馬伝染性貧血

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馬伝染性貧血(うまでんせんせいひんけつ、: equine infectious anemia)とはに発生する病気、伝染病である。伝貧(でんぴん)ともいう。家畜伝染病予防法に基づく家畜伝染病の一つ。

原因と症状[編集]

馬伝染性貧血ウイルス

本疾病の原因となる馬伝染性貧血ウイルスはレトロウイルス科レンチウイルス属に分類されるRNAウイルスで、エンベロープを保有する。

ウイルスを含む血液がアブサシバエなどの吸血昆虫により伝播されることで馬やロバなどのウマ類にのみ感染する。その他に母子の胎盤感染、乳汁感染も成立する。また過去に競馬場牧場などでしばしば見られた競走馬の集団発生では、ウイルスに汚染された注射器を使用した事が原因とされるものもある。

本疾病は重度の貧血を伴う高熱が特徴で高熱が持続して衰弱死亡する急性型、発熱の繰り返しによりやがては衰弱~死亡に至る亜急性型、発熱を繰り返すもののやがて徐々に軽度となり健康馬と見分けができなくなる慢性型に大別される。

歴史と対処[編集]

本疾病は日本国内では家畜伝染病予防法において伝染性海綿状脳症豚コレラ狂犬病など共に家畜伝染病に指定されているものである。日本では1883年に本病と思われる疾病の初報告があったが、当時は明確な診断をする方法が存在しておらず昭和20年代には年間に1万頭近く、昭和30年代になってもまだ数百頭単位の馬が症状から感染馬として摘発されて殺処分されていた。

馬伝染性貧血ウイルスは抗原変異を容易に起こす性質を持つ為、ワクチンの開発は現実的に見て不可能である[1]。この抗原変異の問題ゆえに、感染した患畜については治療をする方法が存在せず、摘発淘汰による感染拡大の予防が何よりも重要となる。これらの事があり、検査で本疾病について陽性の診断が確定した場合には、当該患畜を速やかに殺処分する事だけが、現在でも感染拡大を阻止する唯一の予防法となっている。

日本国内で飼育されているウマ類の動物は、定期的にこの病気についての検査を受けることが義務付けられている。感染が確認された場合には蔓延を防ぐ為、法令や規則に基づき競走馬や繁殖馬としての登録の抹消と家畜伝染病予防法第17条に基づく殺処分命令が出される。当該患畜の所有者・管理者はこれを受け入れ、速やかに処分を実施しなければならない義務を負う。家畜伝染病予防法第17条に基づく殺処分命令の権限は都道府県知事が持つ。また、家畜伝染病予防法第21条により患畜の死体について遅滞無く焼却または埋却する事も所有者には義務づけられる。

所有者の不在、拒否、抵抗などでこれら必要な処分を行う事ができず、しかし緊急性を伴う場合には所有者に代わって家畜防疫員が殺処分を代行する場合もあり、防疫上の観点からは緊急性が高いものであるためやむを得ず非常の手段がとられる事もある[2]

この伝貧感染馬への殺処分命令については、当該患畜がたとえいかなる歴史的名馬や優秀繁殖馬であったとしても免れ得ない。日本の名馬の代表格と言うべき歴代の日本ダービー馬でもクモハタマツミドリがこの疾病に感染し殺処分命令を受け命を落している[3]。他にも桜花賞馬のヤシマドオターオークス馬のヤシマヒメも馬伝染性貧血の犠牲馬である。また、1952年冬の京都競馬場の伝貧騒動では、クモワカ(繁殖名:丘高。桜花賞馬ワカクモの母、天皇賞馬テンポイントの祖母)に対して誤診断から殺処分命令が下ったことから、繁殖馬としてのクモワカとその子供たちの馬名登録を巡って訴訟問題にまで至った(詳細はクモワカの項を参照)。

馬類以外には感染しない病気であるため獣医学術的な見地からの研究は遅々として進まなかったが、1965年東京競馬場で本疾病の集団感染騒動が発生したのを契機として日本中央競馬会などを中心に1960年代後半に大規模な研究が進められ、これによって確定診断法として血清診断法、寒天ゲル内沈降試験という技術が確立された。それ以降は予防と清浄化に努め、最近では日本中央競馬会宮崎育成牧場2011年3月に在来種の乗用馬1頭が殺処分されている[1]が、これ以前の事例は1993年に岩手県で農用馬2頭が摘発されたものにまで遡り、さらには中央競馬の現役競走馬に限れば1978年が最後であるなど、症例自体は殆ど見られないものとなっている[4]

かつては世界中に蔓延した馬疾病であるが、清浄化の進展により流行地域は減少しつつある。しかしブラジルアルゼンチンパラグアイなど南米地域にはまだ多くの感染馬がいるとされる。また日本とはサラブレッドやショーホースなどの往来が多い欧米やオーストラリアでは現在でもしばしば感染馬の摘発が見られており、この疾病の侵入に対する警戒は常時継続する必要がある。

2011年5月28日の朝日新聞によれば、宮崎県は、同県串間市都井岬に生息する天然記念物である御崎馬96頭のうち12頭から馬伝染性貧血の陽性反応が出たと発表。御崎馬は野生馬とされることから家畜伝染病予防法による殺処分の対象外だが、感染爆発を防ぐ目的から県独自の判断で7月22日に殺処分した。

問題点[編集]

治療方法が存在せず感染馬を殺処分すること以外には対処法もない病気であるため、競馬場トレーニングセンターなどでの集団大量感染が発生すれば競走馬の大量殺処分などの事態に至ることもある。これらは競馬開催の長期の開催不能にも直結するため、競馬主催者にとっては経営に重大な悪影響を及ぼす要因ともなりうる。また人気競走馬がこれにより殺処分となった場合、競馬ファンに与えるショックは極めて大きなものになり、様々な影響が発生するのではないかと危惧する者もいる。

現在は中央競馬地方競馬の垣根を超えた全国規模での交流が盛んとなり競走馬の輸送も頻繁に行われているため、ひとたび感染が発生すれば2007年8月の馬インフルエンザ騒動のようにたちまち競馬関係施設・牧場・乗馬施設を問わず全国規模で拡散してしまう危険も指摘されている。

また日本のサラブレッド馬産や育成は日高地区への集中と依存が極めて大きいため、特に日高地区での伝貧の集団発生は日本の競馬産業全体や北海道の経済にも極めて深刻なダメージを与えかねないものとして、この病気は久しく発生の無い現在でも競馬や馬産の関係者には常に恐れられている。

その他[編集]

犯人がJRAに八百長レースを要求し、拒否された為にこの病気のウイルスをばらまくという物語上の展開がある。

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  1. ^ ただ、1983年中華人民共和国弱毒化ワクチンが開発され、一部で実験的に使われている。
  2. ^ 実際、1970年日高地区で伝貧の大規模流行が発生した時には、感染した所有馬に出された殺処分命令に、とある牧場主が頑なに抵抗したため、已む無く家畜防疫員が殺処分を実施。迅速な処分の実行の為に、北海道知事の要請で北海道警察の機動隊が牧場へ出動する事態となった。ちなみに、この馬は殺処分後に解剖されたところ、やはり内臓に感染馬特有の病変をきたしていた。
  3. ^ それ以外にも、急性脳膜炎で急死したイエリユウに伝貧関連説がある。
  4. ^ ただ、近年でも抗体陽性馬については稀に見つかる事がある。

外部リンク[編集]