高橋信二

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高橋 信二
オリックス・バファローズ #6
Shinji Takahashi 2009 Japan Series.jpg
日本ハム時代(2009年の日本シリーズにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県津山市
生年月日 1978年8月7日(33歳)
身長
体重
183cm
87kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手捕手
プロ入り 1996年 ドラフト7位
初出場 2000年10月8日
年俸 3,500万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

高橋 信二(たかはし しんじ、1978年8月7日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手内野手)。

目次

[編集] 経歴

岡山県立津山工業高校から日本ハムにドラフト7位で指名され捕手として入団。

[編集] 日本ハム時代

4年目の2000年に最終戦でプロ初出場、初打席で初安打二塁打)と初打点を記録した。

2003年、同じ捕手である實松一成山田勝彦がキャンプ開始直後に故障したため開幕戦で捕手として先発出場。そのまま正捕手に定着した。規定打席には到達しなかったが、パシフィック・リーグ捕手としてはリーグ2位の12本塁打を記録した。

2004年に初の規定打席到達。日本ハムの捕手として歴代最多の26本塁打、84打点を記録。オールスターゲームにも選出された。得点圏打率はリーグ3位(満塁ではリーグ1位)。アテネオリンピック小笠原道大の不在時は3番フェルナンド・セギノール、4番高橋のクリーンナップを組んだこともあった。

2005年4月、試合中に一塁へスライディングした際に左膝の靭帯を断裂。復帰後、8月22日のオリックス・バファローズ戦に捕手として出場中、クリフ・ブランボーのタックルを受けて再度戦線を離脱し、54試合の出場に留まった。

2006年は開幕戦で先発マスクを被るも打撃が不振で、この年台頭した鶴岡慎也との併用が多くなった。

「レギュラー奪還・リード向上・本塁打20本以上」を目標として掲げた2007年は、前半戦で打率3割を残し、監督推薦で2度目のオールスターゲーム出場。シーズンでは自身2番目の出場試合数を記録し、本塁打も3年振りに2ケタを記録した。長打力を考慮され捕手以外に指名打者として出場することもあった。

2008年4月1日の試合で数年前から二軍で実戦経験を積んでいた一塁手で先発出場してからは、この年のチームの右の強打者不足もあって、捕手・指名打者以外に一塁手としての出場も増え、武田勝藤井秀悟ライアン・グリンが先発投手を務めた試合で捕手を務めた。

2009年はWBC選考メンバーに入るも、日本代表のメンバー入りはできなかった。シーズンは新人の大野奨太が加わったことや、右膝を痛めたこともあって、捕手としてではなく一塁手としての出場が殆どとなる。オールスターでは捕手として選出されたが、捕手ではなく一塁手として出場。セ・パ交流戦首位打者(期間中の打率.412)を獲得し、2004年以来の規定打席にも到達してキャリア初の打率3割を達成。状況によっては送りバントを行ったり、本塁打狙いではなく、安打や四球で次の打者に繋ぐことも心がける四番打者として定着した。クライマックスシリーズ第2ステージでも、第2戦で岩隈久志から決勝の2点適時打を放つなどで活躍した。ゴールデングラブ賞ベストナイン一塁手部門で初受賞したが捕手へのこだわりは捨てておらず、「来年以降も捕手登録のままで」と宣言した。オフの契約更改で年俸が1億2000万円となった。

2010年は打撃不振に陥り、打順も下がった。さらに7月1日埼玉西武ライオンズ戦で藤田太陽の投球を頭部に受けて入院した[1][2]。同27日に一度は復帰するが、死球による内耳震盪の悪影響が長引き、8月2日に再度出場選手登録を抹消された[3]。以後、閉幕まで一軍に復帰できなかった。なお、藤田は後日、本人のもとにも出向き死球を謝罪した[4][5]。オフにはFA権を取得したが行使せず、野球協約が定める40%の減額制限を超える大幅ダウンとなる年俸7000万円で契約を更新した。

2011年は一塁手にマイカ・ホフパワー稲葉篤紀が起用されたため、日本ハムでは一軍出場が無かった。5月9日金銭トレード読売ジャイアンツに移籍[6][7]

[編集] 巨人時代

移籍後は内野手登録となったが、9月3日には2009年8月25日以来2年ぶりとなる捕手での出場を果たした。オフには球団に自由契約での退団を申し入れ、11月21日に自由契約となり、12月15日にオリックス・バファローズが獲得を発表した。

[編集] プレースタイル

日本ハム時代は低めの打球をスタンドに運ぶ技術を備えたチーム屈指の長打力を誇り[8][9]、本塁打を狙う大振りのスイングで打球にバックスピンをかけて長打を狙う打撃を持ち味としていたが[10]、近年は広角に打球を放つミート中心の打撃となった[11]。2008年から2010年にかけての通算得点圏打率.310と勝負強さも兼ね備え、得点圏時には長打よりもミートを意識した打撃に切り替える状況に応じた打撃もできる[12]。犠打もそつなくこなす[13]

50メートル走6.2秒、一塁到達4.2秒台前半と捕手としては俊足を誇り[14]、高校時代には3年時に48試合で22盗塁を記録したこともある[15]。捕手としては地肩は強いものの送球の安定感に欠け[16]、リード面でも内角を攻められず外角中心になる点を課題としており[17][18]、2008年からは一塁手としての出場が主になった[10][13]

[編集] 人物

夫人は元読売ジャイアンツマスコットガール(チームジャビッツ21)のメンバーであり、2002年度のヴェルディガールズでもある岩田梨恵。

趣味ミュージカル鑑賞。

日ハム時代はFA権を獲得したが、「極力このチームにいたいと思う」と言っていた[19]

表記名は、入団時から2005年までは同姓の高橋憲幸がいたため、「高橋信」だった。2006年から2011年途中までは高橋姓が1人のため、「高橋」表記だったが、トレードで移籍した巨人には同姓の高橋由伸がいるため、再び「高橋信」となった。2012年からオリックスに移動して同姓の高橋秀聡がいる為、「高橋信」のままである。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2000 日本ハム 1 1 1 0 1 1 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000 1.000 2.000 3.000
2001 16 23 22 2 6 0 0 0 6 3 1 0 0 0 1 0 0 6 2 .273 .304 .273 .577
2002 8 12 12 0 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 0 0 0 4 0 .250 .250 .333 .583
2003 105 336 309 34 81 16 1 12 135 49 3 0 5 2 15 0 5 73 4 .262 .305 .437 .742
2004 115 452 404 66 115 19 2 26 216 84 2 1 3 5 34 2 6 93 7 .285 .345 .535 .880
2005 54 174 164 12 37 8 0 5 60 27 1 0 1 2 3 1 4 33 1 .226 .254 .366 .620
2006 78 242 223 26 56 3 2 6 81 19 2 2 3 3 10 0 3 42 3 .251 .289 .363 .652
2007 112 422 385 38 98 23 0 10 151 43 2 0 4 3 26 0 4 64 9 .255 .306 .392 .698
2008 108 394 357 33 102 19 0 9 148 58 3 2 7 3 24 2 3 74 13 .286 .333 .415 .748
2009 134 558 508 66 157 22 1 8 205 75 7 2 7 3 35 1 5 78 16 .309 .358 .404 .761
2010 70 272 244 21 59 6 0 3 74 31 0 0 0 0 23 1 5 34 4 .242 .320 .303 .623
2011 巨人 27 49 44 1 8 2 0 0 10 3 0 1 1 0 4 0 0 8 0 .182 .250 .227 .477
通算:12年 828 2935 2673 299 723 120 6 79 1092 395 21 8 31 21 175 7 35 509 59 .270 .321 .409 .730
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 表彰

[編集] 記録

初記録
その他の記録

[編集] 背番号

  • 62 (1997年 - 2002年)
  • 30 (2003年 - 2007年)
  • 2 (2008年 - 2011年)
  • 31 (2011年)
  • 6 (2012年 - )

[編集] 登場曲

[編集] 脚注

  1. ^ You tube パ・リーグチャンネル 高橋負傷! 西武・藤田、危険球で退場 7月1日 西武-日本ハム
  2. ^ 北海道日本ハムファイターズ公式サイト ニュース 高橋信二選手の検査結果
  3. ^ Yahoo!スポーツ-野球-ニュース スポーツナビ 巨人・藤井、日ハム・高橋が登録抹消=2日のプロ野球公示
  4. ^ 埼玉西武ライオンズ #45 藤田 太陽 謝罪
  5. ^ 埼玉西武ライオンズ #45 藤田 太陽 強力打線ですねm(_ _)m
  6. ^ ニュース | 北海道日本ハムファイターズ トレード成立のお知らせ
  7. ^ Yomiuri Giants Offician Web Site 日本ハム・高橋選手を獲得
  8. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2007』 アスペクトムック、2007年、41頁。ISBN 978-4-7572-1338-8
  9. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2007』 白夜書房、2007年、21頁。ISBN 978-4-86191-246-7
  10. ^ a b 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2008』 アスペクト、2008年、268頁。ISBN 978-4-7572-1439-2
  11. ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、154頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  12. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、87頁。ISBN 978-4-86191-595-6
  13. ^ a b 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクト、2010年、269頁。ISBN 978-4-7572-1744-7
  14. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクト、2009年、116頁。ISBN 978-4-7572-1628-0
  15. ^ 二宮清純 『プロ野球スカウティングレポート'97』 ザ・マサダ、1997年、230頁。ISBN 4-915977-39-0
  16. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2008』 白夜書房、2008年、84頁。ISBN 978-4-86191-374-7
  17. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2005』 白夜書房、2005年、37頁。ISBN 4-86191-015-3
  18. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2006』 白夜書房、2006年、57頁。ISBN 4-86191-134-6
  19. ^ 北海道新聞 高橋信二が残留希望 FA行使に否定的
  20. ^ 捕手としての初先発出場は2002年10月5日、対大阪近鉄バファローズ28回戦(東京ドーム)、8番・捕手として先発出場

[編集] 関連項目

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