高井雄平
| 東京ヤクルトスワローズ #41 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 神奈川県川崎市宮前区 |
| 生年月日 | 1984年6月25日(27歳) |
| 身長 体重 |
175cm 82kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2003年4月22日 |
| 年俸 | 1,400万円(2010年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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雄平(ゆうへい、1984年6月25日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手(外野手)。本名は高井 雄平。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
東北高等学校時代は、高校時代はナンバー1左腕として、メジャーリーグのスカウトからも注目された。高校時代の監督には、「投げて後藤伸也(元横浜)以上、打って嶋重宣(現広島)以上」とプロ入りした先輩2人と比べて潜在能力の高さを評された。
2002年のドラフト1巡目でヤクルトに入団。ドラフトでは1巡目で近鉄とヤクルトが競合する。当初巨人の入団を希望していたがその高い評価、さらには同じ在京セリーグであることからヤクルト入団を決意した(なお、実際は近鉄の指名を受けても入団する意思を固めていたようである。ただし、事前に競合から撤退した日本ハムの指名を受けた場合は入団を拒否するつもりでいた)。
[編集] プロ入り後
2003年4月22日にプロ初登板(巨人戦・東京ドーム)、6月11日にプロ初勝利を挙げる。6月28日には5回で4失点ながら10奪三振を記録し勝ち投手に。高卒1年目で二桁奪三振を記録した選手は鈴木啓示、江夏豊、桑田真澄、松坂大輔、田中将大など数える程しかいない。しかし暴投12個はリーグワーストだった。
2004年前半は二軍暮らしで登板数は減ったが、後半昇格するとローテーションの一角として安定感を見せ、4勝を挙げた。
2005年は開幕ローテーション入りしたが四死球の多さから6月に二軍落ち。
2006年は石井一久がヤクルトに復帰したため、背番号16を石井に譲り、高井は22に変更した。更に高津臣吾も復帰したため22から再変更かと思われたが、高津は本人の希望により学生時代の背番号だった11となったため再変更はなかった。この年からリリーフに回り36試合に登板したが、防御率は自己ワーストの6点台と結果を残せなかった。6月17日、千葉ロッテ戦、7回表2死1、2塁の場面に3番手で登板したが、打者の福浦和也に投じた初球が側頭部を直撃し、わずか1球で危険球により退場となってしまった。10月12日、この年初めて先発登板した試合であったが、1イニングに3個の暴投を記録してしまう。しかも塁上のランナーは四球で出塁させていたため、ノーヒットで1点を献上するはめに。古田敦也監督も伊東昭光ピッチングコーチも流石に呆れ顔であった。
2007年に高津が球団側の提示で背番号を22番に戻すことになり、41に変更。また制球力を上げるため、投球フォームもノーワインドアップからセットポジションに変更した。7月16日の対中日戦では9回裏二死から5番手で登板し、李炳圭を三球三振に抑え、プロ初セーブ。この年はチーム唯一の左の中継ぎとして、チーム・自身ともに最多の52試合に登板したが、やはり安定感を欠いてしまいシーズン終盤に二軍落ち。ショートリリーフ中心ながら6敗を記録してしまい、防御率も5点台と散々だった。
2008年は高田繁新監督のもと、先発復帰を示唆され、増渕竜義・由規・加藤幹典らなど若手と先発ローテーション争いを目指すこととなった。結果はコントロールが悪い上、ストレートも140km/hを超えず、一歩後退。結局1試合(2/3回)のみの登板に終わった。9月27日に開幕したハワイ・ウィンターリーグに鬼崎裕司とともに派遣され、ワイキキ・ビーチボーイズに所属した。
2009年は大幅なフォーム改造をおこなうも一軍登板は1試合のみに終わり、二軍でも結果を残せなかった。9月30日、フェニックスリーグからの野手転向を首脳陣から打診される。一度はそれを了承しながらも撤回し、サイドスロー転向による投手継続を直訴するなど、投手への未練ものぞかせたが、結局、シーズン終了後の秋季キャンプ中に本格的に野手として専念する事を決めた。
2010年は野手転向でより打撃面での向上が期待されるも、今季も一軍での出場はなかった。しかし二軍とはいえ規定打席を達成し、主に外野を守りながら.283 4HR 35打点という結果を残した
2011年シーズンから登録名を『雄平』に変更することが発表された。二軍で.348 5HR 24打点と首位打者をキープするなど、好調を維持し7月17日にオールスター前で登板機会のなくなる投手に代わって初の野手としての一軍登録を果たした。
[編集] プレースタイル・人物
- 投手時代は左腕最速154キロをマークする速球派投手であり、毎年その左腕から繰り出される剛球には期待が集まっていた。しかしコントロールが非常に悪く、与四球率は1試合あたり5.0を上回るほか死球・暴投・悪送球の記録も多く、一線級の投手になるには制球力が最大の課題とされていた。変化球はスライダー、カーブ、フォークを投げる。
- しかし反面、身体能力は非常に高く、公式戦で本塁打を放つなど非凡な打撃センスを持ち合わせていることから、2009年フェニックスリーグで外野手として出場し、秋季キャンプから正式に転向した。
- 明るい性格で、先輩やコーチたちからも可愛がられている。伊東昭光元投手コーチの厳しい罵声を一番良く浴びていたのは高井であるが、伊東コーチが一番可愛がっていたのもまた、高井であるといわれる。
- 父親は中学校の、母親は小学校の教師をしている。タレントのベッキーとは同じ小学校、中学校で高井は1学年下にあたる[1]。
- 妻は元モデルの篠田奈王子。2008年5月18日に結婚し、同年自らの誕生日でもある6月25日に入籍を発表した。
- 2006年の契約更改交渉の席では15%ダウンの年俸1,700万円でサインしたが、その際球団から野球教本を渡されるという屈辱を味わう(金額は推定)。教本は『ピッチングトッププレイヤーの技術』というものだった。この年高井は36試合の登板で2勝1敗、防御率6.51の成績に加えやたら暴投が多かった為、なんとか成長してほしい球団が参考にと渡したものだった。しかも見本になっているプロ選手に、東北高の2年後輩のダルビッシュ有も掲載されていた。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | ヤクルト | 30 | 35 | 30 | 2 | 6 | 2 | 0 | 0 | 8 | 4 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 15 | 1 | .200 | .200 | .267 | .467 |
| 2004 | 10 | 17 | 16 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | .313 | .313 | .313 | .626 | |
| 2005 | 18 | 18 | 13 | 1 | 2 | 0 | 0 | 1 | 5 | 2 | 0 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 9 | 1 | .154 | .214 | .385 | .599 | |
| 2006 | 36 | 1 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2007 | 52 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2008 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- | |
| 2009 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- | |
| 通算:7年 | 148 | 73 | 61 | 4 | 13 | 2 | 0 | 1 | 18 | 6 | 0 | 0 | 11 | 0 | 1 | 0 | 0 | 31 | 2 | .213 | .226 | .295 | .521 | |
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | ヤクルト | 27 | 17 | 0 | 0 | 0 | 5 | 6 | 0 | -- | .455 | 458 | 102.0 | 99 | 14 | 56 | 2 | 7 | 80 | 12 | 0 | 62 | 57 | 5.03 | 1.52 |
| 2004 | 9 | 8 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 0 | -- | .667 | 223 | 49.0 | 48 | 7 | 29 | 1 | 3 | 54 | 8 | 0 | 26 | 24 | 4.41 | 1.57 | |
| 2005 | 18 | 11 | 1 | 0 | 0 | 4 | 4 | 0 | 0 | .500 | 330 | 73.2 | 70 | 7 | 42 | 1 | 2 | 74 | 8 | 0 | 37 | 37 | 4.52 | 1.52 | |
| 2006 | 36 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | 0 | 5 | .667 | 143 | 27.2 | 29 | 3 | 21 | 0 | 4 | 27 | 8 | 0 | 27 | 20 | 6.51 | 1.81 | |
| 2007 | 52 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 6 | 1 | 12 | .333 | 188 | 43.1 | 39 | 3 | 24 | 3 | 0 | 30 | 3 | 0 | 26 | 25 | 5.19 | 1.45 | |
| 2008 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 5 | 0.2 | 1 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 13.50 | 4.50 | |
| 2009 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 4 | 1.0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 1.00 | |
| 通算:7年 | 144 | 37 | 1 | 0 | 0 | 18 | 19 | 1 | 17 | .486 | 1351 | 297.1 | 287 | 35 | 174 | 7 | 16 | 265 | 39 | 0 | 179 | 164 | 4.96 | 1.55 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 記録
- 投手記録
- 初登板:2003年4月22日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、8回裏に救援登板・完了
- 初奪三振:同上、8回裏に斉藤宜之から
- 初先発:2003年5月1日、対横浜ベイスターズ6回戦(明治神宮野球場)、3回5失点で敗戦投手
- 初勝利:2003年6月11日、対読売ジャイアンツ12回戦(東京ドーム)、4回裏から救援登板、3回無失点
- 初先発勝利:2003年6月28日、対広島東洋カープ14回戦(広島市民球場)、5回4失点
- 初完投:2005年5月27日、対北海道日本ハムファイターズ4回戦(札幌ドーム)、8回6失点で敗戦投手
- 初ホールド:2006年4月1日、対阪神タイガース2回戦(明治神宮野球場)
- 初セーブ:2007年7月16日、対中日ドラゴンズ12回戦(ナゴヤドーム)
- 打撃記録
- 初安打・初打点:2003年5月7日、対読売ジャイアンツ7回戦(明治神宮野球場)、4回裏に高橋尚成から右中間へ3点適時二塁打
- 初本塁打:2005年4月3日、対阪神タイガース3回戦(大阪ドーム)、3回表に能見篤史から中越ソロ
[編集] 背番号
- 16 (2003年 - 2005年)
- 22 (2006年)
- 41 (2007年 - )
[編集] 登録名
- 高井 雄平(たかい ゆうへい) (2003年 - 2010年)
- 雄平(ゆうへい) (2011年 - )
[編集] 脚注
- ^ 高井のヤクルト入団決定時にはベッキーから直筆サイン色紙が贈られている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 高井雄平 オフィシャルブログ(2008.10.01 - )
- 高校野球情報.com 独占インタビュー 第44回 高井 雄平選手(2010.02.28)
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