駒形神社

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駒形神社
Komagata-jinja (Oshu) haiden.JPG
本社 拝殿
所在地 本社:岩手県奥州市水沢区中上野町1-83
奥宮:岩手県胆沢郡金ケ崎町西根字駒ヶ岳
里宮:岩手県胆沢郡金ケ崎町西根雛子沢13
位置 本社:北緯39度8分11.59秒
東経141度8分17.11秒

奥宮:北緯39度11分44.08秒
東経140度55分11.07秒

里宮:北緯39度11分8.70秒
東経141度3分41.09秒
主祭神 駒形大神
天照大御神天常立尊国狭立尊吾勝尊・置瀬尊・彦火尊の6柱の総称)
神体 駒ヶ岳(神体山
社格 式内社(小)
国幣小社
別表神社
創建 不詳
本殿の様式 三間社流造
例祭 9月19日
地図
駒形神社の位置(岩手県内)
本社
本社
奥宮
奥宮
里宮
里宮
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鳥居

駒形神社(こまがたじんじゃ)は、岩手県にある神社奥州市水沢区中上野町に本社、胆沢郡金ケ崎町の駒ヶ岳山頂に奥宮が位置する。式内社旧社格国幣小社で、現在は神社本庁別表神社

祭神[編集]

祭神は次の6柱で、「駒形大神」と総称される[1]

当社は駒ヶ岳の神霊を祀ったものとされるが、古くよりその神霊の人格神への比定が諸説挙げられている。現在の6柱とする説は、雛子沢里宮の寛政9年(1797年)棟札や、仙台藩編纂の『安永風土記』に記載が見られる。これらは、中近世の神仏混交期において、駒ヶ岳外輪山を各天神地祇に擬したことに由来すると見られている(最高峰の大日岳に天照大神、第2の駒ヶ岳に天照大神の子の吾勝尊、など)[2]。以上のほか、宇賀御魂大神天照大神天忍穂耳尊とする説、毛野氏の祖神とする説等がある[3]

駒形神はの守護神とされ、馬頭観音大日如来と習合し、東日本の各地に勧請されて信仰されている[2]。馬の守護神とされた背景には、古代に付近一帯が軍馬の産地であったことがあると考えられている[2]

歴史[編集]

当社は駒ヶ岳(焼石駒ヶ岳/駒形山)を祀る神社として、明治以前は駒ヶ岳山頂の本宮(奥宮)、北上市和賀町岩崎と金ケ崎町西根雛小沢の各里宮をして奉斎された[4]。水沢の現在社(本社)は明治36年(1903年)の新設で、それ以前の当地は鹽竈神社(現・境内別宮)の境内地であった[3]

創建[編集]

創建は不詳で、様々な伝承が現在に伝えられている[2]。社伝では、雄略天皇(第21代)21年に、籠神社京都府宮津市)から宇賀御魂大神を勧請して山頂に祀り、里宮に大宜津比売神事代主神を配祀したが、のちに前記6柱となったという[2]

別伝では、景行天皇(第12代)40年に日本武尊が東征に際し、蝦夷平定のために前記6柱を勧請・創建したという[2]。また、坂上田村麻呂が当地で倒れた愛馬を祀ったが、のちに慈覚大師(円仁)が廻国した際にその駒形神を駒ヶ岳山頂に移して本宮を造営、さらに源義家前九年の役の際に戦勝祈願をしたともいう[5][2]

別説として、上毛野(のちの上野国、現・群馬県)を根拠とする上毛野氏一族が当地に来住するにあたり、駒ヶ岳を上毛野氏氏神の赤城山赤城神社)に擬して奉斎したとする説もある[5][2]。休火山である赤城山の外輪山に駒形山があり、毛野氏が上毛野氏と下毛野氏にわかれた後、それぞれ勢力を北に伸ばし、故郷の赤城山になぞらえて、休火山で外輪山を持つ山の中で、二番目の高峰を駒ケ岳又は駒形山と名づけ、駒形大神を祀ったとされる[6]。そして、雄略天皇の時代(456年)に、上毛野氏が、奥州において現在の「駒ケ岳」をみいだして名づけ、山頂に駒形大神を勧請したのが当社の始まりであるという[6]。この説に従えば、駒形神社の祭神は、赤城山の神と同一か、深い関連性を持つ存在ということになる[6]。関連して、『続日本後紀承和8年(841年)3月2日条において江刺郡擬大領として見える「上毛野胆沢公毛人」の名が指摘される[5]

さらに、赤城神社との関連では、源実朝は『金塊和歌集』にて、赤城神社を「からやしろ」として歌を詠んでおり、赤城神社は「から」すなわち中国や韓国に由来するともされるが、当時の朝鮮にあった高麗が「コマ」と呼ばれたことから、駒形という名称は、「高麗唐」すなわち「コマカラ」がなまって「こまかた」となり、ついで「こまがた」となったともいわれる[6]。関連して、箱根神社の摂社である駒形神社は、朝鮮から高麗大神を勧請したとされている[6]

なお、奥宮は現在駒ヶ岳に鎮座するが、元々は駒ヶ岳南方で最高峰の大日岳(経塚山)山頂にあったとも伝わる[5]

概史[編集]

国史では仁寿元年(851年)に「駒形神」の神階が正五位下に、貞観4年(862年)に従四位下に昇叙された旨の記事が見える[5]。従四位下の神階は陸奥国内で最高位であるが[7][注 1]、この神階については、当社への坂上田村麻呂の崇敬が篤かった関係で、胆沢の鎮守府から神階を高くすべきとの申し出が何度もあったためのものとされる[6]

また、延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳では陸奥国胆沢郡に「駒形神社」と記載され、式内社に列している[5]。なお、全国の駒形神社の中でも、当社と、駒形根神社(宮城県栗原郡)の2社のみが、延喜式神名帳に記載があるとされる[6]

当社については、上記の坂上田村麻呂のほか、源頼義・義家や、平泉の藤原氏の崇敬も篤かったとされる[6]。箱根神社の縁起には、藤原秀衡が銅を鋳て駒形の神の像をつくり祀るなど、藤原氏の駒形大神への信仰の篤さが読み取れる記載があるという[6]

江戸時代の時点では、駒ヶ岳は仙台藩盛岡藩の境界であり[7]、里宮はそれぞれの藩内に1社ずつがあった[5]。また、山頂の本宮(奥宮)は両藩によって20年目ごとに交互に建て替えがなされていた[5]

明治4年(1871年)、山頂の本宮(奥宮)が近代社格制度において国幣小社に列するにあたり、本宮・里宮とも参拝に不便であるとして、当時の水沢県県庁に近い鹽竈神社の本殿が仮遥拝所となされた(鹽竈神社は境内社の春日神社に遷座)[3]。そして明治7年(1874年)、社殿が改修されて正式な遥拝所とされた。明治36年(1903年)に山頂の神霊が遥拝所に遷され、元は鹽竈神社のものであった社殿等一切は駒形神社に編入された。鹽竈神社は境内別宮であった春日神社に合祀され、社名が「春日神社」から「鹽竈神社」に改称されることとなった。

戦後は神社本庁別表神社に列し、近年では陸中国一宮とも称されている。

2010年(平成22年)8月1日、山頂の奥宮にある老朽化した社殿を解体し、新しく社殿を造営した[8]

神階[編集]

境内[編集]

本社[編集]

境内と水沢公園はヒガンザクラ系の桜の名所として知られ、老木の樹齢は250年から300年にも及ぶ[3][9]。一帯は「駒形神社及び水沢公園のヒガン系桜群」として岩手県指定天然記念物に指定されている[9]

奥宮・里宮[編集]

  • 奥宮
    • 鎮座地:駒ヶ岳山頂
    近世には「馬頭観音堂」と称されていた[5]。本社新設までは本宮であったが、以後は奥宮として推移している[5]
  • 雛小沢里宮(駒形神社)
    • 鎮座地:岩手県胆沢郡金ケ崎町西根雛子沢13
    • 祭神:国常立尊・大日孁貴尊・国狭槌尊・吾勝天主忍穂耳尊・彦火出見尊・置瀬尊[10]
    • 祭日:旧9月19日

摂末社[編集]

以下はいずれも本社境内社。

鹽竈神社(別宮)
別宮
鹽竈神社
駒形神社本社の新設以前より、当地に鎮座した神社である。創建は不詳ながら、元々は石田・大明神の地にあったといい、一伝では康平5年(1062年)に源頼義義家父子が石田・大明神の屋敷に社殿を造営し塩竈神を勧請したことに始まるという。勧請元の鹽竈神社宮城県塩竈市)は中世留守氏の支配下にあったため、実際には寛文6年(1666年)に水沢城に入った留守宗利が勧請したことに始まると推測されている[11]
一伝では、留守宗利が再興、明和3年(1766年)に現在地に遷座したという。安政6年(1859年)の水沢大火で社殿は焼失したが、文久2年(1862年)に再興。のち当地に駒形神社が移るにあたって社殿を譲り、境内摂社の春日神社に遷座した。明治の一時期は駒形神社とは分割される独立社であったが、その後は駒形神社の境内別宮として推移している[11]
末社
山神社
その他
水沢招魂社
  • 祭神:郷土出身の英霊1099柱
  • 祭日:6月2日
かつては水沢公園内に鎮座した。明治11年(1878年)の伊勢神宮分霊の巡行に際して、水沢公園内にあった愛宕神社(安政6年(1859年)の水沢大火で焼失)の跡地上に行在所が建てられたことに始まる。この行在所は明治42年(1909年)に招魂社に改められたが、その後荒廃し、駒形神社境内に遷座して現在に至っている[12]

関係社[編集]

  • 岩崎の元里宮(駒形神社)
    本社新設までは里宮であったが、現在は本社との関係は絶たれている。古くは煤孫にあったが、のちに和賀に移されたという[5]

祭事[編集]

  • 月次祭 (毎月1日・19日)[14]
  • 歳旦祭 (1月1日)
  • 祈年祭 (2月17日)
  • 奉遷記念大祭(春祭) (5月3日)
  • 招魂社大祭 (6月2日)
  • 大祓式(夏越の大祓) (6月30日)
  • 奥宮登拝祭 (8月1日)
  • 別宮塩釜神社祭(夏祭) (8月10日)
  • 例大祭(秋祭) (9月19日)
  • 末社山神社祭 (10月12日)
  • 新嘗祭(新穀感謝祭) (11月23日)
  • 大祓式(年越の大祓) (12月30日)
  • 除夜祭 (12月31日)

文化財[編集]

岩手県指定天然記念物[編集]

  • 駒形神社及び水沢公園のヒガン系桜群 - 昭和41年3月8日指定[15]

現地情報[編集]

所在地

交通アクセス(本社まで)

脚注[編集]

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注釈

  1. ^ 陸奥国で六国史終了時点で従四位下まで進んだ神社としては、駒形神社のほか、苅田嶺神社(論社複数)、志波彦神社零羊埼神社拝幣志神社、計仙麻神社(論社複数)、日高見神社、志波姫神社(論社複数)、磐椅神社の計9社がある。なお東北地方で見た場合には、出羽国において大物忌神社月山神社が各々従二位に叙せられている。

出典

参考文献[編集]

  • 神社由緒書
  • 境内説明板
  • 小形信夫 「駒形神社」『日本の神々 -神社と聖地- 12 東北・北海道』 谷川健一編、白水社1984年ISBN 4560022224
  • 虎尾俊哉・新野直吉 「駒形神社」『式内社調査報告 第14巻』 式内社研究会編、皇學館大学出版部、1986年
  • 『日本歴史地名体系 3 岩手県の地名』 平凡社1990年
    • 「駒ヶ岳」「駒形神社」「塩竈神社」「愛宕神社跡」
  • 「駒形神社」『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店1985年ISBN 978-4040010302

関連図書[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]