鬼崎裕司
| 埼玉西武ライオンズ #56 | |
|---|---|
ヤクルト時代(2010年4月3日、明治神宮野球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 生年月日 | 1983年4月7日(28歳) |
| 身長 体重 |
177cm 77kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 遊撃手 |
| プロ入り | 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2008年4月5日 |
| 年俸 | 1,400万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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鬼崎 裕司(おにざき ゆうじ、1983年4月7日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
鬼崎智史は3歳年上の実兄で、長打力自慢の外野手として共にプレーしている。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 高校時代
1990年に兄の影響を受けて野球を始める。1999年に佐賀県立佐賀工業高等学校へ進学し、遊撃手に転向。高校時代は甲子園出場もなく、注目を集める事も無かった。2002年に関東学院大学経済学部へ進学すると、神奈川大学野球連盟では圧倒的な力を持つ同大で春からベンチ入り。秋からレギュラーをつかんだ。
2003年の全日本大学野球選手権大会に出場するなど大舞台の経験を積むと、2005年には春季リーグでMVPを獲得し、巧守のドラフト候補として名前が挙がった。しかしこの時点では指名されず、2006年に富士重工業硬式野球部へ入社した。
[編集] 富士重工業時代
夏には1番・遊撃手のレギュラーを獲得。第77回都市対抗野球大会1回戦(対日産自動車硬式野球部戦)では敗戦したものの2安打を放つ。そして秋の第33回社会人野球日本選手権大会では全試合で1番・遊撃手として、チームの16年ぶり2度目の優勝に大きく貢献、大会優秀選手(遊撃手部門)を獲得した。
2007年からドラフト指名が解禁されるため、注目を集める。2年続けて第78回都市対抗野球大会、第34回社会人野球日本選手権大会に出場した。同年11月19日のドラフト会議において、東京ヤクルトスワローズから3巡目で指名され、推定契約金7000万円・年俸1200万円で契約し、入団。
[編集] ヤクルト時代
2008年の開幕前は宮本慎也を三塁手として起用し、鬼崎や川端慎吾を遊撃手として競わせる構想が打ち出され、開幕を一軍で迎える予定だった。しかしオープン戦で結果を残すことができず、2月25日に早々と降格が決定。結局開幕一軍入りは果たせなかったが、教育リーグを経て4月4日に川島慶三と入れ替えで、初めて昇格した。4月5日の対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)でプロ初出場。9月27日に開幕したハワイ・ウィンターリーグでは高井雄平とともに派遣され、ワイキキ・ビーチボーイズに所属した。
2009年も開幕を二軍で迎え、ファームでも打率.241・3本塁打・37打点、守備でも失策を多く記録するなど不振に終わったが、9月19日に昇格。23日に初先発出場すると、プロ初安打と初打点を含む4打数3安打2打点の活躍でヒーローインタビューを受けた。その後も起用され、最終的に15試合の出場ながら打率.356・2本塁打・8打点で、球団初のクライマックス・シリーズ出場に大きく貢献した。同年10月3日の対阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)で放ったプロ初本塁打は、当時プロ初登板から116試合連続無敗の日本記録を更新中で、後に埼玉西武ライオンズで同僚となる桟原将司に初黒星を付けさせる決勝打になった。
2010年は主に守備固めとしての出場だったが、守備の技術面が向上した反面、打撃では結果を残せなかった。
2011年5月24日、小野寺力との交換トレードで埼玉西武ライオンズへ移籍することが発表された。背番号は、阪神タイガースへの移籍が決まっていた黒瀬春樹の56。
[編集] 西武時代
移籍直後はイースタン・リーグに出場していたが、一軍昇格後は片岡易之の離脱で二塁手に原拓也がレギュラーで定着したため、主にシーズン終盤から阿部真宏と共に内野のバックアップとして帯同していた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2008 | ヤクルト | 3 | 4 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2009 | 15 | 50 | 45 | 5 | 16 | 2 | 0 | 2 | 24 | 8 | 0 | 0 | 1 | 0 | 4 | 2 | 0 | 3 | 0 | .356 | .408 | .533 | .941 | |
| 2010 | 60 | 96 | 87 | 9 | 17 | 3 | 0 | 1 | 23 | 5 | 0 | 1 | 3 | 0 | 5 | 0 | 0 | 25 | 0 | .195 | .239 | .264 | .503 | |
| 2011 | 8 | 10 | 9 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | .000 | .100 | .000 | .100 | |
| 西武 | 2 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| '11計 | 10 | 13 | 12 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 7 | 0 | .000 | .071 | .000 | .071 | |
| 通算:4年 | 88 | 163 | 148 | 17 | 33 | 5 | 0 | 3 | 47 | 13 | 0 | 1 | 4 | 0 | 10 | 2 | 0 | 37 | 0 | .223 | .272 | .318 | .590 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2008年4月5日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)、6回裏に川端慎吾に代わって遊撃手として出場
- 初先発出場:2009年9月23日、対広島東洋カープ23回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7番・遊撃手として先発出場
- 初安打:同上、3回表に今井啓介から左前安打
- 初打点:同上、9回表にマイク・シュルツから左越2点適時二塁打
- 初本塁打:2009年10月3日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、6回表に桟原将司から右越決勝ソロ
[編集] 背番号
- 46 (2008年 - 2011年5月23日)
- 56 (2011年5月25日 - )[1]
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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