長崎駅 (長崎県)
| 長崎駅 | |
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駅舎
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| ながさき - Nagasaki | |
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◄浦上 (1.6km)
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| 所在地 | 長崎県長崎市尾上町1-89 |
| 所属事業者 | 九州旅客鉄道(JR九州) 日本貨物鉄道(JR貨物)* |
| 所属路線 | 長崎本線 |
| キロ程 | 125.3km(鳥栖起点) |
| 電報略号 | サキ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 3面5線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
11,009人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1905年(明治38年)4月5日 |
| 備考 | 直営駅 みどりの窓口 有 |
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* オフレールステーションを併設。
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長崎駅(ながさきえき)は、長崎県長崎市尾上町にある、九州旅客鉄道(JR九州)・日本貨物鉄道(JR貨物)長崎本線の駅。長崎本線の終着駅にして長崎県の県庁所在地・長崎市の中心駅である。
本稿では駅前にある長崎電気軌道の長崎駅前電停(ながさきえきまえでんてい)についても併記する。
目次 |
[編集] 駅構造
[編集] JR長崎駅
[編集] ホーム
行き止まり式の頭端式ホーム3面5線を有する地上駅。直接全てのホームへ歩いて行くことができる(跨線橋、構内踏切、地下道、エレベーター、エスカレーターなどはない)。ホームには車止めが設置されている。
0番のりば(長さは6両分程度)を除いて当駅から東京駅・京都駅・新大阪駅・大阪駅などへの長距離優等列車(代表的なものに、寝台特急のさくら・みずほ(かつてはみずほではなくはやぶさが当駅に来ていた)・あかつきがあり、さくらとみずほ(はやぶさ)は東京駅まで、あかつきは京都駅〈または新大阪駅〉まで1日各1往復走っていた)が多数走っていた名残で、かなり長くなっている。2番のりばと3番のりばとの間にホームのない中線が1本ある。1・2番のりばの上屋は木製である。このホームの端(浦上駅寄り)に運転取り扱いの建物がある。 かつて(浦上 - 長崎間が単線だった頃)は0番のりばのない島式2面4線であり、1・2番のりばは駅舎と直結し、3・4番のりば(国鉄時代は長崎港駅へつながっていた)と駅舎とは跨線橋でつながっていたが、1993年頃にホームを頭端式に変更し、ほどなく跨線橋が廃止され、同時期に0番のりばが増設された。従来線路が延びていた敷地は屋外駐車場へと転用され、のち2000年9月にアミュプラザ長崎が建設された。
ホーム西側には複数の側線が引かれ、旅客列車の留置線として使用されている。また、車両基地の長崎運輸センターも同地に置かれている。
[編集] のりば
| 0 - 4 | ■長崎本線 | 諫早・佐世保・佐賀・博多方面 |
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- 2005年に廃止された寝台特急「さくら」、2008年に廃止された寝台特急「あかつき」はどちらも4番のりばから発車していた。
- 時間によっては、特急「かもめ」が0・1・3番のりばに到着することがある。
[編集] 駅舎
現在の駅舎は4代目である。2000年9月に老朽化と駅隣のアミュプラザ長崎建設に伴い改装され、3代目の駅舎にあった三角屋根に代わりドーム状の屋根が設置され、「かもめ広場」と名づけられた。オープンスペースとなっており、各種イベントが行われる。三菱製の大型モニターも設置されており、JR九州関連のPR映像などが映されている。アミュプラザ長崎とJR九州ホテル長崎へは1階への出入口のほか、エスカレーターで2階へ出入りすることも出来る。改札口の左側には、総合観光案内所と待合室があり、その隣にキヨスクがある。
2代目の駅舎は大正時代に建てられたドイツ風建築の木造駅舎であったが、1945年(昭和20年)8月の原爆投下によって焼失した。その後1949年に建造された3代目の駅舎は緑色の三角屋根とステンドグラスを備えていたが、1998年に老朽化のため新しい駅舎を建築することになった。現在ステンドグラスは自動改札機の上にある(大きさや形は異なる)。
長崎ランタンフェスティバル期間中は天井に竜のオブジェ「アミュゴン」が飾られるほか、さまざまな装飾が施される。
直営駅で、みどりの窓口(営業時間:5:40 - 22:00)・自動券売機・自動改札機(2002年に長崎県内の駅で最初に設置。県内では当駅のほか、佐世保駅と諫早駅にのみ設置されている。ただしSUGOCAには非対応〈2012年度以降に導入予定〉)が設置されている。駅自動放送はなく、駅員(昼間は女性駅員、夜間は男性駅員が放送している)がマイクによる肉声で放送を行っている。
なお、当駅からの最低区間の乗車券は浦上までの160円だが、自動券売機では購入できない(浦上駅周辺へ行く人は路面電車またはバスを利用する人が大半で、JRを使う人がほとんどいないため)。購入する場合には改札の係員に申し出る必要があり、その際には簡易業務委託駅にて使用される補充券の形式で発券される。 また、自動券売機では諫早乗り換えの島原鉄道連絡乗車券も購入できる。
自動改札機の前と3・4番のりばへ向かう通路にLED式発車案内がある。長与駅止まりの列車は「長与まで」と表示される(隣の浦上駅も同様)。時刻表には発車する列車の時刻のほか、到着列車の時刻とそのホーム、始発駅も表示されている。時刻表は自動券売機横、待合室内、みどりの窓口内の計3か所に設置されている。
[編集] 長崎電気軌道長崎駅前電停
| 長崎電気軌道 長崎駅前電停 | |
|---|---|
| ながさきえきまえ - NAGASAKI EKI-MAE | |
| 所在地 | 長崎県長崎市尾上町 |
| 駅番号 | 27 |
| 所属事業者 | 長崎電気軌道 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
10,690人/日 -2000年- |
| 開業年月日 | 1915年(大正4年)11月16日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | 本線(■1号系統・□2号系統) |
| キロ程 | 5.1km(赤迫起点) |
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◄八千代町 (0.4km)
(0.4km) 五島町►
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| 所属路線 | 桜町支線(■3号系統) |
| キロ程 | 5.1km(赤迫起点) |
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◄八千代町 (0.4km)
(0.4km) 桜町►
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長崎駅前の併用軌道(国道202号上)にある相対式2面2線の電停である。ホームの正覚寺下・蛍茶屋寄り、赤迫寄りの双方に歩道橋がある。利用者が多いため正覚寺下・蛍茶屋方面ホームは乗り場が分かれている(正覚寺下・蛍茶屋寄りの停止線に3号系統蛍茶屋行き、中央の停止線に1号系統正覚寺下行きが停車する)。赤迫・浦上車庫前行きは系統に関わらず同じ乗り場であり、到着した順に前方に詰める。
JR長崎駅からは歩道橋のみのアクセスであることから、車椅子利用者は実質、路面電車の利用が不可能である。よって、駅前広場内への電停移設が検討されている。このため、後述のトランジットモール化が計画されている。
正覚寺下・蛍茶屋方面ホームにのみスピーカーが設置されており、自動放送が流れる。このスピーカーからは、長崎西洋館や平和公園など、赤迫方面の案内も放送されている。
なお、ホーム中央付近に上り線から下り線への片渡り線があるが、現在は正覚寺下・蛍茶屋方面が不通となったときの折り返しなどに使われるのみであり、ほとんど使用されない。
[編集] 長崎オフレールステーション
長崎オフレールステーション(略称:長崎ORS)は、JR貨物長崎駅に属し、構内西側(長崎運輸センターの西側)にあるコンテナ集配基地である。コンテナ貨物(12フィートコンテナのみ)を取り扱っており、貨物列車代替のトラック便がここと鍋島駅の間で1日14往復運行されている。
1999年(平成11年)までJR貨物長崎駅は貨物列車の発着があったが、廃止され自動車代行駅となった。なお、2006年(平成18年)4月より、コンテナ基地の名称がオフレールステーションとなっている。
列車廃止以前は、2面のコンテナホームや複数の荷役線を有し、駅南側の埠頭にあった魚市場への線路も存在していた。魚市場から鮮魚を輸送するため、鮮魚貨物列車「ぎんりん」(大阪市場駅行き、ただし同駅廃止後は梅田駅行き)や「とびうお」(東京市場駅行き)なども運行されていた。現在は、魚市場の移転に伴い埠頭の線路はすべて撤去され、コンテナ基地として使用されていないホームは駐車場に転用されている。
[編集] 駅弁
主な駅弁は下記の通り。
- 長崎すり身揚げ弁当(膳菜家)[1]
- 角煮入りいかめし(珠の里)
- 角煮めし(坂本屋)
- ながさき鯨カツ弁当(くらさき)
- 四季彩弁当
- トルコライス(膳菜家)
- 角ずし
- さば鮨
- 龍馬弁当(いずや弁当)
- 龍馬とお龍のおしどり弁当(膳菜家)
- 長崎街道弁当(いずや弁当)
- 長崎卓袱弁当(膳菜家)
- 長崎らんたん弁当(膳菜家)
- 長崎ぶらぶら弁当
- 雲仙きの子ワッパ飯
- 長崎ステーキ弁当
- 長崎角煮パンセット
[編集] 利用状況
[編集] 旅客
[編集] 貨物
2007年度の貨物取扱量は、発送・到着合計で68,048トンであった。1989年度の約14万トンをピークに貨物取扱量は大きく減少し続けている。
[編集] 駅周辺
長崎駅の前を並行して通っている国道(国道202号)の長崎駅前交差点は、長崎県で一番の交通量である。駅前交差点には歩道橋が3つ架設されており、これらは駅前駐車場上の高架広場に接続されている。
国道をはさんで、長崎県営バス、九州急行バスなどの始発地点および主要路線経由地点となる長崎駅前交通会館がある(歩道橋から直接2階の長崎県物産館へ入れる)。また、駅前高架広場をはさみ、長崎バスと長崎県営バスの停留所(但し長崎バスによる定期観光バスと朝1本だけ存在する南高前行きのバスは長崎駅前交番前から発車する。また、長崎県営バスの停留所もロータリー内〈ファミリーマート前〉にある)と長崎電気軌道の電停がある。旭大橋経由の便を除いた長崎市内を走るバス路線の大半が経由している。ロータリー内(コインロッカー前)から長崎ロープウェイ(淵神社前駅行き、ロープウェイ稲佐山行きに連絡)への無料送迎バスも1日数本発車している。
高架橋広場は一部が周辺施設2階入り口へと繋がっている。また、車椅子利用者が横断できるよう、エレベーターも設置されている。しかし、電停にはエレベーターがなく車椅子の利用は実質不可能である。
- アミュプラザ長崎(駅に隣接)
- JR九州ホテル長崎(駅に隣接、アミュプラザ長崎上階)
- ホテルニュー長崎(アミュプラザに隣接、長崎駅前南口バス停前)
- 福済寺
- 日本二十六聖人殉教の地(西坂公園)
- 日本二十六聖人記念館
- 中町教会
- NHK長崎放送局
- 長崎中央郵便局
[編集] バス路線
[編集] 高速バス
駅前の国道向かい側にある長崎県交通産業会館(通称・交通会館)の1階に長崎県交通局(長崎県営バス)のバスターミナルがあり、同局が関連する路線はここを始発とする。長崎空港行きリムジンバスも浦上経由(交通会館始発)・ながさき出島道路経由とも乗り入れる[3]。一方、長崎自動車(長崎バス)関連の夜行高速バスは長崎新地ターミナルが始発となっており、長崎駅周辺では交通会館には乗り入れず長崎駅前南口バス停での乗車となる。九州号も、始発は交通会館だが長崎到着便のうち「出島道路経由」の系統は降車所が交通会館内ではなく、国道沿いの長崎駅前高架下となっている。
経由地等については各系統の記事を参照のこと。
- 交通会館から発車する高速バス
- 長崎駅前南口から発車する高速バス
[編集] 路線バス
一般路線バスは駅正面およびアミュプラザ前の長崎駅前バス停、ホテルニュー長崎前の長崎駅前南口バス停(大波止方面)、親和銀行前の長崎駅前東口バス停(市役所方面)の3カ所があり、行き先によって停車する場所が異なる。長崎県交通局は主な路線が、長崎自動車は系統番号が割り振られている路線(ココウォーク茂里町と福田方面を結ぶ路線や旭大橋経由の路線を除く)が長崎駅前に停車するが、南部方面へ行く場合は長崎駅前南口または東口からの乗車になる。
他に、ながさき出島道路・長崎自動車道を経由して大村や諫早へ向かう高速シャトルバス(長崎県交通局)も発着している。乗車は交通会館ではなく長崎駅前東口である。
[編集] 歴史
[編集] JR九州
1897年(明治30年)、九州鉄道が現在の長崎市内で最初の路線を開業した時に「長崎駅」として開設されたのは隣の現浦上駅であった。その7年後に路線が市中心部側へ延伸されて現長崎駅が開業、それまでの初代の長崎駅が浦上駅に改称された。 現在の長崎駅は長崎本線の終着駅であり、旅客ホームの線路はすべて車止めが設けられて行き止まりとなっているが、その先に線路が伸びていた時代があった。昭和初期から末期まで、長崎駅から南に約1.1km行った所に上海航路連絡のための長崎港駅(ながさきみなとえき)があったためである(長崎 - 長崎港駅間は長崎本線であるが通称を臨港線と呼んでいた)。戦後は旅客列車の運行はなく、同駅までの区間は1987年(昭和62年)に正式に廃止された。
[編集] 年表
- 1905年(明治38年)4月5日 - 九州鉄道の駅として開業。
- 1907年(明治40年)7月1日 - 九州鉄道の国有化により国鉄の駅となる。
- 1930年(昭和5年)3月19日 - 長崎駅 - 長崎港駅間が開通。
- 1945年(昭和20年)4月26日 - 空襲により長崎駅2番ホームに停車中の列車に直撃弾命中、死者90名。駅本屋半壊被災。
- 1945年(昭和20年)8月9日 - 原子爆弾投下により駅本屋残部分全焼。
- 1949年(昭和24年)- 3代目駅舎完成。
- 1969年(昭和44年)6月 - 駅前高架広場完成。
- 1982年(昭和57年)7月23日 - 24日 - 長崎大水害で駅舎が浸水する。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 鮮魚貨物列車「ぎんりん」、コンテナ化。
- 1987年(昭和62年)3月31日 - 長崎駅 - 長崎港駅間がこの日限りで廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR九州・JR貨物の駅となる。
- 1988年(昭和63年)11月 - 駅新装開業。
- 1998年(平成10年)4月1日 - 鮮魚コンテナ貨物列車廃止。
- 1999年(平成11年)7月1日 - 貨物列車発着廃止、トラック便運転開始。
- 2000年(平成12年)- 現駅舎(4代目)完成。
- 2006年(平成18年)4月1日 - 長崎オフレールステーション開設。
[編集] 長崎電気軌道
- 1915年(大正4年)11月16日 - 長崎電気軌道本線の病院下(現大学病院前) - 築町間開通に伴い開業。
- 1919年(大正8年)12月25日 - 当電停から桜町までの支線(現在の3号系統)が開通。
[編集] 移設と再開発
[編集] 長崎駅周辺連続立体交差事業
踏切による渋滞解消のために長崎線の浦上駅から長崎駅までの約2.4kmの区間を高架化し、4か所の踏切を除去する計画である。2001年に着工準備が決定するも長崎運輸センターの移転を巡りJR九州との協議が難航していたが、2007年8月に佐世保線早岐駅構内への移転が決定した。車両基地移転費用は長崎県が負担する。2008年12月に都市計画決定、2010年2月に国の事業認可を受けた。
これに伴い、長崎駅は現在の場所から西(浦上川方面)に150メートル程度移設される。新駅は幅50メートル長さ250メートル程度の大きさの高架駅となり、1階にコンコースが、2階に3面6線の島式ホームが設けられる予定。なお、計画中の九州新幹線長崎ルート(西九州ルート)が整備された場合はホームは4面8線となる予定。事業期間は2009年度から約12年を予定しており、概算事業費は約430億円。
[編集] 長崎駅周辺土地区画整理事業
立体交差事業に伴い、長崎市が2008年度の事業認可を目指している長崎駅周辺約19ヘクタールの再開発。この事業では新駅舎の東口、西口前の両広場、周辺道路、さらに長崎電気軌道本線を現在の路線から分岐して長崎駅構内に引き込むトランジットモール用地が整備される。長崎駅前の国道202号線の渋滞緩和、長崎電気軌道長崎駅前電停のバリアフリー実現等が期待されている。また、旭大橋を挟んで長崎駅の後ろに位置する長崎漁港跡地に長崎県庁舎の移転計画がある。
一連の事業は着手から完成まで15年程度が見込まれている。
[編集] 隣の駅
[編集] 位置情報
[編集] 参考文献
- 九州鉄道百年祭実行委員会・百年史編纂部会 九州の鉄道100年記念誌『鉄輪の轟き』九州旅客鉄道 1988年
[編集] 脚注
- ^ JR時刻表2010年8月号(交通新聞社刊)442ページ
- ^ “KYUSHU RAILWAY COMPANY 2011会社案内”. 九州旅客鉄道. 2011年9月15日閲覧。
- ^ 長崎空港行きリムジンバスの長崎自動車担当便は、2006年8月まで茂里町始発だったため交通会館には乗り入れていなかった。2008年9月22日より再びココウォーク茂里町始発となったが、現在は交通会館にも乗り入れている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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