高橋大輔 (フィギュアスケート選手)
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| 2011年スケートカナダの高橋 | ||||||||||||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 代表国: | ||||||||||||||||||||||
| 生年月日: | 1986年3月16日(25歳) | |||||||||||||||||||||
| 出生地: | 岡山県倉敷市 | |||||||||||||||||||||
| 身長: | 165 cm | |||||||||||||||||||||
| 体重: | 60 kg | |||||||||||||||||||||
| コーチ: | 長光歌子 (1999- 現在) | |||||||||||||||||||||
| 元コーチ: | タチアナ・タラソワ 林祐輔 ニコライ・モロゾフ (2005-2008)[1] 服部直行 (1996-2000)[2] |
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| 振付師: | シェイ=リーン・ボーン パスカーレ・カメレンゴ |
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| 元振付師: | 宮本賢二 タチアナ・タラソワ リー=アン・ミラー 長光歌子 ニコライ・モロゾフ |
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| 所属クラブ: | 関西大学スケート部 | |||||||||||||||||||||
| ISU パーソナルベストスコア | ||||||||||||||||||||||
| トータルスコア: | 264.41 | 2008 四大陸選手権 | ||||||||||||||||||||
| ショートプログラム: | 90.43 | 2011 NHK杯 | ||||||||||||||||||||
| フリースケーティング: | 175.84 | 2008 四大陸選手権 | ||||||||||||||||||||
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| 本来の表記は「髙橋大輔」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。 |
髙橋 大輔(たかはし だいすけ、ラテン文字:Daisuke Takahashi, 1986年3月16日 - )は、日本のフィギュアスケート選手(男子シングル)。2010年バンクーバーオリンピック銅メダリスト。2010年世界選手権優勝。
目次 |
人物
岡山県倉敷市出身。4人兄弟の末っ子。関西大学文学部総合人文学科身体運動文化専修卒業[3]。2008年4月より関西大学大学院文学研究科総合人文学専攻身体文化専修博士前期課程に進学。JOCシンボルアスリート適用選手。
アジア人選手として初めて、世界ジュニア選手権(2002年)、世界選手権(2010年)を制し、オリンピックでメダルを獲得した(2010年バンクーバーオリンピックで銅メダル)。
ジュニア時代から定評のあるスケーティングと[4][5]、たびたび最高評価のレベル4を獲得しているステップ[6]、音楽を的確に掴んだ情感あふれる演技を持ち味とする[7][6][8]。
3回転アクセルを得意としている[9]。バンクーバー五輪のフリー以降、フリップやルッツが「!」や「e」判定を受けるようになったが、2011/2012シーズンに矯正に成功している[10]。2007年秋には4回転フリップの練習を始め[11]、2010年世界選手権のフリー以降は競技会でたびたび挑戦しているが、クリーンな成功はまだない。
経歴
トリノ五輪シーズンまで
幼少時は性格的に弱く、心配した両親に少林寺拳法、野球、アイスホッケーなどさまざまなスポーツをやらされたが、痛いことや怖いことが嫌いでどれも長続きしなかった[12][13]。体操は気に入ったが、岡山市内の体操教室に通うことが難しく断念[14]。8歳のとき、家のすぐ近くにあるウェルサンピア倉敷(厚生年金健康福祉センター)のスケートリンクでフィギュアスケートを始めた。
1999年、中学2年の夏に長光歌子と出会う。同年に初の国際大会となるトリグラフトロフィーで優勝。2001年に全国中学校大会で2連覇を達成し、全日本ジュニア選手権を制す。2002年には世界ジュニア選手権で日本男子として初めての優勝を飾った。
2002-2003シーズンから本格的にシニアに参戦するが、国際大会での成績は伸び悩み気味だった。1年間に渡り長光とともにアメリカ、カナダ、ロシアを訪ねて有名コーチの指導を仰いだが、成果は得られなかった。
2004-2005シーズンには、大学入学に伴う環境の変化やプレッシャーや、シーズン前半のアジア選手権で右足首の神経の炎症を起こしたことによりモチベーションが低下し、スケートをやめたいとさえ思っていた[15]。しかし、全日本選手権で6位に沈んだことで気持ちがふっきれ[16]、年明けのユニバーシアードで優勝、四大陸選手権では3位となった。世界選手権では、ともに出場した本田武史が予選演技中の怪我で途中棄権したため、翌年のトリノオリンピックの日本男子出場枠が髙橋1人の順位にかかる大きなプレッシャーの中で演技することになったSPまでは7位と健闘したものの、フリーでは冒頭の4回転ジャンプ転倒を皮切りにミスを連発し総合15位に終わる。この結果、トリノオリンピックの日本男子出場枠は1枠となった。シーズン終了後、コーチ・振付師をニコライ・モロゾフに変えるとともに、トレーナーのカルロス・アビラ・デ・ボルバにつき、フィジカル面とステップの強化に力を注ぎ始めた[17]。厳しいトレーニングにより足の骨の形が変形し、靴を10足以上はきつぶしたという。
2005-2006シーズン、スケートアメリカでISUグランプリシリーズ初優勝を果たし、本田に続く日本人男子2人目のGPシリーズ優勝者となった。初めて進出したGPファイナルでは銅メダルを獲得して日本人男子として初の表彰台に立ち、全日本選手権はSP2位から逆転して初優勝、織田信成との熾烈な代表争いを制し、僅か一枠のトリノオリンピック代表の座を掴み取った。トリノオリンピックではSPで5位につけたが、フリーは冒頭の4回転ジャンプで転倒するなど9位にとどまり、総合8位入賞となった。
バンクーバー五輪シーズンまで
2006-2007シーズン、NHK杯でほぼミスのない演技をして優勝し、フリーでは1年8ヶ月ぶりに4回転ジャンプも成功させた。2季連続で進出したGPファイナルは、競技直前からの体調不良による腹痛や吐き気に耐えながら最後まで滑り切り、日本人男子として過去最高の2位となった。3位には織田信成が入り、初めてグランプリファイナルの表彰台に複数の日本男子が上がることとなった。全日本選手権では2位以下に大差をつけて全日本選手権2連覇を達成。2007年冬季ユニバーシアードでも2連覇を果たした。世界選手権では、ショートプログラム3位、フリースケーティング1位で、日本男子史上最高位となる銀メダルを獲得した[18]。また、織田信成が7位に入ったため、翌2008年世界選手権の日本男子代表枠は最大の3枠となった。
2007-2008シーズンは、SPの演技にフィギュアスケートでは珍しいヒップ・ホップを取り入れて臨んだ。シーズン前にはモロゾフとともに3ヶ月間ニューヨーク・マンハッタンのダンス学校に通ったという[19][20]。GPシリーズ初戦のスケートアメリカで優勝。2戦目のNHK杯では日本人男子として五十嵐文男以来26年ぶりのNHK杯連覇を達成し、3季連続のGPファイナル進出を出場ポイント1位通過で決めた。GPファイナルでは2位。2007年12月の全日本選手権ではフリーで4回転ジャンプを2度成功させ、再び2位以下に大差をつけて3連覇を達成。2008年四大陸選手権でもフリーで2度の4回転ジャンプを成功させ、フリーと総合得点でISU歴代最高記録を更新して優勝。2008年世界選手権ではSPで3位につけたが、フリーではジャンプのミスを連発して総合4位に終わった。このとき高橋は「精神的に弱かった。まだ世界のレベルではなかった」と語っている[21]。
2008年5月、ニコライ・モロゾフ・コーチとの契約を契約を解除した。離別の理由について、高橋側は「モロゾフと関係は崩れていなかったが、モロゾフが織田信成のコーチに就任したため、ライバルの織田と同じコーチではできなかった」と語っている[22]。一方、モロゾフ側は「昨シーズンから高橋エージェントとトラブルがあった。高橋にコーチとエージェントのどちらを選ぶか尋ねたら、高橋はエージェントを選んだ」としている[23]。
2008-2009シーズン、2008年10月末の練習中に3回転アクセルで転倒し、右膝を負傷したため、出場を予定していたグランプリシリーズ中国杯を欠場[24][25]。その後の精密検査により右足膝の前十字靭帯と半月板を損傷していることが分かり、シーズンの全大会の出場を断念して11月に手術をした[26][27][28][25]。リハビリを経て2009年4月より氷上での練習を再開[29][30]、6月からはジャンプも跳び始めた[30]。リハビリで体の可動域が広がったため、跳び方を調整する必要があった[30]。もともとは体が硬くスピン全般を苦手としていたが、手術後のリハビリで柔軟性を高めたことで股関節の稼動域が広がり、様々なポジションを取れるようになった。
2009-2010シーズン、10月のフィンランディア杯優勝で自らの国際競技会復帰を飾った。スケートカナダでは表彰台に上り、2季ぶりにGPファイナルにも出場。全日本選手権で4度目の優勝を果たし、バンクーバーオリンピックの代表に内定した。
2010年のバンクーバーオリンピックではSPで90点台をマーク、SP1位のエフゲニー・プルシェンコと0.6点の僅差で3位につけた。フリーでは冒頭の4回転トウループで転倒したものの、演技構成点は出場選手中最も高い評価を受け[31]、総合得点でステファン・ランビエールを0.51点の僅差で上回り、日本の男子シングルの選手としては史上初のオリンピックのメダルとなる銅メダルを獲得した[32]。なお、ステップはSP、フリーともに出場選手中最も高い評価を受けた[33][34]。
世界選手権では、SP、フリーともに1位の完全優勝を果たし、日本人男子初の世界チャンピオンとなった。フリーの演技冒頭で挑んだ4回転フリップは回転不足、両足着氷の失敗に終わったが、全てのスピン・ステップで最高評価のレベル4を獲得した[35]。
バンクーバー後
2010-2011シーズン、GPシリーズ初戦NHK杯ではフリーで3シーズンぶりに4回転トウループを成功させ優勝。続くスケートアメリカでも優勝、日本人男子として最多となるGPシリーズ6勝目を挙げた。GPファイナルでは練習中に小塚崇彦と衝突して首がむち打ちのような状態になり、本番では4位に終わった[36]。首の状態がさらに悪化した状態[37]で臨んだ全日本選手権では3位に入り、四大陸選手権と世界選手権の代表の座を獲得した。四大陸選手権では2度目の優勝を果たしたが、世界選手権ではFS冒頭の4回転トウループの際にスケート靴のビスが外れるアクシデントに見舞われ、総合5位に終わった。シーズン終了後、5月に右膝ボルト除去手術を受け、8月にはフランスのリヨンに渡り、アイスダンスコーチのミュリエル・ブーシェ・ザズーイの下でスケーティングを基礎から見直した[38]。また、柔軟性を高めるために、バレエのレッスンも受け始めた[39]。
2011-2012シーズン、GPシリーズ初戦のスケートカナダで3位、NHK杯では同大会最多となる4度目の優勝を果たし、GPファイナルは2位に終わった。全日本選手権ではSPで7シーズンぶりに4回転トウループ-3回転トウループのコンビネーションジャンプを成功させ(ISU非公認)、2年ぶり5度目の優勝を果たした。四大陸選手権は2位。
主な戦績
| 大会/年 | 1999-00 | 2000-01 | 2001-02 | 2002-03 | 2003-04 | 2004-05 | 2005-06 | 2006-07 | 2007-08 | 2009-10 | 2010-11 | 2011-12 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 冬季オリンピック | 8 | 3 | ||||||||||
| 世界選手権 | 11 | 15 | 2 | 4 | 1 | 5 | ||||||
| 四大陸選手権 | 13 | 6 | 3 | 1 | 1 | 2 | ||||||
| 全日本選手権 | 5 | 4 | 3 | 6 | 1 | 1 | 1 | 1 | 3 | 1 | ||
| GPファイナル | 3 | 2 | 2 | 5 | 4 | 2 | ||||||
| GPNHK杯 | 8 | 3 | 1 | 1 | 4 | 1 | 1 | |||||
| GPスケートアメリカ | 1 | 1 | 1 | |||||||||
| GPスケートカナダ | 7 | 2 | 2 | 3 | ||||||||
| GPエリック杯 | 5 | 11 | ||||||||||
| GPボフロスト杯 | 11 | |||||||||||
| フィンランディア杯 | 1 | |||||||||||
| ユニバーシアード | 1 | 1 | ||||||||||
| アジア大会 | 6 | |||||||||||
| 世界Jr.選手権 | 1 | |||||||||||
| 全日本Jr.選手権 | 3 | 4 | 1 | |||||||||
| JGPファイナル | 4 | |||||||||||
| JGPSBC杯 | 1 | |||||||||||
| JGPソフィア杯 | 2 | |||||||||||
| JGPウクライナ記念 | 8 | |||||||||||
| JGPハルビン | 9 |
各大会の結果
| 2011-2012 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2012年2月9日-12日 | 2012年四大陸フィギュアスケート選手権(コロラドスプリングス) | 3 82.59 |
2 161.74 |
2 244.33 |
| 2011年12月23日-26日 | 第80回全日本フィギュアスケート選手権(門真市) | 1 96.05 |
3 158.55 |
1 254.60 |
| 2011年12月07日-11日 | 2011/2012 ISUグランプリファイナル(ケベック・シティー) | 5 76.49 |
2 172.63 |
2 249.12 |
| 2011年11月10日-13日 | ISUグランプリシリーズNHK杯(札幌) | 1 90.43 |
1 169.32 |
1 259.75 |
| 2011年10月28日-30日 | ISUグランプリシリーズスケートカナダ(ミシサガ) | 2 84.66 |
3 153.21 |
3 237.87 |
| 2010-2011 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2011年4月24日-5月1日 | 2011年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) | 3 80.25 |
6 152.72 |
5 232.97 |
| 2011年2月15日-20日 | 2011年四大陸フィギュアスケート選手権(台北) | 1 83.49 |
1 160.51 |
1 244.00 |
| 2010年12月24日-27日 | 第79回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | 4 74.78 |
2 162.01 |
3 236.79 |
| 2010年12月9日-12日 | 2010/2011 ISUグランプリファイナル(北京) | 3 82.57 |
6 137.20 |
4 219.77 |
| 2010年11月12日-14日 | ISUグランプリシリーズスケートアメリカ(ポートランド) | 2 78.12 |
1 148.95 |
1 227.07 |
| 2010年10月22日-24日 | ISUグランプリシリーズNHK杯(名古屋) | 1 78.04 |
1 156.75 |
1 234.79 |
| 2009-2010 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2010年3月24日-25日 | 2010年世界フィギュアスケート選手権(トリノ) | 1 89.30 |
1 168.40 |
1 257.70 |
| 2010年2月14日-27日 | バンクーバーオリンピック(バンクーバー) | 3 90.25 |
5 156.98 |
3 247.23 |
| 2009年12月25日-27日 | 第78回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 1 92.85 |
1 168.28 |
1 261.13 |
| 2009年12月3日-6日 | 2009/2010 ISUグランプリファイナル(東京) | 1 89.95 |
5 134.65 |
5 224.6 |
| 2009年11月19日-22日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(キッチナー) | 2 75.30 |
1 155.01 |
2 231.31 |
| 2009年11月5日-8日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) | 4 78.18 |
4 136.11 |
4 214.29 |
| 2009年10月8日-11日 | フィンランディア杯(ヴァンター) | 1 83.23 |
2 141.02 |
1 224.25 |
| 2007-2008 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2008年3月17日-23日 | 2008年世界フィギュアスケート選手権(ヨーテボリ) | 3 80.40 |
6 139.71 |
4 220.11 |
| 2008年2月11日-17日 | 2008年四大陸フィギュアスケート選手権(高陽) | 1 88.57 |
1 175.84 |
1 264.41 |
| 2007年12月26日-28日 | 第76回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | 1 85.43 |
1 169.15 |
1 254.58 |
| 2007年12月13日-16日 | 2007/2008 ISUグランプリファイナル(トリノ) | 1 84.20 |
2 154.74 |
2 238.94 |
| 2007年11月29日-12月2日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(仙台) | 2 77.89 |
1 156.33 |
1 234.22 |
| 2007年10月25日-28日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(レディング) | 1 80.04 |
2 148.93 |
1 228.97 |
| 2006-2007 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2007年3月20日-25日 | 2007年世界フィギュアスケート選手権(東京) | 3 74.51 |
1 163.44 |
2 237.95 |
| 2007年1月17日-27日 | ユニバーシアード冬季競技大会(トリノ) | 1 78.90 |
1 161.58 |
1 240.61 |
| 2006年12月27日-29日 | 第75回全日本フィギュアスケート選手権(名古屋) | 1 85.55 |
1 170.53 |
1 256.08 |
| 2006年12月14日-17日 | 2006/2007 ISUグランプリファイナル(サンクトペテルブルク) | 2 79.99 |
3 144.84 |
2 224.83 |
| 2006年11月30日-12月3日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(長野) | 1 84.44 |
1 163.49 |
1 247.93 |
| 2006年11月2日-5日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ビクトリア) | 1 78.80 |
2 129.41 |
2 208.21 |
| 2005-2006 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2006年2月10日-26日 | トリノオリンピック(トリノ) | 5 73.77 |
9 131.12 |
8 204.89 |
| 2005年12月23日-25日 | 第74回全日本フィギュアスケート選手権(東京) | 2 74.52 |
1 148.60 |
1 223.12 |
| 2005年12月16日-18日 | 2005/2006 ISUグランプリファイナル(東京) | 3 74.60 |
3 137.92 |
3 212.52 |
| 2005年12月1日-4日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(大阪) | 1 77.70 |
3 127.60 |
3 205.30 |
| 2005年10月20日-23日 | ISUグランプリシリーズ スケートアメリカ(アトランティックシティ) | 1 69.10 |
1 149.44 |
1 218.54 |
| 2004-2005 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2005年3月14日-20日 | 2005年世界フィギュアスケート選手権(モスクワ) | 12 30.13 |
7 72.18 |
18 108.04 |
15 210.35 |
| 2005年1月14日-20日 | 2005年四大陸フィギュアスケート選手権(江陵) | - | 3 68.46 |
2 123.83 |
3 192.29 |
| 2005年1月12日-22日 | ユニバーシアード冬季競技大会(インスブルック) | - | 2 | 1 | 1 |
| 2004年12月24日-26日 | 第73回全日本フィギュアスケート選手権(新横浜) | - | 5 59.83 |
5 113.84 |
6 173.67 |
| 2004年11月18日-21日 | ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯(パリ) | - | 3 64.16 |
11 71.54 |
11 135.70 |
| 2003-2004 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2004年3月22日-28日 | 2004年世界フィギュアスケート選手権(ドルトムント) | 7 | 11 | 11 | 11 |
| 2004年1月19日-25日 | 2004年四大陸フィギュアスケート選手権(ハミルトン) | - | 9 | 4 | 6 |
| 2003年12月25日-26日 | 第72回全日本フィギュアスケート選手権(長野) | - | 4 | 3 | 3 |
| 2003年11月13日-16日 | ISUグランプリシリーズ ラリック杯(パリ) | - | 2 71.31 |
5 123.31 |
5 194.62 |
| 2003年10月30日-11月3日 | ISUグランプリシリーズ スケートカナダ(ミシサガ) | - | 5 61.81 |
7 116.99 |
7 178.80 |
| 2002-2003 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2003年2月10日-16日 | 2003年四大陸フィギュアスケート選手権(北京) | 10 | 13 | 13 |
| 2002年12月19日-22日 | 第71回全日本フィギュアスケート選手権(京都) | 2 | 4 | 4 |
| 2002年11月28日-12月1日 | ISUグランプリシリーズ NHK杯(京都) | 10 | 7 | 8 |
| 2002年11月7日-10日 | ISUグランプリシリーズ ボフロスト杯(ゲルゼンキルヒェン) | 10 | 11 | 11 |
| 2001-2002 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | 予選 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2002年3月3日-10日 | 2002年世界ジュニアフィギュアスケート選手権(ハーマル) | 1 | 1 | 2 | 1 |
| 2001年12月21日-23日 | 第70回全日本フィギュアスケート選手権(大阪) | - | 8 | 4 | 5 |
| 2001年12月13日-16日 | 2001/2002 ISUジュニアグランプリファイナル(ブレッド) | - | 3 | 5 | 4 |
| 2001年11月23日-24日 | 第70回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(東京) | - | 2 | 1 | 1 |
| 2001年11月15日-18日 | ISUジュニアグランプリ SBC杯(長野) | - | 3 | 1 | 1 |
| 2001年9月12日-15日 | ISUジュニアグランプリ ソフィア杯(ソフィア) | - | 1 | 2 | 2 |
| 2000-2001 シーズン | |||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 2001年2月22日-24日 | 第8回ムラドストトロフィー(ザグレブ) | 1 | 2 | 2 | |
| 2000年11月25日-26日 | 第69回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(名古屋) | 4 | 4 | 4 | |
| 2000年10月12日-15日 | ISUジュニアグランプリ ハルビン(ハルビン) | 13 | 7 | 9 | |
| 2000年9月21日-24日 | ISUジュニアグランプリ ウクライナ記念(キエフ) | 7 | 8 | 8 | |
| 1999-2000 シーズン | ||||
| 開催日 | 大会名 | SP | FS | 結果 |
|---|---|---|---|---|
| 2000年3月23日-25日 | 第7回ムラドストトロフィー ジュニアクラス(ザグレブ) | 4 | 3 | 3 |
| 1999年12月10日-12日 | 第68回全日本フィギュアスケートジュニア選手権(大阪) | 1 | 4 | 3 |
プログラム
| シーズン | SP | FS | EX |
|---|---|---|---|
| 2011-2012[40] | イン・ザ・ガーデン・オブ・ソウルズ 作曲:Vas 振付:デビッド・ウィルソン |
ブルース・フォー・クルック 作曲:エディ・ルイス 振付:パスカーレ・カメレンゴ |
ザ・ クライシス 映画『海の上のピアニスト』より 作曲:エンニオ・モリコーネ 振付:宮本賢二 |
| 2010-2011[41] | ある恋の物語 エル・マンボ マンボNo.5 作曲:ペレス・プラード Batucada 作曲:DJ Dero 振付:シェイ=リーン・ボーン |
ブエノスアイレスの冬 作曲:アストル・ピアソラ 振付:パスカーレ・カメレンゴ |
ピアノによるアメリのワルツ 映画『アメリ』より 振付:ステファン・ランビエール |
| 2009-2010[42] | Eye 作曲:Coba 振付:宮本賢二 |
映画『道』より 作曲:ニーノ・ロータ 振付:パスカーレ・カメレンゴ |
Luv Letter by DJ OKAWARI |
| 2008-2009[43][44][45] | Eye 作曲:Coba 振付:宮本賢二 |
映画『道』より 作曲:ニーノ・ロータ 振付:パスカーレ・カメレンゴ Ocean Waves |
- |
| 2007-2008[46][45] | 白鳥の湖ヒップホップバージョン 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ロミオとジュリエット 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
バチェラレット ボーカル:ビョーク 振付:宮本賢二 |
| 2006-2007[47][45] | ヴァイオリン協奏曲 作曲:ピョートル・チャイコフスキー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ミュージカル『オペラ座の怪人』より 作曲:アンドルー・ロイド・ウェバー 振付:ニコライ・モロゾフ |
ロクサーヌのタンゴ 映画『ムーラン・ルージュ』より ボーカル:ユアン・マクレガー 振付:ニコライ・モロゾフ |
| 2005-2006[48][45] | ロクサーヌのタンゴ 映画『ムーラン・ルージュ』より by Sting 振付:ニコライ・モロゾフ |
ピアノ協奏曲第2番 作曲:セルゲイ・ラフマニノフ 振付:ニコライ・モロゾフ |
ノクターン 演奏:シークレットガーデン 振付:髙橋大輔 |
| 2004-2005[49][45] | Nyah 映画『ミッション:インポッシブル2』より作曲:ハンス・ジマー 振付:タチアナ・タラソワ 剣の舞 |
アランフエス協奏曲 作曲:ホアキン・ロドリーゴ 振付:タチアナ・タラソワ |
ノクターン by シークレットガーデン |
| 2003-2004[49][45] | Nyah 映画『ミッション:インポッシブル2』より 作曲:ハンス・ジマー 振付:タチアナ・タラソワ |
パガニーニの主題による狂詩曲 作曲:セルゲイ・ラフマニノフ パガニーニの主題による変奏曲 振付:タチアナ・タラソワ |
砂漠のバラ by Sting |
| 2002-2003[45] | ヒーローズ・シンフォニー 作曲:フィリップ・グラス 振付:リー=アン・ミラー |
映画『スター・ウォーズ エピソード2』より 作曲:ジョン・ウィリアムズ 振付:リー=アン・ミラー |
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| 2001-2002[45] | ミュージカル『ウエストサイド物語』より 作曲:レナード・バーンスタイン 振付:ロバート・ダウ |
ヴァイオリン協奏曲第1番 作曲:マックス・ブルッフ 振付:ロバート・ダウ |
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表彰歴
- 2001年
- 日本オリンピック委員会・JOCスポーツ賞 新人賞
- 2003年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 2005年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 2006年
- 倉敷市スポーツ栄誉賞
- 2007年
- 文部科学省・国際競技大会優秀者表彰
- 日本オリンピック委員会・JOCスポーツ賞 特別功労賞
- 上月スポーツ賞
- 2010年
CM
- 大塚製薬・オロナミンC「外回り?篇」(2007年3月 - 、上戸彩と共演)
- エステティックTBC「TRUE BEAUTY篇」(2007年12月 - )
- アサヒビール「私の挑戦・髙橋大輔篇」(2010年 - )
- アサヒビール「夢への挑戦篇」(2010年 - 、上村愛子、皆川賢太郎と共演)
- アサヒビール「明日へつづく挑戦篇」(同上)
著書
- ボクらの時代 自分を「美しく」見せる技術(藤原竜也、中村勘太郎との共著。扶桑社、2008年) ISBN 978-4594057275
脚注
- ^ 『Cutting Edge 2008 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年12月、p.15
- ^ 『Cutting Edge 2007 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2007年1月、p.86
- ^ 高橋大輔「フィギュアスケートとスポーツビジネス」(2007年度卒業論文抄録集)(『身体運動文化フォーラム』第3号、173頁(2008年3月、関西大学身体運動文化学会)所収)。髙橋大輔バンクーバー五輪 日本代表選手団プロフィール 2010年2月20日閲覧。
- ^ 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.34
- ^ 岡崎真「岡崎真のゼロからおぼえる新採点講座 第3回」『フィギュアスケートDays vol.3』DAI-X出版、2007年5月、pp.84-85
- ^ a b 田村明子著『パーフェクトプログラム 日本フィギュアスケート史上最大の挑戦』新潮社、2010年3月、p. 108
- ^ 『氷上のアーティストたち』p.140
- ^ モロゾフは、髙橋のことを「頭ではなく、ハートで滑っている」「彼こそが、氷上のアーティスト」と評した。青嶋ひろの「振付師に聞く 第3回 ニコライ・モロゾフ」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.100-102
- ^ 『Cutting Edge 2008』p.7
- ^ カナダSP、カナダフリー、NHKSP、NHKフリー
- ^ 青嶋ひろの「プレッシャーだって、今は楽しめる」『フィギュアスケートDays vol.2』DAI-X出版、2007年3月、pp.17-21(特集名「東京世界選手権応援ガイド」)
- ^ 八木沼純子著『日本フィギュアスケート 氷上のアーティストたち』日本経済新聞社、2005年11月、p.140
- ^ 『Cutting Edge 日本男子フィギュアスケートオフィシャルファンブック』DAI-X出版、2005年12月、p.7
- ^ 『Cutting Edge』p.8
- ^ 『Cutting Edge』p.4, 11、『氷上のアーティストたち』pp.145-148
- ^ 『Cutting Edge』p.6
- ^ 『COLORS』p.85
- ^ 従来の最高位は1977年の佐野稔、2002年・2003年の本田武史の銅メダル
- ^ モロゾフ・コーチ「高橋の演技歴史に残す」『Yomiuri online』2007年10月30日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ Takahashi loves the change『GOLDEN SKATE』2008年3月30日更新、2009年5月30日閲覧
- ^ 後藤奈美「Un giorno ある日」『PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック』双葉社、2009年2月、p.12
- ^ 2008年5月7日 日刊スポーツ フィギュア高橋がモロゾフ氏との契約解除 tp0-20080507-356852.html
- ^ 2008年5月25日ジャパンタイムス Morozov blames agent for breakup with Takahashi [1]
- ^ NIKKEI NETフィギュアの高橋大輔、靱帯断裂の疑い、共同通信配信記事
- ^ a b 『パーフェクトプログラム』p. 109
- ^ 「皆様へ」『 - 高橋大輔からのメッセージ』2008年11月18日更新
- ^ 青嶋ひろの「試合を見て、まず感じたのはその場に居られない悔しさ」『PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック』双葉社、2009年2月、pp.8-10
- ^ 高橋大今季絶望 右膝手術へ『朝日新聞』2008年11月18日付朝刊、14版、17面
- ^ 高橋大輔がアイスショー出演へ負傷後初の演技披露『47news』2009年7月23日更新、28日閲覧
- ^ a b c 『パーフェクトプログラム』p. 110
- ^ バンクーバー五輪・フリーのプロトコル
- ^ 高橋が銅メダル!日本男子初の快挙 - SANSPO.COM 2010年2月19日閲覧
- ^ バンクーバー五輪・ショートのプロトコル
- ^ バンクーバー五輪・フリーのプロトコル
- ^ 2010年世界選手権フリーの採点詳細
- ^ 高橋4位に「脚にきていた」/フィギュア
- ^ 高橋「緊張感に負けたのかも」/フィギュア『産経スポーツ』2010.12.24 23:11
- ^ Takahashi s'entraîne à Lyon『sport.fr』2011年8月12日
- ^ 『聖教新聞』2011年11月16日発行、第9面より
- ^ ISUによるバイオグラフィーより
- ^ ISUによるバイオグラフィーより
- ^ ISUによるバイオグラフィーより
- ^ 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.8, p.13
- ^ 『ワールド・フィギュアスケート 35』新書館、2008年12月、p.83
- ^ a b c d e f g h 「プログラムヒストリー」『PASSION 2009 フィギュアスケート男子シングルフォトブック』双葉社、2009年2月、p.13
- ^ 『男子シングル読本』p.16
- ^ 『Cutting Edge 2007』p.85
- ^ 『Cutting Edge』p.89
- ^ a b 『男子シングル読本』p.13
外部リンク
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