鎌谷駅

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鎌谷駅
北側からの全景(営業当時)
北側からの全景(営業当時)
かまや - KAMAYA
福地 (1.4km)
(1.7km) 上横須賀
所在地 愛知県西尾市鎌谷町中屋敷
所属事業者 名古屋鉄道
所属路線 西尾線
キロ程 18.8km(新安城起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
97人/日(降車客含まず)
-2005年-
開業年月日 1915年(大正4年)3月14日
廃止年月日 2006年(平成18年)12月16日

鎌谷駅(かまやえき)は、愛知県西尾市鎌谷町中屋敷にあった、名古屋鉄道西尾線。普通電車のみの停車駅で福地駅上横須賀駅の間に位置していたが、2006年12月16日をもって廃止となった。

駅構造[編集]

単式1面1線ホーム地上駅駅集中管理システム未導入の無人駅で、駅舎もないため直接ホームに入る構造となっていたが、西尾線の西尾駅以南と蒲郡線を走る西尾〜蒲郡間で行われていたワンマン運転(通称・西蒲ワンマン)のため、ホームに券売機が設置されていた。

配線図[編集]

鎌谷駅 構内配線略図

西尾方面
鎌谷駅 構内配線略図
吉良吉田
蒲郡方面
凡例
出典:[1]



利用状況[編集]

愛知県の統計によれば、平成14年度の乗車人員は1日平均90人(乗降客数換算で180人)である。

また、駅廃止の方針を受けて西尾市の総務部会に出された資料によれば、平成16年度の乗降客は1日平均175人、さらに西尾市による2006年4月24日の独自調査によれば1日の乗降客は162人であり、1日に発着する電車の合計71本のうち、全く乗降客のないものが31本であった。

駅周辺[編集]

歴史[編集]

南側からの全景(営業当時)
駅名標と待合室(営業当時)

2006年12月15日深夜、駅の営業としての最終電車発車後間もなく駅名標や券売機は撤去され、翌12月16日未明にホームへの入り口を閉鎖した。2007年2月にホームや待合室など駅施設の撤去工事を行って駅跡地を整地し、線路への侵入を防ぐ柵が設置された。

  • 1915年(大正4年)
    • 3月14日 - 当地付近に西尾鉄道の横須賀口駅が開業(ただし、吉良吉田延伸のための鉄橋完成までの暫定措置)
    • 8月5日 - 西尾鉄道吉良吉田延伸に伴い、横須賀口駅廃止
  • 1926年(大正15年)12月1日 - 愛知電気鉄道が西尾鉄道を合併
  • 1928年(昭和3年)10月1日 - 愛知電気鉄道により鎌谷駅開業
  • 1935年(昭和10年)8月1日 - 愛知電気鉄道と名岐鉄道が合併し名古屋鉄道となる
  • 1944年(昭和19年) - 営業休止
  • 1952年(昭和27年)10月1日 - 営業再開
  • 2006年
    • 1月31日 - 名鉄西尾駅で開かれた協議会の第1回目の幹事会(各市町の企画課長が出席)で、当駅廃止の方針が説明される。
    • 2月17日 - 名鉄の企画管理部長ら3名が西尾市役所に来庁。名鉄より西尾市に当駅廃止の方針を説明。
    • 4月20日 - 西尾線内3駅の12月廃止検討が新聞等で報道される。
    • 5月31日 - 西尾市長らが名鉄本社に鎌谷駅存続の要望書に4231名分の署名簿を添えて提出[注釈 1]
    • 6月8日 - 西尾市の6月定例議会にて名鉄負担による存続を働きかける方針との答弁[注釈 2]
    • 6月26日 - 安城市、西尾市、吉良町の首長らが合同で名鉄本社に駅存続の要望書を提出。
    • 7月5日 - 名鉄が12月16日付けで鎌谷駅など5駅の廃止を中部運輸局に申請。
    • 8月7日 - 西尾市の庁議で鎌谷駅存続を断念し、駅廃止の受諾を決定[注釈 3]
    • 10月3日 - 中部運輸局が廃止を認可。
    • 12月16日 - 廃止。
  • 2007年(平成19年)2月 - プラットホームを撤去、駅跡地を整地して防護柵設置

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 西尾市側より自動改札機設置費用を行政が負担した場合、駅の廃止は撤回されるのかと問いに、名鉄は協議の結果いかんでは廃止の撤回はあり得ると回答。
  2. ^ 鎌谷駅の廃止問題について名鉄への批判が相次ぎ、存続のための駅設備への費用負担は、同じ西尾市内で完成直後に名鉄が廃止を打ち出し、2004年に区間廃線された旧名鉄三河線の寺津高架橋の例を引き合いに出した反対意見が出た。
  3. ^ 存続策として名鉄側は事前に鎌谷駅全体の施設整備費用を2億2千万円と試算し、自動改札機などの営業施設費用とランニングコストを名鉄が負担、残る鉄道施設費用と事務費用の1億8千万円を西尾市が負担することを提示、合わせて市が具体的な利用促進策を提示するように求めたが、西尾市としては名鉄側からの負担金1億8千万円の提示の内訳や根拠が示されておらず、負担しても乗降客数300人を上回るための具体的な利用促進策提示が困難であることを理由とした。また仮に存続した場合においても駅設備機器の耐用年数から、5年後の状況によって再び駅存続問題が検討されるおそれがあることも考慮された。

出典[編集]

  1. ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第473号 1986年12月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、付図「名古屋鉄道路線略図」

関連項目[編集]