駿河屋
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| 種類 | 株式会社 | ||||||
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| 市場情報 |
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| 本社所在地 | 〒640-8034 和歌山県和歌山市駿河町12番地 |
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| 設立 | 1944年3月27日(1461年創業) | ||||||
| 業種 | 食料品 | ||||||
| 事業内容 | 和菓子の製造販売など | ||||||
| 代表者 | 代表取締役社長 清水衛 | ||||||
| 資本金 | 11億340万円 | ||||||
| 売上高 | 18億3,499万円 | ||||||
| 純資産 | 2億9,063万円 | ||||||
| 総資産 | 11億7,629万円 | ||||||
| 従業員数 | 118名 | ||||||
| 決算期 | 3月 | ||||||
| 主要株主 | 協和道路株式会社 | ||||||
| 外部リンク | 総本家駿河屋 公式サイト (日本語) |
株式会社駿河屋(するがや)は、和歌山県和歌山市に本店のある老舗和菓子メーカー。羊羹発祥の店といわれる。全国各地に駿河屋の名を持つ菓子店が多く存在するが、駿河屋からの分家、暖簾分けによるものは11社である。
目次 |
[編集] 概要
室町時代中期(約540年前)に創業した駿河屋は、和菓子メーカーでは「老舗中の老舗」とされ、西日本を中心に直営店や百貨店などで羊羹などを販売している。現存する日本の企業としては最も古いものの一つに数えられる。煉羊羹は駿河屋を代表する商品として有名である。
なお駿河屋は代々紀州家御用御菓子司を務めた。
東京証券取引所、大阪証券取引所に株式を上場していたが、長引く和菓子の需要低迷による業績不振から株価も低迷、ついには上場を維持できる時価総額基準に抵触しつつあったことから、2003年に架空増資に手を染め、創業家出身の社長が逮捕される事件を引き起こした。事件判明後、上場廃止の処分を受け、経営陣も改まり再建に努めている。
[編集] 会社概要
- 創業 - 1461年
- 設立 - 1944年3月27日
- 本社所在地 - 和歌山県和歌山市駿河町12番地
- 大阪支社 -大阪市天王寺区真田山町2番9号
- 京都支店 -京都市伏見区京町三丁目190番地
- 本社工場 -和歌山市小倉25番地
- 京都工場 -京都市伏見区京町三丁目190番地
- 代表者
- 資本金 - 11億340万円(2011年3月期)
- 売上高 - 18億3,499万円(2011年3月期)
- 経常利益 -▲2,907万円(2011年3月期)
- 当期純利益 -▲4,165万円(2011年3月期)
- 1株あたり当期純利益 -▲2.09円(2011年3月期)
- 総資産 -11億7,629万円(2011年3月期)
- 純資産 -2億9,063万円(2011年3月期)
- 従業員数 - 118名(2011年3月期)
- 電話番号
- 代表 - 073-422-1151
- 相談室 - 0120-5060-73
[編集] 沿革
- 1461年 - 室町年間中期に初代岡本善右衛門が京都伏見に「鶴屋」の屋号で創業
- 1619年 - 5代目善右衛門が紀州藩の藩祖・徳川頼宣に従って紀州和歌山へ移る
- 1685年 - 徳川綱吉息女鶴姫の紀州徳川家降嫁により、同名を憚って、屋号「鶴屋」を返上
- 1689年 - 鶴字法度に伴い、返上した屋号「鶴屋」に代わり、徳川家所縁の駿河国にあやかって、屋号「駿河屋」を賜る
- 1944年3月27日 - 株式会社駿河屋として設立
- 1961年 - 東京証券取引所、大阪証券取引所に株式上場
- 2005年 - 東証、大証の上場廃止
[編集] 商品
[編集] 店舗
[編集] 直営店
和歌山県(14店舗)
京都府(2店舗)
- 京都市 - 伏見本舗
大阪府(5店舗)
兵庫県(1店舗)
- 尼崎市 - 尼崎店
[編集] 百貨店
和歌山県
京都府
大阪府
兵庫県
- 近鉄百貨店 - 草津店
- 中部近鉄百貨店 - 草津店
- 近鉄百貨店 - 奈良店、橿原店、生駒店
- 近鉄百貨店 - 桔梗が丘店
- 中部近鉄百貨店 - 四日市本店
- 中部近鉄百貨店 - 名古屋店
- 三越 - 福岡店
- 三越 - 鹿児島店
[編集] 外部リンク
- 総本家駿河屋 公式サイト (日本語)