雄島

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上空から見た雄島

雄島(おしま)は越前海岸にあるのひとつ。越前海岸にある島の中ではもっとも大きな島である。

概要[編集]

面積は約10.2ヘクタールで、周囲2キロメートルは海食崖になっている[1]。島全体が流紋岩でできており、近隣の東尋坊同様に柱状節理が発達しているほか、板状節理も見ることができる[2]スダジイタブノキシロダモのように温暖な気候を好む植物が生えている[3]

島には以下のような名所がある。

磁石岩
何らかの理由で熱残留磁気が特に強く、近くに置いた方位磁針の向きがずれるほどの岩が何か所かある。雷に打たれたせいで磁界ができたとも言われる[2]
瓜割の水
海岸に近い場所に湧く小さな泉だが、塩気のない真水である。雄島に降った雨が地中の節理に沿って流れ出た地下水で、夏でも冷たく、泉に入れた瓜が割れたとされる。
大湊神社
白雉年間に勤請されたと伝えられる式内社[4]源義経が落ち延びる際に立ち寄って家臣の兜を奉納したとか[4]、社が朝倉義景の後援を受けていた際に明智光秀が訪れて漢詩を詠んだ[5]という話もある。
かつての社殿は織田信長の兵によって焼き払われており[4]、21世紀に残る社は棟札によると元和7年(1621年)に造立されたものである[6]。本殿・拝殿ともに福井県の文化財に指定されている[7]

ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 「雄島」の地質”. Web大湊神社 安島. 大湊神社 (2001年). 2012年6月3日閲覧。
  2. ^ a b (8) 雄島の流紋岩(坂井市三国町)”. 福井のニュース ジオっちゃお. 福井新聞 (2010年12月20日). 2012年6月3日閲覧。
  3. ^ 「雄島」の植生”. Web大湊神社 安島. 大湊神社 (2001年). 2012年6月3日閲覧。
  4. ^ a b c 「大湊神社」の由緒”. Web大湊神社 安島. 大湊神社 (2001年). 2012年6月3日閲覧。
  5. ^ 「雄島」の源(明智)光秀 詩碑”. Web大湊神社 安島. 大湊神社 (2001年). 2012年6月3日閲覧。
  6. ^ 「大湊神社」の社殿”. Web大湊神社 安島. 大湊神社 (2001年). 2012年6月3日閲覧。
  7. ^ 坂井市”. 福井の文化財. 福井県教育庁生涯学習・文化財課. 2012年6月3日閲覧。