雷緒

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雷 緒(らい しょ、生没年不詳)は、中国後漢時代末期の部将。揚州廬江郡の人。袁術の部将雷薄と同一人物の可能性もあるが、活動時期が異なる点などを踏まえ、別人として本記事を作成する。なお、雷薄とは血縁関係にある可能性もある。

[編集] 事跡

姓名 雷緒
時代 後漢時代
生没年 〔不詳〕
字・別号 〔不詳〕
本貫・出身地等 揚州廬江郡
職官 〔不詳〕
爵位・号等 -
陣営・所属等 〔独立勢力〕→曹操劉備
家族・一族 〔不詳〕

後漢末期に活動した独立勢力指導者である。建安5年(200年)頃、雷緒は、陳蘭・梅乾(梅成のことか、あるいは梅成の縁者か)と共に、廬江太守李術(または李述)が揚州刺史厳象を殺して管轄地域が混乱した隙に、数万人の兵を集めて長江・淮河一帯で暴れまわった。その後、曹操が派遣した新任の揚州刺史として劉馥が赴任すると、雷緒はいったんこれに降っている。

しかし建安15年頃(210年)頃、雷緒は再び曹操に廬江郡で叛旗を翻し、曹操の部将夏侯淵の攻撃を受けて敗北した。その一方、ほぼ時を同じくして、雷緒は数万の軍勢を率いて、荊州南部4郡を制圧した劉備に帰順した。ただ、この2つの事件の時系列は不明である。

これ以後、雷緒は史書から姿を消す。また、雷薄と同一人物で無いならば、雷緒は『演義』には登場しない。

[編集] 参考文献

  • 三国志』魏書15劉馥伝
  • 同魏書6袁術伝
  • 同魏書9夏侯淵伝
  • 同蜀書2先主伝