首相公選制
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首相公選制(しゅしょうこうせんせい)は、首相を国民の直接選挙で選ぶ制度である。
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[編集] 概要
首相職を設置する国家では、議会による選出か元首による任命が一般的である。しかし国民の多数が首相就任を望む人物が、必ずしも首相に就任するとは限らず、国民の意思と乖離する可能性がある。
そこで首相を直接選挙により選出することで、国民の意思に基づいた首相による行政運営が行われることを目的とした制度と言われる。
首相公選制を現在実施している国家は存在しないが、イスラエルでは1992年から2001年まで導入していた。
[編集] イスラエルの首相公選制
1992年、イスラエルのクネセト(国会)において首相公選法が成立し、1996年に初めて首相選挙が行われ、ベンヤミン・ネタニヤフが初めての公選首相に選出された。しかし、新制度による選挙民の投票行動の変化からクネセトの議員の構成が小党分立傾向が強くなり、また、クネセトに内閣不信任決議の権限が与えられていたこともあって政局が不安定になり、首相の指導力は低下した。つまり、目指す方向とは逆の結果になってしまったのである。
その後1999年、2001年と計3度にわたって首相公選は行われたものの「百害あって一利なし」状態に陥った為、2001年の公選で成立したシャロン政権発足直前にリクード、労働党の賛成多数で廃止された。公選廃止は、シャロンの政敵だったネタニヤフの台頭を阻止するという側面もあった。 他方、多党化加速により恩恵を受けていた宗教政党は、公選廃止に大反対であった。 横浜市の中田宏市長は議員時代にイスラエル案を提唱していた。
[編集] 日本における議論
日本国憲法では国会の議決に基づいて、内閣総理大臣を指名するとしているため(67条1項)、首相公選制を導入するには憲法改正が必要になる。
小泉首相は、2001年6月26日に「首相公選制を考える懇談会」を開催し、首相公選制など、総理大臣と国民との関係を検討し、具体的提案をすることとした。2002年8月7日には、12回にわたる会議の結果を踏まえ、「首相公選制を考える懇談会」報告書が小泉首相に提出された。この中で、
の3つが提案されている。このうち3については憲法改正ではなく、各党が党則を改正することによって可能である。
[編集] 首相公選制導入への批判
議院内閣制を残したままでの首相公選制には、国権の最高機関で唯一の立法機関である国会との関係など、問題がある。 また、国民が直接選出した公選首相と国民統合の象徴である天皇との整合性を問題点として指摘されることもある。国民を直接代表する公選首相は必然的に大統領的性質を帯びるものとなり、日本国の象徴であり、公式見解ではほぼ元首として差支えがないとされている天皇と矛盾しないかといった問題である。屋山太郎や小沢一郎は上記の「国柄」と政局の流動化を理由に導入に反対し、むしろ小選挙区制と、それに伴う二大政党制の浸透こそが首相の権力を強化させ、政治への信頼を高められるとしている。
一方、天皇制廃止論を主張する者にとっては、天皇制を残しつつ首相を大統領のように直接選挙で選出するという点が天皇制の廃止につながらないということから、やはり首相公選制には批判的である。
[編集] 首相公選制導入への賛成意見
逆に、首相の地位の強化、三権分立の強化となる為、公選制を提唱する意見も多くある。2000年に発足した森内閣が自民党の一部の幹部による密室で誕生したこと(五人組)から、導入意見が一時盛り上がった。
前述の公選首相と天皇との整合性についても、公選首相を天皇が任命する形式を残す、首相公選制導入と共に憲法を改正し、天皇を元首と明文化する等すればそもそも両者の矛盾は発生しないといった意見から、天皇は日本の元首とは言えないので、そもそも両者の間に矛盾は生じないといった意見まで様々である。東京都知事の石原慎太郎は導入に賛成である一方、天皇の元首化は不可欠としている。

