ツエーゲン金沢

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ツエーゲン金沢
原語表記 ツエーゲン金沢
愛称 ツエーゲン
クラブカラー     
創設年 1956年
所属リーグ 日本フットボールリーグ (JFL)
ホームタウン 石川県金沢市
ホームスタジアム
Ishikawa seiburyokuchi stadium.jpg
石川県西部緑地公園陸上競技場
収容人数 21,068
運営法人 株式会社ツエーゲン
代表者 米沢寛
監督 森下仁之
公式サイト 公式サイト
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
ツエーゲン
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
〒920-0362
石川県金沢市古府2-77
設立 2010年12月5日
業種 サービス業
事業内容 サッカークラブ運営
代表者 米沢寛
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ツエーゲン金沢(ツエーゲンかなざわ、Zweigen Kanazawa)は、日本石川県金沢市にホームを置く、日本フットボールリーグ(JFL)に加盟するサッカークラブ。Jリーグ加盟を目指すクラブの一つである。

目次

[編集] 概要

前身は1956年に創設した古豪クラブの「金沢SC」である。2004年から2部制に移行した北信越フットボールリーグ1部の初代王者。2006年より将来のJリーグ入りを目指して任意団体石川フットボールクラブを運営母体として立ち上げ、非公式ではあるが金沢SCとテイヘンズフットボールクラブの合併という形で名称を「ツエーゲン金沢」に変更した。2007年に任意団体から有限責任中間法人へ移行した。2008年12月の法律改正により一般社団法人に改組。2010年12月15日にJリーグ加入を見据え株式会社ツエーゲンを設立し、トップチームの運営を移管した。一般社団法人石川フットボールクラブは、育成・普及部門として存続する。

ツエーゲン (Zweigen) とは、ドイツ語のツヴァイ (Zwei=2) とゲーエン (Gehen=進む) を合わせた造語として作り出され、チームとサポーターが共に進んでいくという意味であり、金沢弁で「強いんだっ!」を意味する「つえーげん!」とのダブルミーニングとなっている。しかしドイツ語には(zweigen=小枝)という単語が実在し、造語として新たに意味を持たす試みは果たせなかった。なおエンブレムは石川県の「郷土の花」[1]クロユリを模したデザインを採用している。

地域リーグ時代は、サッカー専用スタジアムではあるものの、収容人数の少ない金沢市民サッカー場を主に使用していた。入れ替え戦を経て年末ギリギリに昇格が確定したという事もあって、JFL初年度のホームゲームは石川県西部緑地公園陸上競技場金沢市)と津幡運動公園陸上競技場津幡町)を用いたダブルホームでの開催となった。2年目からはほとんどの試合を、Jリーグ昇格後にホームスタジアムとしての使用が予定されている西部緑地公園陸上競技場で実施する。

金沢市内及び周辺市町村の、学校や公営グラウンドを転々とする練習環境も、2008年から、北陸大学構内に完成した、北陸大学フットボールパークに練習拠点を移した。北陸大学フットボールパークは、2面の人工芝ピッチを備えたサッカー専用施設である。クラブハウスと夜間照明に加えて、観戦スタンドも備えた、北陸地区屈指のサッカー施設であり、設立から3年を経て、Jリーグチームに匹敵する練習環境を手にした。しかし、天然芝ピッチが未整備のため、津幡運動公園陸上競技場や石川県西部緑地公園陸上競技場サブグラウンドを併用して、天然芝での練習が行われている。

[編集] 歴史

[編集] 地域リーグ時代(2006-2009)

2006年

ツエーゲン金沢としての発足に際し、多数のJリーグ経験者を獲得してチームを編成した。しかし、監督の人選には難航、小川雅己選手兼任監督の体制でリーグ戦に臨んだ。開幕から2節は大量得点で勝利しチームの実力を示したものの、3節に北信越2部から昇格したばかりの松本山雅FCに敗れると、ここぞというところに弱い面を見せ、リーグ戦は4位の成績に終わった。全国社会人サッカー大会石川県大会は決勝でフェルヴォローザFCに敗退、天皇杯全日本サッカー選手権大会石川県大会でも準決勝でテイヘンズFCに破れ、発足初年度は無冠でシーズンを終えた。

2007年

S級ライセンスを持つ池田司信を監督に迎え、チーム力の向上をはかった。全国社会人サッカー大会石川県大会を制し、ツエーゲン金沢として石川県での初タイトルを手にしたが、下位チーム相手の取りこぼしもあって、リーグ戦では4位に終わった。天皇杯全日本サッカー選手権大会では石川県大会を制して本大会に出場、ロッソ熊本とFC刈谷のJFL勢を連破、水戸ホーリーホックとの対Jリーグチーム初公式戦でも善戦した。しかし、全国地域リーグ決勝大会への出場権を得るために、背水の陣で臨んだ全国社会人サッカー選手権大会においては、2回戦でY.S.C.C,に逆転負け、JFL昇格は果たせなかった。

2008年

池田体制の集大成で臨んだシーズンは、攻撃力・守備力とも大幅に向上、リーグ制覇の期待が高まった。しかし、勝負弱い面は克服できず3位という成績に終わった。全国地域リーグ決勝大会への最後の切符を賭けた全国社会人サッカー大会北信越大会でも、AC長野パルセイロにリーグ戦と併せて3度目の敗戦を喫し、出場権を確保することができなかった。しかし、天皇杯全日本サッカー選手権大会においては、SAGAWA SHIGA FCカターレ富山を連破、地域リーグ所属のチームながら、JFLチームとの公式戦無敗という成績で「JFLキラー」の異名が定着した。3回戦でも、Jリーグ所属のFC岐阜を相手に善戦し、高いポテンシャルを示した。シーズン終了後池田監督が退任。この退任劇を引き金に選手の大半が離反、空中分解と報道された。大幅な運営予算の削減もあって、チーム崩壊とも噂された。

2009年

京都サンガのヘッドコーチだった上野展裕が監督に就任し、Jリーグチームから新たに選手を補強するだけでなく、ブラジル人コーチの招聘や、ブラジル州リーグ所属の選手を獲得するなど、積極的な補強を行いシーズン開幕を迎えた。リーグ戦では、前期の不振もあって3位に終わり、リーグ枠での全国地域リーグ決勝大会出場権を逃したものの、全国社会人サッカー選手権大会で準優勝し、5年振り(チーム名変更後では初)に全国地域リーグ決勝大会への出場権を手にした。1次ラウンドは3戦全勝(2勝1PK勝)で通過したものの、決勝ラウンドでの成績は3位にとどまり、2位までに与えられるJFL自動昇格を逃し、同年のJFL17位・FC刈谷との入替戦に回った。ホーム・アンド・アウェー方式で行われた入替戦では2戦合計勝点4対勝点1で勝利し、JFL昇格の最後の1枠を手にした。石川県のサッカークラブの全国リーグへの参加は、JFLの前身である日本サッカーリーグジャパンフットボールリーグ時代を通じて史上初のことであった。

[編集] JFL(2010-)

2010年

日本代表選手の獲得を含む大型補強を行い、悲願の「Jリーグ昇格」に向けて動き出した。しかし、Jリーグ準加盟申請が受付期限に間に合わず[2]、昇格への道が閉ざされた。しかし、サポーターが中心となって、準加盟とJリーグ入会審査の支援のための署名活動を開始、3万人を超える署名を集め、Jリーグに提出したものの受け取りは拒否された。準加盟申請に関しては、4月に提出したとクラブから発表されたが、Jリーグから申請の受理と審査実施の発表はなく、事実上の継続審議の扱いとされたが、経緯についてクラブ・Jリーグとも公式発表は無かった。JFLでのファーストシーズンの成績は14勝12敗8分、勝ち点50の9位に留まり。1試合当たりの平均入場者数も1,547名でいずれも昇格要件を下回わる結果となった。しかし、懸案となっていたJリーグ規格のホームスタジアム確保に関しては、年末になって、金沢市長から、J2の昇格要件である10,000席規模のスタジアム建設の支援方針が発表された[3]

2011年

前年12月に設立した「株式会社 ツエーゲン」へ運営母体を移管し[4]、2度目の準加盟申請を行ったものの、2月の審査では継続審議という判断となり、会社組織の構築とスタジアム改修という課題に取り組むが、加盟条件を満たすことはできず2011年の準加盟は断念した。「県鳥」のイヌワシをモチーフにしたマスコットキャラクターの「ゲンゾー」[5]の、初めての広報活動の最中に東日本大震災が発生、シーズン開幕の日程が大きく変更、ホームゲームで開幕を迎えることはできなかった。ニュージーランド代表マイケル・ジェームズ選手が選出され、初のナショナルチーム現役A代表を送り出すなど、アウェイ戦を中心にチームは好調を保ち、中盤までは暫定順位ではあるが首位に立つなど、目標成績の4位以内をキープしていた。しかし、終盤にきて、J昇格やJFL残留という明確な目標を持ったチーム相手の連敗で最終成績は7位となり、3シーズンにわたって指揮をとってきた上野監督は退任を表明した。観客数もホームゲームで勝てないチーム成績と同様の波があり、10,000人を超える試合がある一方で1,000人を割る試合もあって、前年実績から957人増の2,504人にとどまり、J昇格基準の3,000人以上の観客数の目標は達成できなかった。

2012年

ホームスタジアムの改修やクラブの資本金増資の遅延により、2012年2月審査の準加盟申請は見送られることになり、[6]2013年シーズンからのJリーグ参入の可能性が無くなり、Jリーグ志向の選手の退団につながったものの、アビスパ福岡でヘッドコーチや強化担当を務めた森下仁之を監督に招聘して、新シーズンのチーム作りがスタートした。またクラブ事務所を、ホームスタジアムである西部緑地公園そばのカフェ併設の新事務所に移転するなど、新しい取り組みを始めた。

[編集] 下部組織

2009年金沢市津幡町に「サッカースクール」を設立、U-12年代での人材の育成と、地域におけるサッカーの普及・サッカー文化の発展を目指していたが、Jリーグ参入の条件とされる下部組織設立のため、2010年に津幡町でU-15年代の津幡ジュニアユースを発足させ、2011年には七尾市に能登ジュニアユースを設立した。

[編集] チーム成績・歴代監督

年度 所属 順位 勝点 試合 天皇杯 監督 チーム名称
2001 北信越 3位 12 8 4(延1) 1 3 18 13 +5   金沢SC
2002 2位 18 9 6 0 3 17 6 +11
2003 4位 18 14 5 3 6 31 21 +10
2004 北信越
1部
優勝 28 14 9 1 4 41 19 +22
2005 3位 32 14 10 2 2 26 15 +11
2006 4位 21 14 6 3 5 36 15 +21 小川雅己 (選手兼任) ツエーゲン金沢
2007 4位 27 14 9 0 5 35 16 +19 池田司信
2008 3位 30 14 10 0 4 50 15 +35
2009 3位 31 14 10 1 3 49 9 +40 上野展裕
2010 JFL 9位 50 34 14 8 12 46 41 +5
2011 7位 47 33 13 8 12 49 40 +9
2012 森下仁之

[編集] 2011シーズンメンバー

[編集] スタッフ

役職 名前 経歴 備考
監督 日本の旗 上野展裕 京都育成統括ディレクター → 京都ヘッドコーチ
コーチ 日本の旗 山根巌 選手兼任
トレーナー 日本の旗 山田辰徳
主務 日本の旗 新木智也
副務 日本の旗 上野鷹

[編集] ゴールキーパー(GK)

No. 選手名 経歴 備考
1 日本の旗 田代祐平 星稜高校金沢星稜大学 石川県出身
21 日本の旗 大橋基史 浦和ユース → 流通経済大学
33 日本の旗 田中賢治 町田高崎

[編集] ディフェンダー(DF)

No. 選手名 経歴 備考
3 日本の旗 諸江健太 中京大学刈谷 石川県出身
4 日本の旗 滝川敬祐 湘南横河武蔵野FC 新加入
5 ニュージーランドの旗 マイケル・ジェームズ 新潟JSC (期限付き移籍)・ニュージーランド代表
14 日本の旗 込山和樹 星稜高校大阪体育大学
15 日本の旗 斉藤雄大 FCみやぎバルセロナユース → 国士舘大学
18 日本の旗 根本裕一 仙台大分千葉
27 日本の旗 馬場悠 岡山岡山N→岡山 新加入(期限付き移籍)

[編集] ミッドフィルダー(MF)

No. 選手名 経歴 備考
2 日本の旗 平林輝良寛 鳥栖刈谷名古屋オーシャンズ 新加入
6 日本の旗 阿部嵩 流経大福岡 新加入
7 日本の旗 山道雅大 初芝橋本高校大阪体育大学
8 日本の旗 山根巌 川崎 コーチ兼任
10 日本の旗 曽我部慶太 神戸仙台
20 日本の旗 飛弾暁 川崎仙台A新潟シンガポール 新加入
22 日本の旗 石舘靖樹 栃木SC栃木UVA 新加入
23 日本の旗 本田真吾 福岡JSC松本 新加入
29 日本の旗 金子慎二 千葉ユース仙台琉球 新加入
30 日本の旗 井上渉 桐蔭学園高校名古屋徳島 新加入

[編集] フォワード(FW)

No. 選手名 経歴 備考
9 日本の旗 久保竜彦 横浜FC広島 日本代表
11 韓国の旗 崔昇仁 釜山アイパークユース湘南 新加入(期限付き移籍)
13 日本の旗 古部健太 立命館大学横浜FM
16 日本の旗 布施祐典 益田高校高知大学 新加入
17 日本の旗 菅野哲也 成立学園高校湘南 (期限付き移籍)
24 日本の旗 鳴海勝也 三本木農業高校東京農業大学

[編集] 過去に在籍した主な選手

[編集] GK

[編集] DF

[編集] MF

[編集] FW

※金沢SC(2005年)にも在籍

[編集] 背番号の遍歴

No. 2006 2007 2008 2009 2010 2011
1 関光太 木寺浩一 田代祐平
2 小川雅己 上田常幸 豊田和斗 平林輝良寛
3 中江転 吉山由高 諸江健太
4 辻田真輝 園田清次 滝川敬祐
5 西啓介 山田智也 松下晋也 マイケル・ジェームズ
6 西田和幸 金田隼輔 森俊祐 木村誠 阿部嵩
7 阿岸勝 権東勇介 秋田政輝 山道雅大
8 吉田智尚 ビジュ 山根巌
9 菅原太郎 ダニロ 永井健太 仲谷圭史 久保竜彦
10 木村龍朗 デニス 田中俊也 曽我部慶太
11 高橋聡 クリゾン 尹錘弼 崔昇仁
12 サポーター
13 藤田興平 米山大輔 海野将光 古部健太
14 輿石哲志 稲垣順 込山和樹
15 中島太伸 山崎佑基 広庭輝 斉藤雄大
16 寺内良太 小谷野稔弘 海野将光 小森谷亮太 長谷部彩翔 布施祐典
17 磯野秀和 杉野三千義 秋田政輝 原伸吾 菅野哲也
18 横田真人 森陽一 根本裕一
19 中村友和 西本正敏 中尾真那 古部健太 鳴海勝也 アイザック
20 - 広庭輝 水上修一 三原雅俊 曽我部慶太 飛弾暁
21 久藤稔幸 田代祐平 大橋基史
22 守屋真紀雄 - 川上耕平 和田翔太 - 石舘靖樹
23 新矢大雅 後藤毅郁 - 斎藤陽介 本田真吾
24 山崎由勝 松岡マリオ - 園田清次 赤星 鳴海勝也
25 小林要範 小森谷亮太 - 高橋良太 鄭宇宰
26 中橋守 奈良安剛 山道雅大 川上典洋 -
27 大河内英樹 - 馬場悠
28 小林真 広庭輝 遊佐克美 挽地祐哉 -
29 高橋政和 - 斉藤雄大 - 金子慎二
30 増田浩一 - 井上渉
31 横山翔 大竹正人 -
32 ペドロ -
33 オルテガ - 田中賢治

[編集] ユニフォーム

ユニフォームの色
カラー シャツ パンツ ストッキング
FP(1st)
FP(2nd)
GK(1st) 黄緑 黄緑
GK(2nd) グレー グレー グレー
FP 1st
FP 2nd
GK 1st
GK 2nd

[編集] チームカラー

  • チームカラーは赤

[編集] ユニフォームスポンサー

提出箇所 スポンサー名 表記 備考
北國新聞社 北國新聞 2009年はパンツ、2010年は背番号
背中 北國銀行 北國銀行 2006年-2008年は背番号、2009年-2010年は胸
米沢電気工事 米沢電気 2009年は背番号、2010年より袖
パンツ 中森かいてき薬局 かいてき薬局 2010年9月より掲出

[編集] 過去のユニフォームスポンサー

[編集] ユニフォームサプライヤー

[編集] 歴代ユニフォームスポンサー年表

年度 背中 パンツ サプライヤー
2006 エー・オー・シー 北國銀行 シーピーユー NTTドコモ PUMA
2007 ウイル・コーポレーション エー・オー・シー
2008 ウイルコ
2009 北國銀行 米沢電気 北國新聞
2010 北國新聞 米沢電気 かいてき薬局
2011 北國新聞 北國銀行
2012 A-LINE

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

  1. ^ 公式HPには「石川県花」と紹介されているが、実際は「郷土の花」という名称となっている
  2. ^ 4月に「J」準加盟申請 JFL昇格のツエーゲン金沢 北國新聞 (2010年2月10日3時31分更新)
  3. ^ サッカー場「1万席に」 市議会答弁J狙うツエーゲン支援 読売新聞 (2010年12月23日更新)。同記事によると、山野金沢市長は城東運動公園内の市民サッカー場を1万席のスタジアムに改修すると市議会で答弁した。現在、同クラブの本拠地とされている石川県西部緑地公園陸上競技場は収容人員こそJ1開催も可能なキャパシティーを持っているが、医務室・放送室など一部不適合の部分もあるとされており、このままではJ2昇格が厳しいとする見方もある
  4. ^ 2011年1月7日付クラブリリース「Jリーグ準加盟申請について」
  5. ^ 2011年2月18日付クラブリリース「ツエーゲン金沢にマスコットキャラクターが誕生しました!」
  6. ^ 「Jリーグ準加盟申請」について記者会見を行いました(2011年11月27日付ツエーゲン金沢オフィシャルHP)

[編集] 外部リンク

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