鉄道事故
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
鉄道事故(てつどうじこ)とは、鉄道車両の運転時に発生する事故である。列車の遅れ等輸送障害を指して事故と称することもあるが、本項では衝突、脱線、火災など死傷者の発生に至る事故を指す。事故を惹起する危険が高い事態が発生し、なおかつ実際には事故が発生しなかった事象は、事故が発生するおそれがあると認められる事態=インシデントと呼ばれる。
目次 |
[編集] 概要
鉄道は大量輸送が特徴であり、事故を起こすと多くの死傷者を出すだけでなく、運転ができなくなることによって社会的にも大きな影響を与える。
国土交通省令鉄道事故等報告規則では、鉄道運転事故としては列車衝突事故・列車脱線事故・列車火災事故・踏切障害事故・道路障害事故・鉄道人身障害事故・鉄道物損事故の7項目を定めている。鉄道による輸送に障害を生じた事態であって、上記の鉄道運転事故以外のものは鉄道事故ではなく輸送障害という。特に雨や雪などで休止や遅延が発生した場合には、輸送障害ではなく、災害と呼ばれる。
なお、国土交通省の運輸安全委員会(2008年10月に航空・鉄道事故調査委員会から改組)の「鉄道事故調査報告書」では鉄道事故について以下のような分類がなされている。
- 鉄道関連
- 列車衝突事故
- 列車脱線事故
- 列車火災事故
- 踏切障害事故
- 道路障害事故
- 鉄道人身障害事故
- 鉄道物損障害事故
- その他の事故
- 軌道関連
- 車両衝突事故
- 車両脱線事故
- 車両火災事故
- 踏切障害事故
- 道路障害事故
- 人身障害事故
- その他の事故
なお、事故のうち乗客・乗務員等の死亡、5人以上の死傷を生じたものなど運輸安全委員会設置法施行規則1条に掲げられたものに該当する事故を「重大事故」という。
鉄道事故件数は近年減少しているものの、日本では些細なものも含めて年間500件以上起きており、そのうち半数近くが踏切障害事故である。
[編集] 主な鉄道事故(日本)
日本の鉄道事故については下記を参照のこと。
[編集] 1949年以前に発生した鉄道事故
[編集] 1950年から1999年までに発生した鉄道事故
[編集] 2000年以降に発生した鉄道事故
[編集] 主な鉄道事故(日本以外)
[編集] 19世紀
- イギリス・ランカシャーのパークサイド駅で、リヴァプール-マンチェスター鉄道の開業当日、招待客の代議士ウィリアム・ハスキソンが、同じく招待客だったウェリントンに挨拶をしようと線路を横断しようとしたところ、機関車ロケット号に轢かれ死亡。史上初の鉄道死亡事故。
- フランス・パリ~ベルサイユ間を走行中の列車を牽引していた蒸気機関車の車軸が折損して脱線転覆。ボイラーの火が客車に延焼し53名が死亡。当時の客車は外開きで外から鍵で施錠されていたため、中から乗客が脱出できなかったのが惨事を大きくした。
- イギリス・北アイルランドのアーマー州グレート・ノーザン鉄道で、機関車から切り離された客車が坂を逆走し後続列車と衝突。死者88名。客車15両編成の列車が13‰の急勾配を登り切れなかったため、客車を分けて牽引しようと後ろ10両を切り離した。切り離された客車には動かないよう処置されていたが、機関車が発車しようとした際の衝撃で逆走した。この事故を契機に自動ブレーキや閉塞の導入が義務づけられる。
[編集] 20世紀前半
- アメリカ合衆国・ワシントン州のグレートノーザン鉄道ウェリントン駅で大規模な雪崩が発生、折りしも猛烈な吹雪で6日間立ち往生していた旅客列車と郵便列車が巻き込まれ、死者96人。鉄道施設が襲われた雪崩による事故では最悪の事故である。
- イギリス・スコットランドのキンティンスヒル駅で、軍用列車を含む5本の列車が衝突。兵士など227名が死亡。イギリス史上最悪の鉄道事故。駅に列車が停車していたにもかかわらず、場内信号を進行表示にしてしまったため、上り軍用列車が進入して衝突。その弾みで衝突した列車の炭水車が横転し、そこに下り急行列車が衝突した。
- フランスのサン・ミッシェル・ドゥ・モーリエンヌ付近で、軍用列車がブレーキ制御を喪失し、ブレーキからの摩擦熱で客車が炎上し急曲線で脱線。乗員1025名中死者543名を出す世界最悪級の惨事となった。原因は軍が機関車の最大荷重以上の牽引を命令した人為的事故だった。なお機関士は奇跡的に生存したが、事故責任無しとして訴追されなかった。
- アメリカ合衆国ニューヨークのブルックリン高速鉄道(BRT)の地下線でカーブに高速で進入した列車が脱線。死者93名以上。
- フランス・ナンシー付近で、クリスマス休暇で満員の普通列車に、急行列車が高速で激突。濃霧による信号の見落としが原因。「クロコディール」と呼ばれる、接触式の自動列車停止装置が設置されていたものの、凍結のため機能しなかった。さらに、普通列車の客車が木造車だったことが被害を大きくした。死者230人。当時の日本の鉄道雑誌「鐵道趣味」にも、大惨事の写真が掲載された。戦時中を除き、フランスの鉄道史上最悪の事故。
- イギリス・スコットランドのキャッスルキャリ駅で、停止信号を通り過ぎて駅構内に停止していた急行列車に、後からやってきた急行列車が追突。35名が死亡、179名が負傷した。駅の信号係が、信号を無視した列車は既に駅を通過していってしまったものと思いこみ、後から来た列車を駅に入れようとしたことが原因だった。この事故の後AWSを取り付けることが勧告された。
- ドイツ・死者100人を超える鉄道事故が同日に2件発生。
- Markdorfで、臨時列車と貨物列車が衝突。死者101人。ドイツの鉄道で死者が100人を超えた最初の事故。
- Genthinで、脱線して立ち往生していた満員の急行列車に、別の急行列車が追突。死者186人、負傷者453人。ドイツの鉄道史上、最悪の事故。
[編集] 1950年代
[編集] 1970年代
- 西ドイツ・2月~7月の半年に、20人以上の死者を出す鉄道事故が3件、連続して発生した。
- 2月9日:Aitrangで、TEEがカーブ(制限80km/h)を130km/hで通過して脱線。運悪く、複線の反対方向を走ってきたレールバスと衝突した。TEE列車のブレーキが凍結し、減速できなかったことが原因。死者28人、負傷42人。
- 5月27日:Radevormwaldで、貨物列車と臨時普通列車が単線区間で正面衝突。臨時普通列車の運転でダイヤが変更され、貨物列車が臨時に停車すべき行き違い駅を通過してしまった(信号操作ミス?)ことが原因とされる。臨時普通列車が軽量のレールバスであることも被害を大きくした。死者46人(遠足帰りの中学生41人を含む)、負傷25人。列車無線の拡大や、軽量のレールバスの淘汰が進められた。
- 7月21日:Rheinweilerで、急行列車がカーブ(制限75km/h)を140km/hで通過して脱線し、何両かは築堤から転落して民家を押しつぶす。死者23人、負傷121人。当時としては最新鋭の電気機関車だった103型の技術的欠陥が原因とされる。
- フランスのパリ~ランス間にあったビュルジトンネルのランス側入口300m付近で老朽化のため12mにわたり崩壊し、そこに上下2本の列車がほぼ同時に110Km/hで突っ込んで脱線転覆し107名が死亡した。
- イギリス ロンドン地下鉄のモーアゲート駅で列車が行き止まりのトンネルに衝突。死者43名。事故原因が特定できなかった。
- オーストラリア・シドニー近郊で列車が脱線し陸橋に衝突、陸橋が崩落し客車を押し潰した。死者83名。クラッシュ症候群による死者が多く出たことで知られる。(グランヴィル鉄道事故)
[編集] 1980年代
- ソビエト連邦南部のボルゴグラード近郊でボルガ川に架かる橋脚に客船が衝突し、橋脚が移動したため折りしも走行してきた列車が転落。死者240~400名。
- 1985年8月31日
- フランス・アルジャントンシュールクルーズ近郊で脱線した旅客列車に対向してきた貨物列車と衝突。43名が死亡。
- カナダ・アルバータ州ヒントン郊外で、バンクーバー発エドモントン行の特急スーパーコンチネンタル号と貨物列車CN413号が衝突し、スーパーコンチネンタル側21人、CN413号側2人の23人が死亡。直接な原因は、待避線におけるCN413号の乗務員の睡眠不足に伴う居眠りによる停止信号無視であったが、その後の調べで、カナダ国鉄が、死亡した乗務員の病状を放置していた上に、日本のEB装置にあたるデッドマンズペダルに乗務員が故意に荷物を置くなどして機能していなかったこと、また、車掌が非常停止装置を利用していなかったことが発覚。
- 1988年6月27日
- フランスのメランからパリ間を走行していた列車の乗客が通過駅で降りようとして非常停止スイッチを作動させた。この時運転手が非常停止スイッチの解除手順を間違ったために下り勾配で列車が暴走。パリ・リヨン駅の地下ホームで車掌遅刻のために出発の遅れていた列車に衝突。死者56名。後の刑事裁判では運転手と車掌が有罪になったのも関わらず、違法に列車を止めた乗客が無罪になったため、フランス国鉄労組は抗議のストライキを決行した。
- 1988年7月8日
- 1989年5月12日
- アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるカホン峠麓で貨物列車が脱線し横転。付近の住宅7棟が倒壊し、乗務員・住民合わせて4名が死亡。さらにこの事故の影響により同25日、事故現場の地下に巡らされていた高圧燃料パイプラインが爆発し、住民2名が死亡した。事故原因は貨物の過積載によるブレーキの破損であり、事故後に積載量の虚偽申告があったことが判明している。
[編集] 1990年代
- パキスタン・シンド州で旅客列車と貨物列車が衝突。死者210名以上。
- ドイツ・エシェデ近郊でICE-1高速列車が脱線し道路橋に衝突。死者101名。ICE#エシェデ事故参照。
[編集] 2000年代
- オーストリアでケーブルカー火災事故。日本人10名を含め155名が死亡。オーストリアケーブルカー火災事故参照。
- オーストラリア・シドニーで列車脱線事故。死者7名。en:Waterfall rail accidentを参照。
- イラン・ニシャプール近郊で留置してあった無人の貨車51両が暴走し沿線の村に突入。積荷の石油類の爆発により村は壊滅し、300名以上が死亡。
- 2004年4月22日
- 2004年12月26日
- インドのアーンドラ・プラデーシュ州で、鉄砲水で線路が流失したことにより急行列車が脱線。死者114名以上。
- スペインのバレンシア地下鉄で、速度超過が原因の脱線事故。死者40名以上。バレンシア地下鉄脱線事故を参照。
- ドイツの磁気浮上式高速鉄道(トランスラピッド)のエムスランド実験線で試運転中のトランスラピッドが、200km/h前後と推定される速度で工事用車両と衝突、作業員2人と、リニアに乗車していた見学者ら29名の計31名が巻き込まれ、死者21名。リニアモーターカーで初めて死者が出た大事故。関連:英語版での当該記事
- アメリカ・ワシントンD.C.のワシントンメトロのレッドラインで、列車同士が衝突。死者8名、負傷者80名。(2009年ワシントンメトロ列車衝突事故)
[編集] 事故調査
従来、鉄道事故等においては警察による関係者の責任が問われていたが、個人責任の追及が中心になるあまり当事者の証言が歪められ本来の背後要因等の分析が不十分であるとの指摘があり、中立的な事故原因調査を行う機関の設立が望まれていた。現在、日本において鉄道事故が発生した場合には国土交通省内の運輸安全委員会(前身:航空・鉄道事故調査委員会)によって原因究明と再発防止のための調査が行われる。また、業務上過失致死罪などの容疑で刑事捜査が行われる場合もある。
しかし、刑事捜査が優先されるため、運輸安全委員会による調査は十分に行えず、さらに運輸安全委員会の事故調査報告書が刑事裁判の証拠として採用されることもあるため、事故関係者が責任波及を恐れて事故に関する証言を拒んだり黙秘する問題も出てきており、また、刑事捜査は関係者の処罰が目的のため事故の再発防止には役立たないという指摘もある。
そのため、委員会をアメリカの国家運輸安全委員会(NTSB)のような国土交通省から独立した強い権限を持つ機関に改めることと、過失による刑事責任を問わないことで関係者の証言を得やすくするべきだという意見も根強い。
[編集] 脚注
- ^ AFPBB News 中国山東省の列車事故
[編集] 関連項目
- 安全工学
- 鉄道の歴史
- 鉄道の歴史 (日本)
- 下山事件
- 三鷹事件
- 松川事件
- 洞爺丸事故(国鉄青函連絡船の事故)
- 紫雲丸事故(国鉄宇高連絡船紫雲丸の事故)
- 二又トンネル爆発事故
- 塩狩峠
- 鉄道事故等報告規則
- ヒューマンエラー
- 事故の歴史展示館
- 鉄道安全考動館
[編集] 外部リンク
- 運輸安全委員会
- Yahoo!ニュース - 鉄道事故
- JANJAN『原因解明を妨げる警察の「押収主義」─美浜事故に関して』
- 抹香鯨の鉄道事故年表
- 鉄道解析ATS・ATC
- アメリカ合衆国国国家運輸安全委員会(NTSB)
|
||||||||||||||

