鶴林寺 (勝浦町)

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鶴林寺
Ryojuzan Kakurinji 11.JPG
本堂と三重塔
所在地 徳島県勝浦郡勝浦町生名鷲ヶ尾14
位置 北緯33度54分49.9秒東経134度30分20.2秒座標: 北緯33度54分49.9秒 東経134度30分20.2秒
山号 霊鷲山
宗派 高野山真言宗
寺格 別格本山
本尊 地蔵菩薩
創建年 (伝)延暦17年(798年
開基 桓武天皇勅願)、空海(弘法大師)
正式名 霊鷲山 宝珠院 鶴林寺
別称 お鶴さん
札所等 四国八十八箇所20番
文化財 木造地蔵菩薩立像(国の重要文化財)
絹本着色釈迦三尊像(国の重要美術品)
地蔵来迎図(県有形文化財)
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山門
大師堂
太龍寺から望む

鶴林寺(かくりんじ)は、徳島県勝浦郡勝浦町にある高野山真言宗の寺院である。四国八十八箇所霊場第二十番札所。霊鷲山(りょうじゅさん)、宝珠院(ほうじゅいん)と号する。本尊地蔵菩薩。地元の人や遍路からは「お鶴さん」と呼ばれ親しまれているが、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と並び称される阿波の難所の一つで、標高570mの山頂までの表参道は「へんろころがし」といわれる急傾斜の山道である。

本尊真言:おん かかかびさんまえい そわか

ご詠歌:しげりつる 鶴の林を しるべにて 大師ぞいます 地蔵帝釈

歴史[編集]

寺伝によれば、延暦17年(798年)に桓武天皇勅願によって空海(弘法大師)が開創。寺伝によれば、空海がこの山で修行中に雌雄の白鶴が杉の梢で小さな金の地蔵菩薩像を守護していた。空海はそれを見て、霊木に3尺(約90cm)の地蔵菩薩を刻み、その胎内に鶴が守っていた1寸8分の地蔵像を納めて本尊として鶴林寺の寺名を定めた。境内の雰囲気が釈迦が説法をした霊鷲山に似ていることから山号にいただいたという。

平城嵯峨淳和の各天皇からの篤い帰依、源頼朝義経徳島藩蜂須賀家政などからの信仰も受けて大いに栄えた。

境内[編集]

  • 山門仁王門) - 仁王像と共に鶴像が一対。
  • 本堂
  • 大師堂
  • 鐘楼
  • 三重塔 - 文政6年(1823年)建立。
  • 六角地蔵堂
  • 護摩堂
  • 忠霊殿
  • 山門を入ってしばらく参道を進むと右手に六角堂があり、さらに進むと左手に手水鉢があり右に70段の石段がある。石段下の右手に忠霊殿、左手に護摩堂と大師堂があり、石段を上り詰めると本堂が建つ。本堂の周辺に鐘楼、三重塔がある。納経所は大師堂の先にある。
  • 宿坊:なし
  • 駐車場:30台(道路維持管理費として志納金300円要、引き替えに交通安全ステッカーを貰える)

文化財[編集]

重要文化財(国指定)
  • 木造地蔵菩薩立像 - 寄木造、彩色、像高63.3cm、平安時代後期、京都国立博物館に寄託、明治44年8月9日指定
重要美術品(国認定)
史跡(国指定)
  • 「阿波遍路道 鶴林路道 太龍寺道 いわや道 平等寺道」 - 平成22年8月5日指定、平成25年3月27日追加指定
平成22年に4.5km分が指定。平成25年にいわや道の延長部分2.09kmと平等寺道0.66km(計2.75km)が追加指定された。[1][2]
徳島県指定有形文化財
  • 絹本著色地蔵来迎図 - 昭和43年6月7日指定
  • 三重塔 - 文政十年(1827年)、銅板葺、高さ23m、昭和27年6月25日指定
勝浦町指定有形文化財
  • 本堂:昭和53.7.10指定
  • 千仏名経3巻:昭和53.7.10指定

アクセス[編集]

鉄道
バス
  • 徳島バス 勝浦線(横瀬または黄檗行) 「生名」下車 (3.4km)
道路

奥の院[編集]

慈眼寺

月頂山 宝珠院 慈眼寺 「穴禅定」 (四国別格二十霊場第3番)

前後の札所[編集]

四国八十八箇所
19 立江寺 -- (13.1km) -- 20 鶴林寺 -- (6.7km) -- 21 太龍寺

脚注[編集]

  1. ^ 徳島県議会文教厚生委員会議事録(平成24年11月20日)
  2. ^ 平成25年3月27日文部科学省告示第45号

参考文献[編集]

  • 四国八十八箇所霊場会編 『先達教典』 2006年
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)

外部リンク[編集]