金正恩
| 金正恩 김정은 |
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| 任期: | 2011年12月17日 – |
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| 任期: | 2011年12月30日 – |
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朝鮮労働党
中央軍事委員会副委員長 |
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| 任期: | 2010年9月28日 – |
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| 出生: | 1983年1月8日(29歳) |
| 政党: | |
| 金正恩 | |
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| 各種表記 | |
| チョソングル: | 김정은 |
| 漢字: | 金正恩 |
| 平仮名: (日本語読み仮名) |
きん・しょうおん |
| 片仮名: (現地語読み仮名) |
キム・ジョンウン |
| ラテン文字転写: | Kim Chŏng'ŭn |
| 英語表記 | Kim Jong-un |
金 正恩(キム・ジョンウン、김정은、1983年1月8日[2][3] - )は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の政治家、軍人。同国の第2代最高指導者金正日の三男で後継者。父の死により最高指導者の地位を継承した[4]。現在、朝鮮人民軍最高司令官、朝鮮労働党中央委員会委員、朝鮮労働党中央軍事委員会副委員長を務める。党内序列は第1位[5]。軍事称号(階級)は朝鮮人民軍大将。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 幼少期
金正恩は北朝鮮の第2代最高指導者である金正日の三男として生まれた。母は高英姫。金正日の長男の金正男は異母兄、次男の金正哲は同母兄となる。祖父は北朝鮮の初代最高指導者である金日成。
1996年9月よりスイスに留学し、ベルンの国際学校で「パク・ウン」という偽名を使用しながら教育を受けた[1][6][7][8][9][10][11]。国際学校には数か月しか在籍せず、隣接する公立小学校でドイツ語を学んだ[1]。在籍していた学校については諸説あり、リーベフェルト市の公立学校で金正恩と知り合いであったと主張する人物の情報もある[12]。1998年8月、ベルンの自宅近くの公立中学校に編入[1]。スイス滞在中は北朝鮮の在スイス大使が目付け役として身辺の管理を行っていたほか、親戚の寄り合いがインターラーケンやレマン湖の別邸で行われることもあった[13]。2000年8月、夏期休暇が終わると公立中学校を退学して帰国した。留学の経験から母国語以外に英語、中国語、ロシア語、ドイツ語、フランス語[14]など数ヶ国語を話せるとする報道もある[15][16]。日本語についても漢字の書き取りなどをしていたとされ[17]、来日経験もある[18][19][20]。日本については国力差を認識する発言を残している[21]。
[編集] 帰国後
2000年以降の動向はスイス時代と共に北朝鮮政府内の秘密事項として公にはされず、現在でも指導者就任から間もない事もあり部分的にしか報道されていない。明確に分かっているのは、父と同じく、北朝鮮内における最高の教育機関である金日成総合大学に在学していたことと、軍の教育機関である金日成政治軍事大学(党内の養成機関である金正日政治軍事大学とは異なる)で訓練を受けていたことが挙げられる[22]。金日成総合大学では情報工学を学び、金日成政治軍事大学では砲兵指揮を専攻したとされている[23]。
北朝鮮では最高指導者の地位が金日成から金正日に世襲されたため、日本・韓国などのメディアでは高齢である金正日が自身の子息を対象にした後継者選択を想定する傾向にあり、その中で日韓のメディアにおいては後継者候補として三男である金正恩の名前も挙げられることがあった。ただし当初は長男の金正男、あるいは軍部の支持を受けていた次男の金正哲の指名が予想される傾向があり、必ずしも最有力と見なされていた訳ではなかった。しかし2009年1月15日、「金正日が金正恩を後継者として指名した」と韓国の聯合ニュースが報道するなど[24][25]、次第に金正恩後継者説が濃厚になっていった。さらに同年2月15日の聯合ニュースの報道によれば、金正日の健康が悪化した際に義弟の張成沢が金正日に金正恩を後継者にするよう働きかけたという[26]。
2009年6月2日、韓国の東亜日報は、同年5月25日の核実験後に、金正恩が後継者に選ばれたことを在外公館に通知した事実が確認されたと報じた[27]。また金正恩が「国防委員長代行[28]」という職位に就いているという複数の証言もあったが[29]、これは現在に至るまで公式には確認されていない。2010年2月17日、韓国の自由北朝鮮放送が、北朝鮮当局が全国の「正恩」を名乗る人物に対し改名を命令したと報道した [30]。
[編集] 後継者指名
2010年9月27日、金正日は金正恩ら6人を10月10日付けで朝鮮人民軍の大将に昇進させる朝鮮人民軍最高司令官命令を発した[31]。そして9月28日に開催された朝鮮労働党代表者会において、金正恩は党中央委員に選出され、同日に開かれた党中央委員会総会で党中央軍事委員会副委員長に選出された[32]。これらの動きにより金正日の後継者としての地位が確定したとみなされている[33]。
同年10月5日、金正恩は金正日の朝鮮人民軍第851軍部隊合同訓練視察に同行した。金正日の現地視察に金正恩が同行したことが公式に報道されたのはこれが初めてである[1]。10月8日、金正日が新設された国立演劇劇場と芸術家の住宅に現地指導に赴いた際にも同行した[1]。10月9日、平壌で開催された朝鮮労働党創建65周年慶祝中央報告大会に金正日と共に出席し、マスゲームと芸術公演「アリラン」を鑑賞した[1]。そして翌日に挙行された朝鮮労働党創建65周年慶祝閲兵式に出席し、金正日と共に軍事パレードを観閲した[34]。10月25日には訪朝した中国高位軍事代表団と金正日の会談に同席している[1]。
2011年4月29日、韓国の国家情報院は「金正恩が国家安全保衛部部長に就任した」と発表した[1]。しかし、北朝鮮の報道からは公式に伝えられておらず、確認はとれていない。
金正恩の後継指名と権力世襲について、兄・正男は「金正日自身は(世襲は)社会主義に合わないとして反対をしていたが、北朝鮮体制の安定のために必要だった(ので指名したのではないかと理解している)」という見解を『東京新聞』とのインタビューで明かしている[35]。
[編集] 権力の継承
2011年12月17日、金正日が死去。12月19日、北朝鮮の公式メディアである朝鮮中央放送によって金正日の訃報が宣告された。これによって1994年から17年間に亘って続いた金正日体制は終焉を迎えた。そして金正恩はこの訃報において「卓越した領導者」と呼称され、金正日の政治的後継者である事が内外に示された[36]。以降、金正日の朝鮮人民軍最高司令官就任記念日にあたる12月24日には朝鮮労働党の機関紙である『労働新聞』は金正恩を「最高司令官」「将軍」と呼称し、翌日には朝鮮中央通信が「革命武力の最高指導者」と呼称[37]、また「不世出の先軍統帥者」とも呼称[38]するなど、軍事指導者であることも示された。
12月20日、錦繍山記念宮殿に安置された金正日の遺体がメディアに公開され、金正恩が涙を流しながら父の遺体の前に立つ場面が報道された[39]。12月28日、平壌市内で行われた父の国葬において、金正恩は軍・党・政府の高官を率いて金正日の霊柩車に付き従い、軍・党・政府から指導者としての支持を得ている事が強調された[40]。
12月29日、金正日中央追悼大会が挙行され、党内序列2位にして対外的な元首の役割を果たしている最高人民会議常任委員長の金永南が追悼の辞で「権力の継承問題は完全に解決した」とし、金正恩を「党・軍・人民の最高指導者」と呼称して金正恩の権力継承を公式に宣言した[41]。
12月30日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議において、亡父の後任として朝鮮人民軍最高司令官に推戴され、同職に就任した[42][43]。
[編集] 人物
スポーツ好きで分野を問わず全般的にこなす。スイス滞在時代についての記録によればバスケットボールに熱中している普通の少年で、マイケル・ジョーダンやトニー・クーコッチ、コービー・ブライアントらのファンであったという証言がある[44]。温厚でクラスメートからの人望が厚かったという証言もある。
007シリーズの映画が好きだとも言われている。またスイスの国際学校時代のクラスメートの証言によれば、日本やアメリカの漫画が好きでよく読んでいたという。さらに正恩とクラスメートが描いたバッグス・バニーのイラストが残されている。
朝鮮人民軍の大将の地位にあるが、2011年2月16日に朝鮮中央放送が放送した視察映像では、双眼鏡を上下逆さまに持って覗き込む姿が映っており、実務経験が浅いことが指摘されている[45]。 金正恩将軍をたたえる歌は2つある。1つは「パルコルム」で、歌詞には2月の精気、2月の偉業など偉大なる金正日将軍様の誕生月が歌われている。2つめは「金正恩将軍を命をかけて死守する」で、これは歌詞が未発表。
[編集] 名前
金正日の三男の名前については、藤本健二により「キム・ジョンウン」と紹介された。当初、ハングル表記は「김정운」、漢字表記は「金正雲」とされた。
しかしその後、正しいハングル表記は「김정은」ではないかという説が浮上し[46]、2009年10月7日には韓国の統一部がハングル表記を変更すると発表した[47]。漢字表記は「金正銀」もしくは「金正恩」ではないかと推測された[48]。これを受け、『朝日新聞』[49]、『東京新聞』[50]、『読売新聞』[51]は、表記を「金ジョンウン」に変更すると発表した。ハングルの "운" と "은" は日本語では区別できず双方ともに "ウン" である。
また、『毎日新聞』は、北朝鮮関係者の多くが適切と証言しているとして、「金正銀」という表記を採用していた[52]。韓国でも「誕生日の2009年1月8日前後に金正雲から金正銀に改名した」と報じるメディアがあり[53]、2010年9月28日には中国の新華社通信、中国中央電視台も「金正銀」の表記を使用していた[54]。ただし、北朝鮮は中国政府に正式な漢字表記を伝えていないという報道もあった[55]。
2010年10月1日、朝鮮中央通信により、漢字表記を「金正恩」とすると発表され[56]、彼の名前を巡る問題は終息した。
[編集] 写真
金正日の後継者として登場する以前の金正恩の姿はほとんどメディアに流れる事はなく、各国情報機関においても不明な部分が多い存在であった[57]。彼が公式な地位を得るまでは長年にわたって僅かな写真が存在するのみであった[58][59]。金正日の息子の存在およびそれを証明する写真は、特に北朝鮮国内では最高機密とされて出回ることがなかったが、2009年1月16日のニュース番組「NEWS ZERO」(日本テレビ系)で、10歳の頃の正恩の写真が公開された。その後2009年6月頃から、JNNや読売新聞がスイスのインターナショナルスクール時代(10代半ば)の金正恩の写真を公開して大きな話題になった。なお、JNNが入手した写真は、2010年6月8日に韓国の聯合ニュースが未公開写真を入手したと報じている[60]。 しかし、その後もしばらくは謎に包まれた存在であった[61][62][63][64]。上述の10歳の時の顔写真から26歳の顔を推定した合成写真がアメリカの公開情報センターによって作成されたり[65]、2010年4月20日、毎日新聞に金正恩の近影とされるものが掲載されたが、実際には全くの別人であった事が後に判明するなど混乱も見られた[66]。
2010年9月9日、香港の衛星テレビ局、鳳凰衛視(香港PHX)の番組「時事弁論会」で「北朝鮮は中国の負担になっているか?」というテーマの回が放映された際、同年8月末に父親・金正日と一緒に訪中した事実とともに、その際の写真が放映された[67]。それによると顔は父親似であるが祖父である金日成の面影もあり(ただし、金日成に似せて整形をしたという一部報道もある[68])、身長は金正日より頭一つ分位高い。
2010年9月30日、北朝鮮のメディアが式典に参加する金正恩の姿を映した写真と映像を公開し、初めて公に姿を現した[69]。
金正恩が出席した2010年10月10日の軍事パレードは海外メディアにも取材が認められ、彼の映像が西側諸国のカメラによってはじめて撮影された。[34]
[編集] 脚注
- ^ a b c d e f g h i 惠谷治「金王朝三代目 金正恩完全解剖」(『SAPIO』2011年10月26日号、小学館)
- ^ Lee, Young-jong; Ser, Myo-ja (29 September 2010). “Man without a face or birthday”. Korea JoongAng Daily 2011年12月19日閲覧。
- ^ また、1984年生まれとする説もあるほか、2012年に区切りを迎える父親の金正日および祖父の金日成の出生年と合わされて1982年とする説も最近になって北朝鮮国内で流布されている(NEWSポストセブンより)。なお、金正日の出生年も1912年生誕の金日成に合わせて1941年から1942年へ調整が行われているとの見方が強い。
- ^ 2011年12月29日に挙行された金正日の中央追悼大会において、対外的な国家元首の役割を果たす金永南最高人民会議常任委員長が弔辞の中で金正恩を最高領導者(最高指導者)と宣言した(“正恩氏は「最高指導者」=肉声聞かれず−遺訓に従い軍事優先−金総書記中央追悼大会”. 時事通信. (2011年12月29日) 2011年12月31日閲覧。)。
- ^ “金正恩氏、序列1位が確定…父の遺体と対面”. 読売新聞. (2011年12月20日) 2011年12月20日閲覧。
- ^ 「金正雲は日本の漫画好き、韓国の学生とも親しく」 中央日報 2009.06.08
- ^ North Korean leader Kim Jong-il 'names youngest son as successor'
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- ^ 2010年9月28日のNHK『ニュースウオッチ9』での藤本健二の証言より。
- ^ 「金正恩氏もディズニーランドに、91年に日本不法入国」『AFPBB News』(フランス通信社)、2011年12月23日付配信。この記事によれば、1991年に兄の金正哲とウィーンで査証を取得したブラジル国籍の偽造パスポートを用いて日本に密入国し、22日に出国したという。
- ^ “正恩氏、偽旅券で91年に兄と来日…TDLへ”. 読売新聞. (2011年12月22日) 2011年12月31日閲覧。
- ^ “金正恩氏、91年に訪日 兄とディズニーランドへ”. 共同通信. (2011年12月22日) 2011年12月31日閲覧。
- ^ “元専属料理人が見た『将軍』と『大将』 ― 『悩める指導者』の顔”. 毎日新聞. (2011年12月20日) 2011年12月31日閲覧。。藤本健二によれば「米国に戦争で負けたのに、あの復活はすごい。商店には品物があふれている。我が国はどうか……」と日本に対する好感情を口にしていたという。
- ^ 金正恩時代の軍核心の3人
- ^ “<北朝鮮>正恩氏偶像化宣伝に民衆不信と反発”. アジアプレス. (2011年12月13日) 2011年12月31日閲覧。
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- ^ 朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長は1998年9月の最高人民会議第10期第1回会議で「国家の最高職責」とされ、2009年の憲法改正で正式に国家の最高指導者として明記された。同職には金正日が就任している。
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- ^ 金正日三子名字经证实是“正银”(中国語) 明報 (2009-09-25) 2009-10-07 閲覧 において김정은 (Kim Jeong-eun) と書かれた宣伝ポスターの写真が根拠として引用されている。
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[編集] 参考文献
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- 藤本健二 『北の後継者 キム・ジョンウン』 中央公論新社 2010年 ISBN 9784121503671
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