針尾送信所

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針尾送信所跡の電波塔

針尾送信所(はりおそうしんじょ)は、長崎県佐世保市針尾島にある海上保安庁の無線送信所である。

巨大な3本のコンクリート製の電波塔、針尾無線塔があることで知られる。

目次

[編集] 概要

針尾送信所の象徴である電波塔の高さは、1号及び2号塔が135m、3号塔が137mで、3本の配置は約300m間隔の正三角形となっている。

その姿は遠方(例えば烏帽子岳・隠居岳、冷水岳)などからも確認できるほど壮大である。対岸にある西海橋からの眺望が知られていたが、2006年新西海橋(事実上、西海パールライン有料道路の延長)が開通し、これは従来の国道202号よりも送信所側を通るため、よりその大きさがわかる。

[編集] 歴史

日本海軍佐世保鎮守府隷下の無線送信所として、1918年(大正7年)11月に着工、1922年大正11年)に完成した。総工費は当時で155万円という。竣工日は1号電波塔から順に4月30日5月30日7月31日


太平洋戦争開戦の暗号「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を送信した電波塔として広報されることが多いが、この暗号を真珠湾攻撃部隊に向けて送信したのは千葉県船橋市船橋送信所である。

針尾送信所は、瀬戸内海に停泊中の連合艦隊旗艦「長門」が打電し、広島県の呉通信隊が送信したものを受信し再発信したもので、中国大陸や南太平洋の部隊に伝えたものであるとされる。ただ、これにも異説があり、針尾送信所による送信の事実そのものがなかったとする主張もある([1])。


終戦後しばらく米軍管理地となり、1948年昭和23年)から第七管区海上保安本部佐世保海上保安部が所管し、海上自衛隊と共同で使用している。ただし、針尾送信所の象徴であった巨大電波塔は、1997年平成9年)に後継の無線施設が完成したことにより、現在では電波塔としての役割を終えている。

針尾島内では他に、浦頭引き揚げ記念公園や現在のハウステンボス南風崎駅(本土)近辺の慰霊碑などに、第二次世界大戦の傷跡がのこっている。

[編集] 現状

現在は電波塔としては使用されておらず、地元の有志が塔を文化財として存続するため、日々活動している。最近、心ない人によってラッカースプレー等で落書きされることがたびたび起きていて問題になっている。

築約90年経ち、あと30~40年が寿命の限界と見られていたが、現在でも十分な耐震性を持つことを、佐世保市教育委員会が確認した。そのため佐世保市は、針尾無線塔一帯を公園化を目指し、海上保安庁と協議を始めた。海上保安庁側も「国の重要文化財指定に向けた動きが出れば協力する」としている。 2011年(平成23年)10月21日、文化審議会は、当物件を重要文化財に答申した。将来的には一帯に見学用通路や案内施設を整え、塔内も見学できるようにする予定である[2]

[編集] 針尾送信所が登場する作品

  • 空の大怪獣ラドン(映画) - 阿蘇から出現した怪獣ラドンが佐世保に飛来し、自衛隊機との空中戦の末、針尾送信所の3本の電波塔をバックに、西海橋下の海に墜落するシーンがある。

[編集] 外部リンク

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