青森県立三本木高等学校・附属中学校
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| 青森県三本木高等学校・附属中学校 | |
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| 過去の名称 | 三本木町立三本木実科高等女学校 三本木町立三本木高等女学校 青森県立三本木高等女学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 | 青森県 |
| 校訓 | 学業の練磨 人格の陶冶 体力の養成 |
| 設立年月日 | 1925年(大正14年)5月1日 三本木町立三本木実科高等女学校 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 | 全日制課程 |
| 設置学科 | 普通科 理数科 |
| 学期 | 2学期制 |
| 高校コード | 02128J |
| 所在地 | 〒034-0085 |
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青森県十和田市西五番町7番1号
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| 外部リンク | 公式サイト |
青森県立三本木高等学校・附属中学校(あおもりけんりつさんぼんぎこうとうがっこう・ふぞくちゅうがっこう)は、青森県十和田市西五番町に所在する県立高等学校・中学校。学生や関係者からは「三高」の通称で呼ばれる。
目次 |
[編集] 概要
毎年高い大学進学率を誇る進学校であり、その一方で部活動などの課外活動においても様々な功績を上げている。これは、本授業の前にある朝補講と呼ばれる講習で学習を補完し、放課後は課外活動に専念できるようにして「文武両道」を目指したためである。
女子サッカー部やなぎなた部、ソフトボール部などのインターハイ出場、文芸部の全国レベルのコンクールでの活躍など、全国的な場面でも名を残している。高総体では友情杯を4度も獲得するなど、全体的に女子の活躍が目立つ。また、2009年(平成21年)度のファッション甲子園でも優勝するなど、様々な活躍も残した。
2007年(平成19年)4月より、青森県の公立高校では初めての中高一貫教育を目的とした附属中学校が開校した(青森県最初の県立中学校の設立でもある)。中学校の設立に伴う新校舎の建設は行われず、中学生は高校の校舎の一部を利用している。
この中高一貫教育の実施に伴い、2006年(平成18年)4月より時間割が変更された。それまでの朝補講を廃止する代わりに授業開始時間を早め、7時間目の授業を追加することによって授業時間を確保している。
中学校では、ハンドボール部が2011年度の県大会優勝をし、富山県で行われる全国大会に出場する。
[編集] 設置学科
[編集] 沿革
※ 公式サイトより一部を抜粋・加筆
- 1910年4月10日 - 三本木小学校に裁縫専修科設置
- 1911年6月1日 - 三本木町立女子実業補習学校、3年制に昇格
- 1937年3月27日 - 三本木町立三本木女子実業学校と改称
- 1926年3月3日 - 三本木町立三本木実科高等女学校の設立認可
- 1926年5月1日 - 開校式典挙行、当日を以て開校記念日と制定
- 1927年3月9日 - 修業年限を4年に変更
- 1933年3月22日 - 三本木町立三本木高等女学校に改組
- 1933年4月1日 - 三本木町大字三本木字寺向10番地(現在の十和田市民文化センターの位置)に校舎落成
- 1935年5月1日 - 校旗樹立、校歌制定(作詞・弥富破摩雄、作曲・橋本国彦)
- 1936年2月15日 - 青森県立三本木高等女学校として県移管
- 1946年4月1日 - 修業年限5年制施行
- 1948年4月1日 - 青森県立三本木女子高等学校として新発足
- 1949年4月1日 - 青森県立三本木高等学校と改称、男女共学を実施
- 1951年6月30日 - 新校歌制定(作詞・佐藤春夫、作曲・大中寅二)
- 1972年10月2日 - 火災により体育館・寄宿舎等を除く校舎約3,500m²焼失
- 1972年10月6日 - 現在地の新校舎に移転
- 1972年12月4日 - 新校舎竣工
- 1973年4月1日 - 理数科設置
- 1974年1月22日 - 校舎落成式典挙行、三高会館竣工
- 1980年4月 - 三本木農業高校より、十和田湖町(当時)の十和田分校を譲り受ける。
- 1989年3月 - 十和田分校が青森県立十和田西高等学校として独立。
- 2001年6月5日 - 第54回青森県高等学校総合体育大会友情杯受賞
- 2007年4月 - 附属中学校開校。中高一貫教育を開始。
[編集] 所在地
- 同校の所在地には、かつて青森県立三本木農業高等学校があった。1972年、旧校舎が火災に遭った際に急遽三本木農業高校跡地に移転し、現在に至る。
- 付近を走る旧国道4号沿いには「三高前」という十和田観光電鉄・南部バスのバス停がある。
[編集] 著名な出身有名人
- 中屋敷法仁