鉄道事故

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鉄道事故(てつどうじこ)とは、鉄道車両の運転時に発生する事故である。列車の遅れ等輸送障害を指して事故と称することもあるが、本項では衝突、脱線火災など死傷者の発生に至る事故を指す。事故を惹起する危険が高い事態が発生し、なおかつ実際には事故が発生しなかった事象は、事故が発生するおそれがあると認められる事態=インシデントと呼ばれる。

目次

概要 [編集]

鉄道は大量輸送が特徴であり、事故を起こすと多くの死傷者を出すだけでなく、運転ができなくなることによって社会的にも大きな影響を与える。

国土交通省令鉄道事故等報告規則では、鉄道運転事故としては列車衝突事故・列車脱線事故・列車火災事故・踏切障害事故・道路障害事故・鉄道人身障害事故・鉄道物損事故の7項目を定めている。鉄道による輸送に障害を生じた事態であって、上記の鉄道運転事故以外のものは鉄道事故ではなく輸送障害という。特に雨や雪などで休止や遅延が発生した場合には、輸送障害ではなく、災害と呼ばれる。

なお、国土交通省運輸安全委員会(2008年10月に航空・鉄道事故調査委員会から改組)の「鉄道事故調査報告書」では鉄道事故について以下のような分類がなされている。

なお、事故のうち乗客・乗務員等の死亡、5人以上の死傷を生じたものなど運輸安全委員会設置法施行規則1条に掲げられたものに該当する事故を「重大事故」という。


鉄道事故件数は近年減少しているものの、日本では些細なものも含めて年間500件以上起きており、そのうち半数近くが踏切障害事故である。

事故調査 [編集]

従来、鉄道事故等においては警察による関係者の責任が問われていたが、個人責任の追及が中心になるあまり当事者の証言が歪められ本来の背後要因等の分析が不十分であるとの指摘があり、中立的な事故原因調査を行う機関の設立が望まれていた。現在、日本において鉄道事故が発生した場合には国土交通省内の運輸安全委員会(前身:航空・鉄道事故調査委員会)によって原因究明と再発防止のための調査が行われる。また、業務上過失致死罪などの容疑で刑事捜査が行われる場合もある。

しかし、刑事捜査が優先されるため、運輸安全委員会による調査は十分に行えず、さらに運輸安全委員会の事故調査報告書が刑事裁判の証拠として採用されることもあるため、事故関係者が責任波及を恐れて事故に関する証言を拒んだり黙秘する問題も出てきており、また、刑事捜査は関係者の処罰が目的のため事故の再発防止には役立たないという指摘もある。

そのため、委員会をアメリカの国家運輸安全委員会 (NTSB) のような国土交通省から独立した強い権限を持つ機関に改めることと、過失による刑事責任を問わないことで関係者の証言を得やすくするべきだという意見も根強い。

主な鉄道事故(日本) [編集]

日本の鉄道事故については下記を参照のこと。

1949年以前に発生した鉄道事故 [編集]

1950年から1999年までに発生した鉄道事故 [編集]

2000年以降に発生した鉄道事故 [編集]

主な鉄道事故(日本国外) [編集]

ロケット号

19世紀 [編集]

イギリスランカシャーのパークサイド (Parkside) 駅で、リバプール・アンド・マンチェスター鉄道の開業当日、招待客の代議士ウィリアム・ハスキソン英語版が、同じく招待客だった初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーに挨拶をしようと線路を横断しようとしたところ、機関車ロケット号に轢かれ死亡。史上初の鉄道死亡事故。
リバプール・アンド・マンチェスター鉄道#開業」を参照。
イギリス・バークシャーSonning Cuttingにて、地滑りに突っ込んだ貨客混合列車が脱線し、無蓋車に乗っていた乗客が投げ出されて9人が死亡・16人が負傷した。この事故をきっかけに無蓋車で乗客を運ぶ危険が指摘され、1844年の鉄道法改正によるParliamentary train(議会制定列車)の設定の遠因になった(en:Sonning Cutting railway accident)。
ムードン鉄道事故を描いたイラスト
フランスムードン付近を走行中の列車を牽引していた蒸気機関車車軸が折損して脱線転覆。ボイラーの火が客車に延焼し探検家のジュール・デュモン・デュルヴィルをはじめ53名が死亡。当時の客車は外開きで外から鍵で施錠されていたため、中から乗客が脱出できなかったのが惨事を大きくした(en:Versailles rail accident)。[1]
イギリス・チェスターのディー川に架かる橋が壊れ、通行していた列車が落下。死者5名。
ディー橋事故」を参照。
アメリカ合衆国ロードアイランド州で列車が正面衝突。死者13名。鉄道事故が写真撮影された最初の例と考えられている(en:List of rail accidents (before 1900)#1853)。
アメリカ合衆国ペンシルベニア州で列車が正面衝突し、炎上。ピクニックの行楽客など少なくとも59名が死亡(en:Great Train Wreck of 1856)。
落橋したテイ橋
イギリス・スコットランドのテイ川河口の鉄橋が強風のために崩落し急行列車が転落し死者78名。原因は鉄橋に使用された鋳鉄と設計上の強度不足と建設上の施工不備が競合したためとされた。
テイ橋#テイ橋の崩壊」を参照。
大破したロシアお召し列車(1888年)
ロシア皇帝アレクサンドル3世一家を乗せたお召し列車が脱線、21名が死亡。現場は現在ウクライナ領となっている(en:Borki train disaster)。
イギリス北アイルランドアーマー州グレート・ノーザン鉄道で、機関車から切り離された客車が坂を逆走し後続列車と衝突。死者88名。客車15両編成の列車が13の急勾配を登り切れなかったため、客車を分けて牽引しようと後ろ10両を切り離した。切り離された客車には動かないよう処置されていたが、機関車が発車しようとした際の衝撃で逆走した。この事故を契機に自動ブレーキ閉塞の導入が義務づけられる(en:Armagh rail disaster)。

20世紀前半 [編集]

フランス・パリメトロ2号北線(現:2号線)で車両火災。クロンヌ駅他で死者84人。
パリメトロ火災」を参照。
アメリカ合衆国・ワシントン州グレート・ノーザン鉄道ウェリントン駅で大規模な雪崩が発生、折りしも猛烈な吹雪で6日間立ち往生していた旅客列車郵便列車が巻き込まれ、死者96人。鉄道施設が襲われた雪崩による事故[2]では最悪の事故である。
グレート・ノーザン鉄道ウェリントン雪崩事故」を参照。
メキシコグアダラハラで下り勾配を走行中に失速した列車が脱線し渓谷へ転落。死者600人以上(en:Guadalajara train disaster
イギリス・スコットランド グレトナ・グリーン近辺のキンティンスヒル駅で、軍用列車を含む5本の列車が衝突。兵士など227名が死亡[3]。イギリス史上最悪の鉄道事故。駅に列車が停車していたにもかかわらず、場内信号を進行表示にしてしまったため、上り軍用列車が進入して衝突。その弾みで衝突した列車の炭水車が横転し、そこに下り急行列車が衝突した(en:Quintinshill rail disaster)。
ルーマニアヤシ県で走行中の客車間のブレーキ管が破断、直通ブレーキが動作不能となって暴走し機関車2両と26両中24両の客車が脱線、出火した。死者600人以上(en:Ciurea rail disaster)。
フランスのサン・ミシェル・ド・モーリエンヌ付近で、軍用列車がブレーキ制御を喪失し脱線、炎上した。死者427名以上(諸説あり)を出すフランスの鉄道史上最悪の惨事となった。
サン=ミシェル=ド=モーリエンヌ鉄道事故」を参照。
衝突事故で放置されたBRTの電車
アメリカ合衆国ニューヨークのブルックリン高速鉄道 (BRT) の地下線でカーブに高速で進入した列車が脱線。死者93名以上(en:Malbone Street Wreck)。
コスタリカで脱線。死者248名(en:El Virilla train accident)。
ラニー・ポンポンヌ事故で大破した機関車
フランス・ラニー=シュル=マルヌポンポンヌ間で、クリスマス休暇で満員のナンシー行き普通列車に、ストラスブール行き急行列車が高速で激突。濃による信号の見落としが原因。「クロコディール」(Le Crocodile) と呼ばれる、接触式の自動列車停止装置が設置されていたものの、凍結のため機能しなかった。さらに、普通列車の客車が木造車だったことが被害を大きくした。死者230人。当時の日本の鉄道雑誌「鐵道趣味」にも、大惨事の写真が掲載された。戦時中を除き、フランスの鉄道史上最悪の事故(fr:Accident ferroviaire de Lagny-Pomponne)。
イギリス・スコットランドのキャッスルキャリ駅で、停止信号を通り過ぎて駅構内に停止していた急行列車に、後からやってきた急行列車が追突。35名が死亡、179名が負傷した。駅の信号係が、信号を無視した列車は既に駅を通過していってしまったものと思いこみ、後から来た列車を駅に入れようとしたことが原因だった。この事故の後AWSを取り付けることが勧告された(en:Castlecary rail accidents#1937)。
ドイツで死者100人を超える鉄道事故が、同日に2件発生(en:List of rail accidents (1930–1949)#1939)。
スペイントーレ・デル・ビエルソ付近の20番トンネル内で、ブレーキの故障した列車が別の列車に衝突し出火。さらに石炭列車が突入し、二日にわたり炎上し続けた。公式では死者78人以上だが、500人以上とも言われる(en:Torre del Bierzo rail disaster)。
  • 1944年3月2日〜3日
イタリアバルヴァーノ付近の Armi トンネルで一酸化炭素中毒事故。公式では死者426人以上だが、600人以上とも言われる(en:Balvano train disaster)。
ドイツ・アスリング (Aßling)でアメリカ陸軍戦車を輸送していた列車が停車していた列車に衝突。ドイツ軍捕虜約110名が死亡en:List of rail accidents (1930–1949)#1945)。
ポーランドで脱線。死者200人以上[3]en:List of rail accidents (1930–1949)#1949)。

1950年代 [編集]

ハロー&ウェルドストーン衝突脱線事故の惨状
ロンドン近郊のハロー&ウェルドストーン駅で信号の見誤りにより列車が追突、脱線したところに別の列車が衝突し、112名が死亡。イギリスで自動列車警報装置が普及するきっかけとなる(en:Harrow and Wealdstone rail crash)。
ニュージーランドファンガエフ川英語版に架かるタンギワイ鉄道橋がルアペフ山からの泥流により損傷、直後に通りかかった列車とともに崩落し151名が死亡。ニュージーランド最大の鉄道事故(en:Tangiwai disaster)。
メキシコ・グアダラハラで列車が脱線し渓谷へ転落。公式には死者13人以上だが、300人以上とも言われる[3]en:List of rail accidents (1950–1959)#1955)。
パキスタン西部で急行列車が停車中の石油列車と衝突。死者250人[3]en:List of rail accidents (1950–1959)#1957)。

1960年代 [編集]

オランダ・ハルメレンで濃霧の朝、急行列車の運転士が黄色信号(次の信号機が赤だと示す)を見落とし125km/h で通過。次の赤信号に気づき急ブレーキをかけたものの107km/h で逆方向から来た普通列車と9時19分に正面衝突。双方の運転士を含む93名の死者(内2名は後日死亡)と54名の重軽傷者を出した。現在でもオランダ史上最悪の鉄道事故となっている(en:Harmelen train disaster)。
インドネシア・西ジャワ州のバンドンで夜行列車が脱線転覆して渓谷へ転落。死者21名。負傷者108名。[要出典]
マグデブルク近郊での衝突・爆発事故現場
東ドイツ(当時)のマクデブルク南方で列車とタンクローリーが衝突・爆発、キャンプで移動中の学生など94名が死亡。

1970年代 [編集]

ベナビデスデ衝突事故(1970年)
アルゼンチンの ベナビデスデ(首都ブエノスアイレスの北、約30km)で、エンジントラブルにより停車していた列車に別の列車が追突。公式では死者142人だが、236人とも言われる。アルゼンチン最大の鉄道事故(en:Benavidez rail disaster
西ドイツ・2月〜7月の半年に、20人以上の死者を出す鉄道事故が、3件連続して発生した。
  • 2月9日:Aitrang で、TEEがカーブ(制限80km/h)を130km/h で通過して脱線。運悪く複線の反対方向を走ってきたレールバスと衝突した。TEE列車のブレーキが凍結し、減速できなかったことが原因。死者28人、負傷42人(de:Eisenbahnunfall von Aitrang)。
  • 5月27日:Radevormwald で、貨物列車と臨時普通列車が単線区間で正面衝突。臨時普通列車の運転でダイヤが変更され、貨物列車が臨時に停車すべき行き違い駅を通過してしまった(信号操作ミスが原因とも)ことが原因とされる。臨時普通列車が軽量のレールバスであることも被害を大きくした。死者46人 (遠足帰りの中学生41人を含む)、負傷25人。列車無線の拡大や、軽量のレールバスの淘汰が進められた(en:Dahlerau train disaster)。
  • 7月21日Rheinweiler で、急行列車がカーブ(制限75km/h)を140km/h で通過して脱線し、何両かは築堤から転落して民家を押しつぶす。死者23人、負傷121人。当時としては最新鋭の電気機関車だった103型の技術的欠陥が原因とされる(西ドイツ国鉄103型電気機関車#その他)。
フランスのパリ〜ランス間にあったビュルジトンネルのランス側入口300m 付近が老朽化のため12m にわたり崩壊し、そこに上下2本の列車がほぼ同時に110Km/h で突っ込んで脱線転覆し107名が死亡した(fr:Effondrement du tunnel de Vierzy)。
メキシコ・サルティーヨで列車火災。208名が死亡[3]
イギリス ロンドン地下鉄ムーアゲート駅で列車がトンネルの行き止まりに衝突。死者43名。事故原因が特定できなかった(en:Moorgate tube crash)。
オーストラリアシドニー近郊で列車が脱線し陸橋に衝突、陸橋が崩落し客車を押し潰した。死者83名。クラッシュ症候群による死者が多く出たことで知られる。オーストラリア最大の鉄道事故。
グランヴィル鉄道事故」を参照。
韓国の京釜線芝灘駅構内で停車中の列車に場内信号を見落とした特急列車が衝突し、18名が死亡[要出典]
韓国・裡里駅(現:益山駅)に爆発物40t を積載して停車中の貨物列車において、火の点いたろうそくが火薬箱に転倒。死者59人、負傷者1,343人。1,647世帯、7,800人あまりが被災した。
裡里駅爆発事故」を参照。
イタリアのボローニャフィレンツェ間で山崩れに遭遇し、乗り上げて隣線を支障していた下り急行列車に上り特急列車が衝突。死者50名(en:List of rail accidents (1970–1979)#1978
カナダオンタリオ州ミシサガ市内の踏切で貨物列車が脱線。死者こそなかったものの、タンク車塩素などが流出したことにより市民20万人以上が1週間に渡って市から避難した(en:1979 Mississauga train derailment)。

1980年代 [編集]

インドビハール州で列車が鉄橋からバグマティ川に転落。公式では死者200人以上だが、800人以上とも。災害[3][4]またはブレーキ不良が原因と見られている(en:Bihar train disaster)。
成昆線事故の現場
事故後、現場を迂回する形で新線が建設され、現場付近は廃線となった。
中国甘洛県大渡河沿いを走る成昆線で支流に架かる鉄橋が土石流によって崩壊し、そこへ列車が突入した。東風型ディーゼル機関車荷物車、郵便車と客車1両が川に転落、客車2両が川岸に吊り下がり、客車1両が橋の直前のトンネル出口付近で脱線し大破した。乗務員4人を含む240人以上が死亡または行方不明(zh:1981年成昆鐵路列車墜橋事故)。
ソビエト連邦ウリヤノフスク近郊でヴォルガ川に架かるロシア語版の橋脚に客船アレクサンドル・スヴォーロフ(Александр Суворов・定員400人)が衝突。橋脚が移動し、走行してきた貨物列車が脱線、この船の上に転落した。死者176名以上(en:Aleksandr Suvorov (ship)#1983 Tragedy)。
エチオピアアファール州 のアワシュで列車が脱線し5両中4両が渓谷に転落。死者428名以上。アフリカ最大の鉄道事故。速度超過が原因と見られる(en:Awash#Rail disaster)。
フランス・ボルドーから150Km地点の単線で急行列車と普通列車が正面衝突。死者35名。事故原因は通信式による閉塞を駅の運転係が取扱いミスしたため(en:List of rail accidents (1980–1989)#1985)。
フランス・アルジャントンシュールクルーズ英語版近郊で脱線した旅客列車に対向してきた貨物列車が衝突。43名が死亡(en:List of rail accidents (1980–1989)#1985)。
カナダ・アルバータ州ヒントン郊外で、バンクーバーエドモントン行の特急スーパーコンチネンタル号と貨物列車CN413号が正面衝突。スーパーコンチネンタル側21人、CN413号側2人の23人が死亡。直接な原因は、待避線におけるCN413号の乗務員の睡眠不足に伴う居眠りによる停止信号無視であったが、その後の調べで、カナダ国鉄が、死亡した乗務員の病状を放置していた上に、デッドマンズペダルと呼ばれるデッドマン装置に乗務員が故意に荷物を置くなどして機能していなかったこと、また、車掌が非常停止装置を利用していなかったことが発覚。
インドネシアタンゲラン県ビンタロで運行管理のミスにより列車が衝突し機関車が大破。死者156人を出したインドネシア最大の事故(en:Bintaro train crash)。
イギリス・ロンドン地下鉄のキングス・クロス・セント・パンクラス駅で火災。死者31名(en:King's Cross fire)。
中国上海近郊で急行列車同士が正面衝突。日本の修学旅行生ら29名が死亡。原因は片方の列車運転手の信号無視とされたが、運転手はブレーキ故障と証言している。
フランスのムランパリ間を走行していた列車の乗客が通過駅で降りようとして非常停止スイッチを作動させた。この時運転手が非常停止スイッチの解除手順を間違ったために下り勾配で列車が暴走。パリ・リヨン駅の地下ホームで車掌遅刻のために出発の遅れていた列車に衝突。死者56名。後の刑事裁判では運転手と車掌が有罪になったのも関わらず、違法に列車を止めた乗客が無罪になったため、フランス国鉄労組は抗議のストライキを決行した(en:Gare de Lyon rail accident)。
インド・ケーララ州Ashtamudi 湖に架かる鉄橋で、急行列車が脱線し湖に転落。死者107名(en:Peruman railway accident)。
アメリカ合衆国カリフォルニア州にあるカホン峠麓で貨物列車が速度超過のためカーブで脱線し横転。付近の住宅7棟に突っ込み、乗務員・住民合わせて4名が死亡。さらにこの事故の影響により同25日、事故現場の地下に巡らされていた高圧燃料パイプラインが破裂、吹き出した燃料が周辺の住宅地に飛散しながら引火して爆発し、住民2名が死亡した。事故原因は貨物の過積載によるブレーキの破損であり、事故後に積載量の虚偽申告があったことが判明している。さらに脱線の復旧工事の際、重機が地下2mに敷設されていたパイプラインを傷つけたことがパイプラインの破裂に繋がった。
ソビエト連邦のウラル山脈山中のウファ〜アシア(Аша)の間で液化天然ガスパイプラインからガスがもれ爆発。偶然通りかかった列車2本が巻き込まれた。死者575名(645名とも)(en:Ufa train disaster)。

1990年代 [編集]

パキスタンシンド州サッカルで旅客列車と貨物列車が衝突。死者210名以上。(en:Sukkur rail disaster)
韓国・釜山亀浦駅ムグンファ号が脱線。死者79名(亀浦駅列車転覆事故)。
アメリカアラバマ州モービル近郊で濃霧によりはしけが橋に衝突。アムトラック(全米鉄道旅客輸送公社)のサンセット・リミテッド号がこの橋で脱線。一部の車両がバイユー(小川)に転落、出火した。死者47名(en:1993 Big Bayou Canot train wreck)。
アンゴラベンゲラ鉄道でブレーキ故障による脱線。死者300人[3][4]pt:Caminho de Ferro de Benguela#Acidente)。
インド・ウッタル・プラデーシュ州との衝突により停車した列車に別の列車が追突。死者358名(en:Firozabad rail disaster)。
アゼルバイジャンバクー地下鉄で火災。死者337名。(en:1995 Baku Metro fire)
英国サウス・ウォールで列車衝突事故。死者7名(en:Southall rail crash)。
カメルーンの首都ヤウンデで石油を輸送していた貨物列車が脱線、流出した石油に引火し120名以上が死亡(en:Yaoundé train explosion)。
ドイツ・エシェデ近郊でICE-1高速列車が脱線し道路橋に衝突。死者101名
ICE#エシェデ鉄道事故」を参照。
インド・パンジャーブ州でレールの破損により脱線、対向列車に衝突。死者212人以上(en:Khanna rail disaster)。
インド・アッサム州で駅に停車中の列車に軍用列車が衝突し、爆発。公式では死者285人以上だが、500人以上とも[3][4]en:Gaisal train disaster)。
イギリス・ロンドンのケンジントン&チェルシー王立区で列車衝突事故。死者31名(en:Ladbroke Grove rail crash)。

2000年代 [編集]

オーストリアケーブルカー火災事故。日本人10名を含め155名が死亡。
オーストリアケーブルカー火災事故」参照。
イギリスヨークで特急列車と貨物列車が衝突。死者10名(en:Great Heck rail crash)。
クレイジーエイツ事故。毒性の高い物資を積載した貨物列車が機関士不在で暴走した。映画「アンストッパブル(2010年)」のモデル。
CSX8888号暴走事故」を参照。
エジプトカイロルクソール行の列車で火災[3]。死者373人[4]en:Al Ayyat train disaster)。
タンザニアダルエスサラームドドマ行の列車が斜面を逆走、停車していた貨物列車に衝突。死者281名。(en:Igandu train disaster)
オーストラリア・シドニーで列車脱線事故。死者7名。(en:Waterfall rail accident)。
台湾阿里山森林鉄道。ブレーキ故障、脱線転覆事故。死者17名(zh:阿里山森林鐵路#事故)。
イランニーシャープール近郊で留置してあった無人の貨車51両が暴走し沿線の村に突入。積荷の石油類の爆発により村は壊滅し、300名以上が死亡(en:Nishapur train disaster)。
北朝鮮・龍川駅で貨物列車が爆発。積荷の硝酸アンモニウムまたはANFOが流出し引火したものと推測されている。テロ説も有り。公式では死者54人以上だが、160人以上とも言われる。
龍川駅列車爆発事故」を参照。
フィリピンケソン州パドレブルゴス英語版付近で夜行列車が脱線、一部の車両が渓谷へ転落[5]。死者13名。
フィリピン国鉄#近年」参照
津波に流された列車(スリランカ)
スリランカコロンボゴール間を往復していた列車がスマトラ島沖地震による津波のため脱線転覆。列車内や屋上に避難していた地元住民を含め、約1700名が死亡する鉄道史上最悪の惨事となった(en:2004 Sri Lanka tsunami-rail disaster)。
アメリカ合衆国サウスカロライナ州で、側線に停車中の貨物列車に別の貨物列車が衝突。塩素ガスが放出され、9人が死亡、250人以上が負傷、約5,400人が避難した。
グラニットヴィル列車事故」を参照。
パキスタン・シンド州で駅に停車中の列車に別の列車が衝突、さらに3本目の列車が突入した。公式では死者109人だが、500人以上とも言われる(en:Ghotki rail crash)。
インド・アーンドラ・プラデーシュ州で、鉄砲水で橋が流失したことにより急行列車が転落。死者114名以上(en:Valigonda train disaster)。
スペインバレンシアの地下鉄メトロバレンシアの車両が、速度超過が原因で脱線。死者43名。
バレンシア地下鉄脱線事故」を参照。
ドイツ北部のラーテン磁気浮上式高速鉄道トランスラピッド)のエムスランド実験線で試運転中のトランスラピッドが、200km/h 前後と推定される速度で保線用車両と衝突、作業員2人と、リニアに乗車していた見学者ら29名の計31名が巻き込まれ、死者21名。リニアモーターカーで初めて死者が出た大事故en:Lathen train collision
フランス北東部のズフトゲンで、特急列車貨物列車が正面衝突。両列車の運転士と特急列車の乗客の計5名が死亡、乗客15名が重軽傷を負った(en:2006 Zoufftgen train collision)。
イタリアローマローマ地下鉄A線で、ヴィットーリオ・エマヌエーレ駅に停車中の列車に後続の列車が追突、1名が死亡、日本人4名含む約170名が負傷(en:2006 Rome metro crash)。
台鉄宜蘭線大里駅で列車正面衝突事故、死者5名。
台鉄大里駅事故」を参照。
コンゴ民主共和国西カサイ州で貨物列車がブレーキの故障により脱線。違法に乗車していた100人以上が死亡(en:Benaleka train accident)。
中国山東省淄博市で、北京青島行きの列車が脱線したところに、煙台徐州行きの列車が正面衝突、71名が死亡、400名以上が負傷[6]
山東省列車衝突事故」を参照。
アメリカ合衆国・ワシントンD.C.ワシントンメトロのレッドラインで、列車同士が衝突。死者8名、負傷者80名。
2009年ワシントンメトロ列車衝突事故」を参照。
中国湖南省郴州市郴州駅で、長沙駅深圳駅行きの列車と銅仁駅深圳西駅深圳西站)行きの列車が衝突。死者3名、負傷者63名(zh:2009年京廣鐵路郴州站列車相撞事故)。

2010年代 [編集]

スイスの「氷河急行」が脱線し横転。日本人1人が死亡。
氷河急行#事故」参照。
韓国の高速鉄道KTX光明駅付近の日直トンネルで、分岐器の整備不良が原因で脱線。負傷者1人(日直トンネルKTX脱線事故韓国語版)。
台湾の阿里山森林鉄路で脱線・横転。5人が死亡(zh:阿里山森林鐵路#事故)。
中国浙江省温州市で落雷により停車中の杭州駅福州南駅行きの高速鉄道 D3115列車(CRH1B・乗客1072名)に、北京南駅福州駅行きの高速鉄道 D301列車(CRH2E・乗客558名)が追突し、D3115列車の後部2両が脱線、D301列車の前部4両が高架から転落。死者40人(国営新華社通信)、負傷者192人。
2011年温州市鉄道衝突脱線事故」を参照。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスFlores 駅付近で列車が踏切に侵入したバスに衝突し脱線、さらに対向列車にも衝突。11人が死亡(en:2011 Flores rail crash)。
中国・上海市で、信号機故障中だった地下鉄10号線において追突事故が発生。日本人2名を含む260人以上の負傷者が出た。上記の温州市の追突事故と酷似しており、中国国内では、鉄道省に対する非難が集中している(zh:2011年上海地鐵追尾事故)。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの Once 駅構内で列車が車止めに衝突。51人が死亡(en:2012 Buenos Aires rail disaster)。
カナダ・オンタリオ州バーリントンVIA鉄道 (VIA Rail Canada) の旅客列車が脱線。牽引機関車と1両目の客車が横転。乗務員3人が死亡、乗客46人が負傷(en:2012 Burlington VIA derailment)。
ポーランドで旅客列車同士が正面衝突。16人が死亡。58人が負傷(en:Szczekociny rail crash)。
オランダで列車2本が正面衝突。1人が死亡し、少なくとも117人が負傷(en:Sloterdijk train collision)。

脚注 [編集]

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  1. ^ 作家マルグリット・ユルスナールの父方の祖父がこの列車に乗りあわせており、奇跡的に救助されている。 マルグリット・ユルスナール『北の古文書』(2011年、白水社)参照。
  2. ^ 日本でも、1922年(大正11年)に90人が死亡している。北陸線列車雪崩直撃事故を参照。
  3. ^ a b c d e f g h i Train Disasters Interactive Timeline.CBS News
  4. ^ a b c d World's worst rail disasters.BBC News
  5. ^ 比で列車転覆、10人死亡 斜面転落、130人負傷.47NEWS(共同通信)2004年11月12日
  6. ^ 中国山東省の列車事故AFPBB News

外部リンク [編集]

関連項目 [編集]