青い目の人形

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青い目の人形(あおいめのにんぎょう、: Blue-eyed Dolls)は、1927年に、アメリカ合衆国から日本に贈られた人形のこと。

概要[編集]

日米の人形交換を進めた渋沢栄一と「青い目の人形」写真は渋沢史料館所蔵

日露戦争後に日本満州の権益をにぎると、中国進出をうかがっていたアメリカ合衆国とのあいだで政治的緊張が高まっていた。また、1924年に成立したジョンソン=リード法(通称「排日移民法」)もまた、両国民の対立を高めつつあった。そんななか、1927年(昭和2年)3月、日米の対立を懸念し、その緊張を文化的にやわらげようと、アメリカ人宣教師シドニー・ギューリック博士(1860年1945年)が提唱して親善活動がおこなわれた。その一環として、米国から1927年3月3日に間に合う様に日本郵船天洋丸で日本の子供に12,739体の「青い目の人形」が、遅れて鳥羽丸で各州代表の人形48体[1]とミス・アメリカ及びワシントンDCが贈られた[2]。仲介者は渋沢栄一であった。

12,739体の「青い目の人形」は全国各地の幼稚園・小学校に配られて歓迎された(但し、数が限られていたこともあり、全ての学校・幼稚園に配布されたわけではなく、抽選で決められた所もある[3])。ミス・アメリカ及びワシントンDCと48体の各州代表人形は1927年3月18日に横浜の本牧小学校で歓迎式典を開かれた後、皇室に献上される為同月26日に赤坂御所に運ばれた。(48体の各州代表人形は後に香淳皇后より、内帑金(ないどきん)が下賜され、子供たちの利用が多い東京博物館(現国立科学博物館)の上野別館で、同体の日本人形と共に公開されていたが、戦火の混乱でその殆どが行方不明となった。)

返礼として、渋沢栄一を中心に「答礼人形」と呼ばれる市松人形58体(ミス大日本及び1道3府43県や主要6都市・統治していた外地4箇所の名を冠した人形)が同年11月に日本からアメリカ合衆国に贈られた。

日本に贈られた「青い目の人形」だが、太平洋戦争第二次世界大戦)中は反米反英政策により敵性人形としてその多くが処分された。しかし、処分を忍びなく思った人々が人形を隠し、戦後に学校等で発見された。現存する人形は2010年現在、323体[4]にすぎないが、日米親善と平和を語る資料として大切に保存されている。

人形について[編集]

青い目の人形[編集]

青い目の人形「エレナ」(横浜人形の家

青い目の人形は、シドニー・ギューリックの「日本の雛祭りに人形を送ろう」との呼びかけによって全米から集められたもので[5][6]、一体ごとに衣装や体形など人形のデザインが異なっていた。

当時アメリカでは人形の量産体制が作られており、アメリカの世界児童親善会がジェニウィン社エファンビー社ホースマン社に発注し、衣装を着ていない状態の裸人形を「友情表示人形」として1体3ドルで斡旋した。これを男の子達が持ち寄ったお金で購入し、女の子達や母親が衣装や付属品を手作りしたものが送られた。人形の中には体を起こすと鳴いたりするカラクリ仕掛けとなっているものもあった(「ママー」と泣くものが証言に多く見られる)。送られた人形達には生徒達によって名前がつけられ、ガラスケースなどに入れられて学校の昇降口や校長室の前に飾られていたという。

なお、人形に添えられたギューリックの手紙では「友情の人形」と呼称されており[5]、贈り主側が「青い目の人形」と名付けたわけではない。野口雨情が「青い眼の人形」の詩を発表したのは1921年(大正10年)のことで(『金の舟』1921年12月号)、人形交換よりも数年さかのぼる。これに本居長世が作曲したのが童謡「青い眼の人形」で、1923年にはアメリカでも演奏され、好評を博していた。「青い目の人形」との呼称は、これに因んで付けられたと思われる。またアメリカから贈られてきた人形は野口の詩にあるセルロイド製ではなく、多くがビスクドール素焼き)であり、ドイツ製の人形もわずかに含まれている。

人形には本体に付随してパスポートや旅券・切符が用意され、パスポートには名前や出身地、発行番号などが記載されている(例:千葉県・成東小学校のアリス・プレーブル - Alice Plable、No.860、Patland,Maine)。日本には前述の通り1万2千体以上の人形が贈られているが、中には発行番号が左記の数字よりはるかに大きいもの(例:島根県・今福小学校のキャサリンのNo.48129や広島県・鞆幼稚園のドロシー・フィリップスのNo.45645)もある。現存している青い目の人形の中にはパスポートが失われ、番号・出身地が不明のものも多い。

第二次世界大戦に入り、日本の青い目の人形の大半は竹槍訓練の標的にされたり、焼却されたりなどして滅失した(現在残っている青い目の人形の中には当時暴行を受けた痕跡が見られるものもある)が、戦後に残っていた人形がテレビ等で紹介された事と共に、地方に残る青い目の人形の再発見や、人形親善の継続としてアメリカから(ギューリック3世らから)の学校等への新しい人形の寄贈(新・青い目の人形)が行われるようになった。戦時中に処分された人形や、アメリカへの里帰りの最中に盗難に遭った人形(後述)に対しても、代替の人形を贈っている。

答礼人形[編集]

インディアナポリスに贈られた答礼人形(ミス島根)

渋沢栄一が日米関係委員会委員として外務省から依頼され、全国の役場や学校を通して集められた市松人形がアメリカに送られた。この際は、雛祭りに送られた人形への答礼として「日本からもクリスマスに人形を送ろう」というコンセプトのもとに送られている[5][6]。日本側から送られた人形は皇室下賜人形1体を含めて全58体となっている。

当初はギューリックは青い目の人形の贈答に対し、日本の経済事情を鑑み返礼は無用と断っているため、代案として贈られた人形の相当数ではなく、少数の精巧に作られた人形を以って返礼を行うこととした[7]

青い目の人形が送られた各学校の生徒から1人1銭の募金を行い、そのお金で製作された100体以上の人形の中からコンテストで51体を選出、これを各道府県に送り、それぞれの道府県の学校で送別式を開いた後、再び集められてアメリカに渡ることとなった。残りの7体は大木平蔵商店に依頼して作られた。

アメリカに渡る際は、人間と同様に、パスポート、客船の一等切符なども用意され、鏡や箪笥といったお道具も含めたものとして作られている。製作費用は、人形本体約150円、衣装約150円、お道具約50円、計1体あたり約350円(2010年現在の貨幣価値で約260万円 - 280万円程度)であったという[5][6]

アメリカに送られた後は、すぐに各州に届けられるのではなく、1年間ほどアメリカ各地をまわって紹介、展示された後に、各州に渡された。このような経緯もあり、各地をまわる間に人形本体と台座が入れ違いになっているものもある。行方不明になったものもあるが、日本と比べると戦時中も比較的大切にされていたものが多く、44体が現存している。それぞれの人形は、台座に記された名前の地域名を取ってミス○○と呼ばれている。

これらの人形とは別に、自治体独自で「ミス岡崎」(1928年)、「ミス福江渥美」(1927年)等も寄贈されている[8]

青い目の人形が送られた学校[編集]

太字は人形が現存する学校・()カッコ内は人形の名前、カッコがないものは未詳または不明。
戦後に贈られた、いわゆる「新・青い目の人形」は特記を除き割愛。
出典は外部リンクを参照

北海道地方[編集]

樺太[編集]

20体が寄贈された[9]

  • 楠渓幼稚園(グレンデール) - 現在は東京都の個人が所有。外地に贈られた青い目の人形の唯一の現存例。
  • 鵜城郡のある小学校(ヘンドリック)[10]

北海道[編集]

643体が寄贈され、25体が現存。

東北地方[編集]

青森県[編集]

220体が寄贈され、9体が現存。

岩手県[編集]

263体が寄贈され、18体の現存が確認されている。

宮城県[編集]

221体が寄贈され、10体が現存。出典[21] も参照。

秋田県[編集]

190体が寄贈され、12体が現存

山形県[編集]

205体が寄贈され、12体が現存

福島県[編集]

323体が寄贈され、18体が現存。出典も参照[25]

関東地方[編集]

茨城県[編集]

茨城県には243体の人形が配られたが、現存するのは2体のみである(後に246体中11体現存が確認される)[28]

栃木県[編集]

213体が寄贈され、5体が現存する。

群馬県[編集]

県内には142体が寄贈され、19体現存する。

埼玉県[編集]

178体が寄贈され、12体が現存。出典[40]

千葉県[編集]

214体が寄贈され、10体が現存。寄贈先の学校を以下に記す。

出典
毎日新聞1937年3月19日4月9日発行記事
千葉県小学校変遷一覧(千葉県立中央図書館編)

葛飾郡

印旛郡

香取郡


千葉郡

千葉市

市原郡

海上郡



長生郡

山武郡

匝瑳郡


君津郡

安房郡

夷隅郡


東京都[編集]

568体が寄贈され、10体が都内に現存。 ※東京都内

※東京都外から譲り受けた人形

  • 株式会社 吉徳(アニー):中島幼稚園(三重県)より(詳細は後述)
  • 個人所有(グレンデール):楠渓幼稚園(樺太)より

神奈川県[編集]

166体が寄贈され、12体が現存。

中部地方[編集]

新潟県[編集]

398体が寄贈され、12体が現存。

富山県[編集]

150体が寄贈され、6体が現存。

石川県[編集]

205体が寄贈され、3体が現存。

  • 輪島市立西保小学校(メリー)
  • 津幡町実生保育園(ジェーン・オルフ):現在は津幡町教育委員会で保管。町有形文化財に指定されている[52]
  • 金沢市立朝日小学校(ローラ・マーガレット):現在は白山市立鶴来博物館所蔵。

福井県[編集]

152体が贈呈された。1体のみ現存。

岐阜県[編集]

235体が贈呈された。うち2体が現存。 ※出典参照[54][55]

愛知県[編集]

349体が寄贈され、現存するのは9体(県内には個人所有の1体(プリシラ・キングスレイ)も確認されているが、長野県上松町野中幼稚園から譲り受けたものである)

静岡県[編集]

253体が贈呈され、7体が現存。

長野県[編集]

286体が寄贈され、28体が現存(名古屋市の個人所有を含む)。

※長野市 - 10体が寄贈されている。[60][61]

※長野市以外

山梨県[編集]

山梨県では129体の人形が寄贈され、第一便の前橋丸と第七便のりすぼん丸の人形が割り当てられた。人形は1927年(昭和2年)3月14日の甲府市の春日小学校で歓迎会、展覧会が行われ、県内の幼稚園や小学校へ配布された。

戦時下では多くの人形が処分され、1945年(昭和20年)7月6日-7月7日の甲府空襲の戦災で焼失したものも多く、現在では進徳幼稚園(甲府市)所蔵の「イヴァンヂリーン」、「相川小学校(甲府市)所蔵の「ジェネラ」、河口小学校蔵の「ジェニサガ」(富士河口湖町)、増穂町民俗資料館蔵増穂町。富士川町立増穂南小学校より譲り受けた)の「ヘルン・モナー」、谷村第一小学校蔵(都留市)の「メリー」の計5体が現存し、一部の人形にはメッセージが添えられた「パスポート」も付属している。

また、日本側からアメリカへ送られた答礼人形のなかには市松人形の「山梨富士子さん」が含まれ、現在はワイオニング州シャイアンの博物館に所蔵されている。現在では人形が現存する学校において日米交流や教材として利用されている[67]

近畿地方[編集]

三重県[編集]

三重県には194体の人形が寄贈され、県内の小学校や幼稚園に配布された。戦時下で多くの人形が処分され、現存しているものは10体に限られる(内1体は東京に保管)[5]

  • 菰野町立千種小学校(ウォーレン)
    • 1943年に処分されかけたところを、当時の先生が持ち帰って隠し持っていたとされる。1983年に服を新調。現在は、町立郷土資料館に保管されている。
  • 川合小学校(メリー)
    • 校長先生の自宅蔵に保管されており、1986年より学校に展示されている。
  • 新町小学校(名称不明)
    • 2007年に服を新調。
  • 明小学校(不明、後にロザリーと命名される)
    • 1989年に新しい目の人形と判明して以来、学校に展示されている。
  • 豊地小学校(グレース)
    • 校長先生指示の下、当時の先生の自宅蔵に隠し持っていたとされる。1977年に学校に戻され、以後は学校に展示されている。
  • 柿野小学校
    • 『飯南町史』に「1927年(昭和2年)3月21日にアメリカ友情人形歓迎会を開催した」旨が記載されている[68]
  • 中島小学校(エセルアルワ、後にアニーと命名される)
    • 中島小学校→中島幼稚園→保母の自宅→吉徳という経緯で、1992年以降は東京の吉徳に保管されている。服は1992年に新調されている。
  • 越賀小学校(メアリー)
    • 1927年7月10日に小学校に届けられる。1975年に理科室で見つかって以降、学校で展示されている。
  • 河合小学校(メリー)
    • 1988年に木箱の中で見つかって以降、学校で展示されている。服がなかったため、服はその際に作成されている。保管の度合いが良かったため、三重県内の「青い目の人形」の中で唯一、発声が可能な人形となっている。
  • 花垣小学校(エリザベス・ハイネ)
  • 南牟婁郡三木尋常高等小学校(カズリン)[69]
  • 鳥羽市立加茂小学校(マーガリー)[69]
  • 入鹿尋常高等小学校(マリアン)[69]
  • 上野町女子尋常高等小学校(マリー)[69]
  • いなべ市立中里小学校(マリー)[69]
  • 北牟婁郡長島尋常高等小学校(ロイス)[69]
  • 花岡町花岡尋常高等小学校(マーティホルマン)[70]

滋賀県[編集]

135体が寄贈され、4体が現存。

京都府[編集]

262体が寄贈され、7体が現存。

大阪府[編集]

429体が寄贈され、4体が現存する。ちなみに、高槻市には福島県会津若松市より送られた「ジュリー」と「ヨッちゃん」が個人宅にて保管されている。

  • 枚方幼稚園(ジュリエット・ロウ・ブラッドフォード)
  • さくら幼稚園(ナンシー):池田幼稚園より譲り受ける
  • 海老江西小学校:後に新しい親善人形としてマリアが寄贈された[73]
  • 個人所有(メリー):中本第三小学校より譲り受ける。

兵庫県[編集]

373体が寄贈され、11体が現存。

  • 山口幼稚園(メリー):山口小学校より譲り受ける。
  • 神戸市甲南幼稚園(ローズ)
  • 神戸大学発達科学部(マダリン・エリザベス):児童の村小学校(東京都)より譲り受ける。
  • 親和女子高等学校
  • 神戸市千鳥幼稚園(メリー)[74]
  • 高砂幼稚園(エリカ、ヘレン)
  • ベイカ保育園(ローズマリー)
  • 赤穂幼稚園(ローズマリー)
  • 播磨町立播磨小学校(メリー):旧・阿閇尋常小学校
  • 旧・神戸市兵庫区菊水幼稚園(エリーネ・ジェーン・プーリッジ):三木市内個人所有。現在は『横浜人形の家』にて所蔵[74]

奈良県[編集]

144体が寄贈され、4体が現存する。

和歌山県[編集]

寄贈された177体のうち、1体のみ現存。 出典:『和歌山県教育史』編さんだより No.4(平成14年7月)

  • 那智勝浦町立宇久井小学校(エミー)
  • 不明(ウィニフレッド・ファランテン)
  • 串本(ドロシー・マーガレット)
  • 石垣(コル・メリー)
  • 粟生(ベティー・デートリッヒ)
  • 隅田第一(ルース)
  • 朝来(バージニア)
  • 岩田(リリアン)
  • 新宮第二小学校(ノーマ・イルウィン)

中国地方[編集]

鳥取県[編集]

107体が寄贈され、3体が現存する。

島根県[編集]

182体が寄贈され、2体が現存する。

岡山県[編集]

238体が寄贈され、3体が現存する。

  • 鶴鳴保育所(アンナ)
  • 金光学園幼稚園(ベッシー)
  • 岡山市立加茂小学校(ロイズグット・ウィル):現在は個人所有。

広島県[編集]

326体が寄贈され、5体が現存する。

  • 湯田小学校(メアリー)
  • 鞆幼稚園(ドロシー・フィリップス)
  • 浦崎小学校(ドリス・プリザント・ブリーズ) - 数少ないドイツ製の人形[76]
  • 土生幼稚園(メリー)
  • 仁方小学校(ルーズ・ナオミ)
  • 福山市立金江小学校(コーラ) - 初代の人形は大戦時に処分されたが、1996年2月にギューリック3世より「コーラ」2世が寄贈された[77][78]

山口県[編集]

200体が寄贈され、4体が現存。

  • 大殿小学校(ローズ・メアリー)
  • 松崎小学校(ローズマリー)
  • 湯田小学校(エリナ・アン)
  • 興進小学校(ロイス・メイ・フレッシュマン)
  • 福賀小学校(パシー)
    • 長野県南安曇郡梓川小学校のメリー同様、アメリカへの里帰りの最中に盗難に遭い、消息不明[79]。後にパシー2世他2体の新・青い目の人形が寄贈された[80]

四国地方[編集]

※徳島県・高知県には1体しか残っていない。

徳島県[編集]

152体が寄贈された。

  • 神領小学校(アリス・ジョンストーン) - 青い目の人形の国際交流をきっかけに町おこしに役立てている事例[81]

香川県[編集]

102体が寄贈され、2体が現存。出典はこちら[82][83]

愛媛県[編集]

214体のうち、5体が現存。出典[84]

高知県[編集]

187体が寄贈された。

九州地方[編集]

福岡県[編集]

259体が寄贈され、3体の現存が確認されている。

佐賀県[編集]

寄贈された98体のうち、現存は次の1体のみ。

長崎県[編集]

214体が寄贈され、2体が現存。出典[86]

  • 島原市立第一小学校 - リトルメアリーは戦後に発見されて児童により命名された。
  • 平戸市立平戸幼稚園 (エレン・シー)

熊本県[編集]

241体が寄贈され、2体が現存。

大分県[編集]

182体が寄贈され、4体が現存。

宮崎県[編集]

124体が寄贈され、1体のみ現存。

鹿児島県[編集]

209体が寄贈されたが、現存が確認されていない。

琉球地方[編集]

沖縄県[編集]

63体が寄贈されたが、現存が確認されていない。

  • 武田英子の著書には、学校代表として青い目の人形を受け取った名護市東江(あがりえ)小学校の児童の写真が掲載されている。写真の児童は『対馬丸』で本土への疎開の途中で襲撃を受けたものの、後に救助された[88]

台湾[編集]

98体が寄贈された[89]

朝鮮[編集]

193体が寄贈された[9]

  • 大邱公立高等女学校:2体の人形が寄贈されている[90]
  • 慶尚南道河東小学校(クララ・エルアンダーマン)[91]
  • 慶尚南道統営小学校(エリザベス・ミッチエル)[91]

中国(関東州)[編集]

10体が寄贈された(大連3体、旅順2体、他5体)[9]

  • 公主嶺小学校[92]

答礼人形が送られた学校、施設[編集]

日本から送り出す際は、「筑波かすみ」や「東京花子」などのように郷土にちなんだ名前が名づけられ、アメリカでは郷土名を取ってミス○○といった形で呼ばれている。但し、既に説明の通り、台座と人形が入れ替わってしまっているものがあり、これに気づいたのは後年であるため、長い間、台座に記された名前が贈り元だとして扱われてきた。例えば、ミス三重は三重子(贈り元が三重県)ではないことが判明しているが、「三重から送られた人形」として扱われている[5][6]。里帰りについては送り元の都道府県・都市に戻った時期を示し、国内での展示会や修繕のためだけに戻ったものは含まれない。

受取先:出典[93]を元に記述。

人形の名前 昭和2年の受取先 所蔵施設 里帰り 備考
ミス大日本
倭日出子
ワシントン市国立博物館 ワシントンD.C.
スミソニアン国立自然歴史博物館
ミス北海道
北海花子[94]
アイオワ州ダベンポート市博物館 アイオワ州ダベンポート
パットナム歴史自然科学博物館
ミス青森
青森陸奥子
ニューヨーク州 マサチューセッツ州
個人所有
1963年にマサチューセッツ州ダートマスのアンティークショップで購入[95]
ミス岩手
岩手鈴子
アラバマ州バーミングハム公立図書館 アラバマ州バーミンガム
バーミンガム公立図書館
ミス宮城 カンザス州トピカ市マルヴェーン博物館 カンザス州 2003年 カンザス州在住の人物が1982年にオークションで入手した人形が、1998年にミス宮城であることが判明[96]
ミス秋田
秋田蕗子
ミシガン州デトロイト市児童博物館 ミシガン州デトロイト
デトロイト児童博物館
ミス山形
山形千歳
メイン州オーガスタ市州立博物館 メイン州
州立博物館
ミス福島
福島絹子
テキサス州ハウストン市美術館 モンタナ州 2007年 台座、お道具、人形が取り違われ、福島出身の人形である福島絹子がどこにあるのかは判明していない[97]
ミス茨城
筑波かすみ
ウィスコンシン州ミルウォーキー市公立博物館 ウィスコンシン州ミルウォーキー
ミルウォーキー公立博物館
2007年
ミス栃木
日光幸子
ウェストバージニア州チャールストン市州立博物館 行方不明
ミス群馬
上野絹子[94]
ニューヨーク州ブルックリン博物館 行方不明
ミス埼玉
秩父嶺玉子
サウスカロライナ州チャールストン市チャールストン博物館 サウスカロライナ州
チャールストン博物館
ミス千葉
千葉子・房子[98]
カリフォルニア州リバーサイドミッション・イン 行方不明
ミス東京
東京花子
ニューヨーク州ニューヨーク市博物館 行方不明
ミス東京府
東京子
バージニア州リッチモンド市図書館児童室 行方不明
ミス神奈川
神奈子
オレゴン州ユーゼン市オーナー東洋博物館 行方不明
ミス横浜
横浜浜子
カリフォルニア州サンフランシスコ市市立図書館 コロラド州
デンバー公立図書館
ミス新潟
新潟雪子
コロラド州 デンバー公立図書館 コロラド州 デンバー公立図書館で長年、ミス新潟として展示されていたが、昭和63年にミス横浜と判明された[99]
ミス富山
八重桜
ケンタッキー州ルイビル市J.B.スピード記念博物館 ケンタッキー州ルイビル
スピード美術館
1995年 1937年の洪水で流失したものとされていたが、その後、1992年に博物館の奥底に眠っているのを発見され、1995年に修繕を兼ねて里帰りを果たした。
ミス石川 モンタナ州ヘレナ市州立博物館 モンタナ州ヘレナ
モンタナ歴史協会
ミス福井 ユタ州ソルトレイクシティ州立博物館 行方不明
ミス名古屋 ジョージア州アトランタ市美術館 ジョージア州アトランタ
アトランタ歴史センター
ミス愛知 テネシー州ナッシュビル美術館 ミネソタ州
個人所有
2013年に収集家が所有していた人形が調査により、本物の「ミス愛知」と判明された[100]
ミス静岡
富士山三保子
ミズーリ州カンザス市立図書館 ミズーリ州
カンザスシティ博物館
ミス長野
長野絹子
ロードアイランド州プロヴィデンス市ロジャー・ウィリアムス公園博物館 デラウェア州ウィルミントン
デラウェア歴史協会
ロードアイランド州の博物館に寄贈された人形は現存せず、長いこと行方不明になっていたが、後の調査で「ミス樺太」として展示されていた人形が「ミス長野」であることが判明[63]
ミス山梨
山梨富士子
ワイオミング州チューネ市州立博物館 ワイオミング州
ワイオミング州立博物館
ミス岐阜
ギフ子
オハイオ州クリーヴランド公立図書館 オハイオ州クリーブランド
クリーブランド美術館
1995年 里帰りの返還の際、妹人形として「あゆ」が合わせて寄贈された。また、クリーブランド市からは「セーラ」が、ギューリック三世からは青い目の人形の二代目「マリリン」が岐阜市立明徳小学校に寄贈されている。
ミス三重
三重子
ネブラスカ州リンカーン州立博物館 ネブラスカ州
ネブラスカ大学
2009年 実際にはミス三重の台座に乗っている人形は三重子でないことが判明しているが、三重を故郷として、2009年の夏に里帰りを実現した[5][6]
ミス滋賀 フロリダ州マイアミ市フレグラー図書館 行方不明
ミス京都 アーカンソー州リトルロック市アーカンソー博物館 アーカンソー州
アーカンソー歴史博物館
2012年[72]
ミス京都府
京都宮子
マサチューセッツ州 ボストン子ども博物館 マサチューセッツ州ボストン
ボストン児童博物館
ミス大阪 ニュージャージー州ニューアーク美術館 ニュージャージー州ニューアーク
ニューアーク博物館
ミス大阪府 オハイオ州コロンバス市州立博物館 オハイオ州
オハイオ歴史協会
ミス兵庫 ミズーリ州セントジョセフ児童博物館 ミズーリ州セントジョゼフ博物館 1997年  
ミス神戸市 コネチカット州スタンフォード市ラーネット私立博物館 行方不明
ミス奈良 アイダホ州ヴォイス市州立博物館 アイダホ州
アイダホ歴史博物館
1993年
ミス和歌山 ネバダ州リノ市州立博物館 ネバダ州
ネバダ歴史協会
ミス鳥取 サウスダコタ州ピール市州立博物館 サウスダコタ州
サウスダコタ州立歴史協会
1989年[101]
ミス島根 インディアナ州インディアナポリス子ども博物館 インディアナ州
インディアナポリス児童博物館
ミス岡山 ノースダコタ州ファーゴ市メイソン図書館 ノースダコタ州
ノースダコタ州立大学
織物コレクション
2001年
ミス広島 メリーランド州ボルティモア美術館 メリーランド州
ボルチモア美術館
1974年 答礼人形の中では最も早い1974年に里帰りを果たしている。
ミス山口 イリノイ州シカゴ美術館児童部 ニューメキシコ州サンタフェ
国際民俗芸術博物館
ミス徳島 ワシントン州スポーケン市博物館 ワシントン州スポケーン
北西美術文化博物館
ミス香川 ノースカロライナ州ラレー市州立博物館 ノースカロライナ州
ノースカロライナ州立自然科学博物館
1998年
ミス愛媛 ミシシッピ州ガルフポート公立図書館 ミシシッピ州ガルフポート公立図書館 1代目が1969年、2台目が2008年1月のハリケーンで喪失しており、3代目の贈呈への動きがある[84]
ミス高知 ペンシルヴェニア州カーネギー自然歴史博物館 ペンシルバニア州ピッツバーグ
カーネギー自然史博物館
1993年
ミス福岡 オレゴン州 オレゴン州ユージーン
ジョーダン・シュニッツァー美術館
ミス佐賀
鍋島肥佐子
ペンシルバニア州フィラデルフィア市商品陳列館 行方不明
ミス長崎
長崎瓊子
ニューヨーク州ロチェスター市博物館 ロチェスター市立科学博物館 2003年 ミス青森として保管されていた人形が、ミス長崎であることが2000年に判明。
里帰りの返還の際、妹人形として鶴子が合わせて寄贈された。
ミス熊本 ルイジアナ州ニューオーリンズ市州立博物館 行方不明
ミス大分 マサチューセッツ州スプリングフィールド市博物館 マサチューセッツ州スプリングフィールド
スプリングフィールド科学博物館
ミス宮崎 ミネソタ州ミネアポリス市美術館 行方不明
ミス鹿児島
薩摩昭子
アリゾナ州フェニックス歴史博物館 アリゾナ州フェニックス
フェニックス歴史博物館
ミス沖縄 オハイオ州シンシナティ美術館 オハイオ州シンシナティ
シンシナティ美術館
ミス台湾 カリフォルニア州ロサンゼルス市博物館 ロスアンゼルス
ロスアンゼルス国立自然史博物館
ミス関東州 ニューハンプシャー州マンチェスター市美術館 個人所有
ミス朝鮮 コネチカット州ハートフォード市児童博物館 コネチカット州
コネチカット科学協会
ミス樺太 デラウェア州デラウェア歴史協会

青い目の人形を題材にした映画・テレビ番組[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ アラスカハワイは当時は含まれていない。それぞれ1959年に州に昇格。
  2. ^ この夏、「平和」を考えてみませんか? - 公益財団法人 渋沢栄一記念財団
  3. ^ 武田 p.23。
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  6. ^ a b c d e 答礼人形「ミス三重」の里帰りを実現させる会”. 2010年4月14日閲覧。
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  9. ^ a b c 日米親善友情人形(青い目の人形)紙芝居で人形の歴史を伝え平和を語る - ひろば京都の教育第172号
  10. ^ いしぶみ19号(2) - 多賀城市史跡案内サークル 2015年4月13日閲覧
  11. ^ 青い目の人形 - 簾舞小学校
  12. ^ 戦時当別の今昔物語 - 広報とうべつ 2010年8月号
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  15. ^ 6.文化財 - 室蘭市HP
  16. ^ 檜山管内町指定文化財 - 北海道教育委員会
  17. ^ 青い目の人形友情交流会 ニューズ・レター 平成14年12月25日 - 友情人形『青い目の人形』に関わる資料保管庫
  18. ^ こんなレファレンス(口頭のみ)ありました - 苫小牧市立中央図書館(利用案内>レファレンスサービス)
  19. ^ シャタカのひとりごと - 城南小学校ホームページ
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  25. ^ おかえりなさい!ミス福島
  26. ^ ベディちゃんってだぁれ? - 西郷村立 熊倉小学校HP
  27. ^ a b c 『青い目の人形 ジュリーとヨッちゃん』 西芳寺静江・著 すみっこの会・刊
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  29. ^ 青い目の人形クリッシー - 常陸大宮市ふるさと文化で人と地域を元気にする事業
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  35. ^ 武田 p.119。
  36. ^ 武田 p.50。
  37. ^ 南牧小の紹介
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  39. ^ 武尊の青春/江口きち/江口家の記録&江口きち年譜 2015年4月12日閲覧
  40. ^ 埼玉に残る青い目の人形 - 青い目の人形資料館 2015年3月19日閲覧。
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  42. ^ 青い目の人形友情交流会 ニューズ・レター 平成10年1月15日 - 友情人形『青い目の人形』に関わる資料保管庫
  43. ^ 杉並幼稚園と海を渡ってきた青い目の人形 - 私立杉並幼稚園
  44. ^ 青い目の人形 - 八王子市立第八小学校HP
  45. ^ 市民が綴る福生の歴史 - 福生市立図書館
  46. ^ 小林人形資料館
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  48. ^ 箱根の巻 - 電子版コンシェルジェ 2015年4月2日閲覧
  49. ^ 本町小学校の宝 - 本町小学校
  50. ^ 和田尋常小学校のころ - 上越市立和田小学校
  51. ^ 国際親善大使「青い目の人形」 - 三郷小学校HP
  52. ^ 青い眼の人形 町文化財に指定 - 津幡町生活教育課
  53. ^ 園の歴史と環境 - 栄冠こども園
  54. ^ 「青い目の人形」と岐阜の子どもたち - 「ふるさと岐阜の歴史をさぐる」No.15 「お話・岐阜の歴史」サークル
  55. ^ 高山のギャラリーで「青い目の人形」展-「未来へ伝える平和の祈り」テーマに - 飛騨経済新聞
  56. ^ 東郷小学校・学校沿革史
  57. ^ 平成24年度過疎地域自立活性化優良事例表彰団体の決定 - 総務省HP
  58. ^ 企画展 小栗鉄次郎-戦火から国宝を守った男- - 名古屋市立博物館
  59. ^ 青い目の人形友情交流会 ニューズ・レター No.10 - 友情人形『青い目の人形』に関わる資料保管庫
  60. ^ a b 長野市には10体の青い目の人形が来たが、個々の受け入れ先はどこだったのか - レファレンス協同データベース 2015年4月15日閲覧
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  63. ^ a b c 長野県立歴史館 研究紀要 第8集 2002年3月刊 - 遺跡リポジトリシステム(信州大学付属図書館HP)
  64. ^ 梓川小学校の「青い目の人形」の物語 - Maria's Photo Gallery~From安曇野 2015年3月27日閲覧
  65. ^ 武田 p.56~59。
  66. ^ みゆき野かわら版 - 市報いいやま(2008年4月)p20.
  67. ^ 山梨県に残されている青い目の人形については小畑茂雄「山梨にやってきた「青い目の人形」たち」(山梨県立博物館、2009年)
  68. ^ 飯南町史編さん委員会 編『飯南町史』飯南町役場、昭和59年3月1日、1154ページより
  69. ^ a b c d e f 答礼人形「ミス三重」の里帰りを実現させる会・最新ニュース”. 2015年4月24日閲覧。
  70. ^ 人形大使「ミス三重」と青い目の人形展のオープニングへ - 日本共産党松阪市議団Blog2010年4月29日 2015年4月24日閲覧。
  71. ^ 企画展 湖都大津のこもんじょ学「戦争と大津-激動の時代と子どもたち-」 - 大津市歴史博物館
  72. ^ a b 親善人形の会ニュース第187号(SWFファイル) 2015年5月9日閲覧
  73. ^ 青い目の人形 6年生 - 大阪市立海老江西小学校 2015年3月8日付。
  74. ^ a b 青い目の人形「メリー」再会の旅 - ラジオ関西
  75. ^ 青い目の人形 - 散岐小学校HP
  76. ^ 武田 p.206。
  77. ^ 青い目の人形 - 天才ホテルへようこそ 2015年4月6日閲覧。
  78. ^ 福山市立金江小学校沿革
  79. ^ ニューズ・レター 第14号(1995年1月25日発行) - 青い目の人形友情交流会
  80. ^ 昭和初期からのアメリカとの絆 - 未来へ伝えたい阿武の昔ばなし
  81. ^ 「人」をコンテンツにした創造地域づくり - 市町村アカデミー 市町村長特別セミナー 地域経営塾
  82. ^ 親善人形の会ニュース第217号(SWFファイル) 2015年4月9日閲覧
  83. ^ 親善人形の会ニュース第121号(SWFファイル) 2015年4月9日閲覧
  84. ^ a b レファレンス協同データベース 愛媛県立図書館 (2110043)”. 2010年4月14日閲覧。 - 愛媛に送られた青い目の人形(親善人形)と、そのお返しにアメリカへ贈られた人形(答礼人形)の所在について
  85. ^ 愛媛県明浜町立狩江小学校「ビッティー」
  86. ^ 青い目の人形エレン・Cと答礼人形長崎瓊子(たまこ)の背景 - 「長崎瓊子」物語
  87. ^ 武田 p.222。
  88. ^ 武田 p.49,127。
  89. ^ American Blue-eyed Dolls Locations - American Blue-eyed Dolls
  90. ^ 大邱高女の青い目の人形 - 釜山でお昼を 2015年3月26日閲覧。
  91. ^ a b 青い目の人形歓迎会 - 釜山でお昼を 2015年3月26日閲覧。
  92. ^ 奉天の「青い目の人形」の証言 - みやぎ青い目の人形を調査する会ニュース No.16
  93. ^ 武田 p.239~240(『渋沢栄一伝記資料』をもとに編集)。
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  95. ^ Miss Aomori - Japanese Friendship Doll
  96. ^ 「ミス宮城」76年ぶり帰郷 歴史民俗資料館で展示”. 2010年5月3日閲覧。
  97. ^ 答礼市松「MISS福島」帰国”. 2010年5月2日閲覧。
  98. ^ 武田 p122~123。
  99. ^ 新潟雪子を知ってますか? - にいがた文明開化ハイカラ館 2015年3月29日閲覧
  100. ^ 青い目の人形物語を再販 - 東日新聞 2015年4月1日閲覧。
  101. ^ とっとり市報1989年7月
  102. ^ 青い目の人形 - 日本映画データベース(JMDB)

参考資料[編集]

  • DOLLS OF FRIENDSHIP (by Sidney L. Gulick,Friendship Press,1929)
  • DOLLS OF FRIENDSHIP (by Sidney L. Gulick,Friendship Ambassadors Press,1997)
  • 青い目の人形と近代日本:渋沢栄一とL.ギューリックの夢の行方(ISBN 978-4-902163-56-8
  • 武田英子 『青い目の人形-写真資料集』 山口書店、1985年ISBN 978-4-8411-0105-8
  • 人形大使 - もうひとつの日米現代史(ISBN 978-4-8222-4390-6
  • 答礼哀歌(ISBN 978-4-2860-2484-4
  • 児童は叫ぶ 叩き壊せ『青い目の人形』(「毎日新聞」1943年2月20日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]