長岳寺
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| 長岳寺 | |
|---|---|
本堂 |
|
| 所在地 | 奈良県天理市柳本町508 |
| 位置 | 北緯34度33分39.55秒 東経135度51分7.16秒 |
| 山号 | 釜の口山(かまのくちさん) |
| 宗派 | 高野山真言宗 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 伝・天長元年(824年) |
| 開基 | 伝・空海、淳和天皇(勅願) |
| 別称 | 釜口大師 |
| 札所等 | 関西花の寺二十五霊場19番 大和十三仏霊場4番 |
| 文化財 | 楼門・五智堂・木造阿弥陀如来両脇侍像ほか(国の重要文化財) |
長岳寺(ちょうがくじ)は奈良県天理市柳本町にある高野山真言宗の寺院。山号は釜の口山(かまのくちさん)、本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は空海(弘法大師)とされる。関西花の寺二十五霊場第19番札所。日本最古の歴史の道といわれる山の辺の道のほぼ中間点に位置している。釜口大師の名で親しまれている。
目次 |
歴史 [編集]
天長元年(824年)に淳和天皇の勅願により空海(弘法大師)が大和神社(おおやまとじんじゃ)の神宮寺として創建したという。盛時には48もの塔頭が建ち並んでいた。
伽藍 [編集]
境内の面積は約40000m2と広く、八十八箇所道が竜王山中腹の奥の院まで巡らされている。
- 本堂 - 天明3年(1783年)に再建された建物で、阿弥陀三尊像と多聞天・増長天立像を安置している。
- 楼門 - 重要文化財(国指定)。かつては上層に鐘楼が吊られていたために鐘楼門と呼ばれる、日本最古の鐘門である。下層は室町~安土桃山時代、上層は平安時代。寺伝では空海による創建当初から現存する建物というが、上層部分も空海の時代まではさかのぼらず、平安時代末期頃の建築とされる。
- 庫裏(旧地蔵院本堂及び庫裏) - 重要文化財(国指定)。かつて48もあった塔頭のなかで唯一残った旧地蔵院の遺構で、1630年~1631年建築であるが室町時代の書院造の様式を伝えている。
- 大師堂 - 正保2年(1645年)に建立されたと伝わる建物で、開基である空海(弘法大師)像が安置されている。
- 五智堂 - 重要文化財(国指定)。鎌倉時代の建物。境内から数百メートル離れた位置に建つ。「堂」といっても方一間、全面吹き放し(建具、壁等を設けない)の小規模な建造物である。中央の心柱の上部に四仏の種子を表し、心柱を大日如来に見立て、全体で五智如来を表す。その形状から「傘堂」、四方どちらの面も正面に見えることから真面堂(まめんどう)の別称がある。
- 拝堂 - 大師堂の前に位置する
- 鐘堂
- 大門 - 1640年再建
- 十三重塔 - 鎌倉時代の石塔
- 大石棺佛 - 高さ2m、石棺に彫られた石仏
文化財 [編集]
重要文化財(国指定) [編集]
- 楼門
- 五智堂
- 延命殿(旧地蔵院本堂)
- 旧地蔵院庫裏
- 木造阿弥陀如来両脇侍像 - 胎内銘から平安時代末期の仁平元年(1151年)の作と判明する。本三尊像の堂々とした量感や写実的な表現は、この当時流行した定朝様(じょうちょうよう)の繊細優美な仏像とは異なった作風を示し、次の鎌倉時代の作風のさきがけをなすといわれる。両脇侍を片足を踏み下げた半跏像とする形式は奈良時代にその例が見られ、奈良時代の古典復興の意図があったとも見られる。本三尊像は、玉眼(像の眼の部分に水晶を嵌め込む技法)を用いた像で制作年代の判明する最古例としても知られる。
- 木造多聞天・増長天立像 - 平安時代中期
奈良県指定文化財 [編集]
- 刺繍阿弥陀如来立像(奈良国立博物館寄託)
その他 [編集]
- 極楽地獄図
- 弥勒大石棺仏
- 古墳の石材を利用した2m近い石仏で、境内には鎌倉時代から江戸時代にかけての石仏が数多くある。
備考 [編集]
- 庫裏で賄われる寺料理のそうめんが名物として知られる。