馮夢竜

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馮 夢竜(ふう むりゅう(ぼうりゅう とも)、1574年 - 1646年)は、中国明朝末期の小説家著作家陽明学者である。字を猶竜、または子猶といい、号は墨憨斎( ぼくかんさい)。兄弟である夢桂・夢熊と共に「呉下三馮」と呼ばれた。

概要[編集]

呉県蘇州)の人である。若い頃から李卓吾の影響をうけ、小説作品に親しんでいた。四書春秋左氏伝の注釈書なども含め、小説など雑著の多い人物であるが、その多くは増補(平妖伝等)や編訂(三言zh)等)であり、自身による完全な創作物は少ない。 王陽明を尊敬しており、王陽明の詳細な伝記「王陽明先生出身靖乱録(王陽明靖乱録)」を記した。王陽明の伝記本としては古く、やや小説的ではあるが細かいエピソードの多さからよく王陽明の伝記には引用されている。陽明学左派の李卓吾にも共鳴していたが、李に比べると穏健な学風を保って権力に対する正面からの批判などはしていないとされる(増井経夫の考察による)。

1634年に福建省寿寧県の知県に就任し、女児の間引きの風習が当地にあったことを咎め、禁止する命令を出したことが伝えられている。

1638年に職を離れ、その8年後、明清交替に痛憤して亡くなった。

著作[編集]

『馮夢龍全集』(上海古籍出版社)には、二十六種の著作を網羅しているが、大木康はうち2種は馮夢竜が実際に出版に関与したかどうか疑わしいと述べており、二十四種の著作があったと見られる。通行している書籍の題名と、馮夢竜が書いた題名には差異がある。なお、以下では比較的有名な書物を紹介する。

  • 平妖伝羅貫中の著と伝えられていた二十回本を増補し、新しいエピソードを追加して四十回本に仕上げ「新平妖伝」と称した。日本の作家鳥海尽三の「新・平妖伝」とは別である。
  • 三言-当時流行していた白話小説を編纂したもの。「喩世明言」「警世通言」「醒世恒言」の3つの選集の総称である。
  • 東周列国志-「春秋列国志伝」を再編したもの。新列国志と称する。
  • 笑府-笑話の集大成。日本にも伝えられ、落語の材料となったものもある。
  • 王陽明靖乱録-日本にのみ残存している王陽明の史伝。三教の教えを小説にした「三教偶佔」シリーズの一つ。正式名称は「王陽明先生出身靖乱録」。

この他、春秋の専門家としての科挙参考書など、著作は多岐にわたる。