高井雄平

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雄平 (高井 雄平)
東京ヤクルトスワローズ #41
20120501 Yuuhei Takai, outfielder of the Tokyo Yakult Swallows, at Yokohama Stadium.JPG
2012年5月1日 横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県川崎市宮前区
生年月日 1984年6月25日(30歳)
身長
体重
174 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト1巡目
初出場 2003年4月22日
年俸 1,250万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高井 雄平(たかい ゆうへい、1984年6月25日 - )は東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手外野手)。2011年シーズンからの登録名は雄平

打撃フォーム 2014年4月13日 横浜スタジアムにて

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

東北高等学校時代には、「高校ナンバー1の左腕投手」として、日本はもとよりメジャーリーグ球団のスカウトからも注目。高校時代の監督からは、「投げて後藤伸也以上、打って嶋重宣以上」という表現でプロ入りした先輩2人と比較されるほど、潜在能力の高さを評された。現に、投手としてストレートで最速151km/h[1]を計測された一方で、打者として高校通算36本塁打を記録している[2]

2002年ドラフト会議大阪近鉄バファローズととヤクルトスワローズからドラフト1位指名され、ヤクルトが交渉権を獲得し入団。

プロ入り後[編集]

2003年4月22日の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)で一軍公式戦初登板。6月11日の同カードで一軍初勝利。6月28日の対広島東洋カープ広島市民球場)戦では、5回4失点10奪三振で勝利投手になった。この年、セントラル・リーグ最多の12暴投を記録した。

2004年、シーズン前半を二軍で過ごした。一軍での登板数は前年より減ったものの、後半に一軍へ昇格すると、先発で4勝を挙げた。

2005年、開幕を初めて一軍で迎えるとともに、前年後半に続いて先発陣の一角を担った、しかし、与四死球が多いことから、6月には二軍へ降格している。

2006年石井一久がヤクルトに復帰したため、背番号を22に変更。この年からリリーフに回り36試合に登板したが、防御率は自己ワーストの6点台と結果を残せなかった。6月17日の対千葉ロッテマリーンズ戦7回表二死一、二塁で3番手で登板したが、打者の福浦和也に投じた初球が側頭部を直撃し、わずか1球で危険球により退場している。10月12日、この年初めて先発登板した試合であったが、1イニングに3個の暴投を記録。

2007年、高津が背番号を22番に変更したことにより、高井は背番号41に変更。また制球力を上げるため、投球フォームもノーワインドアップからセットポジションに変更した。7月16日の対中日ドラゴンズ戦では9回裏二死から5番手で登板し、プロ入り初セーブを記録。この年はチーム唯一の左の中継ぎとして、チーム・自身ともに最多の52試合に登板したが、ショートリリーフ中心ながら防御率5点台で6敗を記録し、シーズン終盤に二軍落ちした。

2008年、新監督の高田繁に先発復帰を示唆され、増渕竜義由規加藤幹典らなど若手と先発ローテーション争いを目指すこととなった。結果はコントロールが悪い上、ストレートも140km/hを超えず、結局1試合(2/3回)のみの登板に終わった。9月27日に開幕したハワイ・ウィンターリーグ鬼崎裕司とともに派遣され、ワイキキ・ビーチボーイズに所属した。

2009年、大幅なフォーム改造をおこなうも一軍登板は1試合のみに終わり、二軍でも結果を残せなかった。9月30日フェニックスリーグからの野手転向を首脳陣から打診される。一度はそれを了承しながらも撤回し、サイドスロー転向による投手継続を直訴したが、結局、シーズン終了後の秋季キャンプ中に本格的に野手として専念する事を決めた。

2010年、一軍公式戦への出場機会はなかった。二軍ではイースタン・リーグの公式戦で規定打席に到達。、打率.283、4本塁打、35打点という結果を残した。

2011年シーズンから登録名を「雄平」に変更することが発表された。二軍で打率.348、5本塁打R、24打点と首位打者をキープするなど、好調を維持し7月17日にオールスターゲーム前で登板機会のなくなる投手に代わって初の野手としての一軍登録を果たした。最終的には、一軍での出場機会は無かったものの、二軍では、規定打席に到達した打者ではトップの打率.330をマークした(首位打者は、規定打席に到達しなかったものの、首位打者の例外規定により楽天の銀次が獲得)。

2012年、野手として初めて開幕を一軍で迎えると、開幕2戦目の対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に代打で出場し、で野手転向後の一軍初安打を記録。5月に一軍出場登録を抹消され、9月に一軍へ再昇格、シーズン終了まで1番中堅手に定着した[2]。なお、開幕前には野手登録のまま、いわゆる「二刀流」の起用で救援投手を兼ねる可能性があることが一部で報じられた。公式戦では投手として起用される機会はなかったが、シーズン終了後には、延長戦での投手不足対策として再び「二刀流」の可能性が伝えられている[3]

2013年3月30日の対阪神タイガース戦(明治神宮野球場)で藤浪晋太郎から6回裏の打席で野手転向後初本塁打を放つなど、開幕から外野手のレギュラーとして一軍で活躍[4]。しかし、13試合目の出場になった4月17日の対中日戦(神宮)で、外野守備中にジャンピングキャッチ後の着地で右膝を負傷。その後の診断で右膝前十字靱帯を断裂していることが判明した[5]ため、5月10日に靱帯の再建手術を受けた[6]うえで、残りのシーズンをリハビリに費やした。

2014年、開幕から一軍に復帰。当初は「2番・右翼手」として起用されていた[7]が、5月28日の対北海道日本ハムファイターズ戦(神宮)で大谷翔平から自身初の二桁本塁打となる10号本塁打を含む2本塁打を記録[8]。5月は打率.364、8本塁打、19打点、長打率.646の成績で月間MVPを初めて受賞[9]。投手として同リーグの一軍公式戦へ登板した後に野手へ転向した選手の受賞は、1993年9月仁村徹(中日)以来2人目である[10]。7月には、故障で戦線を離脱したウラディミール・バレンティンに代わって4番をつとめた[11]オールスターゲームには、セントラル・リーグの監督推薦選手として、投手時代を含めて初めて選出[12]

プレースタイル・人物[編集]

  • 投手時代には、左腕からストレートで最速154km/h[13]を計測した速球派投手で、スライダーカーブフォークといった変化球も投げていた。その剛球には周囲から一線級の期待が集まっていたが、プロ入り後は制球難に悩まされた。一軍公式戦での登板試合では、1試合平均の与四球率が5.0を上回ったほか、死球暴投・悪送球を連発することが多かった。ちなみに、高井自身は、打者転向後に「プロに入って驚いたのが、ストライクゾーン(が極端に狭くなったように感じられること)」と述懐。投手時代の晩年には、得意のスライダーまで思うように曲がらなくなるほど、投球の感覚が鈍っていたという[2]
  • 野手としての能力も非常に高く、公式戦で本塁打を放つなど非凡な打撃センスを持ち合わせていることから、2009年フェニックスリーグで外野手として出場し、秋季キャンプから正式に転向した。もっとも、7年間のブランクは想像以上に大きく、転向当初は「ど真ん中(のストレート)を普通に振っているのに(バットに)当たらなかったので、とにかく(練習でバットを)振りまくった」という[2]
  • 50m走5秒8の俊足も持ち合わせている[14]
  • 父親は中学校の、母親は小学校の教師をしている。タレントのベッキーとは同じ小学校、中学校で高井は1学年下にあたる[15]
  • 妻は元モデルの篠田奈王子2008年5月18日に結婚し、同年自らの誕生日でもある6月25日に入籍を発表した。
  • BREATHEの宮田慧とは中学時代のリトルリーグが一緒で、共に神奈川から東北高校へ行った。2014年、BREATHEの『Tomorrows』を登場曲にした。
  • 非常に練習熱心な選手で、オールスターに出場した際、解説の古田敦也に「練習熱心の選手だったので出場してくれて本当に嬉しい」と言われたほどである。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2003 ヤクルト 30 35 30 2 6 2 0 0 8 4 0 0 5 0 0 0 0 15 1 .200 .200 .267 .467
2004 10 17 16 0 5 0 0 0 5 0 0 0 1 0 0 0 0 7 0 .313 .313 .313 .626
2005 18 18 13 1 2 0 0 1 5 2 0 0 4 0 1 0 0 9 1 .154 .214 .385 .599
2006 36 1 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2007 52 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
2008 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2009 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
2012 47 153 143 14 40 4 0 0 44 8 2 3 3 0 7 0 0 19 0 .280 .313 .308 .621
2013 13 43 37 6 11 4 1 2 23 3 0 0 0 0 6 0 0 10 0 .297 .395 .622 1.017
通算:9年 208 269 241 24 64 10 1 3 85 17 2 3 14 0 14 0 0 60 2 .266 .306 .353 .659
  • 2013年度シーズン終了時

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2003 ヤクルト 27 17 0 0 0 5 6 0 -- .455 458 102.0 99 14 56 2 7 80 12 0 62 57 5.03 1.52
2004 9 8 0 0 0 4 2 0 -- .667 223 49.0 48 7 29 1 3 54 8 0 26 24 4.41 1.57
2005 18 11 1 0 0 4 4 0 0 .500 330 73.2 70 7 42 1 2 74 8 0 37 37 4.52 1.52
2006 36 1 0 0 0 2 1 0 5 .667 143 27.2 29 3 21 0 4 27 8 0 27 20 6.51 1.81
2007 52 0 0 0 0 3 6 1 12 .333 188 43.1 39 3 24 3 0 30 3 0 26 25 5.19 1.45
2008 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 5 0.2 1 1 2 0 0 0 0 0 1 1 13.50 4.50
2009 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00 1.00
通算:7年 144 37 1 0 0 18 19 1 17 .486 1351 297.1 287 35 174 7 16 265 39 0 179 164 4.96 1.55
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
その他記録

背番号[編集]

  • 16 (2003年 - 2005年)
  • 22 (2006年)
  • 41 (2007年 - )

登録名[編集]

  • 高井 雄平 (たかい ゆうへい、2003年 - 2010年)
  • 雄平 (ゆうへい、2011年 - )

脚注[編集]

  1. ^ [http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/baseball/npb/2014/columndtl/201406200006-spnavi “雄平、山口俊、濱田達郎から学ぶ 苦難を突破した男たちの成功哲学とは?”]. スポーツナビ. (2014年6月21日). http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/baseball/npb/2014/columndtl/201406200006-spnavi 2014年8月12日閲覧。 
  2. ^ a b c d 月間MVP獲得!好調ヤクルト打線を支える雄平の波乱万丈野球人生”. スポニチ Sponichi Annex (2014年6月7日). 2014年6月7日閲覧。
  3. ^ 雄平「二刀流」再浮上 3時間半ルール撤廃で投手不足”. スポニチ Sponichi Annex (2013年3月12日). 2013年11月18日閲覧。
  4. ^ 【阪神】藤浪初黒星「次回につなげたい」”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2013年3月31日). 2014年6月6日閲覧。
  5. ^ 【ヤクルト】雄平、靱帯断裂!今季絶望か”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2013年4月19日). 2014年6月6日閲覧。
  6. ^ 【ヤクルト】雄平全治1年、復帰は来季”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2013年5月10日). 2014年6月6日閲覧。
  7. ^ 小川監督、雄平に最強2番ジーター目指せ”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2014年3月20日). 2014年6月6日閲覧。
  8. ^ ヤクルト雄平2発で大谷の白星消す”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2014年5月29日). 2014年6月6日閲覧。
  9. ^ 雄平が野手転向5年目で初の月間MVP”. 日刊スポーツ nikkansports.com (2014年6月6日). 2014年6月6日閲覧。
  10. ^ 雄平 転向打者ではリーグ2人目の受賞”. デイリースポーツ (2014年6月6日). 2014年6月6日閲覧。
  11. ^ “ヤクルト最下位脱出の切り札は4番雄平”. 日刊スポーツ nikkansports.com. (2014年7月4日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20140704-1328279.html 2014年7月15日閲覧。 
  12. ^ “ヤクルト雄平、球宴初出場に初々しさ隠せず”. 日刊スポーツ nikkansports.com. (2014年7月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140703-1328151.html 2014年7月15日閲覧。 
  13. ^ “雄平 二刀流断念も3戦打率7割5分 小川監督「定位置争いの実力ある」”. スポニチ Sponichi Annex. (2013年2月18日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/02/18/kiji/K20130218005222790.html 2014年8月12日閲覧。 
  14. ^ 雄平「1番・中堅」定着へ 盗んだ男たちの技を盗む”. スポニチ Sponichi Annex (2013年1月16日). 2013年1月16日閲覧。
  15. ^ 高井のヤクルト入団決定時にはベッキーから直筆サイン色紙が贈られている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]