高島祥平

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本来の表記は「髙島祥平」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
髙島 祥平
中日ドラゴンズ #68
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県朝霞市
生年月日 1990年8月4日(21歳)
身長
体重
175cm
80kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2008年 ドラフト4位
初出場 2010年6月6日
年俸 510万円(2012年)
経歴(括弧内は在籍年)

髙島 祥平(たかしま しょうへい、1990年8月4日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手投手)。

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

朝霞市立朝霞第二小学校時代は野球が嫌いで、2年生から6年生までアイスホッケーのクラブチーム「西武ホワイトベアーズ」でディフェンダーを担当。主将を務めた6年生の時には関東大会で優勝。東京都選抜チームにも選出され全国大会第3位。朝霞市立朝霞第二中学校では野球好きの父親に請われる形で軟式野球部に入部。Kボールの埼玉県選抜チーム「藤倉オールスターズ」(現・埼玉スーパースターズ)ではエースとして全国優勝。続くアジア大会では準優勝。

帝京高校進学後は1年夏からベンチ入り。第88回全国高等学校野球選手権大会では背番号18を付け智辯和歌山高校戦に先発するも3回3失点で降板し、チームも9回裏に4点差を逆転されベスト8。第79回選抜高等学校野球大会ではベスト4。第89回全国高等学校野球選手権大会では優勝した佐賀北高校に敗れベスト8。

2008年のドラフト会議中日ドラゴンズから4位指名を受け、入団。また、同会議では帝京高校の同級生・杉谷拳士北海道日本ハムファイターズに6位で指名された。

[編集] プロ入り後

二軍スタートだったが練習試合で好投し、春季キャンプ終盤に山本昌平井正史とともに一軍に合流した。そして、2月28日の東京ヤクルトスワローズとのオープン戦で1994年平田洋以来15年ぶりである高校生新人投手の登板を果たす。しかし、上田剛史に2ランを打たれるなど1イニング4安打1四球3失点であった。

シーズン開幕は二軍で迎えた。ファームでは中継ぎで起用されていたが、5月5日ベーブルース杯の決勝戦に先発で出場。5回を1安打無失点に抑え、チームの初優勝に貢献した。

2010年6月6日の対西武戦でリリーフとしてプロ入り初登板するも、1回5失点とほろ苦いデビューとなった。この年の一軍での登板は結局この1試合のみで、防御率45.00という数字を残してしまった。

2011年一度も一軍へあがることができず、この年のドラフト4位で入団した辻孟彦に背番号35を譲る形となり、68に変更された。

[編集] プレースタイル

150km/hを超える速球と鋭く落ちる縦のスライダーを武器に打者を打ち取る。制球に課題を残す。また、2ストライク後の決め球に欠ける面も見られる。

[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績





















































W
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I
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2010 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 10 1.0 3 0 4 0 0 1 2 0 5 5 45.00 7.00
通算:1年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 10 1.0 3 0 4 0 0 1 2 0 5 5 45.00 7.00
  • 2011年度シーズン終了時

[編集] 記録

[編集] 背番号

  • 35 (2009年 - 2011年)
  • 68 (2012年 - )

[編集] 関連項目

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