飛鳥駅

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飛鳥駅*
Asuka station.jpg
あすか - ASUKA
岡寺 (1.1km)
(1.7km) 壺阪山
所在地 奈良県高市郡明日香村越560
所属事業者 近畿日本鉄道(近鉄)
所属路線 吉野線
キロ程 2.2km(橿原神宮前起点)
大阪阿部野橋から41.9km
電報略号 アスカ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
2,150人/日
-2012年-
開業年月日 1929年昭和4年)3月31日
備考 * 1970年に橘寺駅から改称

飛鳥駅(あすかえき)は、奈良県高市郡明日香村越にある、近畿日本鉄道(近鉄)吉野線

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線の行違可能な地上駅。駅舎は下り(東)側にあり、上りホームとは地下道で連絡している。地下道へはエレベーターが完備している。

1962年昭和37年)に行き違い設備が廃止されたが、1996年平成8年)に復活された。単線時代は線路の両側にホームがあった(西側のホームは立ち入りできず、花壇として使用されていた)。

ホームは新しくなったものの、長らく自動改札機が設置されていなかった。このためスルッとKANSAI対応カードは券売機精算機でしか使えず、PiTaPaICOCAは簡易改札機で対応していたが、2010年平成22年)3月に赤色の自動改札機が2台設置され、スルッとKANSAI対応カードの直接投入にも対応した。これまで使用されていたICカード用簡易改札機は撤去された。

16600系特急用車両と26000系特急用車両「さくらライナー」における到着前の車内放送チャイムは、アイルランド民謡の「春の日の花と輝く」 (Believe Me, if All Those Endearing Young Charms)。

のりば[編集]

1 吉野線(下り) 吉野口下市口吉野方面
2 吉野線(上り) 橿原神宮前大阪阿部野橋方面

利用状況[編集]

  • 主として通学・通勤・観光用に利用される。
  • 飛鳥駅の利用状況の変遷は下表の通り。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す[1]。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
      • 2012年(平成24年)11月13日の調査結果によると、1日の乗降人員は2,150人[2]
      • 2010年(平成22年)11月9日の調査結果によると、1日の乗降人員は2,391人[3]
        • 近鉄の全調査対象駅(287駅)中、175位。
        • 南大阪線・吉野線の駅(43駅、他線接続駅含む)の中では、24位。
        • 奈良県内の近鉄の駅(93駅)の中では、58位。
      • 2008年11月18日の調査では1日の乗降人員は2,504人、2005年11月8日の調査では2,549人。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

歴史[編集]

  • 1929年昭和4年)
    • 3月31日 - 吉野鉄道の岡寺 - 壺阪山間に橘寺駅として開業。
    • 8月1日 - 大阪電気軌道が吉野鉄道を合併。大阪電気軌道吉野線の駅となる。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道と参宮急行電鉄の合併により、新発足した関西急行鉄道の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道の前身。後に再独立)と合併。近畿日本鉄道吉野線の駅となる。
  • 1962年(昭和37年)8月 - 行違い設備廃止。
  • 1970年(昭和45年)8月1日 - 飛鳥駅に駅名変更。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - ホーム移設。
  • 1990年平成2年)3月15日 - 近鉄特急の停車駅に昇格(壺阪山駅も同時に特急停車駅となる)。
  • 1996年(平成8年)3月17日 - 行違い設備復活。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。

駅周辺[編集]

バス[編集]

すべて奈良交通により運行されている。詳細は、奈良交通葛城営業所を参考にされたい。

その他[編集]

2013年現在、当駅は大手私鉄の駅で唯一にある駅である。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
吉野線
急行・準急・普通
岡寺駅 - 飛鳥駅 - 壺阪山駅

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]