鉄系超伝導物質

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鉄系超伝導物質(てつけいちょうでんどうぶっしつ)は、を含み超伝導現象を示す化合物銅酸化物以外では、二ホウ化マグネシウムなどを抑え、2014年現在最も超伝導転移温度Tc)の高い高温超伝導物質である[1]。研究が活発化した2008年の1年間でTcが2倍以上に急上昇したことから、さらなる研究の発展が期待されている[2]

意義[編集]

水銀などとは異なり、鉄自体はいくら冷却しても超伝導を示さない。また、「鉄は磁性の象徴であるので、その化合物が超伝導を示すはずがない」という考えが以前は一般的であったが、鉄系超伝導物質の発見によりこれらの常識が覆され、新たな超伝導物質の可能性が広がった。

組成[編集]

超伝導転移温度(Tc)のフッ素濃度依存性
(SC:超伝導相、PM:常磁性金属相、AF:反強磁性金属相)[3]

基本となる組成は、LnFeAsO1-XFXLn希土類)およびAFe2As2Aアルカリ金属アルカリ土類金属)、AFeAsなどである。

LnFeAsO1-XFXについては、x=0(酸素の比率が化学量論通り)だと超伝導転移は見られず、O2-酸素イオン)を数%程度F-フッ素イオン)で置換して電子をドープすることにより、超伝導体に変化する[4]。また、F-を添加せずに高圧合成によって酸素欠損を生じさせ、LnFeAsO1-Xという組成にしても超伝導転移が観察されている[1]。なお、As(ヒ素)をP(リン)で置き換えたLnFePO、およびさらにFe(鉄)をNi(ニッケル)にしたLnNiPOでは酸素欠損が全くなくても超伝導体となる[3]

構造[編集]

LaFeAsOの結晶構造

結晶構造としてはFe(イオン正方格子を形成しており、Feの3d軌道フェルミ面を構成する。Fe同士は金属結合になっていると考えられ[5]、ヒ素などのプニコゲン元素がFeと強い共有結合を作り、構造を安定化させている。このため、電子ドープを行なうと反強磁性スピン配列が消え、超伝導転移温度が高くなるという解釈もできる[1]

LnFeAsO1-XFXの母物質の一つであるLaFeAsOの測定では、160K(約マイナス110)付近で正方晶から斜方晶への転移が起きることがわかっている。この付近の温度では比熱のピークも見られ、La(ランタン)のスピン格子緩和時間が発散してスピン配列が生じている。Feのスピン配列はFeAs平面内でa軸とb軸の長さが等しいが、160K以下では両者の長さに差が生じ、反強磁性的な整列状態になる。これらの結果より、140Kがネール温度に相当すると見られる[6]

銅系酸化物超伝導体との比較[編集]

イットリウム系超伝導体などの銅系酸化物超伝導体においては、超伝導を担うCuO2面を多層化すると転移温度が上昇することが知られており、鉄系超伝導物質ではAFe2As2などが多層構造を有する。この構造では、AにBa(バリウム)を用い、その一部をK(カリウム)で置換することで高い超伝導転移温度が得られている[1]。一方で、銅系ではCuO2面の元素を置換すると超伝導特性が急激に悪化するが、鉄系ではFe(鉄)を10%近くCo(コバルト)などで置換してもそれほど大きな変化は見られない。

銅系酸化物は母物質がモット絶縁体であり、キャリアドープすることで生じる異常金属相が超伝導性を示すが、鉄系超伝導体は母物質がもともと金属であり、化学修飾の果たす役割は明らかになっていない[5]。また、銅系ではフェルミ面がCu(銅)の一つの3d軌道とO(酸素)の2p軌道からなるが、鉄系では酸素などアニオンの寄与はほとんどなく、五つの3d軌道から構成される。このため、鉄系ではフェルミ面に複数のポケットが存在し、複雑な構造を有する。

歴史[編集]

研究の推移[編集]

従来、磁性元素における電子スピン間の強い相互作用はクーパー対の形成を阻害すると考えられてきた。このため、典型的な磁性元素である鉄を含む物質は超伝導の研究において非主流の存在であった[7][2]

一方、東京工業大学細野秀雄らは磁性半導体を探索する研究の一環として、LaTMPnOTMは+2遷移金属イオン、PnはP(リン)またはAs(ヒ素))で表される組成の物質を系統的に合成し、低温における電気抵抗ルーチンワークで測定していた。遷移金属にはMn(マンガン)、Co(コバルト)、Ni(ニッケル)、Zn(亜鉛)、Feなどが用いられた。これらの物質の中で、LaFePOやLaNiPO、LaNiAsOが超伝導性を示すことが2006年から2007年にかけて発見された[3]が、超伝導転移温度(Tc)が6K(約マイナス267)と低いことから、それほど大きな注目は集めていなかった。

さらに高温で超伝導性を発現させるために正孔電子ドープが行なわれた結果、F-フッ素イオン)を4%以上ドープするとLaFeAsO1-XFXが超伝導体となり、10%のドープでTcが26Kに達することがわかった。また、高圧を印加することでTcは43Kになることを日本大学高橋博樹らが発見し、これは二ホウ化マグネシウムなどの値を超えて銅酸化物以外では最高温度の新記録となった。さらに、サマリウムなどイオン半径の小さい希土類イオンでLaを置換する事により、4月には中国科学院などのグループがTcを55Kまで引き上げている[1]

2013年11月14日名古屋大学岡山大学のグループが最高Tc45Kながら従来の1111系がレアアースを25%含んでいたのに対し、レアアース含有量を2~2.5%に程度に低減させ、低コスト化につながる112系の開発に成功したと発表した[8]

2014年3月16日東工大の細野秀雄教授、松石聡准教授らのグループが「鉄系超伝導物質で、構造変化を伴う第二の磁気秩序相を発見」を英国科学誌「Nature Physics」のオンライン版に公開[9]

社会への影響[編集]

Tcの記録更新を受けて2008年2月に細野と高橋らによってNature誌へ論文が投稿・受理され、2月18日には特許出願とプレス発表が行なわれた。翌日には全国紙などで報道がなされている。同年6月には早くもNature誌で「鉄時代の可能性」という記事が書かれている[10]

2008年の夏には応用物理学会の講演会で臨時セッションが組まれ[11]、低温物理国際会議(LT-25)でも基調講演とナイトセッションが追加されている[12]。また、2009年2月までの1年間で500報近くの論文が発表され、論文誌の特集号も3冊以上刊行された[13]

酒で煮る超伝導物質[編集]

テルル化鉄硫黄をドープしたFeTe1-xSxは、通常は超伝導性を示さないが、空気中に長期間晒すなどすると超伝導性を示す[14]。この化合物を超伝導物質にするには、酒類で煮るのが最も有効である[14][15]。実験ではテルル化鉄を赤ワイン、白ワイン、ビール、日本酒、焼酎、ウイスキーに浸し、それぞれ70℃に加熱すると、翌日には超伝導物質(Tc~8K)になっている事がわかった[14]。特に赤ワインが有効である。なぜこうなるのかは2010年の実験段階ではわかっていなかったが[14]2012年になり、超伝導誘発作用を持っているのは酒に含まれるクエン酸リンゴ酸β-アラニンなどの有機酸(いずれもキレート作用を持ち、金属イオンを挟み込むような形で結合することができる)であり、これらが余分な鉄を鉄イオンとして酒の中に溶かし出すことによって超伝導物質になることがわかった[15]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 細野、応用物理、P.34(2009年)
  2. ^ a b 広井、パリティ、P.26(2009年)
  3. ^ a b c 細野、化学、P.32(2009年)
  4. ^ 細野、化学、P.33(2009年)
  5. ^ a b 広井、パリティ、P.27(2009年)
  6. ^ 細野、応用物理、P.33(2009年)
  7. ^ 細野、化学、P.31(2009年)
  8. ^ “名大など、レアアースの含有量を減らした新しい高温超電導体を開発”. マイナビニュース. (2013年11月15日). http://news.mynavi.jp/news/2013/11/15/453/index.html 2013年11月30日閲覧。 
  9. ^ 鉄系超伝導物質で新しい型の磁気秩序相を発見
  10. ^ P. M. Grant p.1000(2008年)
  11. ^ 臨時セッションの告知
  12. ^ LT-25 プログラム
  13. ^ 細野、化学、P.34(2009年)
  14. ^ a b c d お酒が誘発する鉄系超伝導 NIMS
  15. ^ a b なぜ 酒で煮ると超伝導物質に変わるのか? NIMS

参考文献[編集]

  • 細野, 秀雄鉄系の高温超伝導体の発見」、『化学』第64巻第4号、化学同人、2009年3月、 pp.30-35。
  • 細野, 秀雄「新系統(鉄イオンを含む層状化合物)の高温超伝導物質の発見-背景から最近の進歩まで」、『応用物理』第78巻第1号、応用物理学会、2009年1月、 pp.31-36、 ISSN 03698009
  • 広井, 善二「鉄系超伝導体の発見」、『パリティ』第24巻第1号、丸善、2009年1月、 pp.26-28、 ISSN 09114815
  • Grant, Paul M (2008). “Prospecting for an iron age”. Nature (Nature Publishing Group) 453: pp.1000-1001. ISSN 0028-0836. 

外部リンク[編集]