陸軍総司令部 (ドイツ)

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陸軍総司令部(りくぐんそうしれいぶ、独:Oberkommando des Heeres, 略号:OKH)は、ヴェルサイユ条約の軍事条項を破棄する再軍備宣言により1935年に新設されたドイツ陸軍の最高指揮機関である。同じく新設されたエーリッヒ・レーダー海軍総司令部や、既に1933年以来存在するヘルマン・ゲーリング航空省(Reichsluftfahrtministerium)に同等する機関である。隷下には参謀本部、人事局、兵器局国内予備軍、各軍集団がある。

国防軍最高司令部との関係[編集]

1938年になって新設された国防軍最高司令部との関係については明確に規定されていないが、独ソ戦の開始に伴い陸軍総司令部は東部戦線に展開する軍(Ostheer)の指揮に専念、それ以外の北アフリカ地中海、バルカン、フランスにおける作戦指導を国防軍最高司令部に譲った。

地下司令部[編集]

陸軍総司令部は、1939年の開戦直前に完成したベルリン郊外のビュンスドルフ (Wünsdorf) に設けられた地下ブンカー施設に移された。当時から既に防空意識が高く、すべてが地下に構築され、地上は長閑な農村風景が演出されていた。秘匿名称は Maybach I である。国防軍最高司令部のそれは Maybach II と呼ばれていた。1940年4月20日からは2個指揮通信連隊が追加されて陸軍総司令部と軍集団司令部、軍司令部との長距離通信網を充実させた。共用の長距離指揮通信施設(Zeppelin、あるいはAmt 500)である。戦後も駐留ソ連軍司令部が1990年のドイツ再統一まで利用した。現在、ブンカー跡を見学することが出来る。

ベルリン市内のベンドラー街 (de) に残された国防省ビルには国内予備軍司令部ほかが入っていた。ここは1944年7月20日におけるヒトラー暗殺未遂事件の舞台となった。

陸軍総司令官 (Oberbefehlshaber des Heeres,略号:OBdH)[編集]

参謀本部総長[編集]

組織 (1938年-1939年)[編集]

関連項目[編集]

文献[編集]

  • ゲハルト・ボルト(グデーリアン参謀総長の副官)『ヒトラー 最後の十日間』松谷健二(訳)、TBS出版会、1974年
  • Barry Leach 『ドイツ参謀本部(原題:German general staff)』戦史刊行会(訳)、原書房、1979年
  • ヴァルター・ゲルリッツ『ドイツ陸軍参謀本部興亡史』守屋純(訳)、学習研究社、1998年

外部リンク[編集]