長寿
長寿(ちょうじゅ)とは寿命が長いことを指す。また物事が長く持続している様子のことをいう。本項では特記以外、ヒトの長寿について詳述する。
目次 |
[編集] 長寿の祝い歳
日本においては以下に記す祝い歳がある(全て「数え年での年齢。ただし、現在は満年齢で祝う場合も多い)。
- 61歳 還暦(かんれき)、華甲(かこう)
- 70歳 古希(こき)
- 77歳 喜寿(きじゅ)
- 80歳 傘寿(さんじゅ)
- 88歳 米寿(べいじゅ)
- 90歳 卒寿(そつじゅ)
- 99歳 白寿(はくじゅ)
- 100歳 百寿(ひゃくじゅ・ももじゅ)、紀寿(きじゅ)
- 108歳 茶寿(ちゃじゅ)、不枠(ふわく)
- 111歳 皇寿(こうじゅ)、川寿(せんじゅ)
- 120歳 大還暦(だいかんれき)、昔寿(せきじゅ)
なお厚生労働省は平成18年簡易生命表[1]において「日本の男性の平均寿命(ゼロ歳での平均余命)は79.00歳、日本の女性の平均寿命は85.81歳」と発表している。
[編集] 歴代の長寿世界一記録者
ギネス世界記録として認定されたものを掲載する。生没年月日はグレゴリオ暦で表記。
[編集] 歴代の長寿日本一記録者
生没年月日はグレゴリオ暦で表記。名前でのソートは姓の50音順。生年月日の列のソートボタンで元の順序に戻る。
- 在位日数の算出は、先代の死去日当日を1日目として計算している。
- 河本にわ以前の出典は田中淳三著『死亡率をめぐる若干の考察』「長寿社会レポート第6号」(三井生命保険相互会社、1998年)。
- 2010年5月2日まで日本一であった知念カマは家族の意向により氏名非公表とされていたが、長寿日本一となった段階でメディアで報道された[3]。それ以前よりアメリカの老人学研究団体・Gerontology Research Groupが氏名と誕生日を公表していた。
- 藤沢ミつはその戸籍から公式上は津川イネ死去後の国内最高齢とされているが、実際の生年は1890年、本名は「藤沢コサヨ」の可能性がある。その場合竹原セキが国内最高齢となり、実際1989年4月に日本長寿者顕彰委員会が竹原セキを当時の長寿日本一に認定している。本一覧もそれに従い藤沢ミつをカッコ付きで掲載している。(経緯の詳細は藤沢ミつおよび竹原セキも参照のこと)
[編集] 115歳以上に達した世界の長寿記録
ギネス世界記録で認定されたものを掲載する。生没年月日はグレゴリオ暦で表記。
[編集] 現在の世界の長寿者十傑
アメリカに本拠を置く老人学研究グループのホームページ(外部リンク)を参考に掲載する。
| 順位 |
名前 |
年齢 |
性別 |
生年月日 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 115歳 | 女性 | 1896年8月26日 | アメリカ・ジョージア州在住。 | |
| 2 | 114歳 | 女性 | 1897年4月4日 | イタリア出身、アメリカ・アイオワ州在住。イタリア最高齢の人物。 | |
| 3 | 114歳 | 男性 | 1897年4月19日 | 日本最高齢の人物。京都府在住。 | |
| 4 | 114歳 | 女性 | 1897年10月31日 | アメリカ・オレゴン州在住。 | |
| 5 | 113歳 | 女性 | 1898年2月1日 | アメリカ・ジョージア州在住。 | |
| 6 | 113歳 | 女性 | 1898年3月5日 | 日本・大阪府在住。 | |
| 7 | 113歳 | 女性 | 1898年3月8日 | 日本・沖縄県在住。 | |
| 8 | 113歳 | 女性 | 1898年6月2日 | フランス最高齢の人物。 | |
| 9 | 113歳 | 女性 | 1898年9月7日 | アメリカ・サウスカロライナ州在住。 | |
| 10 | 113歳 | 女性 | 1898年10月31日 | 日本・北海道在住。 |
[編集] 国別の長寿記録一覧
ギネス世界記録で認定されたものを掲載する。生没年月日はグレゴリオ暦で表記。
[編集] ギネス世界記録非認定の主な長寿者
不確かな記録を含む。
[編集] 1955年以後没
| 名前 |
性別 |
年齢 |
生年月日 |
没年月日 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 男性 | 168歳105日 | 1805年5月20日 | 1973年9月2日 | 生年月日は自称か。 | |
| 女性 | 160歳1日 - 161歳30日 |
1834年 | 1995年1月 | ||
| ? | 150歳1日 - 151歳364日 |
1808年 | 1959年 | ||
| 男性 | 149歳+ | 1848年 | 1998年 生存確認 |
日本語版ギネスブック1999年版に自称年齢として掲載。 | |
| 男性 | 138歳84日 | 1870年5月28日 | 2008年8月20日 | 年金手帳には1878年5月20日生まれと記されている(その場合、生存日数は130年92日となる)。 | |
| 男性 | 133歳 | 不詳 | 不詳 | ||
| 女性 | 131歳16日 - 132年15日 |
1875年 | 2007年1月16日 | ||
| 女性 | 130歳47日 | 1879年3月25日 | 2009年5月11日 | ||
| 女性 | 130歳+ | 1880年7月8日 | 2010年7月12日 生存確認 |
生年月日は旧ソ連時代の記録などによるもの。2010年7月現在、ギネス世界記録に申請中[4]。 | |
| 男性 | 129歳+ | 1875年 | 2005年8月 生存確認 |
生年は自称 | |
| 女性 | 129歳101日 | 1871年5月5日 | 2000年7月14日 | ||
| 女性 | 128歳309日 | 1878年5月3日 | 2007年3月8日 | ||
| 女性 | 128歳260日 | 1875年1月27日 | 2003年10月14日 | ||
| ? | 128歳16日 | 1876年7月26日 | 2004年7月12日 | ||
| ? | 127歳155日 | 1878年8月16日 | 2004年1月18日 | ||
| 女性 | 126歳+ | 1877年 | 2004年6月 生存確認 |
ロイター通信が世界最高齢になる可能性があると報じた。 | |
| 男性 | 125歳356日 | 1880年6月19日 | 2006年6月10日 | 出生証明書なし。 | |
| 男性 | 125歳314日 | 1869年12月15日 | 1995年10月25日 | ||
| 男性 | 125歳214日 | 1880年7月24日 | 2006年1月24日 | ||
| 女性 | 125歳34日 | 1881年12月24日 | 2007年1月27日 | ||
| 女性 | 125歳14日 | 1878年12月25日 | 2004年1月8日 | ||
| 男性 | 125歳 | 不詳 | 不詳 | ||
| 女性 | 124歳+ | 1880年2月28日 | 2004年10月 生存確認 |
||
| スージー・ブロンソン | 女性 | 123歳341日 - 124歳6日 |
1870年12月25日 | 1994年12月 | |
| 女性 | 123歳69日 - 123歳99日 |
1880年8月 | 2003年11月8日 | ||
| 女性 | 122歳94日 - 123歳93日 |
1884年 | 2007年4月4日 | ||
| 女性 | 122歳+ | 1888年 | 2008年2月14日 生存確認 |
||
| 女性 | 119歳154日 | 1887年11月3日 | 2007年4月6日 | 2007年公表の社会保障記録によると1896年生の110歳とも(英語版記事より) | |
| 男性 | 116歳274日 | 1891年3月15日 | 2007年12月14日 | 生年月日はパスポートの記載によるもの。 |
[編集] 1954年以前没
| 名前 |
性別 |
年齢 |
生年 |
没年 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 男性 | 255歳1日 - 256歳364日 |
1677年 | 1931年 | 生誕150年、200年に清国政府が祝辞の言葉をあげている。 | |
| 男性 | 193歳1日↑ | 1602年 | 1796年以後 | 萬平(万平)とも。 | |
| 男性 | 185歳 | 不詳 | 不詳 | ||
| ? | 185歳 | 不詳 | 不詳 | ||
| ? | 184歳1日 - 185歳364日 |
1539年 | 1724年 | ||
| 女性 | 172歳 | 不詳 | 不詳 | 松原仙右衛門の妻。 | |
| ? | 171歳1日 - 172歳364日 |
1553年 | 1725年 | ||
| ? | 169歳1日 - 170歳364日 |
1807年 | 1977年 | ||
| ? | 163歳1日 - 164歳365日 |
1764年 | 1928年 | ||
| ? | 156歳1日 - 157歳365日 |
1523年 | 1680年 | ||
| 男性 | 151歳1日 - 152歳364日 |
1483年 | 1635年 | ||
| ? | 145歳326日 | 1626年11月18日 | 1772年10月9日 | ||
| 男性 | 123歳6日 | 1820年12月12日 | 1943年12月18日 | 1900年の国勢調査で77歳と記載。121歳没(1822年生まれ)の可能性あり。 |
[編集] 高齢で死去した著名人
100歳以上の人物を掲載。年齢は満年齢。生没年月日の表記について1582年10月4日以前はユリウス暦、同年10月15日以後はグレゴリオ暦に準拠。ただし前近代には現代のような本格的な戸籍制度がまだなかったことに加え、僧侶伝・縁起や系図など拠るべき史料の信憑性にも疑わしいものが少なくない。「死去した人物」なので、生存中の人物はここでは掲載しない。
[編集] 日本史(古代 - 近世)
月日不明で年表記のみのものは旧暦年。
| 人名 |
年齢 |
生年月日 |
没年月日 |
事績 |
典拠・備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日白残夢 | 137歳103日 - 138歳92日 |
1438年 | 1576年4月27日 | 会津実相寺22代 | 『本朝高僧伝』 |
| 大進房(祐慶) | 135歳362日 - 137歳339日? |
1187年? | 1324年? | 刀工 | 生没年は一説。 |
| 渡辺幸庵 | 128歳25日 - 130歳13日 |
1582年 | 1711年 | 武家、冒険家 | 『渡辺幸庵対話記』。架空の人物か。 |
| 西松逕 | 124歳162日 - 125歳150日 |
1603年 | 1728年7月10日 | 医家 | 『長崎史蹟人物誌』 |
| 道守東人 | 120歳302日↑ | 669年 | 790年11月24日以後 | 『続日本紀』。一説に679年生。 | |
| 寺田無禅 | 120歳40日 - 121歳39日? |
1570年? | 1691年2月9日 | 書家 | 一説に1573年生。 |
| 随翁舜悦 | 119歳271日 | 1507年3月18日 | 1626年12月14日 | 武蔵宗関寺開山 | 『日本洞上聯灯録』 |
| 岩本知足斎 | 119歳222日↑ | 1493年 | 1613年9月以後 | 易学者 | |
| 輝山宗珠 | 119歳16日 - 120歳3日 |
1408年 | 1528年2月2日 | 甲斐龍華寺僧 | 『日本洞上聯灯録』 |
| 大路一遵 | 118歳109日 - 119歳97日 |
1399年 | 1518年5月15日 | 金龍山広徳寺開山 | 『日本洞上聯灯録』 |
| 長谷川英信 | 116歳334日 - 117歳350日? |
1602年? | 1720年1月 | 居合道英信流祖 | |
| 春海貞吉 | 117歳85日 - 118歳191日 |
779年 | 897年夏 | 唐舞師 | 『政事要略』 |
| 飯田義山 | 116歳72日 - 117歳61日 |
1742年 | 1859年4月7日 | 書家 | 墓碑銘による。 |
| 永田徳本 | 116歳61日 - 117歳49日 |
1513年 | 1630年3月27日 | 医家 | |
| 一井鳳梧 | 115歳197日 - 116歳185日 |
1616年 | 1731年8月27日 | 儒者 | |
| 源算 | 115歳77日 - 116歳65日 |
983年 | 1099年4月22日 | 善峯寺開山 | 『拾遺往生伝』『元亨釈書』 |
| 尾張浜主 | 112歳18日↑ | 733年 | 846年2月25日以後 | 楽家 | 『続日本後紀』 |
| 林松翁 | 111歳309日 - 112歳297日 |
1541年 | 1653年11月20日 | 鉱業家、経世家 | |
| 真智 | 111歳194日 - 112歳182日? |
1473年? | 1585年7月30日 | 専修寺僧 | 一説に1504年生。 |
| 初代藤川武左衛門 | 110歳45日 - 111歳63日? |
1618年? | 1729年3月31日 | 上方歌舞伎役者 | 1632年生とする説が有力か。 |
| 青岑珠鷹 | 109歳274日 - 110歳262日 |
1362年 | 1472年10月16日 | 磐城龍門寺開山 | 『日本洞上聯灯録』 |
| 直翁呈機 [5] | 108歳6日 - 109歳348日 |
1307年 | 1416年 | 松ヶ崎光禅寺開山 | |
| 多劫建昌 [5] | 107歳361日 - 109歳14日 |
1463年 | 1572年2月3日 | 宇都宮氏家臣 | 『多劫系図』 |
| 天海 | 107歳293日? | 1536年1月23日? | 1643年11月12日 | 政僧、寛永寺開山 | 生年は1509年 - 1554年の間で諸説あり。 |
| 滝川益氏 | 107歳28日 - 109歳5日 |
1527年 | 1635年 | 滝川氏一門衆 | |
| 西念 | 106歳71日 - 107歳60日 |
1182年 | 1289年4月6日 | 親鸞二十四輩の一 | |
| 北山准后 (四条貞子) |
105歳276日 - 106歳263日 |
1196年 | 1302年10月22日 | 西園寺実氏室 | |
| 長谷川角行 | 105歳155日 | 1541年2月10日 | 1646年7月15日 | 神道家、富士信仰開祖 | 『御大行の巻』など |
| 加藤豊三 | 105歳9日 - 106歳353日 |
1700年 | 1806年 | 瀬戸陶工 | |
| 宗像宗繁 | 105歳80日 | 1469年6月21日 | 1574年9月9日 | 宗像大社大宮司 | 『宗像朝臣系図』 |
| 木幡高清 | 104歳1日 - 106歳8日 |
1537年 | 1642年 | 相馬氏家臣 | |
| 高麗媼 (中里エイ) |
104歳1日 - 106歳7日 |
1567年 | 1672年 | 三川内焼陶祖 | |
| 佐和文智 | 103歳330日 - 105歳316日 |
1768年 | 1873年 | 儒者 | |
| 中方明哉 | 103歳318日 - 104歳306日 |
1747年 | 1851年12月13日 | 瑞巌寺117世 | |
| 石田重家 | 102歳78日 - 103歳96日? |
1583年? | 1686年4月30日 | 妙心寺寿聖院3世 | 別説に1587年、1590年、1591年生とも。 |
| 阿部将翁 | 102歳5日 - 103歳23日? |
1650年? | 1753年2月24日 | 本草学者 | 一説に1666年生。 |
| 日昭 | 101歳121日 - 102歳120日? |
1221年? | 1323年5月1日 | 日蓮宗の僧 | 一説に1236年生。 |
| 周藤弥兵衛 | 101歳21日 - 102歳20日 |
1651年 | 1753年1月21日 | 治水家 | |
| 初代本松斎一得 | 101歳45日 - 102歳44日 |
1718年 | 1820年2月14日 | 華道家 | |
| 飯篠家直 (長威斎) |
100歳107日 - 101歳125日? |
1387年? | 1488年5月26日 | 天真正伝香取神道流祖 | 一説に1421年生。 |
| 太安養康 | 100歳115日 - 101歳103日 |
1448年 | 1549年5月19日 | 曹洞宗僧 | |
| 尊鏡 | 99歳214日↑ | 682年 | 782年9月3日以後 | 松尾山寺僧 | 『続日本紀』 |
| 萩野鳩谷 | 99歳136日 - 100歳135日? |
1717年? | 1817年5月16日 | 儒学者 | |
| 国司元相 | 99歳42日 - 100歳41日 |
1492年 | 1592年2月11日 | 毛利氏家臣 | |
| 竹田千継 | 98歳352日 - 101歳21日 |
760年 | 860年 | 医家 | 『皇国名医伝』 |
| 林屋 [5] | 98歳36日↑ | 1550年以前 | 1649年3月13日 | 三河縁心寺開山 | 『浄土伝灯総系譜』 |
[編集] 日本史(近代以後)
[編集] 世界史(古代 - 中世)
| 人名 |
国 |
年齢 |
生年月日 |
没年月日 |
事績 |
|---|---|---|---|---|---|
| 菩提流志 | 唐 | 154歳1日 - 155歳364日? |
572年? | 727年 | |
| 羅公遠 | 唐 | 138歳1日 - 139歳364日? |
619年? | 758年 | 道士 |
| 許遜(許真君) | 西晋 | 134歳1日 - 135歳364日? |
239年? | 374年? | 浄明道開祖 |
| 高柴 | 周 | 127歳1日 - 128歳364日? |
紀元前521年 | 紀元前393年? | 孔子七十子の一 |
| 張陵 | 後漢 | 121歳1日 - 122歳365日? |
34年? | 156年? | 五斗米道開祖 |
| モーセ | 古代イスラエル | 120歳 | 不詳 | 不詳 | 預言者 |
| 趙州従諗 | 唐 | 118歳1日 - 119歳364日 |
778年 | 897年 | 禅僧 |
| 仏図澄 | 115歳1日 - 116歳365日? |
232年? | 348年 | ||
| 曇光 | 西晋 | 109歳1日 - 110歳365日 |
286年 | 396年 | |
| 無瑕 | 明 | 108歳1日 - 109歳364日 |
1514年 | 1623年 | |
| 慧可 | 北魏 - 隋 | 105歳1日 - 106歳364日 |
487年 | 593年 | 禅宗第二祖 |
| 穆王 | 周 | 104歳1日 - 105歳365日? |
紀元前1045年? | 紀元前940年? | 周王朝第5代王 |
| 王遠知 | 北魏 - 唐 | 104歳1日 - 105歳364日? |
530年? | 635年 | 茅山宗第十代宗師 |
| 張蒼 | 秦 | 103歳1日 - 104歳365日? |
紀元前256年? | 紀元前152年 | 官僚(御史) |
| 甄権 | 唐 | 101歳1日 - 102歳364日? |
541年? | 643年 | 医家 |
| 孫思邈 | 唐 | 100歳1日 - 101歳364日 |
581年 | 682年 | 医家 |
| 澄観 | 唐 | 100歳1日 - 101歳364日 |
738年 | 839年 | 華厳宗第四祖 |
| 神秀 | 唐 | 99歳1日 - 100歳364日 |
606年 | 706年 | 北宗禅開祖 |
[編集] 世界史(近代以後)
[編集] 伝説・神話の人物
[編集] 日本史(古代 - 近世)
[編集] 詳細あり
月日不明で年表記のみのものは旧暦年。
| 人名 |
年齢 |
生年月日 |
没年月日 |
事績 |
典拠・備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 武内宿禰 | 282歳92日 - 283歳138日 |
84年 | 367年4月 | 棟梁之臣・大臣 | 『記紀』。登場人物では最長寿者。 |
| 白幽子 | 238歳234日 - 239歳222日 |
1470年 | 1709年9月12日 | 隠士(仙人) | |
| 景行天皇 | 141歳333日 - 142歳321日 |
紀元前13年 | 130年12月24日 | 第12代天皇 | 『記紀』 |
| 仁徳天皇 | 141歳17日 - 142歳5日 |
257年 | 399年2月7日 | 第16代天皇 | 『記紀』 |
| 垂仁天皇 | 138歳194日 | 紀元前69年1月26日 | 70年8月8日 | 第11代天皇 | 『記紀』 |
| 孝安天皇 | 135歳16日 - 136歳4日 |
紀元前427年 | 紀元前291年2月27日 | 第6代天皇 | 『記紀』 |
| 神武天皇 | 126歳55日 | 紀元前711年2月13日 | 紀元前585年4月9日 | 初代天皇 | 『記紀』 |
| 孝霊天皇 | 126歳53日 - 127歳42日 |
紀元前342年 | 紀元前215年3月27日 | 第7代天皇 | 『記紀』 |
| 崇神天皇 | 118歳326日 - 119歳345日 |
紀元前148年 | 紀元前29年1月9日 | 第10代天皇 | 『記紀』 |
| 孝元天皇 | 114歳238日 - 115歳255日 |
紀元前273年 | 紀元前158年10月14日 | 第8代天皇 | 『記紀』 |
| 孝昭天皇 | 112歳202日 - 113歳191日 |
紀元前506年 | 紀元前393年9月5日 | 第5代天皇 | 『記紀』 |
| 開化天皇 | 109歳92日 - 110歳111日 |
紀元前208年 | 紀元前98年5月23日 | 第9代天皇 | 『記紀』 |
| 応神天皇 | 109歳85日 | 201年1月5日 | 310年3月31日 | 第15代天皇 | 『記紀』 |
| 成務天皇 | 105歳168日 - 106歳185日 |
84年 | 190年7月30日 | 第13代天皇 | 『記紀』 |
[編集] 詳細なし
[編集] 世界史
[編集] 詳細あり
| 人名 |
国 |
年齢 |
生年月日 |
没年月日 |
事績 |
備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ボーガナタル | インド | 約12000歳 | 不詳 | 不詳 | ヨーガ行者 | 現在は肉体を離れ、別次元で活動を続けているとされる。 |
| マハー・アヴァター・ババジ | インド | 1806歳 | 203年11月30日 | 不詳 | ヨーガ行者 | 今でも生存していると信じられている。 |
| メトシェラ | 969歳 | 不詳 | 不詳 | 『旧約聖書』。登場人物では最長寿者。 | ||
| 彭祖 | 中国 | 800歳 | 不詳 | 不詳 |
[編集] 詳細なし
[編集] 長寿認定の問題点
「高齢者所在不明問題」も参照
歴史上、或いは近世から現代に掛けての戸籍制度上において、100歳を超える長寿の者は数多く存在しているが、その実年齢認定を巡っては様々な問題と議論が存在してきた。
まず、前近代には現代のような本格的な戸籍制度がまだなかったことに加え、僧侶伝・縁起や系図など拠るべき史料の信憑性にも疑わしいものが少なくない事が挙げられる。歴史上の人物には同姓同名の当主名を代々世襲した一族が数多く存在し、その一族の数代に渡る事績を同一人物の事績として後世の史家に認識されている者も少なくない。そうした人物は当然ながら当時の平均寿命よりも遙かに長寿であったと記録される事になる。
戸籍制度が徐々に整備され始めた近世においては、戦乱や革命などによる国家崩壊と言った社会的混乱や、暦の改正などの要因が加わり、かつて存在した国家の戸籍記録やパスポートの記述を以て長寿記録を宣言したものの、ギネスブックなどに認定されるに至らなかった実在の長寿者が数多く存在した。
戸籍制度が高度に整備された近代及び現代に置いては、上記のような問題の発生は比較的少なくなっているが、近年現に生存している長寿者が長寿を宣言しても認定されない過去の事例とは全く性質が異なる問題が出現し始めている。日本においては生年及び死亡年月日の届け出は家族や同居者、或いは民生委員などによる自己申告により法務局などに戸籍として記録され、それとは別に個々人の申告によって住民登録も各自治体に行われ、転居などの要因による移籍も原則として各人の自己申告の下に行われる。しかし、本人の死亡の後に正式な届け出が無く、しかも周囲に本人の死亡が全く認識されなかった(或いは同居者により、意図的な死亡事実の隠蔽が行われた)ような状況の場合、実際の死後長期に渡り社会的には生存として扱われ、最終的には長寿ランキングに名を連ねる状況になる事態が発生しうる。
この問題の発端は2010年7月末、同年現在「東京都内最高齢、国内2位の111歳の長寿」とされていた男性が実際には1978年ごろには既に死亡しており、その後30年以上に渡り社会的に「生存」と認定され続けていた事実が発覚[7]した事に始まった。また、本件発覚を契機に東京都内を中心に100歳を超える高齢者の再調査が行なわれた結果、“杉並区在住で都内最長寿”とされていた113歳の女性が所在不明となっている事実[8]も確認される事態となり、各メディアはこうした戸籍上のみに記録の残る"高齢者"を名ばかり高齢者として広く報道するようになった。
このような事件の背景には、少子高齢化の進行や核家族化、或いは過疎や地域社会の繋がりの希薄化などにより、ある人物が行方不明となってもその異常事態が地域社会から認識されにくくなっている事や、個人情報や家庭のプライバシーの保護を優先する余り、「名ばかり高齢者」の家族が一丸となって死亡事実の隠蔽を行った場合、公的機関や医療関係者であってもそれ以上の強制的な調査が行いがたい社会制度の不備なども一因[9]として考えられる。
また、身寄りのない独居老人が転居を繰り返した果てに孤独死してしまったような場合には、遺体発見状況によっては「自宅」で死去していた場合でも行旅死亡人として処理されてしまう[10]ため、正式な死亡届が最後に住民登録が行われた自治体に提出されないまま時間だけが経過してしまう場合もある。類似した事例として、戦前の大火(震災に伴うものも含む)や戦中の空襲などで焼死した罹災者や戦没者の場合も、遺体の損壊が激しい場合には身元が不明なまま遺体のみが処理された為、その後戸籍上のみに存在が記録されたまま現代に至っている事例が考えられる。
このような事例は戸籍制度の信憑性を揺るがすのみならず、場合によっては年金の不正受給(詐欺)などの事件性の高い事態に発展[11]する事が考えられる為、その対策が待たれる事となる。
2010年8月3日、その後も相次ぐ事件・行方不明事案の発覚に対して、政府・民主党の長妻昭厚生労働大臣は「高齢の方々がどこにいらっしゃってどういう状況なのか、把握するのは重要な課題だ」と述べ、一定年齢以上の高齢者について実態調査に乗り出す考えを明らかにし[12]、特に2010年現在も全国に数十人前後生存しているとされる「110歳以上の年金受給者」に関しては本人に面会して直接所在を確かめる意向を発表した[13]。
なお、住民登録と異なり、所在不明者の戸籍からの強制的な除籍は現在のところ自治体にも法的な義務が無く、年金や社会保険の申請は住民登録を主体に行われる関係上、年金詐取などの要因となりえない「戸籍上にのみ生存が記録されている所在不明者」の除籍に行政が及び腰な事も、この問題をより一層複雑なものとしている。2010年8月末現在では、大阪府では明治維新以前の江戸時代の出生で、戸籍上にのみ「生存」が記録されている「長寿者」が5000人以上存在している事が明らかとなっており、長崎県壱岐市においても、江戸時代の1810年生まれの200歳男性が戸籍上生存扱いになっている事実が確認[14]されており、このような現在の現実の長寿記録をはるかに上回る"戸籍上のみの生存者"は、今後の調査によっては全国的にさらに増えることが予想されている。
[編集] 長寿法
- 古代ギリシア、ローマからおこなわれる処女回生術(Gerokomie)という延命術では旧約時代に若い処女に接触することにより衰弱した老人に回生させ、長寿ならしめると考えられたことにもとづく。
- 徐福は秦の始皇帝から不老不死の仙薬をもとめて蓬莱山につかわされ、日本の紀州で死んだ。
- ヨーロッパで錬金術が発達したのは、不老不死の霊薬を得ることができなかったからでもある。
- フランスのブラウン=セカール(fr:Charles-Édouard Brown-Séquard)は生殖腺の機能減退が老衰の原因であるとして青年の睾丸エキスを採取し、みずからの身体に注射した。
- オーストリアの生理学者・シュタイナッハ(de:Eugen Steinach)は1921年、輸精管を結紮すれば睾丸の間質細胞が増殖して回春すると唱え、その研究所には手術希望者が集まり、日本の榊保三郎はこれを祖述した。
- フランスのヴォルノフ(en:Serge Voronoff)は1927年、老衰した睾丸または卵巣を交換すれば回春し容易に125歳の長寿を得るといい1930年に来日した。
- ロシアのイリヤ・メチニコフは腸内細菌による中毒が老化の原因であるとして、乳酸菌の効果を力説した。
- フランスの医師・オリヴィエ(Olivier)は3年間みずからの身体に珪酸を注射し動脈硬化および慢性腎炎をまぬかれ70歳で心身ともに回春したといい、1911年にドイツのロストック大教授・キューン(Kühn)は珪酸ナトリウム溶液の静脈注射で動脈硬化を防止し長寿を達し得るといった。
[編集] 関連項目
- 長寿番組
- 長寿社会文化協会
- 誕生日
- 鬼熊
- ツル・カメ(日本語には「ツルは千年、カメは万年」という慣用句があり、ツルやカメは長寿の象徴とされる。カメは150年以上生存した記録がある)
- きんさんぎんさん(長寿の双子)
- 森繁久彌(俳優、芸歴72年で引退。長年弔辞をしてきた事からネット上で長寿と有名だった)
[編集] 脚注
- ^ 津川イネの死去(1986年5月21日)から藤沢ミつの死去(1990年1月17日)までの日数。
- ^ “誰か昭和を想わざる 昭和ラプソディ(昭和61年4~6月)”. 2011年8月15日閲覧。
- ^ “世界最高齢の115歳女性が死去、沖縄県女性が長寿世界一に”. AFPBB News. (2009年9月12日) 2009年9月12日閲覧。
- ^ 2010年7月12日付 中日新聞朝刊6面
- ^ a b c 読み仮名の一部または全部が不明
- ^ http://www.town.takanabe.miyazaki.jp/about/jinbutu.html
- ^ asahi.com(朝日新聞社):都内男性最高齢111歳、30年前に死亡か 自宅に遺体 - 社会
- ^ 113歳女性:所在確認できず 杉並の都内最高齢毎日.jp 2010年8月3日
- ^ 過去にはライフスペースの成田ミイラ化遺体事件のように、死亡しているのが明らかな人物であっても周囲の人物が「この人物は生存している」と強硬に主張する事で発覚が遅れた事例なども存在する。
- ^ 不明高齢者はどこへ!? 大半は自宅で“行き倒れ”か -ZAKZAK
- ^ 111歳遺体:年金不正受給容疑で81歳長女逮捕 警視庁 - 毎日jp(毎日新聞) - 実際に前述の東京都の男性の家族は、その後年金詐取容疑で逮捕されることとなった。
- ^ 相次ぐ所在不明で「一定年齢以上の高齢者」を調査へ 長妻厚労相が意向 - MSN産経ニュース
- ^ 高齢者不明:110歳以上の年金受給者全員の所在確認へ - 毎日jp(毎日新聞)
- ^ 時事ドットコム:長崎・壱岐市では200歳男性=高齢者の戸籍上生存問題で