鈴木その子

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すずき そのこ
鈴木 その子
生誕 1932年昭和7年)1月20日
日本の旗 日本東京府
(現:東京都
死没 2000年12月5日(満68歳没)
出身校 学習院女子短期大学
職業 美容研究家

鈴木 その子(すずき そのこ、1932年(昭和7年)1月20日 - 2000年(平成12年)12月5日)は、昭和50年代から平成年代にかけての美容研究家・料理研究家である。本名、鈴木 荘能子(読み同じ)。株式会社トキノ(現在の株式会社SONOKO)を創業した。

人物[編集]

東京府(現・東京都)出身。山脇学園中学校・高等学校を経て、学習院女子短期大学食品化学科卒業。東京都の名門の資産家の出自であると公表しているが、まだ知名度がそれほどでもなかった頃は、テレビのワイドショーで「実家は山口県下関市の漁師で網元である」「なので白い家に住むのが夢だった」と自ら語っていた。が、知名度が上がると、いつの間にか出自が変わっていた。

実父の死去後、譲り受けた遺産を元手に株式会社トキノを設立し、1980年(昭和55年)に出版した著書、「やせたい人は食べなさい」がミリオンセラーとなった。その後は、白米食を中心としたダイエット法の提唱者として、会社経営の他に各地で講演活動を行った。

また、美容研究家としての活動も開始し、1990年代後半には、その異様に白塗りした仮面のような顔と、テレビ番組出演の際に顔だけ集中的に照明で照らすという演出方法により、「美白の女王」としても一世を風靡した。

1999年(平成11年)3月イレウス発症を機に体調を崩し気味になり、翌年11月下旬に風邪をこじらせて入院して1週間後、肺炎のために急逝した[1]。68歳没。戒名は「白蓮院妙容日苑大姉」。死亡する12日前にはテレビ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ)に出演しており、鈴木の死亡2日後の放送ではその事実が伝えられた。

私生活[編集]

鈴木その子墓所

短期大学卒業後は、お見合いで結婚し一男一女をもうけ、株式会社トキノ創業までは平凡な専業主婦として過ごしていた。1976年(昭和51年)、拒食症を患っていた息子が、ベランダにいたところ突然倒れそのまま転落死。料理研究家が料理で息子を救えなかったと思い悩むところもあったという。

政治家、越智通雄の選挙応援を幾度となく行ったことも知られるが、これは越智の永年連れ添った妻が鈴木の学習院時代の同期・親友であったことに由来した。

鈴木は晩年、ホテルニュージャパンの元オーナー・横井英樹が所有していた東京・田園調布の邸宅跡地を購入、自身の邸宅の建設を進めていた。建設は鈴木の死去により中断され、土地は売却された。

出演[編集]

テレビ番組[編集]

著書[編集]

その他[編集]

2000年(平成12年)に講談社の月刊少女漫画雑誌『デザート』において、『鈴木その子物語』(漫画:寄田みゆき)と言うタイトルで彼女の半生が描かれた漫画が掲載され、単行本も発売されている。

テレビドラマ放送枠『DRAMA COMPLEX』(日本テレビ)内で2006年(平成18年)に放送されたエピソード、『ダイエットの女王 鈴木その子』[2]では、坂下千里子が20代の鈴木その子役、加賀まりこが30代から晩年の鈴木その子役をそれぞれ演じた。

脚注[編集]

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  1. ^ 死亡時刻は、2000年(平成12年)12月5日午前4時45分
  2. ^ 2006年(平成18年)4月25日放送

関連項目[編集]