高濱卓也
| 本来の表記は「髙濱卓也」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
| 千葉ロッテマリーンズ #00 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 佐賀県佐賀市 |
| 生年月日 | 1989年7月6日(23歳) |
| 身長 体重 |
184 cm 84 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 遊撃手、三塁手、外野手 |
| プロ入り | 2007年 高校生ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2011年5月24日 |
| 年俸 | 820万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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髙濱 卓也(たかはま たくや、1989年7月6日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手(内野手、外野手)。
目次 |
来歴・人物 [編集]
プロ入り前 [編集]
福岡県生まれ、佐賀県佐賀市出身。佐賀市の北小ジュニアソフトボールクラブでソフトボールを始め、小学校4年時に北川副少年野球団へ入団して野球を始める。佐賀市立城南中学校では軟式野球部に所属して主に投手を務め、打撃でも硬式球より飛びにくいとされる軟式球で推定飛距離130 mの本塁打を放つなど活躍した。
当初は佐賀県内の高校への進学を希望していたが、高濱の試合を観戦していた横浜高校野球部監督の渡辺元智を慕い同校に進学。入学後に内野手へ転向し、1年時から1番打者としてレギュラーとなる。2年時には3番遊撃手として第78回選抜高等学校野球大会では、1学年上の福田永将、佐藤賢治とクリンナップを組み、土井健大を擁する履正社高校、大嶺祐太を擁する八重山商工、斎藤佑樹を擁する早稲田実業高校、尾藤竜一を擁する岐阜城北高校などを破り優勝。春夏連続出場となった第88回全国高等学校野球選手権大会では、中田翔を擁する大阪桐蔭高校に敗れ一回戦敗退。3年夏は神奈川大会準決勝敗退。相手は東海大学付属相模高等学校で振り逃げ3ランにより試合が決定づいてしまった。ちなみに振り逃げ3ランの打者は後に読売ジャイアンツに入団する菅野智之だった。通算18本塁打。
2007年度ドラフト会議において「BIG3」と称された中田翔・佐藤由規・唐川侑己に話題性では劣ったが、ABCテレビの『速報!甲子園への道』などでは高濱を含めて四天王と呼ばれていた。下級生時から中心選手として活躍した実績や、広角へ打ち分ける打撃に俊足強肩の身体能力・センスを買われ、それぞれ中田と佐藤の交渉権を逃した阪神タイガースと横浜ベイスターズから外れ1巡目指名を受け、抽選で交渉権を獲得した阪神へ入団。
プロ入り後 [編集]
阪神時代 [編集]
2008年は高校時代から痛めることが多かった膝の故障により、春季キャンプから別メニューでの調整が続いた。シーズンに入ってからも公式戦での出場機会はなく、膝への負担と出場機会増を考慮して外野手での起用も示唆された。
2009年はウエスタン・リーグで28試合に出場し、打率.198で打席数の半分近い三振数だったが出塁率.306を記録。守備では外野手として10試合、遊撃手として2試合を守った。
2010年はウエスタン・リーグで39試合に出場し、打率.195, 出塁率.241を記録した。守備では主に遊撃手として起用されたが、32試合で8失策を記録し、結果を出すことができなかった。
2011年の春季キャンプは二軍スタートであったが、一・二軍合同の紅白戦3戦で9打数6安打と活躍して一軍帯同を勝ち取った[1]。
さらにその後のオープン戦を含め、実戦6試合で14打数8安打[2]と好調だったところ、阪神にFA移籍していた小林宏の人的補償選手を探していたロッテが目をつけ、3月1日付でロッテへの移籍が発表された[3]。当初、ロッテは小林の補償に投手または金銭を求めることも検討していた[4][5]が、当時のロッテは前年まで正遊撃手だった西岡剛がメジャーリーグに移籍、さらに今江敏晃が故障するなど内野手に不安があり、高濱の成長ぶりもあってこれに白羽の矢を立てたものであった[6]。
2011年3月4日に入団会見が行われ、ロッテでの背番号は00となった[7]。
ロッテ時代 [編集]
- 2011年
正遊撃手であった荻野貴司の故障離脱、その後遊撃手として出場していた高口隆行・細谷圭の打撃の低調等から、5月23日に初めて一軍に昇格した。翌24日には2番遊撃手としてスタメン起用され、プロ初安打を含む2安打を放ちデビュー。5月25日、阪神甲子園球場で行われた古巣・阪神タイガースとの試合では、7回に先頭打者として二塁打を放った後今江敏晃の適時打で生還し、阪神ファンを歯噛みさせた。しかし一軍の壁は厚く、6月7日には登録抹消される。シーズン終盤の9月11日に再び一軍昇格し、9番遊撃手や代打として出場機会を得た。
一軍での出場は2試合に留まったが、二軍では一塁手・二塁手・三塁手・遊撃手と内野の全てのポジションでの試合出場を経験し、打率.301の数字を残した。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | ロッテ | 19 | 56 | 48 | 4 | 10 | 1 | 0 | 0 | 11 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | 1 | 0 | 0 | 21 | 0 | .208 | .224 | .229 | .454 |
| 2012 | 2 | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 通算:2年 | 21 | 59 | 51 | 4 | 10 | 1 | 0 | 0 | 11 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | 1 | 0 | 0 | 23 | 0 | .196 | .212 | .216 | .427 | |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- 初出場・初先発出場:2011年5月24日、対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2番・遊撃手として先発出場
- 初安打:同上、4回表に福井優也から中前安打
背番号 [編集]
- 36 (2008年 - 2010年)
- 66 (2011年 - 同年途中)
- 00 (2011年途中 - )
登場曲 [編集]
- 「SUPERSTAR」FIRE BALL
脚注 [編集]
- ^ 高浜も残った!鮮やか下柳&岩田撃ち デイリースポーツ、2011年2月21日。
- ^ 高浜にロッテの目!FA人的補償に結論か 日刊スポーツ、2011年2月28日。
- ^ FA移籍の人的補償について - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年3月1日閲覧
- ^ 【ロッテ】FA補償の候補は3人 日刊スポーツ、2011年2月11日。
- ^ ロッテ視察団来た…トラ戦々恐々 デイリースポーツ、2011年2月17日。
- ^ 虎ショック!高浜ロッテに獲られた〜 デイリースポーツ、2011年2月28日。
- ^ 高濱選手が入団会見 - 千葉ロッテマリーンズ・オフィシャルサイト 2011年3月4日閲覧
関連項目 [編集]
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