香蘭女学校中等科・高等科
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(香蘭女学校中学校・高等学校 から転送)
| 過去の名称 | 香蘭女学校 香蘭高等女学校 香蘭中学校・高等学校 香蘭女学校中学校・高等学校 |
|---|---|
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設置者 | 学校法人香蘭女学校 |
| 設立年月日 | 1888年4月 |
| 創立記念日 | 9月19日 |
| 創立者 | エドワード・ビカステス |
| 共学・別学 | 男女別学(女子校) |
| 中高一貫教育 | 完全一貫制 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 高校コード | 13611F |
| 所在地 | 〒142-0064 |
|
東京都品川区旗の台6-22-21
|
|
| 外部リンク | 公式サイト |
香蘭女学校中等科・高等科(こうらんじょがっこう、英語名St.Hilda's School)は、東京都品川区旗の台にある中高一貫の女子校で、学校法人香蘭女学校によって運営されている日本聖公会系のキリスト教主義学校(ミッション・スクール)である。
目次 |
[編集] 沿革
- 1887年(明治20年) - 香蘭女学校設置願いを提出し認可される。
- 1888年(明治21年) - イギリス国教会の宣教師で日本主教のエドワード・ビカステスにより創立。
- 1910年(明治43年) - 火災によって校舎を焼失
- 1912年(大正1年) - 芝区白金三光町360番地に新校舎を建設する。
- 1920年(大正9年) - 日本女子補導団東京第一組が創設される(日本におけるガールスカウト発祥)。
- 1929年(昭和4年) - イギリス王族のグロスター公ヘンリーが訪問。
- 1941年(昭和16年) - 現在地に移転。
- 1945年(昭和20年) - 5月24日、空襲により校舎を焼失、九品仏浄真寺にて授業を行う
- 1948年(昭和23年) - 焼失した校舎を再建
- 1949年(昭和24年) - 校名を香蘭中学校・高等学校として中等部と高等部にわかれる
- 1959年(昭和34年) - 北軽井沢の山荘「清香寮」が完成する。
- 1963年(昭和38年) - 制服が制定される
- 1965年(昭和40年) - 校名を香蘭女学校中学校・香蘭女学校高等学校とする
- 2004年(平成16年) - クライスト・チャーチ・エピスコパル・スクール(Christ Church Episcopal School)との交換留学などの国際交流プログラムを開始する
- 2008年(平成20年) - 創立120周年を機に、校名呼称を「香蘭女学校中等科」「香蘭女学校高等科」に変更。
[編集] 特徴
- 現在では珍しく、学校名に「女学校」という名前を使っている数少ない学校でもある。
- 高等学校からの募集はしていない、完全中高一貫校である。
- 立教大学と同じ聖公会(イギリス国教会)によるミッション・スクールである。立教大学には推薦制度がある。
- 日本におけるガールスカウト発足の地である。現在でも部活で「ガールスカウト東京1団」として、スカウト活動ができる。
- 北軽井沢に山荘「清香寮」を所有しており、そこで校外活動が行われる。
[編集] 制服
- 明るい紺色のブレザーと、灰色のセミタイトシルエットの吊りスカートが一貫して制服として採用されてきた。しかし、近年、その吊りスカートを目的とした変質者によるストーカー行為、制服の吊りスカートの盗難などが相次いだため、2003年4月の制服更新時から吊りスカートは廃止になり、一般的な吊りの無い箱襞スカートに変わってしまった。またこの学校の制服は、他校にさきがけて、最初からブレザーの胸にエンブレムのワッペンを取り付けたのが特徴的であった。
- ブラウスの左袖部分には、SHSの縫い取りがある。また靴下はハイソックスで、夏は白、冬は灰色でやはりSHSの縫い取りがある。
この他鉄紺色の指定鞄も使用される。
[編集] 交通
[編集] 主な出身者
- 兼高かおる(ジャーナリスト)
- 黒柳徹子(女優、司会者)
- カルメンマキ(歌手)
- 和由布子(元女優、五木ひろし夫人)
- 大塚寧々(女優)
- 片桐はいり(女優)
- 上橋菜穂子(作家)
- 細川ちか子(女優)
- 吉野トヨ子(元陸上競技選手)
- 荒多惠子(写真家)

