次郎 (1965, pp. 68–70)
  8. ^ MKT666X-C3-16(1966/10/22) 1966年10月22日撮影の千住新橋周辺 - 国土地理院(地図・空中写真閲覧サービス)、2017年2月21日閲覧。
  9. ^ 荒川将来像計画2010 地区別計画” (PDF). 国土交通省 関東地方整備局 (1996年). 2018年4月14日閲覧。

参考文献[編集]

  • 三上澄、佐藤次郎「新神谷橋・鹿浜橋工事報告」『土木技術』第20巻第7号、土木技術社、1965年7月1日、64-70頁、ISSN 0285-5046 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度46分36秒 東経139度44分42秒 / 北緯35.77667度 東経139.74500度 / 35.77667; 139.74500