青木文教

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青木 文教(あおき ぶんきょう、 1886年明治19年) - 1956年昭和31年))は日本チベット研究者で僧侶。旧・仏教大学(現・龍谷大学)大学院生の時にチベットに派遣される。

目次

[編集] 生涯

雪山獅子旗

滋賀県安曇川町浄土真宗本願寺派末寺正福寺の生まれ。旧・仏教大学(現・龍谷大学)在学時の1910年(明治43年)、西本願寺法主・大谷光瑞の命でチベットに派遣され、1912年(大正元年)にラサ入りを果たす。

多田等観とともにラサに滞在し、チベット仏教を研究し、当時チベットの軍事顧問であった矢島保治郎とともに雪山獅子旗のデザインに関与する。

また、文教がチベットを離れる最後の一夜はダライ・ラマ13世と就寝したなど、深く現地に溶け込んだ。

1916年帰国し後年(1950年東京大学文学部チベット語講師に就任。

[編集] 著書

[編集] 資料

国立民族学博物館(大阪)・東京大学図書室・龍谷大学大宮学舎図書室には、ダライ・ラマ13世の書簡やチベットから請来したコレクションが所蔵されている。


[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

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