高橋信次 (宗教家)
高橋 信次(たかはし しんじ、1927年9月21日 - 1976年6月25日)は日本の宗教家。享年48。会社経営者。ハードウェアエンジニア。
新宗教・宗教法人GLA創始者。長野県佐久市出身。高電工業|高電工業株式会社の創業者であり、初代社長。人道科学研究所所長。
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[編集] 略歴
信次は1927年9月21日に長野県、佐久高原の農家に男3人・女7人の10人兄弟の次男として生まれた。旧制小学校(平賀小学校 現・城山小学校)を卒業し、旧制中学(野沢北中学・現在の野沢北高等学校)を二年生(13歳)で中退し、当時の日本陸軍の士官養成学校である陸軍幼年学校(仙台陸軍幼年学校)に進学。ついで陸軍士官学校に進学・卒業して、航空士官として出征し、終戦の1945年に故郷である長野県に帰郷。上京、大学入学資格検定を受検し、合格。主として日本大学工学部で学んでいた。大学在学中に事業を興すも失敗して、3度目に興した会社がエレクトロニクス系のハードウェアを開発する高電工業株式会社であった。会社経営をしながら、自身もハードウェアを開発するエンジニアとして460件以上の特許を持っていた。ほか、八起ビル管理株式会社社長、人道科学研究所所長等を兼務した。
10歳頃(1937年頃)から現在で言う「幽体離脱」現象のような霊現象を体験するようになり、その肉体の自分とは違う霊体の自分を「もう一人の自分」と呼び、その現象に幼心に疑問を持ち、以来約32年間、電子工学や物理学等の自然科学を修めつつ、探求を続けた。しかし、従来の宗教書を読もうとはせずに、独自の探求を続けた。その一方で、「人間の生と死」、「人生の目的」、「人生のあらゆる苦悩」、そして、「それに対する祈りとは何か?」等、人生全体に対する疑問はどんどん膨らんでいき、知り合いの親しい仏教の僧侶に「あの世というのはあるのですか?」、「何故お寺を建てるのですか?」等と質問したが、納得のいく答えは得る事は出来ず、また、既存のキリスト教会に赴いたりして、その牧師の説教を聞いたりしたが、「イエス・キリストを信じる者は、救われる」という話で、信じなくては救われないという、教えに非合理さを感じ、離れていった。また、既成宗教に限らずに幾つかの新宗教団体をも訪れているが、そのいずれにも納得が行かず、次第に既存の宗教に失望していったという。 そして、1952年頃(25歳頃)に大田区上池上に五、六人の従業員と共に自動制御装置を開発する為の工場を借りて、仕事をするようになる。その後、1953年頃に夫人となる一栄と出会い、翌年(27歳頃)に結婚。そして、1956年長女・佳子が生まれる。後に、GLAの代表となる高橋佳子である。その頃から予言は全て的中する等の霊現象が起きて、相談に来る人がアパートいっぱいに溢れる事もあったという。そして、1964年(37歳頃)に東京都・大田区大森にコンピュータ機器を開発する高電工業株式会社を設立。同社社長に就任し、同時に自身もハードウェアを開発するエンジニアとして様々な医療器具等のコンピュータ製品を開発する。そして1968年頃(40歳頃)から本格的な霊現象が起こるようになり、「ワン・ツー・スリー」や「フワン・シン・フワイ・シンフォー」と名乗る霊からの通信を受け、それから、まもなくして執着を捨てた心の安らぎのある境地に到達し、その後、それらの霊魂は後のGLAの教義で言う「守護・指導霊」であったと明かされたという。
「フワン・シン・フワイ・シンフォー」と名乗った霊魂は、自らを信次の「守護霊」であるとし、後に歴史上のイエス・キリストその人であると知らされた。また、「ワン・ツー・スリー」と名乗った霊魂は、自らを信次の「指導霊」であるとし、後に歴史上のモーゼその人あると知らされた。その後、彼らからの指導を受けて悟りの境地に到達した信次は、宗教家としての道を歩み、その経験を著作として著し始めた。また、人々の過去・現在・未来を見通す能力によって講演会等で、信次の下に集った人々を導き、また肉体を持たない「霊」を霊視(文字通り霊を目視すること)し、これと会話したり、人々に憑依している不調和な霊を取り除いたり(ただし、よほどでない限り、これらの霊に対して「神理」を説き、その非を悔い改めさせることが一般的であった)等、自身の講演会等において数多くの奇跡を残したとされる(高橋信次『心の発見 現証篇』参照)。また、古代エジプト語、ヘブライ語、5世紀の中国語、古代マガダ語(マガダ国)等を話した。ただし信次は、これらはあくまで人々を救うため、天上界で予め約束されていた(また証明としての)「方便」であるとし、特に興味本位的に過度に現象にとらわれることを戒めた。これらは、モーセの時代にも、イエス・キリストの時代にも、ゴータマ・シッダールタ(釈迦牟尼仏)の時代にも、現れた現象だとされる(「現証」)。著書や講演会での発言等から見るならば、信次は「慈悲」と「愛」、そしてその実現のための実践として「八正道」、「反省」(キリスト教的には懺悔・悔い改めに相当するとされる[1])を説いたといえる。また、仏教、ユダヤ教、キリスト教、は天上界(いわゆる「あの世」において特に調和された世界とされる。以降を参照)の指導によって作られたものであり、その精神は、「法」(自然の法則、宇宙の法則)に発するものであり、時代の新旧によって道は変わらないと説いた。 会社経営や教団運営、信者の個人指導や著作の執筆等により、信次の睡眠時間は一日3-4時間という生活であったともされる。[2]
1976年6月4-5日東北研修会の『新復活』『太陽系の天使達』を最後の講演とし、同6月25日午前11時28分、自身の予言通り(今回は48歳までしか計画していないとする)48歳で逝去した。
[編集] GLAについて
信次がイエス・キリストとモーセとの出会いを経て、悟りの境地に到達したとされる頃から、口コミで信次の教えを学ぼうという人々が集ってきて、それらの人々に対して自宅で教えを説くこととなった。当初は毎週土曜日に集まっていた為に、「土曜会」と称していた。1969年4月頃からそれらの人々が百人近くに膨れ上がった為に、都営浅草線浅草駅近くの自身の所有する八起(やおき)ビルを提供して、そこで教えを説くようになった。当時、この団体を、「大宇宙の神の光というものを顕現する会」という意味で、「大宇宙神光会」と称していた。
そして、当時の大阪において法華経による先祖供養を説く仏教系新宗教・霊友会系分派教団の「瑞宝会」教団の信者二人が当時の教祖の命令の下に、視察のため、信次が1971年8月に栃木県出流山において開いた研修会へと赴き、面会し、その教えを聴聞した。これを契機としてやがて瑞宝会教団そのものが信次の神光会に集団帰依し、合併するに至った(信次によれば、この瑞宝会による視察は、信次の指導者としての当否、真偽を見極め、本物であれば帰依するためのものであったとされる。この集団帰依は、八起ビル(略歴の節参照)での信次の講演の際、指導霊の指示により予言されていたとしている[3])。その際に瑞宝会教団が宗教法人格を取得している団体であることにより、宗教法人格を取得している団体と一般の団体が合併する場合は、宗教法人格を残さなければならないという法律(宗教法人法第39条)に則し、「宗教法人神光会」となった。その際に当時の「神光会」を国際化を考慮して英語名「God Light Association」とし、その際の頭文字を取った略称を「GLA」、「宗教法人GLA」となった。また、瑞宝会教団は「宗教法人GLA関西本部」となった。GLAはこの集団帰依の結果、一気に信者が数万人単位に膨れ上がり、本格的な組織作りを求められる状況にあったが、信次が宗教組織を形成する事を嫌っていた為にはっきりとした組織つくりは敬遠されたとされる。
信次没後、その教えを学ぼうと、法人格を持たず有志的に集って活動しているグループ、または個人がみられる。また、弟子等による関連著作が出版されている。信次が創設したGLAやそれから分派した団体などを称して、GLA系諸教団と言われている。大川隆法の幸福の科学では、初期に信次の霊界からの伝言であるとする「高橋信次霊言集」を多数発表したが、1994年『アラーの大警告』を含む高橋信次関係の霊言集を全て絶版とし、同時に信次と同じく「神理」と称していた自身の教義体系を「仏法真理」と改称して教義の内容と用語の改変を行った。
[編集] 宗教家としての実際的活動
信次は、時代が変わっても変わる事のない「正法・神理」(神が定めた自然の法則。「法」とも)、すなわち釈迦、イエスが説いた教えに戻れと主張し、自らの体験に基づくとされる魂の実在、実在界(あの世)の実在を説いた。各人の魂は死後、その人格(魂の光の量として反映。神との調和度が高いほど、光量が多い)に照応した世界に赴くとし、各人の魂の成長及び地上の調和のための方法である釈迦の説いた八正道を基礎とし、上記法則に対しての不調和な想念と行為により人間自らが作り出すとされる魂の曇りをぬぐい、本来魂が受けているとされる神の光を受けるために必要とされる「反省」の重要性を訴えた。また、反省後の想念・行為の実践を重視した(詳細は、以降の教義の節を参照)。また、人々の心と心の調和のとれたユートピアの建設、諸宗教の誤りの是正、いずれもが天上界の指導によって作られたとする仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラームの統合を目指した。
信次は、上記の、自身の説いた「正法・神理」(神が定めた自然の法則。「法」とも)を、自ら実践していたとされ、講演会が地方で行われた場合等、終了後に数時間にわたって自身のあり方に誤りはないか、自らの説く「法」に誤りはないか、等「八正道」に基づく「反省」をしていたとされる。
また、ホームレスの老人や知的障害を持ち家出癖のある女性、ヤクザ者等の社会的に自立して生きていく事が難しいと思われる人々を無償で引き取り、自身の会社経営者としての収益で生活させていたとされ、後にはこれらの人々がかなりの数にのぼり、大家族のようであったとされる。
また、宗教、思想における盲信・狂信を批判、マルクスを踏まえて「盲信による宗教はアヘンである」とし、自身の説く教えについても、信じる前に、あらゆるものに対して疑問を持ち、疑問を持ったならその疑問の追究を怠ってはならず、疑問がすべてなくなったときに到達するものは神理(神の摂理・自然の法則)であるとしている。神理でないものには必ず矛盾が生じるとした。[4] さらに、宗教を生活の糧にするべきではないとし、宗教活動による収益は一切取らず、高電工業株式会社の経営者としての収益で生活していた。反対に、伝道活動や普段の教団の運営費のために、自身の経営者としての収益から生まれる私財を充てたとされる。
[編集] 主な著作
[編集] 単著
- 『心の原点 失われた仏智の再発見』三宝出版、1973年9月1日、ISBN 4879280062(1980年10月30日、新装改訂版)
- 『心眼を開く あなたの明日への指針』三宝出版、1974年7月8日、ISBN 4879280097(1980年11月10日、新装改訂版)
- 『心の指針 苦楽の原点は心にある』三宝出版、1974年1月5日、ISBN 4879280070(1980年11月10日、新装改訂版)
- 『心の対話 人のことば天のことば』三宝出版、1976年6月21日、ISBN 4879280135(1981年2月15日、新装改訂版)
- 『人間・釈迦』
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- 1.偉大なる悟り 三宝出版、1973年4月1日、ISBN 4879280046(1980年10月31日、新装改訂版)
- 2.集い来る縁生の弟子たち 三宝出版、1974年5月5日、ISBN 4879280089(1980年11月20日、新装改訂版)
- 3.ブッタ・サンガーの生活 三宝出版、1976年11月24日、ISBN 4879280127(1980年12月15日、新装改訂版)
- 4.カピラの人々の目覚め 三宝出版、1976年11月24日、ISBN 4879280143(1980年12月15日、新装改訂版)
- 『悪霊』
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- I あなたの心も狙われている 三宝出版、1975年3月10日、ISBN 4879280100(1980年10月25日、新装改訂版)
- II 心が作る恐怖の世界 三宝出版、1975年7月15日、ISBN 4879280119(1980年10月25日、新装改訂版)
- 『愛は憎しみを越えて』(『餓鬼道』改題) 三宝出版、1974年、ISBN 4879280151(1979年12月21日改訂第一版、1981年2月15日新装版)
- 『原説般若心経 内在された叡智の究明』三宝出版、1971年12月15日、ISBN 4879280038(1981年1月15日、新装改訂版)
- 『心の発見』(『縁生の舟』改題)
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- (現証篇) 三宝出版、1973年4月20日、ISBN 4879280054(1981年1月31日、新装改訂版)
- (科学篇) 三宝出版、1971年5月10日、ISBN 487928002X(1981年1月31日、新装改訂版)
- (神理篇) 三宝出版、1971年1月15日、ISBN 4879280011(1982年1月10日、新装改訂版)
[編集] 共著
- 高橋信次(著)、蓬田やすひろ(イラスト)『釈迦物語 天と地のかけ橋』三宝出版、1980年9月、ISBN 487928016X
[編集] 作詞
- 混声二部合唱曲『心の讃歌』
[編集] 註
[編集] 参考文献
- 高橋信次『心の原点』三宝出版、1973年9月1日、ISBN 4879280062(1980年10月30日、新装改訂版)
- 高橋信次『心の発見 現証篇』三宝出版、1973年4月20日、ISBN 4879280054(1981年1月31日、新装改訂版)
- 高橋信次『心の発見 科学篇』三宝出版、1971年5月10日、ISBN 487928002X(1981年1月31日、新装改訂版)
- 高橋信次『心の発見 神理篇』三宝出版、1971年1月15日、ISBN 4879280011(1982年1月10日、新装改訂版)
- 高橋信次『心の指針』三宝出版、1974年1月5日、ISBN 4879280070(1980年11月10日、新装改訂版)
- 高橋信次『心眼を開く』三宝出版、1974年7月8日、ISBN 4879280097(1980年11月10日、新装改訂版)
- 高橋信次『人間・釈迦 1 偉大なる悟り』三宝出版、1973年、4月1日、ISBN 4879280046(1980年10月31日、新装改訂版)
- 高橋信次『人間・釈迦 2 集い来る縁生の弟子たち』三宝出版、1974年5月5日、ISBN 4879280089(1980年11月20日、新装改訂版)
- 高橋信次『原説般若心経 内在された叡智の究明』三宝出版、1971年12月15日、ISBN 4879280038(1981年1月15日、新装改訂版)
- 高橋信次『高橋信次講演集 真の経営者の道』全6巻、GLA経営者研修会