長谷川式認知症スケール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

長谷川式認知症スケール(はせがわしきにんちしょうスケール)とは、長谷川和夫によって作成された簡易的な知能検査であり、主に認知症患者のスクリーニングのために用いられる。言語性知能検査であるため、失語症・難聴などがある場合は検査が困難となる。日本においては、MMSEと並んでよく用いられる。かつては長谷川式簡易知能評価スケール(はせがわしきかんいちのうひょうかスケール、HDS-R)と呼ばれていたものの、2004年4月に痴呆症から認知症へ改称されたことに伴い、現在の名称に変更されている。認知症のスクリーニングとして用いられる場合は、およそ10~15分を要する。1974年に公表され、1991年に改訂版が公表された[1]

検査項目[編集]

自己の見当識
「年齢を問う」
時間に関する見当識
「年、月、日、曜日」
場所に関する見当識
「ここはどこか」
作業記憶
「3単語の直後再生」(関連のないもの、桜・猫・電車など)、「数字の逆唱」(3つと4つ)
計算
「計算」(100引く7, そこからさらに7を引く)および近時記憶の干渉課題
近時記憶
「3単語の遅延再生」
非言語性記銘
「5品の視覚的記銘」
前頭葉機能
「野菜語想起」10種以上で正常。 カテゴリー流暢性を評価

評価[編集]

総合点における評価がよく知られている。HDS-R20点以下で、認知症の可能性が高まるとされている。また認知症であることが確定している場合は、HDS-R20点以上で軽度・11~19点の場合は中等度・10点以下で高度と判定する。また、どのような認知機能の障害かを判定するために、どの項目で失点したかの記載も必要となる。

総合点以外にわかること[編集]

HDS-Rを行うと、以下のようなことがわかる場合もある。

意識、注意
意識レベルや注意集中力を評価できる。課題に対する注意が向けられており、無関係なことに注意が向かないかということである。
態度
診察にふさわしい態度がとれているか、という点である。アルツハイマー型認知症では保たれやすいが、前頭側頭型認知症ではそぐわない場合が多い。
発動性、自発性
ボーッとしているなどは意識・注意の評価となるが、『考え不精』などがあるかどうかも判定する。考え不精は、前頭側頭型認知症や皮質基底核変性症進行性核上性麻痺で認められる。
言い繕い
記憶障害をごまかすための言い訳があるかどうか。日付がわからない場合に、「今日は新聞(又はテレビ)を見ていない」といった発言がある場合は、アルツハイマー型認知症を疑う。
依存性
自分が考える前に、付き添いで来た家族の方を向いて代弁を求める仕草をする場合は、アルツハイマー型認知症を疑う。
精神運動スピード
思考緩慢があるかどうかである。皮質下性認知症の特徴であり、血管性認知症・パーキンソン病・進行性核上性麻痺・皮質基底核変性症などで認められる。
記憶
アルツハイマー型認知症では直後再生(作業記憶)は保たれているが、遅延再生の障害が高度となりヒントも有効ではない場合がある。再認課題も障害される。一方、皮質下認知症では注意障害のため、直後再生が障害されることがある。思考緩慢のため遅延再生も障害されるがヒントが有効であり、再認もできることが多い。
語想起
想起のスピード・野菜の種類のサブカテゴリーが保たれているか・想起数が十分かを評価する。アルツハイマー型認知症では、脈絡なく4~5個列挙したあと止まってしまったり、上位カテゴリーで答えることが多い。皮質下認知症では制限時間内に答えることが困難となり、前頭側頭型認知症では途中でやめてしまう。
保続
アルツハイマー型認知症では、レビー小体型認知症より認めやすい。「野菜語想起」の後に「5品の視覚的記銘」と試験の順番を変えると、保続は検出しやすくなる。

注意点[編集]

これは長谷川式認知症スケールで認知症の状態を調べる時だけに限る話ではないものの、このようなテストは「受ける人がやる気を出して、自分の能力の最大限を発揮するということがないと、正確に評価できません」と開発者の長谷川自身が述べており、またそのように仕向けるためには、診療する側の技術が必要だとも述べている[2]。この他、テストを受ける人が傷つかないように実施しなければならない、という趣旨のことも長谷川は述べている[3]

開発経緯[編集]

考案者の長谷川は、開発当時「痴呆症」と呼ばれていた認知症を、誰が診断しても同じ結果になるような尺度を作るべく、診断のために必要な項目を作成し、その結果が数値化できるように作成したと語っている[4]。 そのようにして作成されていった尺度は、1974年に「長谷川式簡易知能評価スケール」として発表された。その後も日本では長らく、そのままの名称で呼ばれていたが、2004年4月に痴呆症が認知症と改称されたことを契機に、長谷川式認知症スケールと改称された。なお、長谷川は自身が認知症を自覚した時には、内容を全て覚えている「長谷川式認知症スケール」の検査は意味がないとして、他の検査を受けさせてもらったという[5]

出典[編集]

  1. ^ 読売新聞 2019年8月18日 7面掲載
  2. ^ 長谷川 和夫、今井 幸充 『老年痴呆とは何か (看護セミナー・ブックレット9)』 p.31 日本看護協会出版会 1990年10月10日発行 ISBN 4-8180-0206-2
  3. ^ 長谷川 和夫、今井 幸充 『老年痴呆とは何か (看護セミナー・ブックレット9)』 p.30 日本看護協会出版会 1990年10月10日発行 ISBN 4-8180-0206-2
  4. ^ 認知症医療の第一人者が語る「みずから認知症になってわかったこと」〜ありのままを受け入れるしか仕方がない』(長谷川和夫)、文春オンライン、2018年5月6日。(『文藝春秋』2018年4月号)
  5. ^ 認知症医療の第一人者が語る「みずから認知症になってわかったこと」〜ありのままを受け入れるしか仕方がない』(長谷川和夫)、文春オンライン、2018年5月6日。(『文藝春秋』2018年4月号)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]