陳綺貞

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チアー・チェン
Cheer Chen.jpg
台湾でのコンサート (2006年)
繁体字 陳綺貞
簡体字 陈绮贞
Chén Qǐzhēn
出生 1975年6月6日(39歳)
台湾の旗 台湾台北市士林区
別名 陳老師
英語名 Cheer Chen
職業 シンガーソングライター
ジャンル フォークソングロックンロール
レーベル Rock Records(1998-2002)
Moyan Records(1998-2002)
TEAM EAR MUSIC(2003-現在)
活動期間 1997年 - 現在
公式サイト www.cheerego.com/

陳綺貞(チェン・チーチェン、チアー・チェン、1975年6月6日 - )は、台湾シンガーソングライター。台湾では珍しいフォークソングのシンガーソングライターの一人で、曲の大部分を自ら作詞・作曲している。また、作詞家・作曲家として、多数の歌手に楽曲を提供している。身長165cm。血液型AB型。独身。

略歴[編集]

1975年、台湾台北市に生まれる。

1994年、台北市立景美女子高級中学を卒業し、国立政治大学哲学科へ入学。

1996年、第十二回専歌創作比賽で最佳作詞作曲(最優秀作詞作曲賞)を獲得。台湾のオーディション番組「木船民歌比賽」で優勝。同年、「防日麗油楽団」を結成。

1997年、魔岩主宰ライブ「誕生前夕」に参加。『Demo CD』を発表。

1998年、大学生在学中に魔岩唱片レーベルと契約。当時の魔岩唱片には竇唯張楚唐朝などの大陸の有名歌手がいた。5月、徐懐鈺呉佩慈李心潔と連名で、アルバム『少女標本』が発売された(『譲我想一想』が収録された)。7月、単独名義でファーストアルバム『讓我想一想』を発表。

1999年、アルバム『讓我想一想』が中華音楽人交流協会の年度十大アルバムに選ばれる。

2000年、録音作品『Demo No.2』を発表。4月、セカンドアルバム『還是会寂寞』を発表。同年の中國時報2000年十大華語音楽アルバムに選ばれる。

2001年、初の書籍作品『不厭其煩』を発表。同日、『Demo3』を発表。

2002年、『Demo3』が大陸2001年華語流行音楽伝媒大奨にノミネートされる。同年、レコード業界の不景気の影響により魔岩唱片が営業を終えたことにより、親会社のロックレコードと契約。8月、アルバム『Groupies 吉他手』を発表。9月、香港葵青劇院のミュージカル『十八相送』に参加。

2003年7月、ミュージカル『幾米地下鉄』にヒロインとして主演(12月に澳門文化中心で、2004年3月に国家戯劇院で、同7月に上海美王其大劇院で、2005年1月にシンガポールで再演)。11月、好小氣音樂工作室を創立して独立。シングル『Sentimental kills』を発表。

2004年3月、独立後2枚目となるシングル『旅行的意義』を発表。12月、サードシングル『after 17』を発表。

2005年、独立後初となる4thアルバム『華麗的冒険』を発表。2ヶ月で約30万枚の売り上げを記録し、大ヒットとなる。

2006年、『華麗的冒険』が第17回金曲奨最佳専輯制作人奨(最優秀プロデューサー賞)を受賞(受賞者は鐘成虎)。その他、多数の賞を受賞する。

2009年、5thアルバム『太陽』を発表。台湾各地でライブを行うほか、上海北京広州など中華人民共和国各都市、香港シンガポール公演を行う。

2013年、6thアルバム『時間的歌』を発表。

エピソード[編集]

  • 幼い頃からクラシック音楽を習っていた。
  • 高校でギターを覚え、17歳のとき初めて作詞作曲をした。
  • 19歳から大きなコンクールに参加し始め、受賞多数。
  • 歩道橋、地下道の書店、騎楼、喫茶店、学校、pub、海辺、音楽祭、運動場、劇場などさまざまな場所でライブをした経験を持つ。
  • 1996年に「木船民歌比賽」に優勝してからデビューするまでの間、「民歌餐庁」(フォークソングレストラン)の歌手として活動していた。その際、MCでの語り口が先生のようであったため、「老師」(先生)というあだ名がついた。
  • 恋人はギタリスト・プロデューサーの鐘成虎
  • 2005年、独立後最初のアルバムとなる『華麗的冒険』を発表した。当時は制作資金が不足していたため、ローンを組んでのアルバム制作・発売であり、文字通り「冒険」であった。
  • 五月天とは、2007年に『私奔到月球』(五月天『離開地球表面Jump極限大碟 2007』所収)で共演。同曲は五月天の阿信が作詞作曲を手がけた。陳綺貞が自作以外の歌を発表したのは、現在までのところこの一曲のみである。また、ベストアルバム『陳綺貞精選』のカバーに、五月天のベーシスト瑪莎がメッセージを寄せるなど、五月天と関係する機会が多い。
  • 2006年、パリ旅行中に地下鉄で暴漢に襲われ、頭部など全身を負傷した。その男が地下鉄でスリをする瞬間を発見し、止めようとしたところ、怒りだした男に襲われたという。同年7月、台北女巫店で行われたシークレットライブで告白した。
  • 2009年3月、中華人民共和国での初めての単独ライブを上海で行った。当初は3月21日のみの予定だったが、チケットの売れ行きが予想以上によく、急遽前日の20日に追加公演を行った。
  • アンコール回数が多いことで知られている。単独ライブでは、アンコールを5回以上行うことも稀ではなく、大陸では「安可女王」(アンコール女王)と呼ばれることもある。
  • 2009年6月、弟・陳定盛がインターネット上で不動産詐欺の疑いをかけられるという事件が起こった。陳綺貞自身はこの件には関わっていなかったが、被害者を名乗る「自救会」(被害者の会)から綺貞と母親に謝罪を求めるメールが送られてきた。その後、事務所を通して話し合いが持たれ、「自救会」側は陳綺貞母子が事件に関係していないことを認め、謝罪した。
  • 2010年、『太陽』により第21回金曲奨の最佳年度歌曲(年度最優秀歌曲)、專輯(同アルバム)、作曲(同作曲)、作詞(同作詞)、專輯製作人(同アルバムプロデューサー)、女歌手(同女性歌手)の6部門にノミネートされたが、一つも受賞できなかった。これについて、プロデューサーで恋人の鐘成虎が個人ブログにて「主流歌手把其他人趕走」(メジャー歌手がそれ以外の歌手を追い出した)などと批判。暗に最優秀女性歌手など6部門を受賞した張恵妹を指したのではないかとされ、物議を醸した。

ディスコグラフィー[編集]

デモテープ[編集]

  • 1997年9月 - 『Demo 1』
  • 2000年3月 - 『Demo 2 - Cheer's Walkman』
  • 2001年11月9日 - 『Demo 3』
  • 2011年12月10日 - 『Demo 4』(台北夢想音樂節会場のみで販売)

アルバム[編集]

  • 1998年7月1日 - 『讓我想一想』
  • 2000年4月12日 - 『還是會寂寞』
  • 2000年6月21日 (日本) - 『プリンセス・フロム・イースト'01
  • 2002年8月1日 - 『Groupies 吉他手』
  • 2002年10月 (香港) - 『陳綺貞精選』(ベストアルバム)
  • 2005年4月13日 - 『CHEER』(日本でもリリースされた)(ベストアルバム)
  • 2005年9月24日 - 『華麗的冒險』
  • 2007年5月18日 - 『陳綺貞2005-2006花的姿態演唱會經典實録』
  • 2009年1月22日 - 『太陽』
  • 2013年12月6日 - 『時間的歌』

シングル[編集]

  • 2003年11月 - 『Sentimental Kills』
  • 2004年3月 - 『旅行的意義』
  • 2004年12月31日 - 『after 17』
  • 2007年2月8日 - 『pussy』
  • 2008年7月12日 - 『失敗者的飛翔』
  • 2009年10月19日 - 『太陽募款限定單曲』
  • 2011年10月1日 - 『蜉蝣』

DVD[編集]

  • 2005年10月 - 『Sixteen Days DVD CHEER`S FRAME-001 陳綺貞[華麗的冒険] 録音影像筆記 16 day』
  • 2007年5月 - 『陳綺貞2005-2006花的姿態演唱會 經典實錄(DVD)』
  • 2007年9月 - 『CHEER LOOKS CHEER`S FRAME-002 陳綺貞音楽影像作品集』
  • 2010年5月 - 『太陽 巡迴演唱會immortal tour影音記録』