高橋裕紀

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高橋 裕紀
Yuki takahashi 201205.jpg
2012年 ポルトガルGP
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1984年7月12日(30歳)
出身地 埼玉県北葛飾郡吉川町(現:吉川市
ロードレース世界選手権での記録
- Moto2クラスに参戦 -
現在のチーム イデミツ・ホンダ・チーム・アジア
ゼッケン 72
チャンピオン 0
レース数 110
優勝回数 3
表彰台回数 11
PP回数 0
FL回数 0
通算獲得ポイント 720
2012年の成績 30位 (2ポイント)

高橋裕紀(たかはし ゆうき、1984年7月12日 - )は、埼玉県北葛飾郡吉川町(現:吉川市)出身のオートバイレーサー。2004年の全日本ロードレース選手権GP250クラスチャンピオン。2005年よりロードレース世界選手権に参戦中。弟の高橋江紀もオートバイレーサーだった。

経歴[編集]

キャリア初期 - 全日本時代[編集]

3歳の誕生日に祖父にポケバイをプレゼントされるが、エンジン音を怖がり乗ることはなかった。7歳でポケバイに乗り始め、8歳でポケバイレースデビュー。1996年には全日本ポケットバイク選手権最優秀選手賞を受賞、ミニバイクレースへ転向する。またこの年に桶川塾へ入った。

2000年には全日本ロードレース選手権GP125クラスにデビュー、第9戦SUGOで初優勝を果たした。翌2001年は8戦中4勝を挙げ、仲城英幸に次ぐランキング2位となった。またこの年のロードレース世界選手権第13戦パシフィックGPもてぎ)125ccクラスのレースにワイルドカード枠で参戦し、グランプリデビューを果たした。

2002年よりアイ・ファクトリーを母体とするダイドーMIUレーシングに移籍しGP250クラスにステップアップ。第8戦英田でクラス初優勝を遂げ、年間ランキング7位でルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。またこの年のパシフィックGPにはHRCから250ccクラスにワイルドカード参戦し、3位表彰台に立つ活躍を見せた。このときの高橋の年齢は18歳と86日であり、日本人ライダーとして史上最年少の表彰台獲得記録となっている。

翌2003年もGP250に継続参戦、第4戦鈴鹿で1勝を挙げ、年間ランキングでは5位に成績を伸ばした。世界選手権には春の日本GP(鈴鹿)と秋のパシフィックGPの2戦に出場し、鈴鹿では自身2度目となる3位表彰台に立った。

そしてGP250クラス3年目となった2004年には6戦中4勝を挙げ、青山周平を抑えて初のチャンピオンに輝いた。

ロードレース世界選手権250ccクラス ( 2005 - 2008 )[編集]

2008年 日本GP

前年のチャンプ獲得により、高橋はホンダが若手選手育成のために創設した「ホンダレーシングスカラシップ[1]」の第2期生に選ばれ、2005年よりロードレース世界選手権250ccクラスにフル参戦できることとなった。スカラシップの受け皿となったチーム・スコットよりRS250RWを駆りデビューを果たした初年度のベストリザルトは第12戦日本GPでの4位、年間ランキングでは11位となった。

2006年も同チームに残留[2]第5戦フランスGPでグランプリ初優勝を遂げた。その後第10戦ドイツGPにも勝利し、2勝を挙げて年間ランキング6位に成績を伸ばした。しかしこの年の7月には鈴鹿8耐に向けての練習走行中の転倒で左腕を骨折し1戦を欠場[3]最終戦バレンシアGPではフリー走行での転倒で大腿骨骨折の重傷を負う等[4]、怪我に泣かされたシーズンでもあった。

2年のスカラシップ期間を終え、フル参戦3年目を迎えた2007年シーズンもチームに残留した。大腿骨骨折の後遺症でリアブレーキのコントロールに苦しみ[5]第4戦中国GPではマシントラブルから転倒を喫して前年傷めた左腕を再び骨折してしまう等[6]、前年から続いて怪我との戦いとなってしまった。結局この年は一度も表彰台に立つこともなく、ランキングは11位に終わった。

チーム在籍4年目となった[7]2008年シーズン、高橋は勝利こそ挙げられなかったものの、開催された16戦中15戦をポイント圏内で完走、3戦で表彰台に立ち、クラス自己ベストとなる年間ランキング5位を記録した。

MotoGPクラス ( 2009 )[編集]

2008年よりチーム・スコットは最高峰MotoGPクラスにアンドレア・ドヴィツィオーゾをライダーに参戦を開始しており、2009年にはホンダワークスに抜擢されたドヴィツィオーゾの後任として高橋がMotoGPクラスデビューを果たすことになった。当初は高橋だけの1台体制だったが、第6戦カタルニアGPよりガボール・タルマクシが加入し2台体制となった。そして第8戦アメリカGPを前に、チームは資金難を主な理由に、高橋との契約を打ち切ることを発表した[8]。これにより、1992年新垣敏之以降続いていた日本人ライダーの最高峰クラスへのレギュラー参戦が途絶えることになってしまった。

Moto2クラス ( 2010 - )[編集]

2010年 イギリスGP

2010年シーズンは250ccクラス後継のMoto2クラスへ、フランスのテック3チームから参戦した。第7戦カタルニアGPではアンドレア・イアンノーネのペナルティに助けられた形ではあったものの、2006年以来となるグランプリ3勝目を挙げた。しかしシーズンを通して見ると旋回性に問題を抱えたマシン[9]に苦しんで下位に沈んだり転倒を喫したレースも多く、年間ランキングは12位に留まった。

2011年は前年にチャンピオンのトニ・エリアスを輩出したグレシーニ・レーシングに移籍、モリワキのシャシーを駆ってクラス2年目のシーズンを迎える[10]。なおこの移籍に関しては、選択肢としてグレジーニだけではなく、moto2での最多シェアシャーシとなるスーターのメインチームであるマークVDSレーシングからもオファーされていたが、マークVDSではスコット・レディングに次ぐセカンドライダー待遇になるのに対して、グレジーニはファーストライダー待遇である点に加え、日本パッケージで戦えるという点からグレジーニへの移籍を決めたという[11]第3戦ポルトガルでは直前に弟の高橋江紀を交通事故で亡くし、辛い精神状態の中3位に入りこの年の初表彰台に上がると共に、江紀に表彰台を捧げた。翌第4戦フランスでも2位に入り連続表彰台となったが、転倒によるリタイヤも多く、またサスペンションの変更等によりマシンとのマッチングにも苦戦し、年間ランキングは11位に終わった。

2012年はグレジーニ・レーシングを離れ、フォワード・レーシングへと移籍し、スーターシャーシのマシンを駆る。第7戦よりスーターからFTRへとシャーシ変更を行っている。年間を通してセットアップに苦しみ、ようやく最終戦バレンシアGPにてポイントを獲得、年間ランキング30位となる

2013年岡田忠之を率いるイデミツ・ホンダ・チーム・アジアよりエントリーする。ライダー・チーム・シャーシ(モリワキMD600)・サスペンション(ショーワ)・ブレーキ(NISSIN)・タイトルスポンサー(出光石油)など純国産パッケージでの参戦となる。

テレビ出演[編集]

  • ダイドーMIUレーシング在籍時代に、「MIU」のテレビCMに出演した。
  • 同じくMIUレーシング在籍時代に、ピタゴラスイッチのアルゴリズムこうしんに出演した。

主なレース戦績[編集]

全日本ロードレース選手権[12][編集]

シーズン クラス チーム バイク 出走 優勝 表彰台 PP ポイント シリーズ順位
2000年 GP125 FINAエンデュランス&桶川塾 エンデュランス・NER125 10 1 2 2 72 8位
2001年 GP125 OSLスポーツクラブ&桶川塾 エンデュランス・NER125 8 4 5 3 116 2位
2002年 GP250 ダイドーMIUレーシング ホンダ・RS250R 8 1 3 0 84 7位
2003年 GP250 ダイドーMIUレーシング ホンダ・RS250R 5 1 3 0 63 5位
2004年 GP250 ダイドーMIUレーシング ホンダ・RS250R 6 4 5 5 108 1位
JSB1000 ホンダドリーム・カストロールRT ホンダ・CBR1000RR 1 0 0 0 0 -

鈴鹿8時間耐久ロードレース[13][編集]

開催年 チーム バイク パートナー 総合順位
2002年 チームイワキ ホンダ・VTR1000SP-2 辻本聡 30位
2003年 仮面ライダー555ホンダ ホンダ・CBR954RR 山口辰也 10位
2008年 ドリーム・ホンダRT33 ホンダ・CBR1000RR ジョナサン・レイ リタイヤ
2012年 TOHO Racing with MORIWAKI ホンダ・CBR1000RR 山口辰也, 手島雄介 2位

ロードレース世界選手権[編集]

  • 凡例
  • ボールド体のレースはポールポジション、イタリック体のレースはファステストラップを記録。
シーズン クラス バイク 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位 ポイント
2001年 125cc ホンダ JPN RSA SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE POR VAL PAC
Ret
AUS MAL BRA NC 0
2002年 250cc ホンダ JPN RSA SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE POR BRA PAC
3
MAL AUS VAL 21位 16
2003年 250 cc ホンダ JPN
3
RSA SPA FRA ITA CAT NED GBR GER CZE POR BRA PAC
4
MAL AUS VAL 18位 29
2004年 250cc ホンダ RSA SPA FRA ITA CAT NED BRA GER GBR CZE POR JPN
5
QAT MAL AUS VAL 25位 11
2005年 250cc ホンダ SPA
Ret
POR
7
CHN
10
FRA
10
ITA
Ret
CAT
7
NED
15
GBR
Ret
GER
9
CZE
Ret
JPN
4
MAL
7
QAT
8
AUS
Ret
TUR
Ret
VAL
7
11位 77
2006年 250 cc ホンダ SPA
4
QAT
9
TUR
5
CHN
5
FRA
1
ITA
4
CAT
7
NED
6
GBR
7
GER
1
CZE MAL
4
AUS
Ret
JPN
Ret
POR
6
VAL
DNS
6位 156
2007年 250cc ホンダ QAT
7
SPA
8
TUR
Ret
CHN
DNS
FRA ITA
11
CAT
Ret
GBR
4
NED
10
GER
8
CZE
Ret
SMR
9
POR
Ret
JPN
4
AUS
10
MAL
9
VAL
8
11位 90
2008年 250cc ホンダ QAT
5
SPA
3
POR
6
CHN
7
FRA
4
ITA
Ret
CAT
12
GBR
9
NED
8
GER
9
CZE
6
SMR
2
IND
C
JPN
6
AUS
7
MAL
4
VAL
2
5位 167
2009年 MotoGP ホンダ QAT
15
JPN
Ret
SPA
12
FRA
13
ITA
Ret
CAT
Ret
NED
15
USA GER GBR CZE IND SMR POR AUS MAL VAL 21位 9
2010年 Moto2 テック3 QAT
Ret
SPA
4
FRA
Ret
ITA
8
GBR
18
NED
10
CAT
1
GER
Ret
CZE
2
IND
26
SMR
Ret
ARA
12
JPN
6
MAL
Ret
AUS
17
POR
26
VAL
18
12位 86
2011年 Moto2 モリワキ QAT
5
SPA
Ret
POR
3
FRA
2
CAT
Ret
GBR
7
NED
Ret
ITA
14
GER
Ret
CZE
12
IND
25
RSM
7
ARA
31
JPN
30
AUS
10
MAL
Ret
VAL
Ret
11位 77
2012年 Moto2 スッター QAT
19
SPA
21
POR
Ret
FRA
17
CAT
21
GBR
25
30位 2
FTR NED
20
GER
Ret
ITA
17
IND
28
CZE
18
RSM
Ret
ARA
23
JPN
16
MAL
16
AUS
16
VAL
14
2013年 Moto2 モリワキ QAT
23
AME
SPA
FRA
ITA
CAT
NED
GER
IND
CZE
GBR
RSM
ARA
MAL
AUS
JPN
VAL
NC* 0*

脚注[編集]

  1. ^ 2004年より始まった制度。全日本GP250クラスでホンダ車でチャンプになるか、それに準じた成績を挙げた22歳以下のライダーを対象とし、最長2年間ホンダの指定するチームからグランプリ250ccクラスに参戦できる。[1]
  2. ^ 冠スポンサーが就いたことによりチーム名は「ヒューマンゲスト・レーシング」に変更
  3. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2006/Takahashi+to+miss+out+on+Czech+race
  4. ^ http://www.intellimark.co.jp/bikeArticles/news20061028002.html
  5. ^ http://www.on-line.co.jp/yuki/reports/2007/repo07.html
  6. ^ http://www.on-line.co.jp/yuki/reports/2007/repo04.html
  7. ^ チーム・スコットはJiRと共同でチームを運営することとなり、エントリー名はJiRチーム・スコットとなった。
  8. ^ Insidebikes: Takahashi dropped by Scot Honda” (English). 2009年7月1日閲覧。
  9. ^ http://www.on-line.co.jp/yuki/reports/2010/repo16.html
  10. ^ http://www.motogp.com/ja/news/2010/gresini+moto2+line+up
  11. ^ ライディングスポーツ2011年4月号インタビューより
  12. ^ http://www.motoracing-japan.com/result/index.html
  13. ^ http://www.suzukacircuit.jp/8tai/history/top.html

外部リンク[編集]