顔相時

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

顔 相時(がん そうじ、生年不詳 - 645年)は、中国儒学者は睿。本貫琅邪郡臨沂県顔師古の弟にあたる。秦王府十八学士のひとりに挙げられた。

経歴[編集]

顔思魯の子として生まれた。兄の顔師古とともに学問で知られた。武徳年間、李世民の下で天策府参軍事・文学館学士となった。貞観年間、諫議大夫となり、他の臣下と争論する気風が強かった。礼部侍郎に転じた。相時は病気がちでやせ細っており、李世民がよく医薬を送っていた。兄の顔師古が亡くなると、相時は哀惜してやまず、まもなく世を去った。

伝記資料[編集]

  • 旧唐書』巻73 列伝第23「顔師古伝」
  • 新唐書』巻198 列伝第123 儒学上「顔師古伝」