鳥居清貞

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鳥居 清貞(とりい きよさだ、弘化元年〈1844年〉8月 - 明治34年〈1901年〉2月14日)とは、江戸時代末期から明治時代にかけての浮世絵師

来歴[編集]

歌川国芳及び三代目鳥居清満の門人。姓は渡辺、後に斎藤氏。幼名は松次郎、俗称は長八。始め13歳の時、国芳の門に入って歌川芳郷と号したが、文久元年(1861年)に国芳が没すると、三代目清満の門下となって学び、鳥居清貞、蝶蜂と号す。作画期は安政5年(1858年)から没年頃までであり、明治13年(1880年)の喜昇座の開設にあたって奥役となり、主に芝居番付などを描いている。代表作に肉筆画帖「歌舞伎十八番」があげられる。享年58。墓所は下谷七軒町の妙顕寺。門人に子の四代目鳥居清忠がいる。

作品[編集]

  • 「歌舞伎十八番 暫 九世市川団十郎」 画帖 鳥居忠清と共画

参考文献[編集]

  • 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年

関連項目[編集]