露口茂

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つゆぐち しげる
露口 茂
本名 (同じ)
生年月日 1932年4月8日(79歳)
出生地 日本の旗日本東京府
血液型 B
職業 俳優声優
ジャンル ラジオドラマテレビドラマ映画舞台アニメ
活動期間 1950年代
活動内容 1955年:「劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所」に入所
1957年:NHKでテレビドラマデビュー
1958年:「劇団新人会」に入団
1959年:映画デビュー
1960年:「劇団俳優小劇場」旗揚げに参加
1971年:解散後フリーとなる
主な作品
太陽にほえろ!』『江戸の旋風』『森村誠一・終着駅シリーズ』など
受賞
昭和41年、第12回ホワイト・ブロンズ賞助演男優賞を受賞
(吉田喜重監督の「女のみづうみ」と成沢昌茂監督の「四畳半物語・娼婦しの」の演技により)
備考
身長175cm

露口 茂(つゆぐち しげる、1932年(昭和7年)4月8日 - )は、東京府生まれ、愛媛県松山市育ちの俳優。現在、特に事務所には所属していない。

目次

[編集] 来歴・人物

東京府(現在の東京都)で生まれるが、太平洋戦争の影響で両親の故郷である愛媛県松山市に疎開し、同所で育つ。愛媛県立松山東高等学校卒業。愛媛大学英文科[要出典]に通いながらNHK松山の劇団員(主にラジオドラマ)として活動する。愛媛大学を2年で中退後、1955年劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所に第7期生として入所(1958年の卒業後に「劇団新人会」に入団)し、1957年にNHKのテレビドラマでデビュー。1959年に映画デビューした。1960年には小沢昭一らと共に「劇団俳優小劇場[1]の旗揚げの参加を経て、1971年に解散後フリーとなる(露口茂事務所を創立)。最終学歴は国立総合大学(VIPタイムズ社出版“日本タレント名鑑”による)。

以降も舞台を中心に活動する一方、映画やテレビドラマで個性派のバイプレイヤーとして活躍。1970年代前半までは癖のある悪役敵役を演じることも多く、当たり役となった1972年7月スタートの刑事ドラマ太陽にほえろ!』の山村精一(山さん)も番組開始当初はアウトロー的な無頼刑事だったが、次第にいぶし銀のベテラン刑事としてのキャラクターを確立し、テレビドラマ史にその名を残した。

殺陣も得意であり、『江戸の旋風』から始まる「江戸シリーズ」などの時代劇作品にも出演。「山さん」のイメージにとらわれることなく、旧知の間柄である今村昌平監督の映画『ええじゃないか』などでは再び悪役を演じることもあった。また、ラジオドラマや海外作品の吹き替え劇場アニメーションなど、声優としての実績も豊富。1990年代後半以降は仕事を断わるなどして公の場にほとんど姿を見せなくなっている。

週刊文春』2009年8月13・20日夏の特大号で久々に愛媛県松山市の実家でインタビューに応じており、元気であることや、オファーがあればまた出演する旨などを述べている。なお、『週刊文春』には過去、2001年5月3・10日GW特大号の企画「あの人は同級生」などでも『太陽にほえろ!』についてインタビューに応じている。

[編集] 出演作品(俳優)

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] バラエティー・情報

[編集] 出演作品(声優)

[編集] ラジオドラマ

[編集] 吹き替え

[編集] 劇画 / アニメ

[編集] 舞台(劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所時代)

  • アルトナの監禁された人たち
  • 野に下る右近
  • パラジ-神々と豚々
  • カーヴ
  • 真夏の夜の夢

[編集] レコード


[編集] 脚注

  1. ^ 新人会劇団新人会…1954年に結成された劇団。劇団仲間、劇団青年座、劇団三期会(現・東京演劇アンサンブル)と並ぶ俳優座スタジオ劇団の一つ。1954年に劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所二期生・三期生の卒業生が結成。1960年に小沢昭一劇団俳優小劇場に分裂。再建するが、1969年6月下旬に看板女優団員の渡辺美佐子をはじめ中堅・若手団員10人が突如一斉に退団した為、翌7月上旬に劇団新人会は解散。翌1970年3月に長山藍子山本學前田昌明ら”第二次「劇団新人会」”を結成。1994年に「劇団朋友」に変更。

[編集] 関連項目

劇団俳優座演劇研究所付属俳優養成所 第7期生
劇団俳優小劇場 創立メンバー

[編集] 外部リンク

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