金原亭馬の助

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金原亭 馬の助(きんげんてい うまのすけ)は、落語家名跡。当代は金原亭では2代目にあたるが、金原野や蝶花楼などの他の亭号を使用した者や、「馬之助」を名乗った者を含めると過去10人確認されている。

初代[編集]

初代金原亭 馬の助1928年4月9日 - 1976年2月6日)は、東京府(現:東京都)四谷区(現:新宿区)四谷出身の落語家。本名、伊東武。(姓は一時期小沼、最初の結婚で改姓し、夫人の死後に伊東に戻している)。出囃子は『どうぞ叶えて』。

フジテレビお笑いタッグマッチ』の回答者役として出演していた時期もある。鳴り物の名手でもあった。

略歴[編集]

得意演目[編集]

志ん生譲りの『六尺棒』『千物箱』『権助芝居』『徳ちゃん』『宮戸川』などのほか、一方で『六段目』『七段目』などの芝居噺も得意とした。

弟子[編集]

2代目[編集]

2代目金原亭 馬の助1945年12月19日 - )は、茨城県稲敷郡美浦村出身の落語家落語協会所属。本名は松本直夫。出囃子は『どうぞ叶えて』。

寄席では百面相を演じることもある。

略歴[編集]

  • 1965年6月 - 初代金原亭馬の助に入門し、小馬吉で初高座。
  • 1971年11月 - 二つ目に昇進し、駒三郎に改名。
  • 1976年 - 師匠馬の助が死去したため、10代目金原亭馬生門下に移籍。
  • 1981年3月 - 真打に昇進し、2代目金原亭馬の助を襲名。

その他の馬の助(馬之助も含む)[編集]

「馬派」(金原亭馬生一門)の流れを汲む馬の助(馬之助)。

  • 初代小金屋馬之助 - 幼少期に初代三笑亭可楽の実子の馬士三郎と共に初代金原亭馬生門下で、馬の助を名乗る。馬士三郎は三笑亭虎渓を名乗ったが夭折。馬の助は後に歌舞伎役者に転じ坂東橘三郎、吾妻藤蔵となった。
  • 2代目金原野馬之助 - 甲斐の出身。初代金原亭馬生門下で、馬扇(ないし馬仙)の後に2代目馬之助となる。芝居噺を売り物にした。明治初年には没。俗に漆屋万蔵。実子の小馬三郎は後に吉原幇間初代都民中を名乗った。
  • 金原野馬之助 - 後の3代目柳亭燕路。本名、中村政吉。
  • 蝶花楼(のち金原)馬の助 - 後の8代目金原亭馬生。本名、小西万ノ輔。
  • 金原野馬の助 - 後の6代目蝶花楼馬楽。本名、河原三郎。

翁家さん馬一門から生まれた馬之助。

参考文献[編集]