将棋の手合割

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駒落ちから転送)

将棋の手合割(しょうぎのてあいわり)とは、将棋におけるハンデキャップのことを言う[注 1]

概説[編集]

棋力に差があるとき、その差に応じて上位者側の駒の一部を盤上から取り除いた状態で開始する。これを駒落ち(こまおち)という。取り除かれた駒は、対局が終わるまで使用することはない。駒を落とした側の対局者を上手(うわて)、落とされた側を下手(したて)と呼ぶ。振り駒は行わず、上手から指し始める。

駒落ちは将棋において、棋力の差に応じたハンデキャップを与え対等な勝負ができるようにするための仕組みである。これに対して、両者とも20枚の駒を並べて戦うことを平手戦(ひらてせん)という。

江戸時代から戦前までは、段位に基づいて手合割が厳格に定められており、実力の異なるものが平手で対局することはなかった。むしろ例えば「六段=名人に角落ちでいい勝負ができること」というように手合割によって段位が規定されていた。したがって、当時は駒落ちが非常に重要視され、駒落ちの定跡も盛んに研究された。

戦後になってプロ棋士は公式戦では段位によらず平手で指すことが決まり、プロ棋士にとって駒落ちは指導対局のためのものという位置付けに下がった。二段以下の奨励会では現在でも香落ちが行われる。

アマチュアは棋力に差がある場合に駒落ちで対局することを日本将棋連盟が推奨している。将棋道場の多くはこれに従って駒落ちを導入している。もっともITの発達によりオンラインでの対局が主流になってきた現代では、いつでも棋力の近い相手とのマッチングによって平手で指すことができるようになったため、駒落ちを指す頻度はそれほど高くない。

過去に行われたことのある駒落ちは以下の通りである。なお、このうち現在よく行われているのは日本将棋連盟がアマ向けの目安として推奨している手合割である。

連盟推奨 家元改良 家元制 名称 内容
ハンデなし 平手(振り駒) 振り駒で先手を決める
1段級差 平手(下位者優先) 下位者を先手とする
2段級差 1段級差 2段級差 香落ち 上手が片方の香車(通常は左香[注 2])を落とす
2段級差 両香落ち 上手が両方の香車を落とす
3段級差 3段級差 4段級差 角落ち 上手が角行を落とす
4段級差 4段級差 6段級差 飛落ち[注 3] 上手が飛車を落とす
5段級差 5段級差 8段級差 飛香落ち[注 4] 上手が飛車と片方の香車(通常は左香)を落とす
6段級差   飛両香落ち 上手が飛車と両方の香車を落とす
6-7段級差 7段級差 二枚落ち 上手が指定された枚数の駒を落とす

落とす駒の優先順位は大駒、香車、桂馬銀将金将の順で、同駒では左側にある方が優先的に落とされる

8段級差 三枚落ち
8-9段級差 9段級差 四枚落ち
10段級差 五枚落ち
10段級差- 11段級差 六枚落ち
12段級差 七枚落ち
13段級差 八枚落ち
14段級差 九枚落ち
15段級差 十枚落ち 上手が玉将歩兵以外の全ての駒を落とす

この他、上手が玉将以外の全ての駒を落とす裸玉(十九枚落ち)と呼ばれるものもある。下手が断然有利に見えるが、上手も玉が広い、二歩になりにくいなどの利点があり、ハンデとしては十枚落ちと大差はない。

特殊な手合割としては、両方の金銀桂香を落とし飛車と角は残すトンボ(通常の六枚落ちよりも下手の指導に適しているとして、小田切秀人指導棋士が推奨している[1])、裸王の状態で上手が最初から持ち駒に歩兵を3枚持って開始する(上手にのみ二歩を許すルールもある)歩三兵、香落ちと角落ちの大きな差を埋めるために両香落ちとともに奨励会で考案された銀落ち、同様に飛香落ちと二枚落ちの間を埋めるために飛両香落ちとともに奨励会で考案された飛銀落ち、飛先の歩を落とすことで上手のほうが有利(初手で飛車を成れる)になる太閤落ち角香落ちなどがある。

また、江戸時代の家元制では駒落ちは2段差4段差6段差などの偶数段差にのみ設定されており、奇数段差ではこれらの組み合わせで対処していた。例えば対局者が1段差の場合には、0段差の平手と2段差の香落ちを交互に指す平香交じり半香ともいう)を行う[注 5]。その他に香角交じり飛角交じり飛飛香交じり飛半交じりともいい飛落ちと飛香落ちの2番1組)、半二交じり(飛香落ちと二枚落ちの2番1組)といったものもあり、これらは明治から昭和戦前までも、大半の対戦で採用されていた。

また、香落ちを2段差で角落ちを5段差とし、3段差を香香角交じり(香落ち・香落ち・角落ちをセットで行う)、4段差を角角香交じりとすることで香落ちと角落ちの差を埋めようとしたこともある[2]。角落ちを4段差から5段差に、飛車落ちを6段差から7段差にしたのは、昭和9年(1934年)の日本将棋連盟の手合割改正による[3]

その他、駒落ち以外のハンデの付け方として以下のようなものもある。

名称 内容
待った容認 本来は反則行為である待ったを、下手に限って認めるというもの
n手指し チェスで主に使われる方法を応用したもので、下手は初手で何手か指して駒組をしていい(ただし駒が動かせるのは五段目まで)
駒渡し 駒を落とすのではなく相手の持ち駒に加えて持ち駒の使い方を覚えさせる
不均衡持ち時間 上手の持ち時間を下手よりも短く設定する
n番手変わり 最終局勝者の連勝数がn局になると、駒落ちの手合割を変える
相互先(平手戦) 2局セットで交互に先手を持つ
先相先 3番手合いで1局目と3局目が先手
○✕交じり ○落ちと✕落ちをセットで行う
@倍層手合い 上手@:1下手の賭け率の対局(24道場などで使う)
定先 下位者の先手で引分局の打開責務が後手(Yahoo!などで使う)
将棋盤を180度回転 下位者が不利になったら将棋盤を180度回転させて指し継ぐ
スピード出世将棋 下位者は盤の五段目で駒を成ることができる

一般に、二枚落ちのプロに勝てれば実力アマ初段と言われるが、これは指導対局として手加減してくれた場合の話であり、プロが本気で勝負した場合、初段の実力で勝ちきるのは容易ではない。

駒落ち上手の達人として名高かった灘蓮照九段が、「自分の四枚落ちに勝てれば四段と認める、初段相手なら八枚落ちで十分」と豪語したという逸話がある[4]

  • 八枚落ちの灘流の上手の指し方は、先崎学『最強の駒落ち』(講談社現代新書)/『駒落ちのはなし』(マイナビ)で紹介されている。
  • 四枚落ちの灘流の上手の指し方は、湯川博士『定跡なんかフッとばせ―駒落ち必勝法』(MYCOM将棋文庫)で紹介されている。また、先崎学『最強の駒落ち』(講談社現代新書)/『駒落ちのはなし』(マイナビ)でも、「灘流」とは書かれていないが、灘が得意とした指し方が紹介されている。

平手戦[編集]

平手(ひらて)とは、前述の通り先手・後手ともに駒落ちがなく、20枚ずつ所定の位置に置いた状態から指される対局。

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第二次世界大戦前は、プロ棋界でも両対局者の段級位の差による駒落ち戦が主流だったが、現在の公式の棋戦は全て平手戦で行われている。

王将戦創設当時はどちらかが3勝差をつけると次の対局から平手と香落ちを交互に指す「三番手直り」制度があったが、現在は「四番手直り」に改められ、またどちらかが4勝した時点で対戦が終了するため、香落ち戦が指されることはない。

ただし、奨励会においては2級差の対局に香落ち、その準備組織である研修会では連盟の基準に応じた駒落ちが採用されているため、現代のプロ棋士が駒落ちを避けて通れるということにはならない。

駒落ちの定跡[編集]

駒落ち定跡の歴史はすなわち将棋定跡の歴史と言っても過言ではなく、最古の将棋定跡書、大橋宗英の『将棋歩式』や棋聖・天野宗歩の『将棋精選』に掲載されている定跡のほとんどが駒落ちである。『将棋精選』の天野定跡は昭和初期まで将棋の基本とされた。現代将棋の祖・升田幸三は「これさえマスターすれば、もう高段者になれる。」「引き駒をした、ハンディをつけたぶんのは、いまもこれが基本として残っているほどです。」「ぼくもこの『将棋精選』は初段ごろに読んで、感心しました、偉いもんだなぁと思って。いまだに感心しますよ。よくまあこれだけやったもんだと……。その将棋のなかから、私流の考え方があって、自分の創意を加えて、勉強になりましたねぇ。」と述べている。[5]

その後、木村義雄が更にそれを修正した『将棋大観』が現在駒落ち将棋の基本となっている。[6]この定跡を「木村定跡(大観定跡)」といい、多くの駒落ち定跡書は木村定跡の修正版もしくは自分で編み出した新研究となっている。

角落ち[編集]

角落ち(かくおち)は将棋のハンデキャップの1つ。角行を上手から取り除いて対局する。トッププロと、トップアマが戦う手合割としてよく用いられる。昭和50年ごろには角落ち棋戦「将棋プロアマ角落十番勝負」「朝日アマプロ角落ち戦」等があり、非常に流行していた。定跡としては天野定跡以来の三間飛車(本定跡)か、矢倉戦法が主流である。

二枚落ち[編集]

二枚落ち(にまいおち)は将棋のハンデキャップの1つ。飛車、角行の大駒を上手から取り除いて攻撃力を抑えた状態で対局する。飛車角落ち(ひしゃかくおち)ともいい、最もよく知られた駒落ち将棋である。慣用句的に、スポーツで主力選手を欠き攻撃できない状態のことを「飛車角落ち」というほどである[注 6]

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木村義雄が「六枚落ちから三枚落ちのように上手にどこといってテキメンの欠陥がないので、飛角運用だけの簡単な攻撃法ではなかなか勝利をおさめる訳にはいかない」と述べているように、攻撃力は低いが防御力は十分にあるので、攻める下手には要領の良い攻撃能力が要求される。

下手側の定跡として江戸時代から「二歩突っ切り」「銀多伝」の2つが整備されているが、上手相手にこの2つの定跡を用いても下手が勝つのはなかなか難しい。昭和中期にプロ・アマ対局で大量の二枚落ち戦が指されたが、観戦記者の湯川博士によればアマが定跡を覚えてきても勝てたケースは殆ど無かったという。特に「二歩突っ切り」定跡の成績が非常に悪く、湯川は玉が硬い「銀多伝」定跡を推奨している[8]。このため、アマ側で唯一好成績を収めたアマ四段の石垣純二が旧来の銀多伝を工夫した「石垣流銀多伝定跡」が昭和中期に流行したが、石垣流にも後に欠陥が見つかり、現在では「二歩突っ切り」がまた盛行している[9]。現在でも高橋道雄の開発した駒落ち新定跡のように、下手向けの定跡が研究されている。

六枚落ち[編集]

六枚落ち(ろくまいおち)は将棋のハンデキャップのひとつ。上手が飛車・角行・両方の桂馬・両方の香車の6枚を落とすことからこの呼び名がある。

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指導対局などで、初心者と上級者が対局する場合、最初はこの手合いから始めることが多い。

上手から攻め込まれる心配はほとんどないので、下手は上手陣を破って上手玉に迫ることに専念していけばよい。天野定跡以来の下手の角上がりからの9筋端攻めが有名な下手必勝法だが、先崎学は1筋端攻めの方を推奨するなど、他の指し方もある。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 本項で述べる駒落ちのほか、持ち時間に差を付けてハンデキャップとすることがある。王位戦主催新聞社が年明けの紙面に掲載する、王位と女流王位との新春お好み対局では、女流王位を先手とするほか持ち時間を王位10分、女流王位1時間としている“新春お好み対局”. 北海道新聞 朝刊: p. 28. (2018年1月1日) 
  2. ^ 現在の香落ちでは左香を落とすが、当初は右香か左香か棋風(居飛車か振飛車か)に応じて好きな方を選んでいた。一般に右香落ちのほうがハンデが小さいとされる。なお、右香落ち最古の棋譜1619年元和5年)に行われた本因坊算砂二代大橋宗古の対局。宗古は二世名人(この時点で一世名人の大橋宗桂は存命のため、まだ名人を襲名していない)。プロの公式戦では、1930年を最後に右香落ちは行われていない。
  3. ^ 飛車落ちとも呼ぶ
  4. ^ 一丁半、また略して半とも呼ぶ
  5. ^ 平香交じりは、段級差とは無関係に王将戦番勝負1959年まで行われており、先に3敗した方が相手に平香交落で指してもらう指し込み規定であった。1955年第5期王将戦で、挑戦者の升田幸三が時の名人大山康晴に3連勝して平香交落に追い込んだことを「名人に香車を引く」といい有名になった。現在では王将戦の規定変更により平香交落は行われていない。
  6. ^ 例えば、サッカー日本代表で主力選手のMF本田圭佑とDF長友佑都が欠場した状態、野球日本代表で主力選手のイチローダルビッシュが参加しなかった状態を、スポーツ紙がそれぞれ「飛車角落ち」と表現している[7]

出典[編集]

  1. ^ 鬼斬転輪-おにぎりころりん-(小田切秀人公式Webサイト)内飛車角の戦い
  2. ^ 木村義雄『将棋大観』日本将棋連盟、1976
  3. ^ 加藤治郎原田泰夫『[証言]将棋昭和史』(執筆)田辺忠幸、毎日コミュニケーションズ p. 217「将棋昭和史年表」(加藤久弥越智信義
  4. ^ 先崎学『駒落ちのはなし』講談社現代新書。灘はアマ初段相手に八枚落ちで完勝する、「八枚落ち灘定跡」という自作定跡を開発していた。
  5. ^ 升田『王手 ここ一番の勝負哲学』成甲書房、2001。現在でも『将棋精選』は定跡書として使われており、豊川孝弘は幼少期に『将棋精選』を並べたと述懐している。
  6. ^ 湯川『定跡なんかフッ飛ばせ』マイコミ、2003
  7. ^ サンケイスポーツ 2013年3月16日 清水泰史『【甘口辛口】「飛車角落ち」ザック日本、救世主の登場なるか』
  8. ^ 湯川『定跡なんかフッ飛ばせ』マイコミ、2003。木村定跡の「二歩突っ切り」で下手必勝となっている局面から敗れるアマチュアが続出したという。
  9. ^ 石垣、『石垣流二枚落大決戦』講談社、1975及び先崎『駒落ちのはなし』。

関連項目[編集]