飯給駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
飯給駅
駅風景(2010年4月11日)
駅風景(2010年4月11日)
いたぶ - Itabu
里見 (1.8km)
(2.3km) 月崎
所在地 千葉県市原市飯給943-3
所属事業者 小湊鉄道
所属路線 小湊鉄道線
キロ程 27.5km(五井起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
6人/日(降車客含まず)
-2010年-
開業年月日 1926年大正15年)9月1日
備考 無人駅
駅構内の様子(2005年10月2日)
待合室(2008年4月30日)
ライトアップで照らされる夜桜(2012年4月7日)
世界一大きなトイレ(2013年4月)

飯給駅(いたぶえき)は、千葉県市原市飯給にある、小湊鉄道線である。

毎年、春には駅にある桜の木や菜の花が咲き乱れることから、列車と花などをモチーフとした写真を撮影するため多くの人が訪れる。

駅構造[編集]

単式ホーム1面1線を有する地上駅。待合所がホーム上に設置されているが、駅舎はない。無人駅となっている。

市原市の観光振興の一環として、「世界一大きなトイレ」と称するトイレが駅前に建設され、2012年4月より供用を開始。藤本壮介(建築家)が手がけるもので、広さ200m2を杉丸太で大きく囲んだ中に「草原」に見立てたスペースを設え、その中央部に全面ガラス張りの個室トイレ(女性専用)を設置する意匠となる。なお、この他に一般的な多目的トイレ(男女兼用)も設置された。[1] [2]

のりば[編集]

1 小湊鉄道線 上総牛久五井方面
養老渓谷上総中野方面

利用状況[編集]

2010年度の1日平均乗車人員は、6人である。

近年の一日平均乗車人員推移は下表の通り。

年度 一日平均
乗車人員
2007年 9 [3]
2008年 7 [4]
2009年 5 [5]
2010年 6 [6]

駅周辺[編集]

バス路線[編集]

のりば 系統 主要経由地 行先 運行会社 備考
東飯給   湯原・田尾 市原鶴舞バスターミナル 小湊鉄道 土休日運休
牛04 湯原・田尾・市原鶴舞バスターミナル・鶴舞局前・循環器病センター 牛久駅 小湊鉄道 土休日運休
牛03・牛04 加茂学園 里見駅 小湊鉄道 土休日運休

歴史[編集]

地名にまつわる伝承[編集]

この付近には壬申の乱に敗れてこの地に落ち延びたとされる弘文天皇(大友皇子)にまつわる伝説がある。飯給駅前の白山神社は弘文天皇を祭神としている[7]。「飯給」という地名も、この地の人々が天皇一行に食事を捧げたことから、弘文天皇の3人の皇子が「飯給」の名を与えたとされる[8]

このほか、「御所塚山」は弘文天皇が仮の御所を置いた地、「安房森」は弘文天皇に随行した安房大納言の旧跡とされる[9]。安房森には弘文天皇の3人の王子を祀ったとされる3つの祠がある[10]

飯給の地名に関し、大友皇子にまつわる以下のような伝説がある。

672年壬申の乱に敗れた皇子は東海道を下ったが、このさい11人の公家を引きつれて川をさかのぼって来る途中、前の川岸では6人が溺れて亡くなった。疲れ果てた皇子一行を、村人たちは追っ手が良く見える八崎代に案内のうえ、休息をとらせ食事も与えたことに対して、一行は大変喜んだという。このことから、当地を飯置(いいち)と呼称するようになり、飯を給うたので飯給と呼称するようになったという。

また、地元の言い伝えでは皇子の3人の子どもを村人に預けて、現在の市原市万田野地区を越えて落ちのびたという。村人は3人の子供達の顔にススを塗るなどして変装させたが、10月の酉の日に追っ手に捕らえられ、現在の駅前に見える白山神社で打ち首になったが、この翌日から付近には白い3羽の鳩が舞うようになったため、村人達がその場所にお宮を建て祀ったところ、その日から白鳩の姿は見られなくなったと言われる。なお、白山神社の別称として白鳩の宮というのはこの伝承に由来するという。[要出典]

隣の駅[編集]

小湊鉄道
小湊鉄道線
里見駅 - 飯給駅 - 月崎駅

参考文献[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 200平方メートル "世界一大きなトイレ" 市原・小湊鉄道飯給駅に4月完成 「台湾タワー」の藤本氏デザイン - 千葉日報(2012年2月27日付、同月28日閲覧)
  2. ^ 飯給駅前公衆トイレ「世界一大きなトイレ」が完成しました! - 市原市ホームページ
  3. ^ 千葉県統計年鑑(平成20年)
  4. ^ 千葉県統計年鑑(平成21年)
  5. ^ 千葉県統計年鑑(平成22年)
  6. ^ 千葉県統計年鑑(平成23年)
  7. ^ 『千葉県市原郡誌』p.1399
  8. ^ 『千葉県市原郡誌』p.p.1373, 1376, 1396
  9. ^ 『千葉県市原郡誌』p.p.1376, 1396
  10. ^ 『千葉県市原郡誌』p.1396
[ヘルプ]

関連項目[編集]