鹿児島県立川内高等学校
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| 鹿児島県立川内高等学校 | |
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| 過去の名称 | 鹿児島県川内高等学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 鹿児島県 |
| 学区 | 北薩学区 |
| 併合学校 | 鹿児島県川内高等学校第一部 鹿児島県川内高等学校第二部 |
| 校訓 | 自立 敬愛 剛健 |
| 設立年月日 | 1897年4月16日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 46125D |
| 所在地 | 〒895-0061 |
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鹿児島県薩摩川内市御陵下町6-3
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| 外部リンク | 公式サイト |
鹿児島県立川内高等学校(かごしまけんりつ せんだいこうとうがっこう)は、鹿児島県薩摩川内市御陵下町にある県立の高等学校。2011年度より出水学区と合併し北薩学区となる。
目次 |
[編集] 概要
- 校訓
自律・敬愛・剛健
- 可愛山同窓会
入学時に5050円を可愛山同窓会に払うことになっている。
- 進路
- 学校周辺
国道3号沿いに位置している。薩摩国分寺跡が近くにあり、学校がある地域は薩摩国府の域内であった。国衙の遺跡は未発見であるが、国府関連の瓦などの遺物を1964年に教諭と生徒が発見した。
- 交通アクセス
- 肥薩おれんじ鉄道「上川内駅」より徒歩約13分
- いわさきバスネットワーク、南国交通「川内高校前」バス停より徒歩約1分
- スクールバス(宮之城方面・鶴田方面・入来及び祁答院・阿久根及び出水方面(2011年4月より))
[編集] 沿革
- 鹿児島県立川内中学校
- 1897年4月16日- 鹿児島県尋常中学校第一分校開校。
- 1898年4月1日- 鹿児島県第二尋常中学校と改称。
- 1899年4月1日 - 鹿児島県第二中学校と改称。
- 1901年9月2日 - 鹿児島県立川内中学校と改称。
- 1948年4月1日- 学制改革により、鹿児島県川内高等学校第一部と改称。
- 鹿児島県立川内高等女学校
- 1913年5月1日 - 薩摩郡立実科高等女学校として開校。
- 1923年4月10日- 鹿児島県立川内高等女学校と改称。
- 1948年4月1日 - 学制改革により、鹿児島県川内高等学校第二部と改称。
- 鹿児島県立川内高等学校
- 1949年4月1日 - 第一部と第二部を組織改編し、鹿児島県川内高等学校となる。
- 1956年4月1日- 鹿児島県立川内高等学校と改称。
- 2006年 - 必須科目の未履修が発覚(学校長は一度未履修を否認)。文部科学省や鹿児島県教育委員会の指示に従い補習を行った。
[編集] 行事
- クラスマッチ
- 男子は主にサッカーとバスケットボール、女子はソフトボールとバレーボールの競技を行い、全学年で優勝を争う。
- 強歩大会
- 11月に催される30キロメートル強歩。当日は地元の人々がボランティアとして給水地点を設けて飲み物やお菓子などを提供する。
- 出水川内高校スポーツ交歓会
- 鹿児島県立出水高等学校との対校試合。1997年、創立100周年記念事業として、川内高校が企画した。当初は、鹿児島市内の旧制中学校系高等学校との対校試合を模索したが、いずれも既に他校との対校試合を始めていたので断念した。
- これまで、1997年(第1回、於:川内総合運動公園)、1998年(第2回、於:出水市運動公園)、2000年(第3回、於:出水市運動公園)に実施されている。
[編集] 著名な出身者
- 神重徳(連合艦隊参謀)
- 松下忠洋(衆議院議員)
- 今久保幸生(京都大学大学院経済学研究科教授)
- 辻原幸雄(元西鉄ライオンズ他投手)
- 木佐貫洋(オリックス・バファローズ投手)
- 井手迫弘美(福岡県ローカルタレント)
- 西堂雅彦(バスケットボールトヨタ自動車アルバルク選手)
- 宇都格(元大阪近鉄バファローズ他投手、プロダーツプレイヤー)
- 濱田玲子(モデル)
- 金子彩(モデル)
- 田島正純(元 自転車競技選手、ヘルシンキオリンピック出場)
[編集] 参考文献
- 『鹿児島県立川内高等学校百周年記念誌』 - 鹿児島県立川内高等学校編