魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
魔女の宅急便 > 魔女の宅急便 (スタジオジブリ作品)
魔女の宅急便
監督 宮崎駿
脚本 宮崎駿
原作 角野栄子
製作 徳間康快
都築幹彦
高木盛久
出演者 高山みなみ
佐久間レイ
戸田恵子
山口勝平
加藤治子
音楽 久石譲
撮影 杉村重郎
編集 瀬山武司
製作会社 徳間書店
ヤマト運輸
日本テレビ
配給 東映
公開 日本の旗 1989年7月29日
上映時間 102分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
製作費 日本の旗 8億円
興行収入 日本の旗 21億円
テンプレートを表示

魔女の宅急便』(まじょのたっきゅうびん、英題:Kiki's Delivery Service)は、スタジオジブリ制作の日本の長編アニメーション作品である。アニメーション映画として1989年平成元年)7月29日から東映系で公開された。原作は角野栄子の児童書『魔女の宅急便』(第1巻)。

監督は宮崎駿。宮崎が監督を務めたスタジオジブリの長編映画としては初の、他者の原作による作品であり、宮崎が『ハウルの動く城』の監督に就くまで15年間にわたって唯一の作品であった。主題歌には荒井由実の楽曲が採用された。公開時のキャッチコピーは、「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(糸井重里)。 それまでジブリを支えてきた徳間書店に加え、ヤマト運輸日本テレビがスポンサーに付き、テレビCMなど広告宣伝面にも力が入れられた結果、配給収入21.5億円と前作『となりのトトロ』の3倍以上を記録した。1978年昭和53年)公開の『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』の記録を抜いて日本のアニメーション映画の興行記録を更新した。

スタジオジブリの発足前から徳間書店の作品の配給を担当した東映は東宝に配給させた前作の火垂るの墓となりのトトロの興行的失敗を理由に本作を持ってジブリ作品の配給の打ち切りを決定し、結果的に本作は東映が配給した最後のジブリ作品になった。

作風[編集]

アニメ版では、原作に見られた童話ならではのファンタジー性は抑えられ、作中における魔法はあくまで「個人の特技の一種」という位置づけで描かれている。「田舎から都会へ上京してきた少女が特技を活かして独り立ちしていく」という点を強調して前面に押し出しており、その中で思春期を迎えた少女の感情の機微を描写していく現実味漂う作風となっている。

原作者の角野は映画化に際し、当初は唯一の注文として「キキが旅立つ時にキキの故郷の木に付けられていたを鳴らすこと」のみを求めていた。その後制作が進むに連れ内容が大きく変わることに否定的になったが、宮崎と角野が数回対談し解決した[1]

あらすじ[編集]

とあるのどかな田舎町に住むキキは、魔女の血を受け継ぐ13歳の女の子。『魔女として生きることを決意した少女は、13歳の満月の夜に魔女のいない町を見つけて定住し、魔女の修行を積むべし』という古くからのしきたりに従って旅立ち、海の向こうの町コリコにたどり着く。

しかし、魔女の風習の残る田舎町と異なって、大都会であるコリコの町の人々はどこかよそよそしく、キキはそんな人々の態度に戸惑いを隠せない。その後、グーチョキパン店のおかみ、オソノさんに出会い気に入られたキキは、オソノさんの好意でパン屋の2階に居候し、空飛ぶ魔法を活かして『魔女の宅急便』を開業する。そんな中、人力飛行機作りを目指す少年トンボと出会う。馴れ馴れしい態度で接してくる彼を不愉快に思いながらも、徐々にキキはトンボと打ち解けてゆくが、思春期における様々な感情の機微ゆえに、なかなか素直になれない。

そんなある日。キキは突如、魔法の力を失い、飼い猫のジジとも会話を交わすことができなくなってしまう。魔女の証である魔法の力、唯一のとりえである空を飛ぶ能力を失い途方に暮れる中、かつて森の中で出会った絵描きの女性ウルスラと再会したキキは、少しずつ前向きに元気を取り戻していく。かつてお届けものを請け負った老婦人の家へ招かれたキキは、婦人から宅配を依頼された御届け物が、落ち込んだ自分を励ますための者だったことを知り、明るさを取り戻すのであった。

そんな時、飛行船の航海開始の生中継を放映していたテレビで、トンボが暴風に煽られて吹き飛ばされた飛行船のロープにしがみついたまま空中にさらわれてしまったところを目撃したキキは、無我夢中で現場へと急行する。現場の近くにいた掃除夫のデッキブラシを借り受け、必死の思いで魔法の力を奮い起こし、キキはついに再び大空へと飛び出した。しかし、戻ったばかりの魔法の力と乗りなれないデッキブラシに翻弄されて思うようにトンボに近づくことができず、ついにトンボがロープから手を離してしまう。後を追うようにキキはデッキブラシに乗ったまま急降下し、見事トンボをキャッチして救出することに成功する。

こうして、再び魔法の力を取り戻したキキは街の人たちともすっかり打ち解け、今日も元気にコリコの街を飛び回りながら、宅配業に精を出すのだった。

主な登場人物[編集]

キキ
13歳になり魔女の掟である独り立ちの日を迎えた活発な女の子。飛ぶことだけが魔女としての唯一の取り柄。おソノの店で「魔女の宅急便」を開業し、様々な経験を通じて成長していく。原作ではロングヘアーであったが、こちらはショートヘアーで、原作よりも快活さやオテンバな一面が強調されている。
キキのモデルとして宮崎がヒントを得たのは、当時ちょうど13歳だった鈴木の娘とされている[2]。また、キキの髪型については当初原作のイメージを重視しロングヘアーであったが作画が難しいという事で様々な髪型が試され、最終的にはショートヘアーとなった(初期イメージボード等では髪を2つに分けていたり、三つ編み等もあったほか金髪もあった)。足の裏をくすぐられるのは非常に弱いようで、牛に足の裏をなめられて大笑いするシーンがある。
ジジ
キキの相棒の黒猫。ちょっぴり生意気な性格。喋れる猫というわけではなく、キキが魔法の力でジジと会話をしている。原作によると、魔女の家に女の子が生まれると同じ月日に生まれた猫を探し、大切なパートナーとして共に育てるという風習がある。映画版では後半からキキの魔法の力が弱まって会話が不可能になる(原作では最後まで可能)映画版終盤では鳴き声で話すジジにキキが微笑みで返す描写がされているが、明確に会話ができるようになったのかどうかはハッキリしていない。
コキリ
キキの母親で彼女も魔女。魔女としての力は優れているものの、「空を飛ぶ魔法」と「薬草から薬を作る魔法」しか使えない。時代とともに扱える魔法の数が減っているせいであり、キキの代になって更に1つ魔法が減ってしまうことを嘆いている。劇中で名前を呼ばれる事はなく、自宅前の案内に「魔女にご用の方は ベルを鳴らしてください コキリ」と書かれているのみ。
オキノ
キキの父親。あっさりとした性格。原作では魔女や妖精の研究をする民俗学者。愛娘であるキキを優しく送り出す。「オキノ」は苗字ではなく、名前である。
一部の視聴者からは、その外見と名前から日本人ではないかと誤解されているが、日本人ではない。同じスタジオジブリ作品の為、顔が前作『となりのトトロ』の草壁タツオに酷似していると指摘するファンが多い。(髪は若干タツオに比べ薄い)
トンボ(コポリ)
空に憧れ、飛行クラブに所属する丸メガネの少年。「トンボ」は愛称で、本名はコポリ。キキが空を飛んでいる場面を偶然見かけ、興味深げに声をかける。最初はキキに煙たがられていたが、徐々に親しくなる。彼の所属する飛行クラブは人力飛行機作りを研究している。
原作では空飛ぶ絨毯、空飛ぶほうきなど非科学的な手段で空を飛ぶ方法を研究している。原作は平仮名標記で「とんぼ」である。
おソノ
キキの居候先のパン屋「グーチョキパン店」のおかみさん。恰幅がよく親切。ふとした偶然からキキと出会い、彼女を気に入ってパン屋の屋根裏部屋に住まわせた。見た目は体格がよく太目な体型に見えるが、妊婦で腹が大きくなっているためであり、スタッフロール中で出産してスマートな体型を見せている。
映画の製作当時、スタッフの中で「歳の割にはしっかりしているから、昔は色々あったに違いない。もしかしたら暴走族だったのでは?」という話がありエンディングではバイクに乗せるという案もあった。この案は実現しなかったが、映画のパンフレット等のおソノの紹介欄に「青春時代、それなりにツッパった経験を持つ」などと書かれた物がある。
おソノの夫(フクオ)
無口で寡黙だが心優しいパン職人。パン作りを覗き込むジジにウィンクするなどお茶目な部分も持っている。原作ではフクオという名前がある。劇中の声の出演は極端に少なく、息遣いの時に発する程度。
ウルスラ
森の中の小屋で絵を描くことに没頭する画家の少女。19歳。宅配中に落としてしまったキキの荷物を見つけたことがきっかけで知り合い、仲良くなった。キキとの出会いのエピソードは原作から採用されているが、映画では落ち込んだキキを元気付けるなど役どころも増えている。ウルスラという名前は公式設定であるが、劇中では1度も名前で呼ばれておらず、エンディングテロップでも声優の名前のみがクレジットされているため、作中から「ウルスラ」の名を探し出すことは出来ない。当作で公式に名前を持ちながらも名前が一切明かされないのはウルスラとフクオ(おソノの夫)の2人だけである。ウルスラの描く巨大な油絵として、青森県の八戸市立湊中学校養護学級の共同作品『虹の上をとぶ船』が一部加筆の上使われている。木版画の指導は坂本小九郎[3]による。
ドーラ
キキの母コキリにリウマチに効く魔法の薬を作ってもらう老女(#声の出演も参照)。ドーラの名前はキキがドーラに挨拶をする際「こんにちは、ドーラさん」という会話で名前がわかる。
マキ
パン屋の隣に住んでいるファッションデザイナーで白猫リリーの飼い主。キキにとって初めて金銭を受け取って仕事をする客となる女性。ケットの祖母と母が夕食時の会話の中で「マキがきいたらおこるわねぇ」、「マキおばちゃんに手紙書いたら?」という形で名前がわかる。

制作の経緯[編集]

1985年昭和60年)12月、映画プロダクション風土舎角野栄子の児童文学『魔女の宅急便』の長編アニメーション化の企画を立ち上げた。「宅急便」がヤマト運輸登録商標であったことから、真っ先に同社にスポンサーを要請した。当初ヤマト運輸は難色を示したが、同社のトレードマークである黒猫が偶然にも物語に登場することから次第に前向きになりスポンサーになることを了承した[1]

1987年昭和62年)春ごろ、風土舎とヤマト運輸は電通を通じて徳間書店に協力を申し込み、本作はスタジオジブリで制作されることとなった。

風土舎は、「監督またはプロデューサーに宮崎駿か高畑勲を」と意向を示した。『となりのトトロ』『火垂るの墓』の制作を開始したばかりでもあり当初監督は有望な若手を起用することとし、脚本は一色伸幸が担当。宮崎はプロデューサーのみを請けることになった。実際には宮崎が脚本と絵コンテも担当することになり、制作が進むうちに当初の70〜80分の構想が100分を越える本格的長編となってしまった。監督は片渕須直を起用することになっていたが、スポンサー企業の意向をうけて降板[4]。結局、宮崎が監督も務めることになった。

長編アニメーション映画としては制作期間が短く、作画が困難な群集シーンも後半に多くスタッフは非常に苦慮した。音楽演出を高畑が受け持ったのも、宮崎に余裕がなくなったためである。さらに音楽担当である久石譲も自身のアルバム制作とスケジュールが重なり、音楽打ち合わせから演奏録音までが公開間際になるという状態だった。

原作をかなり自由に脚色し背景にはスタッフがロケハンしたスウェーデンストックホルム及びゴットランド島ヴィスビュー、宮崎自身が1988年昭和63年)5月に個人的に旅行したアイルランド、その他サンフランシスコリスボンパリナポリなどの風景を織り交ぜて使っている[5]。街の名前は、劇場公開時のパンフレットによれば原作のまま「コリコ」の街とされている。この街では白黒テレビが普及している一方でボンネットバスや大きな飛行船が使われているなど、現代ではなく過去の時代を舞台にしているものとみられる(宮崎によれば「二度の大戦を経験しなかったヨーロッパ」という設定)。ストックホルムとヴィスビューは宮崎がAプロダクション(シンエイ動画)時代の1971年昭和46年)に幻の映画企画『長くつ下のピッピ』のロケハンで訪れた場所でもある。

声の出演[編集]

キキとウルスラの主役級の2人を当時声優3年目の高山みなみ[6]が1人で担当している。高山は元々はウルスラ役のみ演じる予定だったがキキ役に適任者がいなかった為、オーディションを受けた上でキキ役に選ばれたが今度はウルスラ役に適任者がいなくなりキキとウルスラの一人二役を演じる事になった。

英語版は2種類存在する。日本盤DVDには日本語オリジナル音声とディズニー版音声が収録されている。

キャラクター 日本語版 英語版(ディズニー版) 英語版(ストリームライン版)
キキ 高山みなみ キルスティン・ダンスト リサ・マイケルソン
ウルスラ ジャニーン・ガラファロ ヨランダ・マテオス
ジジ 佐久間レイ フィル・ハートマン ケリガン・メイハン
おソノ 戸田恵子 トレス・マクニール アレクサンドラ・ケンウォーシー
トンボ(コポリ) 山口勝平 マシュー・ローレンス エディ・フライアーソン
コキリ 信沢三恵子 キャス・スーシー バーバラ・グッドソン
老婦人 加藤治子 デビー・レイノルズ メラニー・マックィーン
バーサ 関弘子 エディ・マックラーグ エディ・マーマン
オキノ 三浦浩一 ジェフ・ベネット ジョン・ダントナ
フクオ 山寺宏一 ? グレゴリー・スニーゴフ
マキ 井上喜久子 ?
ケット 渕崎ゆり子 パメラ・シーガル ララ・コーディー
ケットの母 土井美加 ジュリア・フレッチャー ダイアナ・ミッシェル
ケットの父 土師孝也 ?
ケットの祖母 浅井淑子 ジュリア・フレッチャー マイク・レイノルズ
ドーラ 斎藤昌 ? ダイアン・ミッチェル
時計塔の番人 西村知道 グレゴリー・スニーゴフ
先輩魔女 小林優子 デビ・デリベリー ウェンディー・リー
トラックの運転手 池水通洋 ?
ホテルのフロント係 辻親八 マット・K・ミラー ダグ・ストーン
飛行船「自由の冒険」号の船長 大塚明夫 ジョン・ホステッター デイヴ・マロウ
赤ん坊 坂本千夏 ?
警官 山寺宏一 マット・K・ミラー スティーブ・クレイマー
アナウンサー コーリー・バートン カール・メイセック
デッキブラシを持っていたおじさん 田口昂 ? スティーブ・クレイマー
パイを届けられる少女(老婦人の孫娘) 鍵本景子 ジュリー・リン ウェンディー・リー
パイを届けられる少女の仲間 津賀有子
亀井芳子
? ?
キキが町に降りたったとき話すおばさん 丸山裕子 メラニー・マックイーン
「ナンパかよ」とトンボに話しかける少年 ?

スタッフ[編集]

  • 製作:徳間康快都築幹彦高木盛久
  • 企画:山下辰巳、尾形英夫、瀬藤祝
  • 原作:角野栄子
  • 作画:大塚伸治、近藤勝也近藤喜文
  • 美術:大野広司
  • キャラクターデザイン:近藤勝也
  • 音楽:久石譲
  • 色彩設計:保田道世
  • 撮影:杉村重郎
  • 編集:瀬山武司
  • 録音演出:浅梨なおこ
  • 調整:井上秀司
  • 効果:佐藤一俊
  • 制作:原徹
  • プロデューサー補佐:鈴木敏夫
  • 絵コンテ:宮崎駿、近藤喜文
  • 音楽演出:高畑勲
  • 原画:金田伊功、二木真希子、篠原征子、遠藤正明、河口俊夫、大谷敦子、賀川愛福島敦子井上俊之、森友典子、森本晃司佐藤好春、保田夏代、杉野左秩子、渡辺浩、山川浩臣、羽根章悦、浦谷千恵、関野昌弘、新留俊哉、長谷川明子
  • 動画チェック:立木康子、舘野仁美
  • 動画:椎名律子、尾崎和孝、手島晶子、牧孝雄、松井理和子、大谷久美子、渡辺恵子、平田英一郎、竹縄尚子、山口明子、佐藤伸子、柴田志朗、細井信宏、岡部和美、山縣亜紀、森田宏幸、東誠子、永井恵子、鍵山仁志、高野亜子、西戸スミエ、藤村理枝、槇田喜代子、岩柳恵美子、伊藤優、鈴木亮、坂野方子、手塚寛子、松島明子、遠藤ゆか、広江克己、飯沼卓也、須藤百合枝、新屋真智子、大村まゆみ、古賀誠、成田達司、神戸洋行宮崎なぎさ、福土多鶴子、河内由美、青山祐子、浜森理宏、真庭秀明、由名部節也、野村暁彦、林良恵、田口広一、山浦由加里、小沼克介、石井明子、高橋任治、伊藤広治、渡辺明夫、池畠博基、原佳寿美、結城明宏、川橋良江、斉藤百合子、神原よし美、安達晶彦、渋谷政行、石割悦子、真野鈴子、伊月一郎、須和田啓一
  • 動画協力:動画工房オープロダクションスタジオ雲雀アニメトロトロ、スタジオムーク、中村プロダクション
  • 背景:男鹿和雄、黒田聡、木下和宏、太田清美、長縄恭子、長嶋陽子、海老沢一男、伊藤豊、菅野紀代子、金子英俊、千葉みどり、徳重賢、松浦裕子、池畑祐治
  • 特殊効果:谷藤薫児
  • ハーモニー処理:高屋法子
  • 挿入画:「虹の上を飛ぶ船」八戸市立湊中学校養護学級共同作品より
  • 同スチール:落合淳一
  • シンボルマーク:林明子
  • 仕上検査:古谷由実、小川典子、立山照代、久田由紀、木村郁代
  • 色彩設計助手:片山由里子
  • 仕上:スタジオOZ、スタジオファンタジア、豊永幸美、トイハウス、吉川潤子、京都アニメーション
    • IMスタジオ
      • 伊勢田美千代、青沼麗子、柴田美知子、佐藤英子、福間栄子、谷田陽子、小沼真理子、深谷るみ、堀切栄子、中埜三恵子、平沼和枝、田島ゆかり
    • スタジオキリー
      • 岩切紀親、高橋直美、渡辺信子、久保田瀧子、町井春美、田原とし子、渡部真由美、浅井美恵子、工藤百合子、岡美代子、小林和美、大崎律子
    • トレーススタジオM
      • 伊藤二三子、谷藤美加、近江妙子、牟田努、西牧道子、西坂麻宰巳、横山由香里、前野泉
    • 龍プロダクション
      • 吉田玲子、菅原みどり
    • 童夢舎
      • 大町智恵子、菅沼満寿子
  • 撮影:
  • 演出補:片渕須直
  • 制作担当:田中栄子
  • 制作デスク:川端俊之木原浩勝
  • 制作進行:逸見俊隆、西桐共昭、北沢有司、伊藤裕之
  • 効果助手:小野弘典、小林範雄
  • 編集助手:足立浩
  • 台詞編集:山田富二男
  • 現像:東映化学
  • 録音スタジオ:東京テレビセンター
  • 録音制作:オムニバスプロモーション
  • 録音協力:玉麻尚一、テレスクリーン
  • 制作協力:アニメージュ編集部、グループ風土舎
  • コーディネイト・プロデュース:梅村葉子
  • 宣伝プロデューサー:徳山雅也
  • 協力:電通
  • タイトル:真野薫、道川昭
  • 技術協力:太陽色彩、スタック
  • 整音:井上秀司
  • 音響効果:佐藤一俊
  • キャスティング協力:江崎プロダクション
  • エグゼクティブプロデューサー:尾形英夫、漆戸靖治、原徹
  • 監督・脚本・プロデューサー:宮崎駿

英語版スタッフ[編集]

主題歌[編集]

主題歌にはユーミンこと荒井由実が歌う既存の楽曲「ルージュの伝言」(オープニング、アルバム「COBALT HOUR」に収録)と「やさしさに包まれたなら」(エンディング)が採用され、映画公開当時リバイバルヒットとなった。主題歌を決定する際、プロデューサーを務める鈴木敏夫が会議直前に行った松任谷由実のコンサートに触発を受け、書き下ろし曲ということで監督の宮崎駿に提案した。もともと宮崎は若い頃にユーミンの楽曲を聴いていたため、それがこの時の採用につながった、と鈴木は発言している。時間内に曲が書けなかったため、既存の曲での選曲となった。「中央フリーウェイ」も候補に挙がっていたが、東京都下の具体的な地名が歌詞に入っているために取りやめたという。

尚、「やさしさに包まれたなら」はシングルとアルバムでアレンジが異なり本作で使用されたバージョンはセカンドアルバム「MISSLIM」、40周年記念ベストアルバム「日本の恋と、ユーミンと。」等に収録されている。

英語版の主題歌は日本版と異なり、別の英語の歌が用いられている。

オープニングテーマ[編集]

ルージュの伝言
作詞・作曲 - 荒井由実 / 編曲 - 松任谷正隆 / 歌 - 荒井由実(東芝EMI

エンディングテーマ[編集]

やさしさに包まれたなら
作詞・作曲 - 荒井由実 / 編曲 - 松任谷正隆 / 歌 - 荒井由実(東芝EMI)

イメージソング[編集]

「めぐる季節」
作詞 - 吉元由美 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 井上あずみ徳間ジャパン
「わたしのこころ」
作詞 - 角野栄子 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 井上あずみ・MAI & YUMIKO-Chan(徳間ジャパン)
「想い出がかけぬけてゆく」
作詞 - 風堂美紀 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 井上あずみ(徳間ジャパン)
「あこがれのまち」
作詞 - 角野栄子 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - MAI & YUMIKO-Chan(徳間ジャパン)
「鳥になった私」
作詞 - 麻生圭子 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 宝野ありか(徳間ジャパン)
「好きなのに!」
作詞 - 麻生圭子 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 宝野ありか(徳間ジャパン)
「黄昏の迷い子たち」
作詞 - 吉元由美 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 宝野ありか(徳間ジャパン)
「何かをさがして」
作詞 - 風堂美紀 / 作曲・編曲 - 久石譲 / 歌 - 井上あずみ(徳間ジャパン)
「魔法のぬくもり」
作詞 - 麻生圭子 / 作曲・編曲・コーラス - 久石譲 / 歌 - 井上あずみ(徳間ジャパン)

受賞歴[編集]

  • 第13回日本アカデミー賞話題賞
  • 第44回毎日映画コンクールアニメーション映画賞
  • 第7回ゴールデングロス賞最優秀金賞、マネーメイキング監督賞、予告編コンクール賞
  • エランドール賞特別賞
  • キネマ旬報・読者選出日本映画1位・読者選出日本映画監督賞
  • 全国映連賞・作品賞・日本映画監督賞
  • 文化庁優秀映画製作奨励金交付作品
  • 米国のENTERTAINMENT・WEEKLY誌の1998年平成10年)度ベストビデオ部門第1位に選出。

売上記録[編集]

(日本国内)

内容 記録 補足
興行収入 約43億円[7] 推測
配給収入 21.7億円[7]
動員 264万619人[7]
『イメージアルバム』 4万本出荷(1989年平成元年)発売のCA)[8]
7.5万枚出荷(1989年平成元年)発売のCD)[8]
1万枚出荷(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
0.5万枚出荷(2004年平成16年)発売の再々発CD)[8]
『サントラ音楽集』 0.5万枚出荷(1989年平成元年)発売のLP)[8]
10万本出荷(1989年平成元年)発売のCA)[8]
24万枚出荷(1989年平成元年)発売のCD)[8]
6万枚出荷(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
1万枚出荷(2004年平成16年)発売の再々発CD)[8]
『ドラマ編』 1.5万本出荷(1989年平成元年)発売のCA)[8]
3万枚出荷(1989年平成元年)発売のCD)[8]
0.5万枚(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
『ヴォーカルアルバム』 2万本出荷(1989年平成元年)発売のCA)[8]
6万枚出荷(1989年平成元年)発売のCD)[8]
1万枚出荷(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
0.5万枚出荷(2004年平成16年)発売の再々発CD)[8]
『ハイテックシリーズ』 1.5万本出荷(1989年平成元年)発売のCA)[8]
4万枚出荷(1989年平成元年)発売のCD)[8]
0.5万枚出荷(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
0.5万枚出荷(2004年平成16年)発売の再々発CD)[8]
『ヴォーカル編&カラオケ』 0.5万本出荷(1990年平成2年)発売のCA)[8]
1万枚出荷(1990年平成2年)発売のCD)[8]
1万枚出荷(1996年平成8年)発売の再発CD)[8]
イメージソング『めぐる季節』 1万本出荷(1990年平成2年)発売のシングルCA)[8]
1.5万枚出荷(1990年平成2年)発売のシングルCD)[8]
VHS・ベータ(徳間版) 15万本出荷[9] 1995年平成7年)9月時点
VHS(ブエナビスタ版) 100万本出荷[9] 2003年平成15年)6月現在
DVD(ブエナビスタ版、2枚組・特典付) 30万枚出荷[9] 2003年平成15年)6月現在

テレビ放送の視聴率[編集]

放送日 視聴率
1990年平成2年)10月5日(金) 24.4%
1992年平成4年)4月3日(金) 21.5%
1995年平成7年)7月14日(金) 19.2%
1997年平成9年)7月11日(金) 21.6%
1999年平成11年)7月16日(金) 19.4%
2001年平成13年)7月6日(金) 20.0%
2003年平成15年)7月25日(金) 22.8%
2005年平成17年)9月16日(金) 14.7%
2007年平成19年)7月13日(金) 14.9%
2009年平成21年)7月31日(金) 13.7%
2011年平成23年)7月8日(金) 13.5%

協賛[編集]

ヤマト運輸
1988年昭和63年)3月20日の「制作発表記者会見」では角野、宮崎らとともに徳間書店、ヤマト運輸の両社長も席を並べた。ヤマト運輸は全国の営業所・取扱店にチラシ・ポスター・割引鑑賞券をおきグッズプレゼントなどのPRを行い、1989年平成元年)7月 - 12月にはテレビCMや雑誌・新聞広告で大規模なキャンペーンを実施。また、キャラクターを印刷したダンボール箱やビニール袋を配布した[1]
同社のトレードマークのクロネコは子連れであるが、ジジもエンディングでは子連れ(黒猫)でほうきに乗っていた。
また『耳をすませば』にて、月島がカントリーロードの歌詞カードを学校に忘れたのを気づき取りに戻るシーンで「宅急便」のトラックが走っている。

補足[編集]

  • 英語版エンディングでジジ役のフィル・ハートマンに対する追悼シーンが存在する。
  • 初めてキキが"お届けもの"をするシーンでは、おしゃぶりを届けた証明とお礼にサインを渡され、劇場公開当初にはここに実際に手帳にサインを書いている手元アップの短シーンが挿入されていたが、書かれるサインの線と書く手の動きのアニメーションは多少不自然なものだった。その後このシーンはカットされている。
  • キキの実家の玄関横に打ち付けてある看板の文面、フクオが作った届け物受付の飾りの文面、キキが両親に宛てて送った手紙の文面は全て日本語で記載されているがこれは何と記載されているのかを視聴者に理解させる為に日本語で記載されているだけであり、作中においては舞台となる当該国語で記載されているという設定である。
  • エンディング間近のシーンで人ごみの中に宮崎が登場している。これはパンフレットにも書かれている。
  • スタジオジブリ作品には複数のレイアウト画が残されているが、この作品に限っては冒頭でキキがラジオを聴きながら寝転がっている顔のアップのシーン1カット分1枚しか現存が確認されていない。
  • 背景のスタッフだった神山健治の担当シーンは、ニシンのパイを薪を使って焼くキッチンのシーンの窯の辺りと、キキがケーキをお婆さんにもらって涙ぐむシーンの書斎の辺り。
  • オープニング曲そのものが作品の一部となっている珍しい作品である。キキがラジオを点けることでオープニング曲が流れはじめ、先輩魔女に止めるように言われて消すことで曲が途中打ち切りになっている。

映画内容以外[編集]

  • 劇中音楽の一曲である「空とぶ宅急便」の一部(サントラ収録での使用部分の時間で言うと24秒から54秒までの部分)が宮崎県宮崎市にある「なんじゃこりゃ大福」で知られる菓子店「お菓子の日高」のラジオCMのBGMとして使われている。主にFM宮崎で流れている。

登録商標について[編集]

スタジオジブリが劇場映画をもとに『魔女の宅急便』の商標(第2462634号,第4405430号,第4700078号)を取得しているが、主にキャラクタービジネスを意図して刊行物や様々な商品につけられる商標である。完成した映画名がもとになって登録が認められたもので、日本では「映画の題名」自体には商標権を設定できない。ヤマト運輸の宅急便とは、指定商品又は指定役務(サービス)の範囲が異なる。

関連商品[編集]

作品本編に関するもの[編集]

映像ソフト
  • 魔女の宅急便 LD - 徳間書店(1997年6月15日)
  • 魔女の宅急便 VHS ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント(1997年11月21日)
  • 魔女の宅急便 DVD ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント(2001年6月8日)
  • 魔女の宅急便 Blu-ray Disc - ウォルト・ディズニー・スタジオ・ホーム・エンターテイメント(2012年12月5日)
出版
  • 元気になれそう 映画「魔女の宅急便」より(1989年7月31日)ISBN 4-19-363994-0
    • 映画の製作に当たり宮崎が音楽担当の久石に曲を作ってもらう為、それぞれの場面をイメージした詩のような物を書いて渡した。この詩を一部編集し、作画スタッフが描いたイメージボードを挿絵として加えた物。
  • アニメージュ特別編集ガイドブック「魔女の宅急便」(1989年8月30日)(絶版)
  • 魔女の宅急便(徳間アニメ絵本)(1989年9月30日)ISBN 4-19-364057-4
  • 魔女の宅急便―フィルムコミック(1)(1989年9月30日)ISBN 4-19-779092-9
  • 魔女の宅急便―フィルムコミック(2)(1989年9月30日)ISBN 4-19-779093-7
  • 魔女の宅急便―フィルムコミック(3)(1989年10月25日)ISBN 4-19-779100-3
  • 魔女の宅急便―フィルムコミック(4)(1989年10月25日)ISBN 4-19-779101-1
  • 魔女の宅急便メモリアルコレクション(ロマンアルバム・エクストラ)(1989年10月25日)ISBN 4-19-729100-0
  • ジ・アート・オブ 魔女の宅急便(1989年11月30日)ISBN 4-19-819110-7
  • 魔女の宅急便 絵コンテ集(ロマンアルバム特別編集)(1989年11月30日)ISBN 4-19-729110-8
  • スタジオジブリ作品関連資料集 型録Ⅲ(1996年10月31日)ISBN 4-19-860596-3
  • 魔女の宅急便(スタジオジブリ絵コンテ全集5)(2001年7月26日)ISBN 4-19-861395-8
  • 魔女の宅急便(ジス・イズ・アニメーション増補・改訂版)(2005年12月10日)ISBN 978-4-09-103804-3
  • ジブリの教科書5 魔女の宅急便(文春ジブリ文庫)(2013年12月10日)ISBN 978-4-16-812004-6
音楽
  • 魔女の宅急便 イメージアルバム 徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版CD/2004年9月29日)TKCA-72741(オリジナル盤/1989年4月10日))
  • 魔女の宅急便 サントラ音楽集 徳間ジャパンコミュニケーションズ ((再発版CD/2004年9月29日)TKCA-72742(オリジナル盤/1989年8月25日))
  • 魔女の宅急便 ドラマ編 徳間ジャパンコミュニケーションズ ((再発版CD/1996年11月21日)TKCA-71032(オリジナル盤/1989年9月25日))
  • 魔女の宅急便 ハイテックシリーズ 徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版CD/2004年9月29日)TKCA-72743(オリジナル盤/1989年12月21日))
  • 魔女の宅急便 ヴォーカルアルバム 徳間ジャパンコミュニケーションズ((再発版CD/2004年9月29日)TKCA-72744(オリジナル盤/1992年11月25日))
  • 親子で歌うボーカル・レッスン・カラオケ めぐる季節 徳間ジャパンコミュニケーションズ(再発版CD/2004年10月27日)TKCA-72757(オリジナル盤/1990年6月25日))
  • 元気になれそう 映画「魔女の宅急便」より(CD・非売品)
    • 上記の「元気になれそう」をキキの声優である高山がキキの声で朗読した物。一般販売はされず、「アニメージュ」の全員プレゼント企画で頒布された。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年
  2. ^ 梶山寿子 『ジブリマジック―鈴木敏夫の「創網力」』 講談社、2004年、38頁。p.38
  3. ^ 木版画による共同制作「虹の上をとぶ船」 - 版画指導:坂本小九郎
  4. ^ 片渕須直 (2010年9月6日). “β運動の岸辺で 第47回 宅急便の宅送便「次は自分たちで、ね」”. WEBアニメスタイル. 2011年6月24日閲覧。
  5. ^ 叶精二『宮崎駿全書』137頁
  6. ^ 高山みなみとトンボ役・山口勝平の2人は後に『らんま1/2』、『名探偵コナン』など多くの作品で共演することになる。
  7. ^ a b c 叶精二『宮崎駿全書』148頁。
  8. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 叶精二『宮崎駿全書』145頁。
  9. ^ a b c 叶精二『宮崎駿全書』146頁。

外部リンク[編集]